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2009年6月30日 (火)

イルクーツク点描

Irkutsk0903 バイカル湖のほとり、夏時間では日本と時差がなく同じ時間を生きているイルクーツクには、カトリック教会が、実は現在も二つ建っています。昨日の日記で写真を掲載しているのが新しい方のカトリック教会で、現在のカテドラルです。

ところが町の中心部には、本日の写真に掲げた「カトリック教会」が建っているのです。もともと共産革命以前にこの地にはカトリック教会が存在していたのです。それがこの写真の教会。しかし共産政権下ではロシア正教もカトリックも、多くの教会が破壊されたり接収されたりしました。ロシア正教の教会が再建されたのはペレストロイカ以降のことです。中国本土でも同様の事例がありますが、接収された教会の中には倉庫として利用されていたものも多くあります。

イルクーツクのカトリック教会はコンサートホールに利用されました。現在ではドイツ製のパイプオルガンが、この聖堂の内部にあわせて設計設置され、パイプオルガン専門のコンサートホールになっているのです。ちょうど祭壇がおかれていた内陣に、下の写真のような立派なパイプオルガンがおかれているのです。これを他に移すのは至難の業のようです。ソ連崩壊後、イルクーツク教区ではこの聖堂の返還を求めてきたのですが、残念ながら市当局としてもパイプオルガンの移設先が見つからず、返還は実現していません。その代わり、といってはなんですが、聖堂の地下部分の一部屋がカトリック教会専用として返還されています。写真の祭壇がある地下室が、イルクーツク市内にカテドラル以外にもう一つしかないカトリック教会の小教区聖堂です。10人も入れば聖堂は一杯となります。

イルクーツクに前任のマズール司教が任命された当時、99年に訪問したとき、マズール司教と秘書のヨゼフ神父は、アパートを「カテドラル」にしていました。食堂のカーテンを開けて、「ここがわたしのカテドラルだよ」と冗談めいていうマズール司教と一緒にミサを捧げた思い出があります。マズール司教はかなり懸命に聖堂の返還を求めたもののかなわず、結局現在もあるカテドラルを別に建設したのでした。そしてそれが、彼の入国拒否へと繋がってしまいました。まだまだ共産政権時代の爪痕がロシアには残されています。

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2009年6月29日 (月)

9年ぶりにイルクーツクへ

Irkutsk0902 ロシアから本日午後、無事に帰国しましたのでご報告いたします。今回は坂本耕太郎神父を伴って、先週の月曜から木曜まで、バイカル湖の近くにあるイルクーツクへ出かけ、イルクーツク教区のキリル・クリモビッチ司教と面談して、新潟教区とハバロフスク小教区との友好関係について理解と許可を求めることが第一の目的でした。結論から言えば、非常に好意的に受け取って頂き、特に金銭的なつながりではなくて、兄弟姉妹としての霊的なつながりを中心的に意識していることや、若者の交流を目指していることなどは、キリル司教も同じように考えているとのことでした。次回、新潟からの訪問団がハバロフスクを訪れる際は、ご自分もハバロフスクへ出かけ、訪問団を迎えたいとまで言って頂きました。

わたしにとってはイルクーツクは三回目となりました。99年と2000年に訪問しています。特に2000年は、当時カリタスジャパンがイルクーツク教区を支援していた縁もあり、イルクーツクのカテドラルの献堂式にも参加しました。ですから今回は、その時の聖堂を9年ぶりに訪問することになります。あの立派な聖堂は今もしっかり建っていましたが、近年かなり大きな地震があったとのことで、残念ながら壁には一部に亀裂が入り、補修工事が必要だとのことでした。献堂式当時に出会った同じ神言会のポーランド人神父ウラジミール師が、今回は司教総代理として迎えてくれ、旧交を温めることができました。詳しいことはまた明日以降に記します。ちなみに、新潟からハバロフスクまでは2時間弱のフライト。ハバロフスクからイルクーツクまでは3時間半ほどのフライトでした。

金曜日から本日までは、ハバロフスクに滞在しました。ちょうどハバロフスクの主任と助任の両者がヴィザ更新のためアルゼンチンに帰国を余儀なくされ(現在ロシアのヴィザは自分の国でしか更新できないため)司祭が不在となった小教区で、昨日は主日のミサをわたしが代わりに捧げさせて頂きました。昨年も二度ほどミサをしているので、何となく顔見知りであります。今回は初めて、ミサ後の持ち寄り昼食会が終わって、若者たちのグループが会いたいということで、ちょっとした対話集会をしました。先日の米沢での列福感謝ミサに参加したバレンチン君の体験がとても新鮮だったようで、多くの若者が、新潟の若者たちとの交流の機会を望んでいました。もっともハバロフスクから新潟へ行く値段で、ヨーロッパ各地を巡礼して回れるくらいになるとのことで、つまり、ヨーロッパに行く方が日本に行くより安いという現実が、ちょっとした壁を作っています。先日新潟で出会った人たちへ、バレンチン君からよろしくとのことです。

今回も、ロシア正教から招待して頂き、ハバロフスクの神学院で司祭と夕食をいただき、いろいろいろとお互いの教会の話をして、いやはや互いをあまりにも知らないものだと、別の意味で互いに感心しあいました。

(写真上は、イルクーツクのカトリック教会のカテドラル。下左は、イルクーツク教区のキリル司教と。下左はハバロフスク市制150周年記念聖堂の内部)

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2009年6月21日 (日)

ちょっとロシアへ

明日月曜日の午後から29日の午後まで、ロシアへ出かけてまいります。前半の月曜から金曜までは東シベリアの司教様がおられるイルクーツクへ、坂本耕太郎神父様と一緒に。そして後半の金曜から月曜までは、坂本師を先に帰してわたし一人でハバロフスクに滞在し、次の日曜のミサはハバロフスクの教会で一緒にする予定です。したがって、次の『司教の日記』の更新は、6月29日以降となります。

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2009年6月20日 (土)

司教総会から

司教総会などの諸会議が本日午後に終了しました。今回の司教総会では、裁判員制度についてかなり時間を割いて話し合い、信徒の皆様向けのメッセージを発表しました。木曜日に記者発表をして、潮見にはマスコミ各社が集まりましたが、同じ発表を耳にしても、記者さんによって記事の書き方のニュアンスが違うものだなあと感じました。

信徒の民様へのメッセージは来週早々にも小教区へは送付いたしますが、すでに中央協のホームページに公開されていますから、参照下さい。司教団としては信徒の皆様に一定に行動を指示するようなことはいたしません。教会の教えに従って、それぞれの良心に基づいた自由な判断をして下さい。心配がある場合には、どうぞ司祭にご相談下さい。また教会の教えについては、メッセージに添付してありますので、ご参照下さい。どうぞ文章には一つ一つの言葉遣いにもよく目を通して下さいますように。メッセージの本文だけを引用します。

「日本カトリック司教協議会は、すでに開始された裁判員制度には一定の意義があるとしても、制度そのものの是非を含め、さまざまな議論があることを認識しています。信徒の中には、すでに裁判員の候補者として選出された人もいて、多様な受け止め方があると聞いています。日本カトリック司教協議会は、信徒が裁判員候補者として選ばれた場合、カトリック信者であるからという理由で特定の対応をすべきだとは考えません。各自がそれぞれの良心に従って対応すべきであると考えます。市民としてキリスト者として積極的に引き受ける方も、不安を抱きながら参加する方もいるでしょう。さらに死刑判決に関与するかもしれないなどの理由から良心的に拒否したい、という方もいるかもしれません。わたしたちはこのような良心的拒否をしようとする方の立場をも尊重します」

なお聖職者や修道者に関しては、量刑判断に踏み込むことが司法における国家権力の行使にあたるという教会法学者の意見をうけて、教皇庁の教会法の解釈をする部署に問い合わせた結果をうけ、聖職者や修道者が裁判員になることは教会法に抵触すると判断しています。なおこの場合、終身助祭は含まれていません。

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福音宣教の会議も最終日

Shiomi090619 木曜日の夕方からはじまった、ここ十数年では初めての試みとなる、「日本の教会の方向性を確認し、福音宣教の今後を話し合う集い」も、本日土曜日が最終日です。できる限り全国から参加された司祭の意見に耳を傾けるために、いつもは活発に話す司教様たちも、じっと耳を傾けました。昨日の午後には7/8名ずつの5グループに分かれ、社会と教会の現実の中でどのような福音宣教が求められているか、どのような困難を克服しなければならないのか、日頃の考えを分かち合いました。少子高齢化の社会の中で、戦後にできた組織体をそのまま維持すること自体が果たして可能かということや、司祭の高齢化と召命の減少の中でどのような道が開けるのかということや、それをどのような明るい展望へつなげていくのか、福音を伝えるためにはどのような道を模索するべきなのかなどなど、現場の司祭の声を代表する意見が多く聞かれました。もっとも今回はそれぞれの教区の代表司祭が事前に充分に司祭団の意見を聞く機会と時間がなかったため必ずしもすべての現実が網羅されたわけではありませんし、話し合いの中で指摘されたように、信徒の意見にも耳を傾ける機会が必要だとも思います。かつて開催されたナイスほど大がかりではなくとも、何らかの形で、それぞれの福音宣教の現実からの声に耳を傾ける機会を考えていきたいと思っています。

そのあたり、今日の最後の会議で、これからの方向性をある程度道筋をつけて終わりにしたいと思います。何かメッセージが出るとか、指針が出るとか、そういったことはたぶん今回はないと思います。ただ、司祭年のはじめだから司教団が何かしたのだということだけに終わっては意味がないので、今後に必ずつなげていきたいと思います。(写真:イエスのみこころの祭日のミサを、潮見教会聖堂で参加者と共に捧げました。司式は池長大司教様)

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2009年6月18日 (木)

司教総会も前半が終わり

Nuncio09b 月曜日にはじまった定例司教総会も昨日で前半が終わり、ほとんどの議題を終了することができました。そこで昨晩は、教皇庁大使館を司教団全員で訪問しました。教皇庁大使館では先日、イタリアのデザイナーの手によって、聖堂が全く新しく改装されたばかりで、昨晩もお祈りの後、大使が新しいデザインについてその意味を説明してくださいました。壁は真っ白になり、窓も明るいブルーになり、祭壇もいすや跪き台も新しいデザインのものとなりました。(写真は聖堂のデザインなどの持つ意味を司教団に語っているボッターリ・デ・カステッロ教皇大使)

本日は司教総会最後の部分を午前中にすませ、午後からは四谷のイグナチオ教会に出かけました。明日からはじまる司祭年の日本における開幕のために、午後3時から岡田大司教司式、司教団全員と大使、全国の教区を代表する司祭一名ずつと東京近辺で働く司祭の共同し式で、ミサを捧げました。平日の昼間にもかかわらず、あの大きなイグナチオ教会聖堂が十分に埋まるほど多くの方々が参加してくださいました。またカトリック神学院東京キャンパスの神学生たちも、侍者や聖歌隊に奉仕してくださいました。本日のミサでの説教は広島教区の原田神父様。さすが聖書学者。朗読に基づいてコンパクトにまとめられた良い説教でした。ミサに参加してくださった方々、またともに祈ってくださった方々、ありがとうございます。司祭年の間、私たち司祭が自らの召命をふさわしく生き、またしっかりと自分のアイデンティティを見極めることができますように、さらなるお祈りをお願いします。

そして午後5時から潮見のカトリック会館に戻り、司教団と各教区から一名の司祭が参加して、「日本の教会の方向性を確認し、福音宣教の今後を話し合う集い」がはじまりました。20年前のナイス(第一回福音宣教推進全国会議)の精神を受けて、またそれに先立つ84年の基本方針と優先課題に基づいて、福音宣教に生きる教会の姿を模索してきた日本のカトリック教会が、いまの時代にあってどのようにふさわしくそのあり方を定めることができるのかを探るために、意見交換会として開催されています。非常に漠然としたテーマですが、そこから土曜日昼までの話し合いを通じて、何らかの方向性を見いだすことができればと思います。今回の話し合い、司会は私が務めておりますが、私の力ではどうにもならないので、助言者としてイエズス会の神父様お二人をお願いしています。助かってます。今日はイントロダクションといいながら、修道会との宣教協力の話題となり、7時近くまでほぼ2時間、白熱した議論となりました。

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2009年6月17日 (水)

スリランカの平和のために

スリランカでは25年も続いていた内戦状態が先日やっとの事で終結したものの、その最後がかなり強引な幕引きであったことから、全体的に平穏無事な状況が達成されるには、まだまだ時間と政治的努力が必要だといわれています。スリランカの和平交渉に関しては、カトリック教会が他宗教と協力して政府と反政府勢力の間に立ち、和平の仲介にあたってきました。カリタススリランカも長年にわたって和平仲介や復興の事業にあたり、紛争地帯でも唯一自由に活動が許される人道支援団体として活動してきました。そのため戦後の復興や戦争による被災者の心のケアーにおいても、今後の活躍が期待されています。

そのようなスリランカのカトリック教会に力強いリーダーが帰ってくることになりました。教皇様は昨晩、これまでバチカンの典礼秘跡省局長(ナンバー2)を務めてきたマルコム・ランジス大司教を首都コロンボの大司教に任命することを発表されました。

ランジス大司教はもともと1991年にコロンボの補佐司教に任命された方です。とりわけ95年から02年までの間、彼はスリランカカトリック司教協議会事務局長と全国正義・平和・開発委員会議長として、内戦終結のための取り組みの中心的人物として政府や反政府勢力との交渉に中心的役割を果たしていました。

その後ヨハネパウロ二世によって福音宣教省や、インドネシアと東ティモールの教皇大使に任ぜられ、05年に典礼秘跡省の局長に任ぜられていました。

私自身はアドリミナの時にローマで一度お会いしたことがありましたが、それ以外に、昨年7月、スリランカを訪問した時、彼の大親友でもあるカリタススリランカの責任司祭の部屋で、ちょうど帰国していたランジス大司教と小一時間ほど話をする機会がありました。実はその時に初めて彼のスリランカ時代の正義と平和活動についての詳しい話を聞かされ、また周囲が、何らかの形でスリランカに戻ってリーダーシップを発揮してほしいと願っている話も聞いていました。スリランカの教会にとっては、やっとその願いがかなったということなのかもしれません。これからのスリランカにおける和平の進展と復興に、ランジス大司教がリーダーシップを発揮してくださることに期待したいと思います。

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2009年6月15日 (月)

定例司教総会本日開幕

Shiomi090615 定例の司教総会が、本日から土曜日昼間での予定で始まりました。会場は江東区潮見にある日本カトリック会館です。今回は、木曜日の午後にイグナチオ教会での司祭年開幕ミサや、その後は土曜の昼まで、全国の教区から司教に加えてもう一名の司祭に出席をお願いして、日本の福音宣教について考える意見交換会も予定されています。そのため通常であれば金曜日の昼に終わる総会が土曜までとなりました。司教総会の決議事項など話し合いの内容については、いつものように来週以降のカトリック新聞を参照ください。

今日は司教総会の会議後に日本カトリック神学院司教会議、そして東京、大阪、長崎の各教会管区ごとの会議が行われました。(写真は日本カトリック会館)

先日所用があって聖体奉仕会の会員に手紙を出しました。数日後に受け取ったというメールと、そして一言。「会の名前が整体奉仕会になってました」と。そしてそう書いてしまうくらいに体が疲れているのではないかという優しい言葉が。そうかもしれません。先日某所で出かけた整体の先生からは、立ち姿を見るなり、「これじゃあ腰が疲れるわけだ」と一言で指摘されました。

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2009年6月14日 (日)

昨日の講演会と本日は高田教会の堅信式

Hoikukenshu 昨日の土曜日は新潟教会で二つの催しがありました。午前中10時からはボランティア教室。これには予想を超える50名ほどの参加があったとうかがいました。これから8月のカ障連全国大会に向けて、地元新潟の取り組みが盛んになることを願っています。

午後1時からは日本カトリック保育施設協会関東ブロックの研修会がおこなわれました。(写真上)静岡や関東方面からも参加者がありました。全部で40名ほどでしょうか。わたしの講演が1時間半。その後に参加者は亀田の保育園に視察に出かけました。久しぶりにアフリカの話をしても良いというので、いろいろと語りすぎて時間が足りなくなってしまいました。近頃アフリカの話へのリクエストはあまりないものですから、喜び勇んで話したつもりです。直前まで何本かの原稿を抱えていて、新幹線の中でも原稿書きをしていたほどでしたから、今回の講演は原稿を用意するのが精一杯で、得意のパワーポイントは用意する時間がちょっと足りませんでした。が、しかし、どうしても映像がお見せしたかったので、直前に用意をして、ガーナの写真をプロジェクターで映して見て頂きました。やはり映像がある方が分かりやすいですから。

そして昨日は講演が終わって高田へ移動。北陸高速道で2時間弱ですが、週末のETC割引のおかげなのか普段の週末より交通量が多めです。よく見ると他県ナンバーが溢れていました。夕食後7時半から数名の信徒の方々が集まって、特に教区の優先課題について2時間ほど話し合いの時間を持ちました。主に外国籍の信徒の方々との関わりについて、かなり突っ込んだ話し合いとなりました。

そして本日、聖体の主日に、高田教会では12名の堅信式が行われました。中学生が5名と大人が7名。おめでとうございます。高田教会は、たぶん新潟教区では一番の記録を持っているのではないかと思うほど、毎年10名を超える受堅者があります。もっとも中学生も毎年多いので、その後、つまり学校が忙しくなってからがなかなか続きません。また外国籍の両親を持つ子供たちも多く、不況のために仕事を失ったり帰国を余儀なくされたりと、難しい毎日を過ごしている方も多くおられます。

堅信式後は受堅者と家族や代父母の方々と、信徒会館でちょっとした昼食会を催しました。お弁当をいただきながら、シャイな中学生にも一人ひとり自己紹介をして頂きました。帰りの北陸道は他県ナンバーの車で溢れていました。

明日は朝から東京へ行かねばなりません。司教総会があるため一週間の出張です。さあてこれから荷物を用意しなくては。会議の途中ではイグナチオ教会で司祭年開幕ミサもありますし、後半は福音宣教を考える話し合いが土曜の昼まで続きます。新潟へ戻るのは20日土曜の夜。そしてその次の月曜からはロシアです。司教総会中は、インターネットにつなぐことができるので、更新をする予定です。ロシアでは無理ですから、23日から28日は更新はお休みです。Takada090614b Takada090614c(写真下は香部屋で侍者を指導するマリオ師と高田の聖堂)

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2009年6月12日 (金)

ハバロフスクとの交流へ次の一歩

Khava0903 新潟ハバロフスク信徒交流会は今年になって正式に発足したばかりです。メンバーは昨年の二度にわたる訪問に同行した方々で、町田神父様がリーダーです。6月22日からわたしがイルクーツクの司教様と会うために出かけるのを前に、本日の午後、これからのことを話し合うために集まりがありました。これまでのふり返りと、特に列福に関連して主任のマルセロ師と青年代表のバレンチン君を迎えることができたことなどについて意見交換し、町田師とマルセロ師の話し合いに基づいて、今後の活動の道筋を考えました。マルセロ師からの提案で定期的にお互いのニュースを交換することや、来年以降の夏にでも若者の交流会をどちらかで開催しようというアイディアも出されています。そして細々とでも良いから、定期的な相互訪問を継続することによって互いの存在をしっかりと印象づけて精神的な絆を太くしていきたいと考えました。できれば秋口、10月頃に、町田師を中心として5・6名程度で、第三回目となるハバロフスク訪問を実現したいと思います。これについてはいずれ町田師から、教区ホームぺージなどを通じて情報提供がある予定です。興味のある方お待ち下さい。

昨日は東京で四旬節小冊子の編集会議でした。そろそろ来年のテーマが固まってきたところです。「つなぐ」になってからは、その年の四旬節主日の朗読にあわせたテーマにしていますから、それに見合う内容を見出すことがまず大変です。

明日は新潟教会で二つの催しがあります。午前中10時からはボランティア教室。午後1時からは日本カトリック保育施設協会関東ブロックの研修会。前者は一般に公開されています。8月1・2日のカ障連大会に会わせての開催です。ボランティアに興味のある方、今からでも参加してみたい方、明日直接会場へどうぞ。10時から12時です。後者の研修会は、公開ではありません。そしてそのまま夜は高田教会へ移動して、明後日の日曜日は堅信式です。

ところで先日お知らせしていたように、7日の日曜日に新潟教会を会場として外国籍住民のための医療相談会が開催されました。初めての試みでしたが、30名以上の方が訪れたということです。今後の継続と発展に期待します。協力頂いた教会内外の医療関係者の皆様、ありがとうございました。そしてボランティアや通訳をして下さった方々、ほんとうに感謝します。(下はその写真)

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2009年6月10日 (水)

新潟教区司祭の集い開催

Sawada 例年この時期に開催されている新潟教区司祭の集いが、6月8日から10日までの3日間、新潟県内のロイヤル胎内パークホテルを会場に開催されました。この集いは、新潟教区で働く司祭団が、教区と修道会を問わず一堂に会して、一緒に時間を過ごし、一緒に祈りミサを捧げ、語り合い学び会う場として設けられており、今年は新潟教区で働く司祭のほぼ全員に近い31名が参加しました。

今年はパウロ年の締めくくりということもあり、「聖パウロの年に宣教を考える」をテーマに、聖パウロ修道会(男子パウロ)の澤田豊成師(写真)を講師に招き、二日間にわたって語って頂きました。澤田師は神学院でも教鞭を執る聖書学者でもあり、またパウロ会の使徒職を果たすために、出版の宣教にも力を尽くしておられる、若い司祭であります。以前に司教団の催しにおいてイグナチオ教会でお話し頂いたこともありますが、大変にさわやかな語り口で、またわかりやすく、パウロについて話して頂いたこと感謝します。パウロが語らずにはいられないほどに駆り立てられたキリストとの関係、現実の人間関係で苦しんだパウロの姿、宣教は人間の業ではなく神の業であり自分は無力で弱いからこそ強いのだというパウロの考え方、などなど、実際に小教区で働き宣教にあたる司祭にとって、具体的なパウロ像を示して頂きました。

また、まもなく司祭年が開始されることから、今日のミサでは、司祭の召命と霊性についても考え、祈る一時がもてたと思います。

参加された神父様方、遠路はるばる胎内までご苦労さまでした。この集いから力を得て、またそれぞれの現場で福音宣教に取り組んで下しますように。

本日の夜7時からは、教区経済問題諮問委員会が司教館で開催され、わたしも出席の予定です。

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2009年6月 7日 (日)

長岡地区大会、松之山マリア観音で開催

Matsunoyama01 新潟教区の各地区(秋田・山形・新発田・新潟・長岡)では、ほぼ毎年、それぞれの地区の信徒大会を開催しています。教区全体の大会は3年に一度の開催です。そんなわけで本日は、新潟県の中越と上越地方を担当する長岡地区の信徒大会が開催されました。長岡地区では各小教区が持ち回りで毎年企画担当をしていますが、今年の大会は上越市の直江津教会でした。直江津教会は長岡地区長のフーベルト神父様(フランシスコ会)が主任を務めています。

そして今回の信徒大会の会場は、十日町市松之山にある松陰寺。承応2年(1653年)に建立された由緒ある曹洞宗のお寺であります。どうしてここが会場なのかといえば、ここにマリア観音(写真)が保存されているからです。1966年、立教大学の故高田茂先生によってこの寺に残された観音像が、キリシタン禁制時代のマリア観音だと立証されたとうかがいました。当時、迫害を逃れてきたキリシタンが松之山のこの地で迎え入れられ、密かに信仰を全うしたのだという言い伝えがあったともうかがいました。こうやって大切にマリア観音を守って下さる松陰寺と地域の方々に感謝したいと思います。そしてこの地は、35年前に第一回目の長岡地区信徒大会が開催された場所なのだといいます。その当時の写真を見せて頂きました。まあ、当たり前ですが、神父様たちを始め、皆さん若いこと。今日は同じ場所で同じようにして、ちょっと小雨模様でしたが、記念撮影もしました。

大会には160名ほどの方が参加されました。今年度から長岡に赴任したフェルディマール神父(神言会)を中心にして、大勢のフィリピン人のお母さんたちも参加して下さいました。同じメロディーで、日本語と英語とタガログ語で、一緒にマリア様の歌を歌うことができました。大会はまず10時から三位一体の主日のミサをともに捧げた後、近くの公民館をお借りしてお弁当の昼食。

その後、フランシスコ会の松井繁美師による『隠れキリシタンに学ぶ』という講話をいただきました。松井神父様は長崎の五島列島の出身です。ご自分が子どもの頃にはまだ地域では、迫害を生き延びたキリシタンたちの時代から連綿と受け継がれてきた教えの組織が残されていたのだといいます。

講話の後2時過ぎ頃からに、近くの美人林などの散策、温泉、司教との座談会に別れ、夕方4時頃までの時間を楽しく過ごすことができました

準備をして下さった直江津教会の皆様、ありがとうございました。(写真した左は松陰寺。した右は公民館ホールで講話に集まった参加者たち)

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2009年6月 6日 (土)

花園教会にて

Shibuya_2 今日は午後2時から新潟駅の近くにある花園教会で、追悼ミサを司式させて頂きました。小教区で私が直接追悼ミサを司式させて頂く機会はあまりないのですが、今日は特別です。25年前、1984年6月19日に名古屋で亡くなられた渋谷光江さんの追悼ミサです。

わたしが中学一年生で神学校へ入ったのが1971年です。修道会の小神学校ですから、その時からほとんどの生活が修道院での暮らしとなりました。その時すでに渋谷さんは神学校の台所で働いておられました。その時以来の関係です。84年に一緒だったポーランド人の神学生ラインホルドが悪性リンパ腫瘍で入院したとき、渋谷さんは他の人たちとともに彼の病室で付き添いをして下さいました。彼が亡くなったのが84年の5月20日。そして付き添って彼を励まして下さった渋谷さんが、急に亡くなられたのがちょうど一ヶ月後の6月19日。その数年前から患っていた乳ガンが悪化したためとうかがいました。神学校で行った葬儀では、わたしも神学生聖歌隊の一員として参加していました。その時渋谷光江さんは53歳でした。

その意味で、25年たった今、彼女の故郷の新潟で追悼ミサを捧げる機会を得たことは、ほんとうに不思議な縁だと思います。

明日の日曜日は、三位一体の主日です。長岡地区信徒大会のため、十日町市の松之山にあるマリア観音あたりを会場に行われます。また新潟教会では、外国籍の方々のための医療相談会の開催です。

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2009年6月 5日 (金)

次の一年は「司祭年」です

この一年間を教会は、パウロ年と定めておりました。その締めくくりに、新潟教区で働く司祭が(修道会も教区司祭も)一堂に会する来週の「教区司祭の集い(司祭大会)」では、パウロ会の澤田神父様を招いてパウロについてのお話をして頂くことにしております。

ところですでにお知らせしましたが、教皇様は次の一年を「司祭の年」と定めておられます。これは「『アルスの司祭』聖ヨハネ・マリア・ビアンネ(1786-1859年)の没後150年を記念して、2009年6月19日から2010年6月19日まで」おこなわれます(中央協HPより)。この一年のテーマは、「キリストの忠実、司祭の忠実」です。日本の教会ではこの一年を始めるにあたり、定例司教総会中の6月18日午後3時から、イグナチオ教会で「司祭年開始ミサ」を行うことにしております。これには司教団全員と、各教区から一名の司祭が参加する予定です。特に首都圏にお住まいの方で6月18日(木)の午後3時から4時に時間がある方、どうぞミサに参加して、一緒に司祭のためにお祈り下さいますように。

なおこの司祭年のために、教皇庁からは特別免償が定められています。全文は中央協のHPを参照下さい。信徒の方々に関する部分には次のように定められています。

「すべての信者は、心から痛悔し、次に定める日に、教会堂ないし礼拝堂で敬虔にミサにあずかり、司祭が聖化され、キリストのみ心に従って形づくられるように、教会の司祭のために永遠の大祭司であるイエス・キリストに祈りをささげ、何らかの善行を行うならば、「全免償」が与えられます。すなわち、司祭年が開始また終了する日、聖ヨハネ・マリア・ビアンネの帰天150周年の日、月の第一木曜日、ないし信者の利益のために地域裁治権者が定めた他の日です。ただし、ゆるしの秘跡によって罪をつぐない、教皇の意向に従って祈りをささげることが必要です」

「信者の利益のために地域裁治権者が定めた他の日」とありますので、新潟教区のための定めた日については、追ってご案内いたします。

ところで、今年の8月1日と2日、新潟市において日本カトリック障害者連絡協議会(カ障連)の大会が開催されるのはご承知の通りです。これに先立って、ボランティア教室が開催されるということです。6月13日(土)午前10時から12時まで、新潟教会が会場です。参加費は無料ですが、資料の準備のために事前に申し込みをということです。以下に連絡先を記します。

問い合わせ・申込み先/ (TEL・FAXは、朝8時~夕方5時まで)
TEL 025-228-4572(留守電も可)(担当 斎藤)
FAX 025-382-5168

ボランティア教室の内容は、次の通りで、東京の西田百合香さんが話して下さいます。

1.新潟大会でのボランティアの役割について
2.障害を持つ方との一般的な関わり方について
聴覚・言語障害を持つ方とのコミュニケーション方法
視覚障害を持つ方のガイドヘルプ方法
知的障害・精神障害を持つ方との関わり方
車椅子の介助方法 など

ボランティア活動に興味のある方、どうぞご参加下さい。

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2009年6月 3日 (水)

福岡キャンパスでの授業

Img_2211 今年の四月から新たに日本の教会の教区司祭を養成する一つの場として再出発した日本カトリック神学院ですが、ご存じのようにキャンパスは東京と福岡に分かれています。東京は哲学課程と助祭コース、そして福岡が神学課程を担当します。これまでそれぞれ福岡と東京で両方の課程を別々に行っていた神学生たちは、4月から哲学または神学というくくりで二つのグループに分かれ、新しい共同生活を始めています。その福岡キャンパスに出かけてきました。

新潟から福岡への直行便は全日空が夕方の一往復をとばしているだけですので、昨晩新潟を発ち、福岡のキャンパスで泊めて頂きました。空港にはわざわざ牧山院長が迎えに来てくださいました。

そして今朝。6月3日はアフリカの殉教者、ウガンダのカロロ・ルワンガと同志殉教者の祝日でしたので、神学生と一緒の朝のミサを司式させて頂いて、説教の機会も頂きました。2年前でしたか、黙想会の指導に訪れて以来の福岡でのミサですが、以前と変わらぬ荘厳さがありました。

10時40分から授業。宣教学の一環です。宣教学は数名の司教やシスターなどがそれぞれのトピックを分担して教えています。2年に一度の開講で、私はこれで三度目になりますか。午前中の90分は国際貢献と地域協力。教会がなぜどのように、開発援助などに関わっているのかという話。そして午後2時からの90分は、修道者と宣教。修道者とはどういう存在であり、教会での立場は、宣教への関わりは、などの話を。

東京と福岡とそれぞれですでに別の生活を経験してきた神学生が一緒になったのですから、最初はまだとまどいがお互いにあるようです。でも徐々になれてくるでしょうし、異なる二つのキャンパスとそして異なる二つの地域での体験は、将来の日本の教会全体にとって、必ず役に立つことだと思います。

そのまま夜の飛行機で福岡から羽田へ。今夜は潮見です。

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2009年6月 1日 (月)

光陰矢のごとし、もう6月ですね

ほんとうに時間は風のように駆け抜けていきます。もう6月が始まりました。6月はカトリック教会の伝統では「みこころの月」とされています。イエスのみこころの祭日は、6月19日です。

さていつものように、6月の主な予定を記しておきます。なお移動日などは含めませんので、それ以外の日に必ず新潟にいるというわけではありません。

  • 6月3日(水)日本カトリック神学院福岡キャンパス・宣教学の授業
  • 6月4日(木)常任司教委員会・東京
  • 6月7日(日)長岡地区信徒大会・十日町市松之山マリア観音、10時から16時
  • なお6月7日には下記の通り「外国籍住民のための医療相談会」が新潟教会で開催されます。
  • 6月8日(月)から10日(水)新潟教区司祭大会・胎内市
  • 6月11日(木)四旬節小冊子編集委員会・東京
  • 6月13日(土)カトリック保育施設協会関東ブロック大会で講演・新潟教会、13時
  • 6月13日(土)高田教会で信徒との集い、19時30分
  • 6月14日(日)高田教会堅信式
  • 6月15日(月)から20日(土)司教総会・東京
  • 6月22日(月)から29日(月)ロシア・イルクーツクとハバロフスク訪問

上記の通り、6月7日(日)、11時から16時まで、カトリック新潟教会を会場にして、「外国籍住民のための医療相談会」が開催されます。主催はカトリック教会ではなく実行委員会となっていますが、企画の出発点となったのは福島祥紘先生(寺尾教会)をはじめとしたカトリック医師会新潟支部の皆さんです。今回は呼びかけに応じて、沢山の医療関係者やボランティアが参加して下さるということです。レントゲン車も配備されることになりました。当日は内科、精神科、整形外科、神経科、歯科の医療相談と、尿検査やX線検査が、無料で行われます。ただし治療や投薬は行われず、必要に応じて診療所を紹介して下さるとのこと。また英語、中国語、タガログ語、ロシア語での医療通訳も手配されているとのことです。日本の医療制度などが分からずに困っている方も含めて、どうぞ外国籍住民の方々、ご利用下さい。

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