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2009年7月31日 (金)

カ障連全国大会、明日から新潟にて

Kashorenjyunbi_2 カ障連の第10回全国大会が、明日と明後日、新潟市で開催されます。カ障連とは「カトリック障害者連絡協議会」の略称です。全国大会の会場は新潟市総合福祉会館で、明日午後1時からクラレチアン会の昌川信雄神父様の講演で開始され、日曜日10時半からのミサで終了となります。なお参加申し込みが事前に必要で、すでに申し込みは締め切られています。

今回のテーマは「生活を通して神の国をめざそう~孤立から信頼へ」。全国から200名以上の参加が見込まれています。3年前の前回大会は東京で行われ、わたしも講演をするために最初の日に参加しました。さすが東京だけあって、動員されているボランティアの方々の人数が違います。3年前に東京で、「次回は是非新潟で」との打診を受けたときにも、ほんとうにこの人たちは新潟へやってきて大丈夫だろうか、新潟の現実を知っているのだろうか、などと心配をしましたが、同時に全国から参加者が訪れることで教区に新たな命を吹き込むことになるのではないかという期待も芽生え、「どうぞおいで下さい」と申し上げました。カ障連のスタッフとともに準備にあたられた新潟教区の方々には、たぶん、「とんでもない催しを持ち込んできた」と思われてしまったかもしれません。申し訳ありませんでした。そしてこれまでの長い期間と、この数ヶ月間の集中した準備、ほんとうにありがとうございます。(写真は最後の追い込みに資料などの袋詰めをする皆さん)

これまでの各地での大会とは違う、いろいろと課題のある大会になるのやもしれません.でもこれも日本の教会の現実です。そのなかで、最善の方向を見出しながら、共に歩む道を探っていきたいと思います。新潟へおいで下さる皆様、ようこそ。どうぞ新潟まで安全で楽しい旅行をなさいますように。

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2009年7月29日 (水)

復帰しました

1週間のお休みをいただいておりましたが、本日午後に復帰いたしました。富士山方面におりました。

さて前回の日記では新潟教会での平和旬間行事を紹介いたしました。新潟へ戻ってきたら、長岡地区長から上越での行事のお知らせが届いておりましたので、ここでも紹介いたします。

上越市の直江津には、第二次世界大戦中に捕虜収容所が設置され、オーストラリア軍の兵士が捕虜として収容されていました。記念碑によれば1942年から45年の間に50名ほどがこの地でなくなったということです。現在ではこの跡地は平和記念公園となっています(上越市川原町)。8月9日午後6時からこの平和記念公園で、「平和を求める集い」が開催されます。主催は順不同で、カトリック直江津教会、カトリック高田教会、日本伝道福音教団高田聖書協会、日本基督教団高田教会、日本聖公会高田降臨教会、日本聖公会直江津聖上智教会、日本イエス・キリスト教団直江津愛真教会と、エキュメニカルになっています。毎年80名ほどの参加を見込んでいるとのこと。お近くで時間のある方は是非どうぞおいで下さい。

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2009年7月22日 (水)

今年の平和旬間行事

毎年8月6日から15日までを平和旬間としております。司教協議会会長である岡田大司教様のメッセージが、中央協のHPに掲載されておりますので、ご一読下さい(こちらをクリック)。

新潟教区の「正義と平和委員会」が企画する、今年の平和旬間の行事は次のようになりました。なお新潟で行われるこの講演会以外にも各地区でもそれぞれ行事が計画されていることと思います。メールなどで決まり次第教えてくだされば、この日記で紹介させて頂きます。

講演会と平和祈念ミサ

2009年8月9日(日)午後2時から、カトリック新潟教会にて。

講演会の講師は、大阪教区の和田幹男神父様です。和田神父様はカトリックとプロテスタント諸教派との新共同訳聖書の翻訳作業にあたって、カトリック側の中心的な存在でもある聖書学者であり、神学校の先生でもあります。また主任司祭として司牧の現場でも活躍中です。今回は詩篇46と149に基づいて平和について語って下さいます。

その後3時45分から新潟教会聖堂で、同じく和田幹男神父様司式で、平和祈念ミサが捧げられます。どうぞご参加下さいますように。

なおわたしは今夕から一週間、お休みとさせて頂きます。可能であればその間も更新しますが、正式にはブログは29日からの復帰となります。

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2009年7月21日 (火)

100周年に向けて

昨日の午前中には教区の共済基金の理事会が開催されました。実はわたしは共済基金の理事会のメンバーではないため、今回はオブザーバーとしての参加です。共済基金はもともと伊藤司教様の時代、1971年に開発基金として始まりました。ちょうど教区が形を整える時代で、建物建設や土地購入のために、小教区が資金を出し合って互いに助け合うことを目的にしていました。当時は一億円も積み立てればその運用利益で十分やっていけると計画されていましたが、その後の経済状況の変化から一億に達した後にも現在に至るまで積み立てが継続しています。これまでも多くの小教区や教会関連施設が建設・改修などのために共済基金から資金提供を受けています。教区内の教会などの施設もすでに建設後かなりの時間を経ており、補修や改築、または新築が必要な時期になっています。しかし小さな小教区ではどうしても資金の工面ができませんし、借入金としても返済に苦労が残ります。そのような現実に対応するために、この一年ほど前から共済基金のあり方の見直しをお願いしてきました。見直しの提案はまず経済問題諮問委員会に検討をお願いし、今回の理事会でも話し合って頂きました。今後共済基金内で話を継続して頂き、できるだけ早い時期に組織の見直しができればと期待します。

午後には教区創立100周年の実行委員会を行いました。2012年には、1912年にライネルス師が初代の教区長に任命されて100年、1962年に伊藤司教様が初代教区司教に任命されて50年です。大きなお祭りをすることは考えていませんが、やはりこれまでの歩みをふり返り、それを基盤にして将来の福音宣教への新たな一歩を踏み出す契機にしたいと思います。そのためのアイディアを出し合うために、各地区からお一人ずつに実行委員会への参加をお願いしました。まだ具体的な話は固まっていませんが、記念誌の作成、2012年10月頃の教区大会開催などが提案されています。これからさらに詳しく詰めて参ります。

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2009年7月19日 (日)

連休は会議のために

Kameda090719 今日の日曜日、日本海側は荒れた一日となりました。雨が降る分、気温は下がり涼しいのはよいのですけれど。新潟市内も、お昼あたりにアフリカのスコールのようなすさまじい雨が何度も繰り返して降りました。

さてこの日曜日も先月に続き、新潟市内の亀田教会で休養中の主任司祭に代わりミサを捧げてきました。亀田教会に出かけていっていつも感心するのは、ミサの1時間以上前にはすでに信徒会長がきて教会の玄関を開け、やって来る人々を笑顔で迎えることです。わたしは焦るのが苦手なので、例えばミサの前でも5分前に香部屋に入り準備ができる司祭もおりますが、どうしてもそれではばたばたと焦ったままミサに突入してしまい落ち着きません。早め早めに準備をする方が、心を落ち着けてミサに臨むことができますから、何事も早めの準備をしている教会は落ち着きます。また新潟教区内の多くの教会ですでに実践していることですが、亀田教会でもミサの30分前からロザリオの祈りが始まります。さまざまな事情でミサぎりぎりにしか教会に到着できない人もおられるでしょうが、もしそれが不可能でないのなら、少し早めに到着して、ミサ前には心を落ち着けてロザリオでも祈りましょう。聖堂内で祈りの声が響いていると、当然、祈り以外の私語をすることもなくなります。扉を開けると直接聖堂内という構造の教会ではありがちですが、どうしても聖堂の後ろの方でおしゃべりをする誘惑に駆られる方も少なくありません。聖堂はやはり祈りの場ですから、静寂を保ちたいと思います。そのためにも一同で心を合わせて、祈りのうちにミサの準備をするのはすばらしいことです。ミサ以外にも、できる限り聖堂を祈りの場として活用するように心掛けて頂ければと思います。先週の日曜にミサを捧げた米沢では、信徒の方の発案で、週日夜の聖体礼拝やロザリオの祈りが始まるとうかがいました。聖堂をその名の通り「聖」と保つように、それぞれの小教区で何ができるのか可能性を探って下さい。(写真は亀田の聖堂入り口)

今夜は18時から教区信徒使徒職協議会の役員会があり、教区各地から代表が新潟教会に集まります。そして明日は午前中に教区共済基金の会議があり、その後教区100周年の実行委員会が開催される予定です。

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2009年7月18日 (土)

「いなほ」と「かもしか」

Civ_2 「いなほ」と「かもしか」は、JR東日本が新潟から秋田を経て青森の路線に走らせている特急の名称であることは、この日記をお読みの読者には周知のことでありましょう。12時49分に秋田駅を新潟へ向けて出発する「いなほ」に接続するように12時28分には、青森駅からの「かもしか」3両が向かいのホームに到着し、「いなほ」と「かもしか」はしばし秋田駅にてともに並んでその勇姿を見せつけるのであります。そして12時44分に「かもしか3号」は再び青森へ向けて出発。12時49分出発の「いなほ10号」とはしばしのお別れであります。

ところが本日7月18日12時49分に秋田駅を定時出発した「いなほ10号」は、なんとその十数分後に、再び「かもしか」と相まみえたのでありました。

緊急停止とはこのことか。窓際においたジュースが吹っ飛びました。何事かと思いきや、アナウンスに曰く。「ただいまカモシカと接触いたしましたので、緊急停止いたしました。安全確認と車輌点検を行います」とのこと。カモシカと再び相まみえたのでありました。もちろんその姿は車内から確認はできませんでしたが、哀れなカモシカはどうなったことか。その安否についてのアナウンスはありませんでした。しかし衝突したのがカモシカであると確信を持って断定できるということは、負傷のカモシカがどこかへ逃げていったわけではなかろう事を推測させます。いずれにしろあの山の中で、天気も悪い中、車外へ出て車輌点検をされた乗務員さんには大変であったと思います。20分遅れて出発。冬場や暴風雨の時に遅れが出るのは当たり前の羽越線ですから苦にはなりませんが、カモシカと接触とは想像もしませんでした。

というわけで木曜の二つの会議後東京に泊まり、金曜の朝の飛行機で羽田から秋田へ。聖体奉仕会で所用を済ませて、新潟へ戻りましたが、会議が続くと日記に書くことがなくて残念です。なんといっても会議室に座りっぱなしで、カモシカとの出会いくらいしか普段と異なることはないのですから。

さて新潟に戻ってみると教皇庁大使館から大きな封筒が。中身は写真の本でした。先日発表された教皇様の回勅「Caritas Veritate」の英語版です。回勅など教皇様の文書や教皇庁の文書は、イタリア語を始めいくつかのヨーロッパ言語で直接バチカンから発行されます。バチカンがラテン語版を出して、それを各国の司教協議会が自国語に翻訳するのではなく、最初からいくつかの主要言語はその言葉で記されたか翻訳されてバチカンから出版されるのです。今回の回勅は、英語、仏語、独語、伊語、ポーランド語、ポルトガル語、スペイン語で最初から出版されています。これ以外の言語、例えば日本語などに関しては、これらを原典として各国の詩経協議会が翻訳と出版をするのです。で、今回届いたのが、教皇様の文書が出る度に世界中の司教に配布される定型版です。早速読まねばなりません。

教皇様ご自身は回勅について次のように述べられています。

「他の教導職文書と同じように、今回の回勅も、21世紀の人類にとって根本的に重要な社会問題に関する教会の分析と考察をあらためて取り上げ、継続し、深めます。とくに今回の回勅は、パウロ六世が40年以上前に『ポプロールム・プログレッシオ』の中で述べたことにあらためて結びつけられます。・・・最近の数か月間、詳しく報道されているとおり、世界情勢はさまざまな大問題と顕著な不平等という「つまずき」を示し続けています。この不平等は、過去の努力にもかかわらず、変わっていません。深刻な社会的・経済的不平等を示すしるしが存在します。そのため、諸国民の発展における格差を是正するために、もはや先送りの許されない改革が求められます。・・・重要なのは、深い意味での道徳的・文化的な刷新と、共通善のために下すべき決定に関して責任のある識別を行うことです。・・・発展をグローバルなしかたで書き直す、新たな経済計画が必要とされています。そのために、神と、神の被造物としての人間に対する責任に基づく基本的な倫理を基盤としなければなりません。(7月8日の一般謁見の言葉から一部引用)」

ところで先ほどインターネットを見ていたら、教皇様の右手になにやらギブスのようなものがあるではありませんか。どうしたのだろうとニュースを見てみたら、なんと教皇様は16日の夜に夏休みで滞在中の宿舎の風呂場で転んで、右手首を骨折したというではありませんか。しかも17日には手術まで受けられたとか。大事にならずに何よりでしたが、教皇様の早い回復のために、どうぞお祈り下さいますようにお願いいたします。

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2009年7月15日 (水)

水曜なのだが月曜会

新潟も今日は暑い一日となりました。日中は30度を超えていた模様です。夕方からはちょっと曇り始め涼しくなりました。今日は水曜日でしたが「月曜会」の日でした。その前に、新潟清心中学高校の曳田校長先生と宗教担当の吉田先生が司教館までこられ、学校におけるカトリック的宗教性を深めるためのさまざまな取り組みについて話し合いました。曳田校長ご自身はカトリック者ではないものの、聖書の話や祈り、そして聖堂における宗教的厳粛さなどを大切に考えて下さる方です。その真摯な姿勢は、時に私たち信仰者以上と感じることもあります。シスター方がいなくなった今、カトリック的精神を保つために頼りとなるのは、信徒の教職員たちと宗教担当教員です。そして彼らを通じて全教職員に、カトリック精神が少しでも伝われば、カトリックのミッションスクールとして運営していけるだろうと期待しています。聖堂では毎月ミサも行われるようになりました。それ以外にも毎月みことばの祭儀を吉田先生が行っているとうかがいました。毎週水曜日には全校生徒向けに聖書の話もあるそうです。またこれまでと同様に、静修やクリスマス等の記念日などのミサも行われています。もし教区の人材に余裕があれば、司祭をチャプレンとして派遣することもできるのでしょうが、ちょっとそこまで余裕がないのが残念です。

そして月曜会。暑い中皆さん良く集まり、小聖堂は一杯でした。このところミサの朗読は、人間の常識を越えた神の不思議なご計画の話が続いています。特に平日のミサの第一朗読は、旧約から救いの計画のために関わった人々の話が連続して朗読されました。私たちはその結末を知っていますから、理不尽な出来事の話でも読み続けることが可能ですが、考えてみれば、その先がどうなるかを知らなかった当事者たちは、かなり当惑したのではなかろうかと思うのです。また周囲も、「どうしてこの人が選ばれるのだ」と困惑したり、「なぜこんな理不尽なことが許されるのだ」と困惑したことでしょう。でも神のご計画は、今日の福音に「知恵あるものではなくこの幼子に示して下さった」とあるごとく、人間の常識からはかくあるべしというところに落ち着くことなく、それを裏切るような形で示され続けるのです。目前に起こっているさまざまな出来事のうちに、どのような神の計らいがあるのか、信仰の耳を傾ける努力を怠らないようにしたいと思います。また、人間的常識で落ち着くことの連続には、もしかしたら神の計らいは存在しないのかもしれないと、祈りのうちに識別してみることも必要かもしれません。

昨日は東京で一日会議でした。明日もまた会議です。午後のカリタスの会議だけの予定が、午前中には先日の福音宣教のこれからを考える集いの「その後」を考える会議があります。金曜日には秋田へ行くことになりました。暑さの中、皆様も体調だけはしっかりと保つように気をつけましょうね。

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2009年7月13日 (月)

仙台で人権シンポジウム

Sendai0902 土曜日には社会司教委員会主催で人権シンポジウムを仙台で開催しました。司教団は世界人権宣言60周年にあたり、昨年12月に「すべての人の人権を大切に」というメッセージを発表していますが、それに基づいて社会系の委員会のそれぞれの活動に関連して、人権を考えるシンポジウムを開催することにいたしました。教会の社会活動は、究極的には神から与えられたたまものである一人ひとりの生命が尊重される世界を生み出すことにあるのですから、人権宣言の根底に流れる一人ひとりの人権を守るという思想と結びつくものがあります。

土曜日の午後2時から元寺小路教会で開催されたシンポジウムには、仙台だけでなく仙台教区内の他県や新潟教区の山形県などからも参加者があり、200人を超える(もしかしたら300人くらいはおられたかもしれませんが)参加者がありました。当日は社会系の各委員会の日頃の活動に関する展示や書籍類の販売もありました。(写真上は当日の会場の様子。写真下左が、カリタスの展示)

それぞれの教会管区で開催されるシンポジウムでは、毎回3名の司教が話をすることになっています。今回は谷司教と平賀司教とわたしの当番で、司会を松浦司教が行いました。わたしの話は、基本的に10月の正平協全国大会でさせて頂くお話のダイジェスト版でした。なにせ今回のシンポジウムで与えられた時間は30分ですから、かなり早口でまくし立ててしまいました。内容的にはいつもお話ししていることなのですが、10月にはもう少しゆっくりとお話しできるかと思います。

わたしのテーマは「貧困と開発」。わたし自身は、8年間のアフリカ・ガーナの生活に始まり、95年以降、今に至るまでカリタスジャパンを通じて国際援助に関わってきましたし、その間7年ほどは国際カリタスの理事国として会議にも参加して、かなり現場を体で感じてきたつもりでいます。またそれを基にして大学で講義をすることもできました。そういったあたりをまとめてお話ししていますが、現在はさらに、それでは教会はこういった問題をどう考えているのかというあたりまで含めてお話しさせて頂いています。

今回のお話から付け加えたことのひとつに、ヨハネパウロ2世の次の言葉があります。

「発展とは、富める国が現在享受している生活水準にすべての人を引き上げることではなく、労働を結集してよりふさわしい生活を築き上げること、個々人の尊厳と創造性、そして天職、すなわち神の召し出しにこたえる力を具体的に高めることなのです」

これはヨハネパウロ2世回勅「新しい課題」の29に記された言葉です。人口的に少数である先進国の生活レベルに、人口的に多数である途上国を引き上げることが発展であるとするならば、それは必ずや地球資源のパンクを意味することになります。そうではなく、それぞれ一人ひとりの生命に与えられた神からの「召しだし」、または「使命」といってもいいかもしれません、それを100%生きることができるような具体的可能性を生み出すことが求められています。国際社会がこの数10年求めてきた「人間開発」の理念に限りなく近い考え方でもあります。

ところで以前、仙台で黙想会をしたときに、聖堂に二階で激しく祈る三人の影について記したことがあります。その三人の写真が下の右です。殉教者の祈る姿です。

Sendai0903 Sendai0901 

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米沢にて

Takamiyonezawa 先週土曜日の仙台行きの前に、金曜日に米沢へ行きました。新潟から仙台へ行くには、新幹線の大宮乗り換えよりも、磐越道を通って郡山から東北道で仙台へ車で行く方が便利です。しかし米沢はこのルートからちょっと外れています。米沢へよったのにはもちろんわけがありました。

今回の仙台でのシンポジウムに参加する高見大司教と松浦司教のお二人が、この機会に米沢の殉教地を訪れたいと希望されていたので、それならばとわたしも合流して、米沢から仙台へはわたしの車でご案内することにしたのです。

米沢教会の成田主任司祭にも加わって頂き、北山原殉教地で祈りを捧げて頂きました。またお昼には上杉伯爵邸で一緒に食事をいただきました。上杉伯爵邸はわたしも初めて入りましたが、明治29年(1896年)に上杉家14代上杉茂憲(うえすぎもちのり)伯爵の居宅としてこの地に建築されたもので、登録有形文化財だそうです。米沢は大河ドラマ「天地人」のおかげで大勢の観光客が訪れており、この日も金曜日という平日のお昼であったのに、上杉伯爵邸も客で一杯でした。両司教には次回は巡礼団でも率いて、北山原を訪れて頂ければと思います。また北山原の地も、今回の感謝式典にあわせて祭壇や掲示を整備しましたが、今後も少しずつさらに巡礼地としてふさわしく整備を続けて行ければと思います。(写真は殉教地について成田主任司祭の説明を受ける両司教)

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2009年7月 9日 (木)

東京教会管区会議終了

Irkutsk0906_2  昨日午後から今日の昼にかけて、さいたま教区の那須で、東京教会管区の会議が行われました。東京教会管区は、東京、横浜、さいたま、新潟、仙台、札幌の6教区で構成されれており、その司教と事務局長、司祭の代表などが集まりました。新潟からは司教総代理の川崎師、事務教区長の大瀧師、そしてわたしが参加しました。毎年一回、この時期に開催され、さまざまな課題について意見を交換します。今年は特に、先日行われた福音宣教のこれからを話し合う集いに関連して、各教区の今後の取り組みについての意見交換や、実際に教区を運営する上での事務局の役割についての情報交換などが行われました。また特に横浜教区が取り組んでいるさまざまな司牧指針の整備や制度の改革、また学校法人の機構整備などについて話をいただき大変参考になりました。

この会議は毎年管区内の教区持ち回りで行われます。当番教区の司教が司会です。昨年は新潟でしたのでわたしが司会をしました。これで司教になってからすべての教区を回りました。来年の当番は東京です。司教に任命された2004年、まだ叙階されていなかったものの、佐藤司教の代わりに川崎師と一緒に東京で開催された管区会議に出たのが始まりでした。

明日は朝から米沢を経由して夕方には仙台に入る予定です。米沢を経由するわけは、また戻ってから報告します。なお土曜日の午後には仙台で人権セミナー、日曜日は米沢教会でミサの予定です。インターネットの接続がなければ次の更新は日曜日以降です。(写真は記事と関係ないですが、先日訪問したイルクーツクのカテドラル聖堂内部にあるマリア像。マリア様が立っている背景はロシアの形に茂った木です)

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2009年7月 7日 (火)

Caritas in veritate

7月7日、バチカンではさまざまなことがありました。日本人にとって一番注目すべきは教皇様と麻生総理との会見でしょう。どのようなことが話し合われたかは外交上の秘密でしょうから明らかにはされないでしょうが、バチカンのプレスリリースでは、特にアフリカへの支援問題について意見を交わしたとのことです。麻生総理個人にとっても、また日本政府にとっても実りある会見となったことを願います。

ところで本日教皇様は、長く待たれていた回勅を発表されました。今回のタイトルは「Caritas in veritate」です。「真理における愛」とでも訳すのでしょうか。正式な訳は後日中央協から発表されるでしょう。この回勅はいわゆる社会教説で、主に経済問題について取り扱っているはずです。すでに07年12月のアドリミナの際に、原稿の執筆を手助けしているスタッフから主なポイントは出来上がって教皇様に提出されたという話を聞いていました。当初は08年の6月頃に発表の予定と聞いていましたが、その後の経済危機に対応してかなりの部分を書き直したという話を聞きました。そのために回勅の発表が今日までずれ込んだのです。まだ断片的にしか目にしていませんが、すでにテキストが公開されていますので、なるべく早い時期に読んでみたいと思います。(同回勅の発表を待望していた頃の日記はこちら

本日は教区司祭の静修の後半と幼稚園の園長会でした。明日と明後日はさいたま教区内で、東京教会管区の会議です。司教総代理の川崎師と事務局長の大瀧師とともに出かけて参ります。

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2009年7月 6日 (月)

「教会の社会教説綱要」邦訳完成

Compendium 先週末は木曜日の社会司教委員会の後すぐに、羽田から秋田へ飛んで、そのまま聖体奉仕会へ出かけました。金曜日と土曜日に、聖体奉仕会の会員総会があったのです。普段は各地で活動している会員も含め、21名が総会に集まりました。金曜日は黙想の一日。わたしの講話の後に全員と個人面接をいたしました。丸一日かかります。そして土曜日には会員総会でさまざまな課題について話し合い、午後には役員選挙も行われました。会長には小川さんが再び選ばれました。会員の高齢化も進んでいますが、聖体奉仕会として与えられた使命に常に忠実に生きることを毎日の祈りの生活の中で思い出し、互いに良く助け合いながら共同の奉献生活を営んでいいただきたいと思います。その生きる姿勢そのものや、訪れる巡礼者への迎える姿勢(ホスピタリティ)、そして日々の祈りの姿が、まさしく宣教となるのですから。

日曜日には新潟に戻る前に、聖体奉仕会のメンバーと一緒に御聖体を持って、高橋信子さんを訪問することができました。前回は2007年の8月でした。もうすでに2年以上も困難な闘病生活を続けてこられた高橋さんは、私たちの訪問をすてきな笑顔で迎えて下さいました。お祈りと聖体拝領のあと、ご主人のいれて下さったおいしいコーヒーをいただきながら、そして高橋さんや生徒さんの製作されるクレイフラワーの美しい雰囲気の中で、一時を過ごすことができました。闘病生活の困難さの中にも、信仰における生命の輝きを感じさせて頂きました。

さて、話は変わって、翻訳が待ち望まれていた「Compendium of the social doctrine of the Church」の邦訳が完成し、この度カトリック中央協議会から「教会の社会教説綱要」として発行されました。この本は、中央協のホームページによれば、「19世紀末に発布され、教会内外に多大な影響を与えた教皇レオ十三世の回勅『レールム・ノヴァルム』。この文書以降、激動の20世紀を経て、教会は社会に関する教えをさまざまな公文書を通して表現してきました。この教会の「社会教説」の豊かな蓄積を初めて公式に体系化したのが本書です。120年近きにわたる教導権の考察の実りが一冊にまとめられました」という貴重な一冊です。上掲写真の左が原本の英語版で、右が日本語版です。原本は2004年に教皇庁の正義と平和評議会がまとめたものです。07年12月にアドリミナで正義と平和評議会を訪問したとき、議長のマルティーノ枢機卿が盛んにその中身を自慢しておられ、早く邦訳するようにと促されたのを憶えています。非常に厚い書物ですので、邦訳も容易ではなかったと翻訳者から聞きました。ご苦労様でした。教会が社会のさまざまな問題に対して、どういう公式な立場をとるのかが網羅されています。頭から順番に読み進める必要はなく、テーマに応じて拾い読みすることもできます。500ページの大冊ですからお値段もちょっと張りまして、3000円に消費税です。また邦訳の冒頭には、教皇大使アルベルト・ボッターリ大司教が、6ページにも及ぶ挨拶文を寄せて下さり、この書物の持つ重要な意味を分かりやすく解いて下さっています。

本日月曜日は午前中から聖母学園の理事会。午後からは教区の顧問会。そして夕方からは教区司祭の月の集まりです。暑くなりました。お身体大切に。

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2009年7月 2日 (木)

イルクーツク点描・その2

Baikal0901 イルクーツクはバイカル湖のすぐそばにある町です。バイカル湖はその面積が琵琶湖の46倍はあるという事で、まさしく海のような湖です。また深さと水の透明度でも有名で、深さは1600メートルを超え、世界遺産にも登録されているとか。イルクーツクまで出かけたら、バイカル湖に行かない手はありません。

イルクーツクの町を抜けると広大に広がる森林地帯を道路がまっすぐに、しかしかなりの上下のうねりをもって湖に向かってのびています。対面交通の片側一車線を、すさまじいスピードで皆とばしていきます。イルクーツクの町から1時間ほどで、この湖から唯一水が流れ出すアンガラ川との境に到達します。アンガラ川はここからイルクーツク方面へと流れ、イルクーツクの町の目の前に巨大なダムが建設されており、ここで豊かな水資源を使った水力発電が行われています。このためイルクーツク地方では電気代が他の地方に比べて安いという話も聞きました。アンガラ川とバイカル湖の境目には小さな岩が存在しています。その岩のいわれを聞かされましたが、残念ながら忘れてしまいました。

イルクーツク教区ではバイカル湖の近くに黙想の家を持っています。この家は先代のマズール司教が、まだカテドラルを建設する以前から建てていたもので、特に若者のグループや信徒の黙想、そして教区の様々な集まりのために活用されています。この日も若者のグループが泊まり込みの合宿を行っていました。ちなみに6月ですでに学校は夏休みです。9月までの長い休みですから、こういったキャンプや合宿は大切な行事です。裏庭の斜面では、ボランティアできているという若い女性たちが、草刈りにいそしんでいました。(写真下が、黙想の家の前で青年たちと歓談するキリル司教)

そしてキリル司教さんたちと、バイカル湖へ。道沿いには様々なボートがお客さんを待って並んでいます。一時間ほどの湖の周遊をしてくれるボートです。このボートに乗り込む前に必需品を。日本人ならここでビールでしょうが、バイカル湖といえばこの湖に固有の魚オームリです。ボート乗り場の近くにはちょっとしたマーケットができており、そこで薫製やら焼き魚やラムし魚やらに調理されたオームリを売っています。パンと一緒に購入して、透明度抜群の湖上へ。ちょうど良いさわやかな風に吹かれながら、キリル司教さんたちとオームリを頬張りました。けっこう指に独特の油の香りが残るけれど、おいしい魚です。(写真上がオームリとパン)

Baikal0902

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2009年7月 1日 (水)

今年も後半へ

7月になってしまいました。今年も後半に入りました。月初めにあたりいつものように今月の主な予定を記しておきます。

  • 7月1日 カリタスジャパンの会議(東京)
  • 7月2日 常任司教会議と社会司教委員会(東京)
  • 7月3日~5日 聖体奉仕会(秋田)
  • 7月6日 幼稚園理事会、教区顧問会、教区司祭静修(新潟)
  • 7月7日 教区司祭静修、幼稚園園長会(新潟)
  • 7月8日~9日 東京教会管区会議(さいたま教区)
  • 7月11日 社会司教委員会人権シンポジウム(仙台)
  • 7月12日 米沢教会
  • 7月14日 カリタスジャパンの会議(東京)
  • 7月15日 水曜日ですが「月曜会」(新潟)
  • 7月16日 カリタスジャパンの会議(東京)
  • 7月19日 亀田教会
  • 7月20日 教区の諸会議 (新潟)
  • 7月22日から28日頃まで休みを頂く予定です。

ところで8月1日と2日には新潟でカトリック障害者連絡協議会(カ障連)の第10回全国大会が新潟市内で開催されます。すでに参加申し込みを頂いた方も多くおります。当日はボランティアの協力が不可欠です。現在新潟の実行委員会メンバーが会場設営などの問題に鋭意取り組んでおりますが、今後、当日の実行部隊としてのボランティアがさらに必要となるかもしれません。小教区には必要に応じて呼びかけいたしますが、どうか、8月1日と2日に実際にお手伝い頂ける方、ご協力への心づもりをどうかお願いいたします。

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