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2009年7月15日 (水)

水曜なのだが月曜会

新潟も今日は暑い一日となりました。日中は30度を超えていた模様です。夕方からはちょっと曇り始め涼しくなりました。今日は水曜日でしたが「月曜会」の日でした。その前に、新潟清心中学高校の曳田校長先生と宗教担当の吉田先生が司教館までこられ、学校におけるカトリック的宗教性を深めるためのさまざまな取り組みについて話し合いました。曳田校長ご自身はカトリック者ではないものの、聖書の話や祈り、そして聖堂における宗教的厳粛さなどを大切に考えて下さる方です。その真摯な姿勢は、時に私たち信仰者以上と感じることもあります。シスター方がいなくなった今、カトリック的精神を保つために頼りとなるのは、信徒の教職員たちと宗教担当教員です。そして彼らを通じて全教職員に、カトリック精神が少しでも伝われば、カトリックのミッションスクールとして運営していけるだろうと期待しています。聖堂では毎月ミサも行われるようになりました。それ以外にも毎月みことばの祭儀を吉田先生が行っているとうかがいました。毎週水曜日には全校生徒向けに聖書の話もあるそうです。またこれまでと同様に、静修やクリスマス等の記念日などのミサも行われています。もし教区の人材に余裕があれば、司祭をチャプレンとして派遣することもできるのでしょうが、ちょっとそこまで余裕がないのが残念です。

そして月曜会。暑い中皆さん良く集まり、小聖堂は一杯でした。このところミサの朗読は、人間の常識を越えた神の不思議なご計画の話が続いています。特に平日のミサの第一朗読は、旧約から救いの計画のために関わった人々の話が連続して朗読されました。私たちはその結末を知っていますから、理不尽な出来事の話でも読み続けることが可能ですが、考えてみれば、その先がどうなるかを知らなかった当事者たちは、かなり当惑したのではなかろうかと思うのです。また周囲も、「どうしてこの人が選ばれるのだ」と困惑したり、「なぜこんな理不尽なことが許されるのだ」と困惑したことでしょう。でも神のご計画は、今日の福音に「知恵あるものではなくこの幼子に示して下さった」とあるごとく、人間の常識からはかくあるべしというところに落ち着くことなく、それを裏切るような形で示され続けるのです。目前に起こっているさまざまな出来事のうちに、どのような神の計らいがあるのか、信仰の耳を傾ける努力を怠らないようにしたいと思います。また、人間的常識で落ち着くことの連続には、もしかしたら神の計らいは存在しないのかもしれないと、祈りのうちに識別してみることも必要かもしれません。

昨日は東京で一日会議でした。明日もまた会議です。午後のカリタスの会議だけの予定が、午前中には先日の福音宣教のこれからを考える集いの「その後」を考える会議があります。金曜日には秋田へ行くことになりました。暑さの中、皆様も体調だけはしっかりと保つように気をつけましょうね。

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