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2009年7月13日 (月)

仙台で人権シンポジウム

Sendai0902 土曜日には社会司教委員会主催で人権シンポジウムを仙台で開催しました。司教団は世界人権宣言60周年にあたり、昨年12月に「すべての人の人権を大切に」というメッセージを発表していますが、それに基づいて社会系の委員会のそれぞれの活動に関連して、人権を考えるシンポジウムを開催することにいたしました。教会の社会活動は、究極的には神から与えられたたまものである一人ひとりの生命が尊重される世界を生み出すことにあるのですから、人権宣言の根底に流れる一人ひとりの人権を守るという思想と結びつくものがあります。

土曜日の午後2時から元寺小路教会で開催されたシンポジウムには、仙台だけでなく仙台教区内の他県や新潟教区の山形県などからも参加者があり、200人を超える(もしかしたら300人くらいはおられたかもしれませんが)参加者がありました。当日は社会系の各委員会の日頃の活動に関する展示や書籍類の販売もありました。(写真上は当日の会場の様子。写真下左が、カリタスの展示)

それぞれの教会管区で開催されるシンポジウムでは、毎回3名の司教が話をすることになっています。今回は谷司教と平賀司教とわたしの当番で、司会を松浦司教が行いました。わたしの話は、基本的に10月の正平協全国大会でさせて頂くお話のダイジェスト版でした。なにせ今回のシンポジウムで与えられた時間は30分ですから、かなり早口でまくし立ててしまいました。内容的にはいつもお話ししていることなのですが、10月にはもう少しゆっくりとお話しできるかと思います。

わたしのテーマは「貧困と開発」。わたし自身は、8年間のアフリカ・ガーナの生活に始まり、95年以降、今に至るまでカリタスジャパンを通じて国際援助に関わってきましたし、その間7年ほどは国際カリタスの理事国として会議にも参加して、かなり現場を体で感じてきたつもりでいます。またそれを基にして大学で講義をすることもできました。そういったあたりをまとめてお話ししていますが、現在はさらに、それでは教会はこういった問題をどう考えているのかというあたりまで含めてお話しさせて頂いています。

今回のお話から付け加えたことのひとつに、ヨハネパウロ2世の次の言葉があります。

「発展とは、富める国が現在享受している生活水準にすべての人を引き上げることではなく、労働を結集してよりふさわしい生活を築き上げること、個々人の尊厳と創造性、そして天職、すなわち神の召し出しにこたえる力を具体的に高めることなのです」

これはヨハネパウロ2世回勅「新しい課題」の29に記された言葉です。人口的に少数である先進国の生活レベルに、人口的に多数である途上国を引き上げることが発展であるとするならば、それは必ずや地球資源のパンクを意味することになります。そうではなく、それぞれ一人ひとりの生命に与えられた神からの「召しだし」、または「使命」といってもいいかもしれません、それを100%生きることができるような具体的可能性を生み出すことが求められています。国際社会がこの数10年求めてきた「人間開発」の理念に限りなく近い考え方でもあります。

ところで以前、仙台で黙想会をしたときに、聖堂に二階で激しく祈る三人の影について記したことがあります。その三人の写真が下の右です。殉教者の祈る姿です。

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