« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月31日 (土)

土曜日は会議が二つ

本日の土曜日は教区の会議が二つ。午前10時からは「新潟ハバロフスク信徒交流会」の会議がありました。これまでのメンバーと、先日ハバロフスクを訪問して下さったメンバーの合同会議で、今後の継続と、特に来年夏に予定されている青年の交流会について話し合いました。今後もう少し内容を検討して、交流のメンバーでもあり青年担当の坂本師から、青年たちへの呼びかけが行われることになります。来年は青年以外の交流も考えていますから、興味のある方は情報をお待ち下さい。

午後からは8月に開催されたカトリック障害者連盟の新潟大会についてのふり返りの会議がおこなわれました。大会の実行委員を務めて下さった新潟教区の信徒の方々と、本部事務局から18名の方が参加して下さいました。障害を持っておられる信徒の方と、いわゆる健常者の信徒がともに協力し合ってより良い教会共同体を生み出していくことができるように、今後は新潟でも何らかの組織を造り上げていくことが確認されました。今後検討が継続します。大会にご協力頂いた皆様ありがとうございました。また今日の会議でも指摘されたことですが、健常者は障害を持った方々の声にもっと耳を傾けなければならないと思います。推測ではなく、はっきりと互いに声を出し合って意見を交わし、より良い選択を重ねていくことが必要であると思います。

下の左はハバロフスク会議。右がカトリック障害者連盟の会議。

Khaba09meeting Kashoren09meeting

|

秋の終わりに

Grotto09fall あと数時間で10月も終わり、11月になると一気に冬モードに入りそうな天候のようです。写真は新潟教会のルルドの様子です。下の写真は、先日訪れた佐渡島にある両津教会です。司教総代理の川崎神父様が主任司祭です。新潟からのフェリーが到着する両津港から歩いて15分ほど。両津の街並みの中に、道を挟んで幼稚園と教会が建っています。教会は「島民が選んだ佐渡の宝、佐渡100選」にも選ばれており、明治20年(1887年)の献堂です。教会自体はパリ外国宣教会のよって明治11年(1878年)に始まりました。歴史のある建物であり、佐渡の皆さんからも愛される建造物となっております。佐渡では、今話題の「トキ」の飼育を行っているセンターにも出かけてみました。放鳥されたトキの群れに出くわすことはありませんでしたが、センターで飼育されている数多くのトキを見ると、将来佐渡の空をトキの大群が飛ぶ日も夢ではないかなと思わせるものがありました。

明日、11月1日は諸聖人の大祝日。そして2日は死者の日です。今年の諸聖人の祝日は日曜日に重なっていますが、重要な意味を持つお祝いですので、主日のミサに優先して祝われます。マタイの福音のいわゆる「真福八端」が朗読されます。イエスご自身の生き方がそれを生き抜かれたのであり、そしてその後に続いた聖人たちは、まさしく自分の限界と足りなさを知りながら、神にすべてを委ねて、同じ「真福八端」の福音的価値観を生き抜こうと努力をしたのです。私たちも聖人たちの取り次ぎによって、すこしでもこの同じ福音的価値観を生きることができるように、そして少しでも天国に近づくことができるように、今の生き方を振りかえる一時をもちたいと思います。

そして以下、死者の日について、昨年の同じ日、教皇様がお告げの祈りで語られた言葉から引用します。

「今日、わたしたちは・・・亡くなったすべての信者を記念します。彼らは「信仰をもってわたしたちに先だち・・・・キリストのうちにいこう」(第一奉献文)人々です。わたしたちキリスト者が死者とともに信仰の真理を生き、啓示の光のもとで死と来世のいのちを見つめるのは、とても重要なことです。・・・今日わたしたちは永遠のいのちへの希望を新たにします。この希望は実際にキリストの死と復活に基づいているからです。・・・キリスト教の希望は単に個人的なものではありません。それは常に他の人のための希望でもあります。わたしたちの存在は互いに深く結び合わされています。わたしたち一人ひとりが行うよいこと、悪いことは、かならず他の人にも影響を及ぼします。こうして、世を旅する霊魂の祈りは、死後に清めを必要とする他の霊魂を助けることができます。だから教会は今日、わたしたちが亡くなった愛する人のために祈り、彼らの墓前で時を過ごすようにと招きます」

死者の日にあたって、亡くなられた先達に思いを馳せ追悼の祈りをささげるだけではなく、私たち自身の、死と復活についての信仰を新たにいたしましょう。私たちは、本当に永遠のいのちへの希望を自覚しているでしょうか。イエスの復活の神秘を肌で実感する信仰をもっているでしょうか。

Ryotsu0901 Ryotsu0902

|

2009年10月29日 (木)

先日の秋田から写真が

先日の日曜日に行われた秋田教会の堅信式。写真のデータを信徒の方(藤本さん)からおくって頂きました。その中からの2枚を下にアップしました。秋田教会は新潟教区の中でも大きい方の小教区です。新潟の高田教会と秋田教会の二つが所属信徒数では一番多い方ではないでしょうか。堅信を受けられた皆様、あらためておめでとうございます。秋田教会の皆様、これからも善い共同体づくりを心掛けて下さい。善い共同体のないところに福音宣教はありませんから。

さてこの数日ですが、一昨日は新潟カリタス会の理事会がありました。その中で詳しく報告されましたが、先日、新潟で国体の直後に開催された障害を持っている方々のスポーツ大会の折に新潟を訪れた高円宮妃、憲仁親王妃久子様が、見附の施設を訪問して下さいました。当日は主に乳児院を見学されました。新潟県で乳児院といえば新潟カリタス会の運営する見附の施設ですから、県側からの推薦であったということです。県の公式な催しなので、立ち位置から写真撮影位置まで指定があり、リハーサルを重ねたり、施設関係者は大変だったと思います。久子様には時間を超えて子どもたちと交わっていかれ、非常によい訪問となったということでした。

昨日はカリタスジャパンの会議で東京へ。そして今日はこれから佐渡へ渡ります。佐渡島はもちろん新潟教区にありますし、小教区と幼稚園がありますが、訪問するのは久しぶりの二回目です。フェリーで2時間半、ジェットフォイルで1時間の距離です。台風を心配しましたが、天気も良いようです。また戻ってきてから佐渡の様子をお知らせいたします。

Akitaconf05 Akitaconf06

|

2009年10月26日 (月)

秋田教会堅信式

Akitaconf01 昨日の日曜日は、秋田教会の堅信式でした。朝9時からの主日ミサで、12名の方が堅信を受けられました。今年は秋田教会を訪れるのは初めてではないのですが、前回はお祝い事でしたから、昨日の日曜が、司教公式訪問のミサということになりました。とてもすばらしく晴れ渡った日曜日でした。つい数年前までは長崎南山高校の校長先生だった永山誠主任司祭(神言会)は、式の前日もまた日曜日のミサの前にも、熱心に堅信式の練習と侍者の練習を重ねて下さり、とてもスムースな典礼になりました。さすがに高校の先生だっただけあり、受堅者の名前のカードも実用的なサイズで、とても分かりやすく助かりました。前回のお祝いの時には緊張のあまりか永山師が福音の箇所を間違えて朗読し、説教の私はちょっとばかり汗をかきましたが、今回は間違えずに朗読。感謝。

受堅者の中には聖霊の生徒さんが4名も。シスター方も感激でした。聖霊高校から3名と聖霊短大から1名。そのうちのお一人は、先週堅信を受けた本荘教会の方のお姉さんでした。若い人もいれば、イスに座って懸命な思いで出席して下さったおじいちゃんまで。12名の方々、本当におめでとうございます。ここに詳しくは書けませんが、堅信を受けられたお一人お一人には、洗礼に至るまで、また堅信に至るまで、それぞれの歴史を抱えておられることでしょう。それぞれの意味のある歴史を刻んでこられたと思います。教会の仲間としてこれからも責任ある信徒の役割を果たしていって下さい。期待しています。

ミサ中の写真や受堅者の写真は、撮影して頂いたデータがあとで送られてくると思いますので、またいずれ公開します。

昨日は美しく晴れていましたが、本日は朝から雨。帰りは最上川の紅葉を見て帰ろうと思い、秋田から高速で横手へ抜け、湯沢道路を通って山形県へ。そして新庄を抜けて国道47号線で酒田方面へ向かうとすぐに最上川です。やはり海岸沿いの道とは違い、山沿いの道はきれいに紅葉しておりました。残念なのは、やはり曇り空と雨。光が足りないので写真もうまく撮れずに残念でした。国道7号線経由よりも時間は多少かかりましたが、それなりにリフレッシュのドライブで新潟へ戻ることができました。

ところでうわさされていたとおり、教皇様は土曜日に、教皇庁正義と平和評議会の議長、レナート・マルティーノ枢機卿の引退を認め、新しい議長として、ガーナのケープコースト教区大司教のピーター・コジョ・アッピア・タクソン枢機卿を任命されました。タクソン枢機卿は61歳。今後の活躍がもっとも期待されている枢機卿の一人です。

Akitaconf03 Akitaconf04

|

2009年10月21日 (水)

寒くなってきました

段々と秋も深まり、新潟も朝晩には寒いと感じるようになってきました。先日発表された新潟の中心部古町にある老舗デパート大和(ダイワ)の閉店に続くかのように、本日の新潟日報夕刊にはすぐ隣の三越の横にあるマクドナルドも閉店とか。このマクドナルドは新潟での第1号店ということで、いろいろと思い出がある人も多いのではないでしょうか。また一つ街が寂しくなります。

ご存じの方も多いことと思いますが、山形県を担当して下さっているイエズスマリアの聖心会の司祭、ダミアン・デ・ブースター神父が、10月11日、バチカンにおいて列聖されました。聖ダミアン神父は、モロカイ島の聖人として有名です。19世紀末にベルギーからハワイに宣教師として派遣された聖ダミアンは、当時隔離政策によってモロカイ島に居住していたハンセン病患者のために生涯を捧げ、1889年4月15日、自らもハンセン病のうちになくなりました。聖ダミアンは現在、ハンセン病患者、またHIV/AIDSとともに生きている人たちの取り次ぎ者とされています。聖人をいただいたことに感謝して、イエズスマリアの聖心会では、日本の本部のある茨城県と担当地区である山形県の両方で、11月3日に感謝のミサを捧げることになっています。山形では寒河江において11月3日に私が司式して感謝ミサを捧げる予定です。

ところで昨日、教皇庁が会見を開き、聖公会の信徒をカトリック教会に受け入れることに関する新しい対応について公表しました。会見は教理省長官レヴェイダ枢機卿と典礼秘跡省局長(次官)ディ・ノイア大司教が行い、近く発表される教皇様の宣言(使徒憲章)によって、カトリック教会に加わることを望んでいる聖公会の司教・司祭・信徒のために属人区を設け、その裁治権者には聖公会出身の司教をあてることにするのだといいます。まだ詳しいことは教皇様ご自身の使徒憲章を待たなければなりませんが、カトリック系の報道では、例えばカトリック内に現存する東方典礼のような、独立したいわば「聖公会典礼」がカトリック内に存在するような形になると見られています。いまのところ世界で40万人から50万人近い方が、この形式でカトリック教会の一部となることを望んでいるようです。この件については聖公会側のローワン・ウィリアムズ大司教(カンタベリー大司教)とカトリック側のビンセント・ニコルズ大司教(ウエストミンスター大司教)の二人がロンドンで共同会見を開き、この決定は40年に及ぶ聖公会とカトリックの対話のたまものであり、聖公会内部にあるカトリックに属することを望んでいたいくつかのグループへの回答となると、教皇様の決定に歓迎の意を表明しています。詳しくはまたカトリック新聞などで報道されると思います。まずは教皇様の宣言を待ちたいと思います。

|

2009年10月19日 (月)

本荘教会が創立50周年

Honjo09 秋田県の南部、由利本荘市にあるカトリック本荘教会と、隣接する本荘カトリック幼稚園が、この度創立50周年を迎え、昨日日曜日、感謝ミサと祝賀会が行われました。主任司祭の桃田清明師によれば、「本荘で教会を建て、そこで最初のミサが捧げられた日、1959年1月11日」を創立の日としているとのこと。本荘教会は創立当初から今に至るまで、神言会の宣教師が主任を務めて下さっています。本荘教会の皆様、おめでとうございます。

感謝ミサは、私の司式で、桃田主任司祭、市瀬神言会管区長、大瀧教区事務局長の共同司式で捧げられ、ミサ中には2名の方の堅信式も行われました。普段の日曜日は10名から20名ほどの参加者という小さな共同体ということでしたが、お祝いのために秋田各地から信徒の方が駆けつけ、また新潟を代表してか新発田教会の森田さんも参加され、80名近い参加者で聖堂は一杯となりました。あいにくの雨模様でしたが、それを吹き飛ばすような力に満ちあふれ、そして感謝が溢れるミサになったと思います。

ミサ後には会場を近くのホテルに移し、祝賀会となりました。祝賀会では幼稚園の年長さんによるダンスの披露もあり、また主任司祭と管区長によるデュエットもあり、そして森田さんによる「獅子舞」もあり、楽しい一時を過ごすことができました。

記念誌に記された桃田主任司祭の言葉には、「この地域では外国人信徒が増えている」という指摘があります。以下、桃田師の言葉を引用します。

「秋田県学術国際政策課の調査によると、2008年12月末現在、秋田県に住む外国人登録者数は4、395人でそのうちの7パーセントにあたる334人が本荘由利地方に住んでいます。カトリック信徒が多いフィリピンからの人たちもその中に含まれています。本荘由利地方で少子高齢化、過疎化が進んでいるとはいえ、一方では外国人信徒が増えているのです。これからの教会は国際化が必要であり、フィリピン人を含めた外国人と日本人が互いに近づきあい、協力して神からの恵みが多くの人々にもたらされるように努めること。ここにこの教会の新たな課題があるように思います」

近隣の横手教会や、山形県の新庄教会などと協力して、これからも国籍を超えた教会づくりに取り組んで頂きますように、期待しております。(上の写真は堅信を受けられたお二人。下は祝賀会で、新発田教会の森田さんのリードで、お手製獅子舞をする桃田師始め信徒の方々)

Honjo092

|

2009年10月16日 (金)

信仰を深める巡礼

先日世界遺産に関連して、巡礼についての短い番組を、NHKで偶然目にしました。ヨーロッパ各地の巡礼地についての紹介と、巡礼の意味を探ってみようという趣旨でした。その中で識者の方が、多くの巡礼地は、そこに行って祈ったら病気が治ったというあたりから有名になったという指摘がありました。やはり人は何かがあるから行動に移るのでしょう。と同時に、巡礼はその地に到達するまでのプロセスが大事だという指摘もされていました。その間に祈り黙想し、自らの生き方をふり返ってあらためていくのでしょう。困難に挑戦しつつ巡礼するということには、信仰を深める大切な意味があると感じます。

そんなことを思っていたら、先ほど加茂教会の佐藤勤神父からメールがあり、次のように記されていました。

昨日、15日、亀田教会の6人の信徒が新津教会から加茂教会まで歩いて巡礼に来られました。距離にして約20キロ、9時から歩きはじめて3時半に加茂に到着しました。帰りは近くのJRの加茂駅から亀田駅まで帰りました。

来週かもしくは再来週あたり、加茂教会から三条教会へ。
更に、再び一週間か二週間おいて、三条教会から見附教会への巡礼。その後は見附教会から栃尾教会へ。長岡方面へも足を伸ばすそうです。

そのようにしてこれまで新潟市内の各教会をすべて巡礼し、
亀田から新発田教会、新津教会、新津教会から村松教会へと
徒歩巡礼を重ねてきたそうです。

ちょうど教区100周年に向けていろいろと考えているときに、食事中の雑談の中で、教区内の教会を徒歩回る巡礼はどうだろうかという話が出ましたが、まさしくこの取り組みはそのものです。

|

「信徒養成を考えるグループ」初会合

Satoginsyuku02 今年度始めて任命させて頂いた教区の「信徒養成を考えるグループ」が、昨晩初めての会合を行いました。グループの責任者は大瀧神父で、メンバーとしては坂本神父、信徒の丸山さん(新発田)、関さん(寺尾)、坂口さん(寺尾)です。

このグループができた理由は、教区の優先事項に対応するためです。昨年夏の司牧書簡「福音宣教の使命」に、私は次のように記しました。

1)新潟教区の福音宣教における最優先課題(教区宣教司牧方針の柱)
 宣教司牧評議会における話し合いで指摘された諸点から、次の三つの分野を最優先課題として取り上げ、新潟教区の宣教司牧方針における柱といたします。

A)世代や国籍を超えた交わりの共同体を構築する
B)教区全体の情報共有のネットワークを生み出す
C)継続した信仰養成を充実させ、成熟した信仰者への脱皮を図る

そして3番目の課題のために次のようにすると記しました。

C)継続した信仰養成を充実させ、成熟した信仰者への脱皮を図る
 信徒の継続養成の必要性やカテキズムを信徒リーダーが教えるための養成、典礼の奉仕者の養成など、様々なレベルでの養成や研修の必要性が宣教司牧評議会では指摘されました。そこで養成や研修の内容を充実させ、十分に時代の要請に応えたものとするためにも、教区として担当司祭と信徒の協力者からなる「信徒養成を考えるグループ」を設置し、現場の信仰養成担当者の助けとなることを目指します。
 また各小教区にあっては、求道者へのカテキズムや結婚講座を含めて、信仰養成を最重要の課題のひとつと捉え、司祭に任せきりにするのではなく、信徒も共にその充実に心を配るようにしてください。そのために小教区にあっては、できれば信徒の中から、信仰養成に配慮をする責任者を任命するように心がけてください。

まだ話し合いを始めたばかりですので、どのような方向に進むのかはまだ分かりませんが、今後毎月一度くらいの割合で会合を開き、ある程度の方向性を明確にして、来年の宣教司牧評議会には何らかの報告ができるようにして頂きたいと期待しています。頻繁に会議を開くことができるようにと、このグループの当初メンバーは新潟周辺に限定いたしましたが、今後展開を見ながらメンバーの拡充も考えたいと思います。(写真はこの記事とは関係ありませんが、先日の銀祝で、子どもたちと一緒に唱う佐藤允広師)

|

2009年10月14日 (水)

台湾での黙想会からの写真

9月に参加してきた教皇庁開発援助促進評議会(Cor Unum)主催の黙想会からの写真を、数枚公開してありますので、よろしければご覧下さい。右のサイドバーのところ、「CorUnum09」からお入り下さい。

今日の新潟日報夕刊に大きく掲載されていますが、司教館の近く、古町にある大和デパートが、どうも閉鎖の方向で検討されているようです。金沢が本店の大和デパートは新潟県内に3店舗を展開しているそうですが、どうも赤字決算が続いているようで、不採算部門の整理に乗り出しているようです。すぐ向かいに三越もあることから、それほど大きくない商圏では、客の取り合いになっているのかもしれませんが、ただでさえ活気のなくなっている古町に、大きな打撃です。クリスマス恒例の踊るウサギを見られなくなるのも寂しいですし。

|

2009年10月13日 (火)

佐藤允広師、司祭叙階銀祝

M_sato_ginsyuku113 新潟教区司祭の佐藤允広神父様の、司祭叙階銀祝のお祝いが、体育の日の昨日午前11時から、佐藤師が主任司祭を務める新発田教会で行われました。ミサには教区内外からの13名の司祭をはじめ、200名を超える方々がお祝いに駆けつけて下さいました。全国的によく知られているアントニン・レーモンド設計の新発田教会ですが、普段の4倍近い200名を超える人たちが良く中に入ったと驚きましたが、その分熱気のこもったお祝いのミサとなりました。ミサの司式は私、説教は東京教区の吉池神父様でした。佐藤允広師と吉池師は、ローマで一時一緒に過ごしていたとのことで、その頃からの思い出や吉池師が新潟の青山教会で働いておられた頃の思い出などを中心に、ユニークな佐藤師の司祭として生きる姿勢について語って下さいました。

ミサ後には会場を近くの月岡温泉に移し、清風苑の宴会場で祝賀会となりました。準備して下さった新発田教会の皆様、本当にご苦労さまでした。そして佐藤神父様、25年間ご苦労さまでした。そして50周年を目指して、その頃はすでに80歳を超えておられるでしょうけれども、まだまだ教区のために力を貸して下さい。主任司祭として、また幼稚園の園長として、さらなるお働きに期待しています。

写真はミサ後に一緒に記念写真を準備しているところです。教会前の市道が拡幅整備されたおかげで、今回初めてこのように聖堂を背景にして集合写真を撮影することができるようになりました。

|

2009年10月12日 (月)

上尾教会で講演

Ageo02 昨日の日曜日、朝9時から、埼玉県の上尾教会で主日のミサを捧げる機会をいただきました。生まれて初めて出かけた土地でしたが、主任の中村師も、駆けつけて下さった同教会出身の斎藤助祭も、以前からのお知り合いでしたので、心やすくミサを捧げることができました。実は私は子どもの頃から、見知らぬところへ出かけていくのがとても苦手なのです。上尾教会はそのむかし谷司教様がまだ主任司祭だった頃、そして斎藤助祭が信徒会長だった頃に建てた教会ということで、こぢんまりとしていながらも、100人は充分に収容できる、住宅街の狭い土地を有効に使った教会でした。

当日のミサは、子どもとともに捧げるミサ。というわけで、入堂する前に侍者の小学生が私の方を見つめて、「子どもにも分かる楽しい話をして下さいね」とのリクエストでプレッシャー攻撃。これは困った。子どもミサといっても福音のメッセージが紙芝居で告げられたくらいで、あとは他のミサと変わりません。つまり説教がとても重要となります。必死に頭の中の引き出しを開けて、アフリカの話を一つ引っ張り出してきて、お話しさせて頂きました。子どもにも分かる楽しいお話だったかどうかはわかりません。

さて日曜日に他教区の教会まで出かけたのは、土曜から月曜まで開催された正義と平和協議会のさいたま大会において、日曜日の第8分科会で、カリタスジャパンからのお話をするようにと依頼を受けていたからでした。テーマは教皇様の世界平和の日メッセージから、「貧困と闘い平和を築く」。参加申し込みをされた、各地からおいでいただいた方々と、上尾教会から参加下さった方々、おおよそ60名ほどの方が分科会に参加して下さいました。「分科会」という名称がちょっと堅苦しい印象を与えたのかもしれませんが、要は講演による勉強会でした。参加下さった方々、ありがとうございます。

分科会では、まず私が1時間をいただいて、途上国の現実と貧困の原因、そして発展と開発について、特に教会の考え方を示しながら、基本をお話しさせて頂きました。教会の考えは、特にヨハネパウロ二世の回勅「新しい課題」から多くを引用させて頂きました。そのあとに、カリタス職員の稲江さんが、現実の援助プログラムから、バングラデシュ、カンボジア、ウガンダでの実例を、写真を交えて1時間話しました。質疑応答を経て参加者全員で昼食をいただき散会となりました。

質疑応答の中で、アフリカはさまざまな対立を越えて一つになれないのか、という質問をいただきました。アフリカに長く関わってきた人間として、現実は厳しいけれども、できればそうであって欲しいと私も考えています。かつてアフリカ諸国が第二次世界大戦後に次々と独立を遂げていった時代、タンザニアのジュリウス・ニエレレやケニアのジョモ・ケニヤッタ、そしてガーナのクワメ・エンクルマといった独立運動のリーダーたちは、パンアフリカにズムを理想に掲げて、究極的にはアフリカ合衆国を目指して燃えていました。しかしその理想は、東西冷戦の波に巻き込まれて夢と消えてしまいました。かろうじて1963年に誕生したアフリカ統一機構も力を発揮できずに時は流れ、東西冷戦が終結しても地域紛争や民族対立は深刻さを増し、統一などは夢物語となっていきました。このアフリカ統一機構も、2002年にはEUをモデルにしたアフリカ連合に衣替えしています。かつての独立の父たちの理想には届かないけれど、アフリカの声を一つにする場として、アフリカ連合がさらに力をつけてくれればと、影ながら応援しております。

Ageo01_2

|

2009年10月11日 (日)

平和賞への評価

アメリカ合衆国のオバマ大統領に、ノーベル平和賞が贈られることになったと報道されています。今春には核廃絶への力強いメッセージをプラハで語り、先日の国連安保理の場でも、目に見えるリーダーシップを発揮されているのですから、それに対する評価は当然かもしれません。同時に大統領自身が語るように、その達成は容易ではなく、今の段階ではまだまだどうにも評価をしようにはないのではとも感じます。もっとも国際社会が、その決意を承認したという意味合いはあるともいえます。核廃絶問題に関しては、聖座の立場も含めて、現在発売中の「家庭の友」11月号の「時の話題」に記事を書いておりますので、ご一読下されば幸いです。

さて今回のノーベル平和賞に関して聖座も即座にメッセージを発表しました。バチカンの報道局長ロンバルディ師は、次のような発表をして、今後の進展への期待を表明しています。

「国際社会において平和を推進するために、なかでも核軍縮に賛意を表したオバマ大統領の目に見える貢献を踏まえ、大統領へのノーベル平和賞の贈呈を、バチカンは高く評価します。このような重要な評価が、この貢献をさらに深める事を希望します。もちろんそれは難しいけれども、人類の将来の基礎でもあります。それによって望まれる結果が得られることを期待します」

核兵器の廃絶に向かって取り得る道は、非常に現実的な道になるでしょうし、単なる理想論では語れないところがあるのは当然です。従って、時間がかかることでしょうし、紆余曲折があることでしょう。しかし、聖座が国連の場でたびたび強調してきたように、冷戦時代への後戻りは許されず、今や取り得る道は核軍縮の道でしかないはずです。この期に及んでも、核兵器を開発しようとしたり、それに頼ろうとしたり、それを外交交渉の切り札に利用しようとする国家がこの世界に複数存在することは、嘆かわしいの域を超えています。今回の平和賞贈呈が、力強いメッセージとなることを心から望んでいます。

|

2009年10月10日 (土)

本日は神言会の司祭叙階式

本日午後2時半から、名古屋市の南山教会において、神言修道会の司祭叙階式が行われます。司祭叙階を受けるのは、ともにインドネシア出身のアドリアヌス・レインゲレ・ハヨン師とニコラウス・コンディ師の二人。神言修道会ではすでに30年近くにわたって、OTPと呼ばれる神学生の海外養成プログラムを実施しており、哲学と修練期を自国で終えた神学生が、海外の管区に2年から3年ほど派遣されて、言葉や文化を学び、その後司牧実習をする場があたえられています。プログラム終了後には帰国して自分の管区で神学を続けることもできますし、また日本のように言葉の習得が重視される国では、そのまま残って派遣先の神学院で神学を学び司祭や修道士の道を継続することもできるようになっています。

OTPが制度として確立する以前にも、例えば現在の名古屋の南山大学学長や前学長のように、神学生時代にドイツから日本に派遣され、そのまま神学院生活を叙階まで継続したケースが、世界的にいく例も見られました。また一時は、神学生時代にローマに派遣して、ローマの大学で勉強を始めるというケースもありました。そういった体験を踏まえて、神言会全体の制度としてのOTPが確立したのは80年代半ば頃のことでした。わたし自身が神学院にいる当時は、日本管区は未だOTPを正式に取り入れてはいなかったため、ケースバイケースだったのですが、ちょうどアメリカ合衆国にある神学校との1年間の交換留学のようなものが始まり、83年から84年にかけて、シカゴ周辺で英語を勉強する機会には恵まれました。ちょうど大学を卒業し、大学院を始める時期でした。またその時の出会いが、後に私をガーナへと向かわせたのでした。

現在の日本管区は、積極的に海外からOTPの神学生を受け入れていますし、また日本人神学生がいれば、積極的にOTPに派遣もしています。本日司祭に叙階される二人も、そのようにOTP神学生として来日し、日本語と文化を学び、司牧実習を重ね、その後名古屋で神学を学び、今日の叙階にこぎつけたのでした。お二人とも本当におめでとう。そして今後の活躍を期待します。(ちなみにこの二人が今年3月に助祭に叙階された模様は、神言会日本管区のHPにあります。こちらをクリック)。神言会は新潟教区の秋田地区で働いて下さっていますし、加えて教区の滞日外国人司牧の責任者として長岡にも一人派遣して頂いています。新しい司祭のどちらかが、新潟教区に派遣されることを願いながら・・・。

|

2009年10月 9日 (金)

台風の一日には

Posttaifu 昨日は台風の一日でした。教区の皆様には被害はありませんでしたか。私は昨日朝から常任司教委員会の予定であったので、水曜日の夜に東京へ出ました。会議は10時から予定通りにありましたが、当然すでに台風が東京にも接近しており、潮見への足であるJR京葉線は強風のため運行見合わせ。それでも地下鉄で新木場まで来てカトリック会館へたどり着いた職員の皆さん、ご苦労様でした。午後には四旬節小冊子編集会議も予定通り行われ、その会議の最中に京葉線も走り出した模様でした。朝からずーっと一編成が下りホームに停車していました。上越新幹線も運休と遅延があり、また編集会議が終わってすでに夕方6時頃であったこともあり、結局もう一晩泊まってくることにしました。というわけで新潟に戻ったのは先ほど。写真は昨日夕方6時頃、潮見から見えた、色は悪いですが台風一過の晴天夕焼けの空。左後方に、かすかですが、富士山の山頂が見えています。

今日はもともと臨時特別司教総会のための予備日でしたが、今年は緊急を要する議題もなく、開催は見送りとなりました。おかげで新潟に戻りました。

ところで中央協から、司祭年にあわせて薄いパンフレットが発行されているのをご存じでしょうか。「司祭年開催の告示」というタイトルで、39ページ。定価は160円に税金です。これは教皇様が司祭年を始めるにあたって6月16日に出された、「アルスの聖なる主任司祭の没後150周年を記念する『司祭年』開催を告示する手紙」と、司祭年の意義について語られた「イエスのみこころの祭日の前晩の祈りの講話」を収めたものです。前者は司祭に宛てた手紙ですが、ここに教皇様の意図が良く表されています。手ごろな価格ですし、短いものですから、どうぞお求めになってご一読なさることをお勧めいたします。

|

2009年10月 6日 (火)

アシジの聖フランシスコのお祝い

10月4日がフランシスコ会の創立者であるアシジの聖フランシスコの祝日です。新潟教区では長岡地区の教会をフランシスコ会が担当して下さっています。毎年このお祝いに因んで、10月の第一火曜日の11時に長岡の表町教会に集まり、教区司祭団と一緒にお祝いをすることにしております。そして本日も11時から、長岡の表町教会で一緒にミサを捧げました。教区司祭団も都合の悪い数名を除いて全員が参加。またフランシスコ第三会員を中心に、長岡以外の教会の信徒の方も含めて30名以上がミサに参加して下さり、聖フランシスコの取り次ぎを願ってともにミサを捧げました。またちょうど今日は表町の主任司祭であるブルーノ・ファブリ神父様の霊名の日でもあり、ともにブルーノ神父様のためにも一緒に祈りました。ミサ後にはイタリア料理とイタリアワインで、昼食会。まもなく司祭叙階銀祝を迎える佐藤允広師のためにも、皆で祝杯を挙げました。

ところでバチカンでは一昨日から10月25日までの日程で、第二回目となるアフリカシノドス(代表司教会議)が開催されております。前回アフリカシノドスが、初めてとなる特定の地域のためのシノドスとして開催されたのは1994年のことでした。244名が参加している今回のシノドスはテーマを、「和解、正義、平和に奉仕するアフリカの教会――『あなたがたは地の塩・・・・世の光である』(マタイ5・13、14)」として、「和解、そして正義と平和を柱に、貧困やエイズと闘い、発展を目指す未来のアフリカのために、カトリック教会の具体的な取り組みの模索(バチカンラジオより)」のために開催されています。たぶん総書記と翻訳されているのだと思いますが、Relator Generalをガーナのケープ・コースト教区大司教ピーター・アッピア・タクソン枢機卿が務められています。まもなく61歳になるタクソン枢機卿は、ガーナ人で初めての枢機卿であり、またバチカンのどこかの役所の長になるのではという期待が囁かれている人物でもあります。一ヶ月の討議でどのようなことが話し合われるのか、段々と報道されてくることと思います。

アフリカ・シノドスが聖霊に導かれて成功するように、ともに祈りたいと思います。

|

2009年10月 4日 (日)

新発田地区信徒大会開催

Shibatashinnto01 新潟県内には新発田地区、新潟地区、長岡地区の3地区が存在します。新発田地区は以前神言会が担当していた地域ですが、合併で新潟市に含まれるようになった小教区もあるのですが、以前のままの地区割りを維持しております。本日はその新潟市に合併で含まれることになった旧新津市にある新津教会を会場に、新発田地区信徒大会が開催されました。新発田教会、新津教会、加茂教会、三条教会、村松教会、見附教会、栃尾教会から、100名近い方々が新津教会に集まりました。

今回は新発田地区の信徒使徒職協議会が、「福音宣教における信徒の役割」をテーマに取り上げ、福音宣教への取り組みの可能性を皆で学び話し合いました。10時からのミサは私の司式で、地区のすべての神父様方との共同司式ミサ。その後、オリエンス宗教研究所で発行している月刊誌「福音宣教」の編集長である鈴木隆氏から講演をいただきました。鈴木隆氏は本業として葬儀屋さんを営んでおられますが、そこでの体験を元にして、交わりの共同体づくりと福音宣教について語って頂きました。

お昼には新津の信徒の皆様が用意してくださった豚汁を皆でいただきました。昼食後にはそれぞれの小教区から、福音宣教への取り組みを分かち合って頂き、最後には新津教会主任の鎌田神父様(御年80歳)から講評といいますか、お話をいただいて、その鎌田神父様の伴奏で皆で聖歌を合唱して終わりとなりました。鎌田神父様からは、他の地区と比較しても新発田地区の洗礼数が少ないことへの言及があり、司祭も信徒も一丸となって、宣教を自分の課題としてとらえ取り組もうという呼びかけがありました。

聖堂入り口あたりでは新潟の若者たちが、手作りのミニロザリオを販売していました。自分たちで作ったロザリオは、なかなか評判でした。

準備をして下さった新津教会の皆様、ご苦労様でした。地区の皆様、これからも宣教に熱意と希望を持って取り組みましょう。

Shibatashinnto02_2 Shibatashinnto03

|

2009年10月 3日 (土)

高田教会創立100周年

100takada01 新潟県上越市にある高田教会は、今年創立100周年を迎え、本日午前10時から、記念ミサと祝賀会が行われました。記念ミサは私の司式で、教皇大使アルベルト・ボッターリ大司教、フランシスコ会の長谷川管区長、神言会のダシオン副管区長他、大勢の神父様、また信徒の方々が参加して下さり、450名を超える大会衆であったということです。さすがに聖堂には全員が入りきれず、ビデオ中継で、別室でミサに参加された方々も大勢いたとのことです。先日左腕を骨折された主任のマリオ・カンドゥッチ神父様も何とか回復し、元気な笑顔を見せて下さいました。神父様の常に変わらぬ若々しさには、ちょっと驚かさせられます。

高田教会は100年前に、神言会のフリーゼ神父様がこの地に宣教にやってきたことで始まりました。神言会が来日したのが1907年ですから、その僅か二年後のことです。フリーゼ師はその当時に秋田以外にもう一つの拠点としていた金沢から、なんと自転車に乗って高田までたどり着いたといいます。明治の終わり頃、まだ外国人が生活するにはさまざまな苦労や困難があったと思いますが、それにもめげずに宣教を続け、2年後、1911年には高田における最初の洗礼を記録しています。当時の宣教師たちの苦労には計り知れないものがあろうと思いますが、何ものにも屈しない熱意で、全くのゼロから教会を築き上げた先達たちの勇気と熱心さに私たちも倣いたいと思います。今の教会もさまざまな困難に直面していますが、少なくとも私たちはゼロから始めているわけではありません。宣教師たちが、そして教会の先達たちが築いた基礎の上に立って宣教をするのです。ですから勇気と希望を持って、主から与えられた使命を果たし続けていきたいと思います。

なお高田教会の宣教は、1957年からボローニャ管区のフランシスコ会が担当しております。その当時は、共産化された中国から追放された宣教師たちが、中国宣教と同じ熱意を持って、長岡地区の宣教にあたって下さったということです。宣教師の皆さんに心から感謝いたしましょう。

ミサ後には近くの結婚式場に移動して、盛大な祝賀会が行われました。ちょうど新潟国体が開催中のためなのか今日は一般の結婚式がなく、大きな結婚式場は教会の貸し切りでした。40年以上前の聖歌隊のユニフォームを着て現れた、昔は若かったコーラスグループ、フィリピン人の奥さんたちの踊り、日本の獅子の踊り、4人兄弟のバンド演奏、ギターの弾き語り。いろいろなアトラクションをありがとうございました。マリオ神父様がコーラスグループと一緒に「サンタルチア」をイタリア語で熱唱して下さいました。実はその時、ステージの目の前で見ていた教皇大使も、一緒に歌いたくてうずうずしておいででした。

高田教会の皆さん、本当におめでとうございます。

|

2009年10月 2日 (金)

ハバロフスク訪問団出発

Khaba0909 本日から月曜日までの予定でハバロフスクの教会を訪問する新潟教区の訪問団が、本日午後、新潟空港からウラジオストク航空便で、無事に出発しました。写真は出発前のメンバーです。団長は寺尾教会の町田師、メンバーとして新潟教会の坂本師、佐渡教会の川崎さん、寺尾教会の石崎さん、糸魚川教会の片山さんです。

先ほどテレビのニュースで、新潟の票湖に白鳥が飛来し始めたことを取り上げておりました。今年はシベリアが早く寒くなったので、飛来が早まったのだそうです。ハバロフスクもシベリアですから、もしかしたらすでにとても寒くなっているかもしれません。元気で月曜日に帰国されますように。またハバロフスクで良い出会いがありますように祈ってます。

|

ハバロフスク訪問団出発

Khaba0908 新潟教区とお隣のイルクーツク教区ハバロフスク教会との交流事業は少しずつ前進しております。本日午後、教区内から5名の方が参加して、ハバロフスクへ出発いたします。訪問団の団長は交流会の責任者でもある町田神父様。今回は新潟教会助任の坂本神父様も参加。そのほかに信徒の方々が3名参加です。坂本神父様は教区の青少年担当司祭の一人ですが、来年の夏にできれば青年の交流会を開催したいと考えていますから、その打ち合わせをお願いしてあります。ウラジオストク航空で本日金曜日出発で来週の月曜午後には帰国という、週末だけの短い訪問ですが、日曜日にはハバロフスク教会でミサに一緒に参加して、その後教会の方々と交流会となる予定です。

飛行機でほんの2時間弱とはいえ、なにぶん海外ですし、日本のイメージではハバロフスクがそれほどメジャーな観光の対象でもありませんから、参加者を見出すのが大変でありました。しかも財政的には教区がすべてを負担することもできませんので、それぞれの負担をお願いしているのですから、教区で参加者を指名することもできません。今回はいろいろなコンタクトから、3名の方に出かけて頂けることになり、感謝しています。

繰り返しですが、一番に掲げている目的は次の通りです。「お隣の教会でもあるハバロフスクの教会と新潟教区の間で、今後の長期にわたる友好関係を深める。それによって、お互いの教会共同体が福音の精神によって養われ成長することを目指す」

ハバロフスクから新潟へは飛行機で2時間弱ですが、ハバロフスクから司教様のいるイルクーツクへは3時間以上の時間がかかります。その意味で、私たちはすぐ隣の共同体です。強大なロシア正教に囲まれ、経済的にもまだ苦しい小さなカトリックの共同体を、継続して精神的に支援していこうと始めたのが、この交流事業です。物理的に近くにいる信徒共同体が、信仰を同じくするものとして精神的に支えていると肌で感じることができれば、困難の中にあっても共同体を強く育成していくことができるのではなかろうか。またその行いを通じて、私たち自身も豊かにされるのではなかろうかと、考えています。

無事で楽しい旅行となりますように。

|

2009年10月 1日 (木)

10月となり・・・

すでに10月となり、今年も最後の4半期に突入です。もうそろそろクリスマスがイメージされる季節です。サモアやスマトラで大きな地震が発生したと伝えられています。先日のフィリピンでの洪水といい、多くの人が生命を危険にさらされ、住む場所を失い、日常の生活とかけ離れた毎日を強いられております。今後、現地の状況がさらに明らかになるに従って、カリタスなどの救援事業も始まることになります。被災された方々のために、どうぞお祈り下さい。

昨晩は、新潟教会聖堂裏敷地利用検討委員会の初めての会合が司教館で開催されました。これは今年の年頭司牧書簡で、次のように表明したことに基づいた委員会です。

「第二に、教区センター建設を視野にいれて、新潟教会裏手にある司教館などの敷地を有効に活用する方策について、2012年以降に具体化できるよう、今から検討を始めたいと思います。
 現在の教区事務局がある司教館の建物は、すでに築後80年を経過しています。教区の様々な活動のセンターとしてはスペースも手狭で、その時々の必要に応じて内部の改装で対応するにも限界が来ています。加えて、司教館裏手にある保育園も、数年後の閉園が決まっています。そこで、教区の新たな100年の始まりに、新潟教会裏手敷地全体の有効活用の方向性を明確にしたいと思います。これには司教館と教区事務局を併設した教区センターの新築を視野にいれていますが、敷地の売却は考えていません」

今回は初めての会議でしたのでまだ委員の顔合わせに過ぎませんでしたが、今後具体的な話し合いが期待されます。(なお教区の諸委員会の顔ぶれについては、教区のホームページに一覧表が掲載されています)

10月に入りましたので、いつものように今月の主な予定を記しておきます。

  • 10月3日、高田教会100周年記念ミサ
  • 10月4日、新発田地区信徒大会、新津教会にて
  • 10月5日、カリタスジャパンの会議
  • 10月6日、アシジの聖フランシスコ祝日ミサ、長岡表町教会
  • 10月8日、常任司教委員会と四旬節小冊子編集会議
  • 10月11日、正義と平和協議会全国大会第8分科会、上尾教会
  • 10月12日、佐藤允広師、司祭叙階銀祝感謝ミサ、新発田教会
  • 10月13日、聖母学園、園長会、理事会
  • 10月18日、本荘教会(秋田)創立50周年記念ミサ、堅信式
  • 10月25日、秋田教会、堅信式
  • 10月27日、新潟カリタス会理事会

|

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »