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2010年1月30日 (土)

YYSPのワークショップ開催

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昨日の夕方、東京でカリタスジャパンのHIV/AIDSデスク主催の小さなワークショップが開催されました。ワークショップの対象は学校の先生たちで、今回が2回目の開催。HIV/ADISデスクでは若者を対象にしたこの課題の啓発を考えてきましたが、そのためには学校で教えてもらうのが一番だと考え、先生たちを対象にした勉強会を定期的に開催しています。

今回はYYSP、つまりYoung for Young Sharing Program、つまり若者対若者のわかちあいプログラム(若者相互によるAIDS啓発プログラム)を紹介して頂きました。さまざまな学校でこのプログラムを実施してきたHIVと人権・情報センターのスタッフによって、二十名ほどの参加者が中学生になったつもりで、実際にプログラムを行って頂きました。

YYSPは「子どもたちがAIDSについての認識と理解を深めていくことにより、自分や他の人の生命や健康、個性を尊重しながら、豊かな人間関係を築くこと」を目的としているとのこと。

わたしにとってはやはり自分自身が主任司祭を7年ほど務めていたアフリカ・ガーナの山村の教会での体験が忘れられません。87年から94年までそこに務めていたのですが、しばしばAIDSで亡くなっていこうとする人たちのために祈るようにと招かれました。まだこの病気が発見されたばかりの時期で、ほとんどの人たちが何の治療も受けることもなく、主に結核を悪化させて、本当に血を吐きながら亡くなっていった時期でした。患者さんたちへの偏見もその頃は強く、窓もないような奥の部屋でひっそりと亡くなっていった人たち、その冷たくやせ細った腕を握りながら、一帯どのような言葉をかければ人生の最後に希望をもっていくことができるのか、本当に悩みました。

そんな話をワークショップの最後にしたら、なんとスタッフの青年のひとりが、ガーナで、しかもわたしが昔働いていた地区で活動したことがあると分かり、ビックリでした。

HIV/AIDSへの取り組みには、一つの正解があるわけではなく、さまざまな方向から手を延べなくてはならないと思います、教会にもその中で担っていくべき役割があると感じております。

なおHIV/AIDSデスクでは、啓発活動の一環として携帯などに使えるストラップを用意しております。レッドリボンを十字架型にデザインしたカリタスのオリジナルデザインです。詳しくはカリタスジャパンのホームページに掲載され次第、お知らせします。

P.S. HIV/AIDSデスクのストラップがカリタスジャパンのホームページに紹介されています。こちらをクリックして、ひとりでも多くの方に

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2010年1月27日 (水)

札幌は寒い

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月末は札幌の司祭の集まりですので、日曜日の夜から札幌に来ております。新潟市内と比較をすれば、やはり雪が半端ではありません。寒いです。司祭の集まりは札幌市から少し離れた石狩市の花川というところで行われました。と書いても、未だに地理がよく飲み込めていませんのが、車で40分ほどのところです。ここには殉教者聖ゲオルギオのフランシスコ修道会という、名前を聞いただけでドイツから来たことが連想される女子修道会が修道院を構え、同時に藤女子大学を開設しているところでもあります。毎月の集まりはここで行われるということ。とにかく雪の深いところで、加えて昨日は吹雪のような一日でしたから、どこがどうなのかはまったく把握できず。きっと雪がなくなった季節になって初めて、その地がどんなところかがわかることでしょう。

修道院の中に入って、以前一度来たことがあるのに気がつきました。その昔名古屋教区の研修委員会委員を務めていたときに、札幌教区に招かれて、共同体作りについての話をしに訪ねた場所がここでした。雪の深さにも驚きましたが、修道院の入り口の正門のすぐ脇には、居酒屋の「つぼ八」があるのですが、これがまた巨大。聞くところではその昔はボーリング場だったりスーパーだったりした建物だったようで、こんな巨大なつぼ八は見たことがありません。その晩には司祭たちとともに訪れたのはいうまでもありませんが、これがけっこうにぎわっている。しかも家族連れで。マーケットリサーチをしての開設だったのでしょう。

この日の集まりでは、フランシスコ会の濱田了神父様をお招きして、教会法の結婚に関する手続きのことなどについて勉強会をいたしました。教会法は、新たに定められた後にも神学的研究の成果や整合性の検証、そして現実的課題などを総合的に勘案して、様々な改正が施されていますが、そういったあたりを中心にして、婚姻の秘跡に関して学び直しをいたしました。小教区の司牧の現場では、もっとも頻繁に遭遇する課題でもあります。

また集まりの後、夕刻には、札幌教区の顧問会も開催いたしました。写真は、翌朝、シスター方と朝のミサをともにした後、ふと窓の外を見たらの、雪の風景です。今日、水曜日は天気も良いので、夕方の飛行機で新潟へ戻る前に、司教館の近くを歩いてみようかと思っております。

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2010年1月25日 (月)

倉橋神父様、新潟教会で講演

Img_8476 昨日の年間第三の主日、新潟教会の9時半のミサはサレジオ会の倉橋神父様の司式でした。倉橋神父様はこの30年ほど、南米のボリビアで宣教活動に従事されております。一時帰国の機会に、一昨日の土曜日は新発田市で、信徒の関わっているネパールの学校支援の市民団体に招かれて講演会をされたそうです。ちょうど良い機会だということで、日曜日のミサを新潟教会でお願いすることになりました。

ミサ後には、40名近い人が聖堂に残り、倉橋神父様からボリビアの話を伺いました。もっとも30年の宣教の話を一時間程度にまとめるのは容易ではないことは、簡単に想像できます。そもそも私たちの多くがボリビアについて、また南米について、ほとんど知らないということもあります。倉橋神父様はそこらあたりをしっかりと把握されており、日本の生活と南米の生活の違いを様々な事例を持ち出して、話してくださいました。例えば日本における自動販売機の存在や、全国に散らばる郵便局やポストの存在。これは私もアフリカにいた頃に痛切に感じた日本との違いでした。特に郵便の宅配なんて夢物語で、加えてポストを維持することも容易ではない。郵便を出したり受けたりするためには郵便局へ出向かねばならず、しかもその郵便局がそれほど存在しない。だから受け取りの住所は、住まいの住所ではなく、必ず私書箱になります。そのほかいろいろと例を挙げてくださいました。

そしてハーモニカの演奏の披露。これがまたお上手です。文化の違いもあるため、ボリビアのミサの歌と比べると日本のミサの歌は元気がないと、ボリビアの入祭の歌を一曲披露してもくださいました。確かに文化の違いでありました。

そして最後に、いろいろな苦労はあるし貧しさもあるけれど、ボリビアに働いていると日本では味わえない幸せなことがある。それはカトリックの国なので、どこへ行っても司祭として生きていくことができる。郵便局や警察などからも、しばしばミサを頼まれる。祝福を頼まれる。司祭として生きていくことが楽しい世界である。日本では決して味わうことのない世界であると思います。

倉橋神父様を始め、多くの日本人宣教師が世界各地に派遣されています。どちらかといえばシスターの方が司祭よりも多い。日本の教会から派遣されているこの宣教者たちのために、どうぞお祈りくださいますように、お願いいたします。

というわけで、本日は雪の札幌から、でした。

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2010年1月23日 (土)

倉橋神父様、来訪

サレジオ会の倉橋輝信神父様が新潟を訪れています。倉橋神父様といえば、南米のボリビアで30年ほども宣教活動に取り組まれているベテラン宣教師です。現在は健康のこともあり、年に一度、ボリビアが夏休みのこのころに、日本に戻ってこられるのだとうかがいました。

倉橋神父様は、新発田教会の信徒の関わりで、本日は新発田市で講演をされました。これは海外の学校などを援助している民間団体関連で、公共の施設で行われたそうです。明日の日曜日は、倉橋神父様が新潟教会の9時半のミサを司式してくださり、その後、ボリビア宣教のお話を聞かせて頂けることになっています。なかなか聞ける話ではありませんから、どうぞご参加ください。

新潟は今日も雪。暖冬のはずが、とても寒い毎日が続いています。明日の夜から数日間は北海道です。

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2010年1月21日 (木)

ガーナに新しい司教誕生

Kumordji 昨年11月にローマを巡礼で訪れた際に、その筋の関係者から噂を耳にしていたので期待していたのですが、教皇様は1月19日、ガーナに新しい司教を任命されました。Gabriel Kumordji被選司教は、神言会の会員でガーナ管区長も務められた方です。2007年6月にガーナの東州アフラム・プレインズ(Afram Plains)がKoforidua教区から独立して誕生したドンコクロム(Donkorkrom)使徒座管理区を、この度Vicariate Apostolic・代牧区に昇格させ、その初代代牧区長として、これまで使徒座管理区長であったKumordji師を任命し司教とすることを発表されたのです。

聖座の発表によれば、この地区の人口は約16万人で、信徒は約1万7千人。働いている司祭は12名ということです。わたしがいた頃、Afram Plainsはダム湖に突き出た半島であるにもかかわらず陸路がなく、外へ出るにはフェリーしかなかったのですが、いまはどうなのでしょう。

Kumordji(クモジと読みます)被選司教は、わたしがガーナで働いていたときに一緒させて頂いた方で、わたしが1986年8月15日にアクラに到着したときに空港まで迎えにきて来れた方でもあります。おめでとうございます。(写真は2006年12月に、ガーナのOsonson教会聖堂の香部屋で)

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2010年1月20日 (水)

座談会と一致祈祷会

Zadankai 新潟教会が定期的に刊行している「双塔」という小冊子があります。「双塔」は毎月のお知らせとしてプリントが聖堂で配布されていますが、年に数回、確か復活、被昇天、そしてクリスマスだったと思いますが、しっかりと製本した教会共同体メンバーの文章を掲載する小冊子としても発行されています。毎回編集担当の信徒の方から文章を依頼されてもついつい締め切りを過ぎてしまうことが続いて、長らく私の文章は掲載されていません。そのようなわけなのかもしれませんが、次の復活祭号のために、座談会が計画されました。テーマは「司祭年」。早速昨日午後四時から、司教館奥のビアンネ館会議室を会場に、2時間にわたる座談会が催されました。参加したのは、大瀧師、江部師、坂本師、そして私。なかなか難しいテーマでしたし、慣れない性もあろうと思いますが、ちょっと座談にならず、それぞれが編集部の司会者に促されるままに語り尽くすような形となってしまいました。「司祭年「」の意義に始まり、それぞれの召命の話、そして神学院における養成の話。あっという間の2時間でした。司祭はその召命をひとりで孤立する中で生きているわけではなく、教会共同体とともに生きています。召命を全うするためには神の助けが不可欠ですが、同時に共同体の祈りによる支えも不可欠です。司祭はどこからか与えられるものではなく、共同体が召命を育み、それに寄り添い、全うさせるのです。司祭もより聖なる生き方を通じて福音のあかしとなるように努力をしなければなりませんが、どうか司祭のためにお祈り下さいますようにお願いいたします。

Icchikito09 そして本日午前中10時半からはキリスト教一致祈祷週間の第二回目となる合同祈祷会が、カトリック寺尾教会で行われました。私は本来は会議で東京のはずでしたが、ちょっと体調が思わしくなかったため欠席。そのおかげで坂本師に連れられて、祈祷会に参加することができました。市内各派の牧師さんや信徒の方も集まり、四十名近い参加者だったでしょうか。主任司祭の町田師が準備された式次第に沿って、荘厳に祈祷会を進めてくださいました。寺尾教会にはボックス型のパイプオルガンもあり、加えて聖歌隊も力強く、祈りとともに美しい音楽でした。式後には会場を聖堂隣のホールに移して、しばしお茶を飲んでの歓談となりました。寺尾教会の皆様、準備ご苦労さまでした。この数日の寒さが一転、とても穏やかで暖かい午前中でした。参加下さった方々、ありがとうございます。次は金曜日に聖公会の聖パウロ教会です。

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2010年1月18日 (月)

ハイチの国際カリタス

ハイチの地震救援のためにカリタスも動いています。現地からの報告が、英語ですが写真とともに国際カリタスのブログに掲載されています。是非ご覧下さい。そこに掲載されている国際カリタスの総裁ロドリゲス枢機卿によると、カリタスは教会とともにすでにさまざまな活動を始めているようです。インタビューのその部分を翻訳しておきます。

「カリタスはすでに、テントや毛布、そして救急医療品の配布を始めています。カリタスは今後食糧やそのほかの支援物資の配給を始めますが、同時に200のカリタス診療所や病院を通じて医療を提供します。国際チームが首都ポルトープランスにすでに到着し、カリタスの支援事業の全般の調整を始めました。アメリカ合衆国カリタス(CRS)がドミニカから陸路で食糧を運んでいます」

昨日も触れましたが、カリタスジャパンでも募金を始めています。国際カリタスが主導するさまざまな復興支援プログラムの一部に使われていくことになります。時間のかかる、また巨大な復興事業となることが予測されています。どうかご協力下さいますようにお願いいたします。

ところで先日、12月に訪問する機会を得たバングラデシュの写真を数枚公開してあります。右側サイドバーの「Bangladesh09」というところからアルバムにお入り下さい。

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2010年1月17日 (日)

唯一の霊の働き

Takatori01 阪神淡路大震災の日から15年が経過しました。多くの方がさまざまな思いのうちにこの日を過ごしておられることでしょうが、とりわけ直接被災された方々、また家族や親戚、友人を失った多くの方々にあっては、言葉にできないさまざまな思いが心の中に渦巻かれていることだろうと思います。亡くなられた方々の永遠の安息を心から祈ります。この数日テレビなどでは復興の現実についての特集が数多く組まれております。経済的な復興の難しさは言うに及ばず、人間の心に関わる問題が重くのしかかっている現実が報道されておりました。私も昨年11月に日韓司教交流会の折に神戸を訪れる機会があり、韓国の司教様たちとともに鷹取の教会を訪問し、当時の話を聞かせて頂きました。確かに当時焼け落ちた街はきれいに復興していましたが、その背後には、深い悲しみが横たわっていることを感じました。(写真上は鷹取教会のイエス像。地震後の長田の火災は、奇跡的にこのイエス像のところで止まったと聞きました)

時を同じくしてハイチでも大震災が発生しました。何万人もの方が命を落とし、さらに何十万人もの人が生命の危機の瀬戸際に立たされています。神戸の体験を思い起こすとき、今の緊急的な支援も大切ですが、残された人々が心に背負う重荷はいかばかりでしょうか。そのことを思いますと、ハイチという小国がこれから先何十年にもわたって取り組まなければならない課題のあまりの大きさに、人間の無力さを感じてしまいます。先日もお知らせしましたが、国際カリタスでは早速援助を開始することになりました。国際カリタスが得意とするのは、最初の緊急救助の段階の次にある復興支援です。長い時間がかかる復興支援となることが予想されます。カリタスジャパンでも一昨日から募金を開始しました。多くの方々のご協力をお願いいたします。詳しい情報や、ハイチにおける活動については、今後、カリタスジャパンのホームページなどでも報告がなされる予定です。

年間第二の主日にあたる本日、ミサの第二朗読にはコリント人への手紙が選ばれておりました。それぞれの人に与えられたカリスマのお話です。教会という共同体は言うに及ばず、神は人類という共同体に生きる一人ひとりに霊のたまものをお与えになった。そのたまもの、カリスマは、何か特別な現象を行うための特別な力のことではなく、一人ひとりのいのちに神が与えられた使命を果たすための、一人ひとりの力のことでもあります。私たち一人ひとりは、この世で異なったさまざまな能力をいただいて生きております。そして一人ひとりのこの世での働きは、その人のためではなく、その人の家族のためではなく、「全体の益となるため」なのだと記されています。人間の働きは、与えられた能力に応じてまったく異なるものであり、何も関連性はないようにも見えるのですが、実際にはすべては「同じ唯一の霊の働き」である。つまり、人間の働きは本性的に神を指向していなければならないのです。人間に与えられた能力を、共通善に反する形で使うことは、あってはならないことなのです。

明日からキリスト教一致祈祷週間が始まります。ともに手を携えて、違いを乗り越え、この国にあって福音を告げ知らせることができるように、ともに祈りましょう。(写真下は、震災のために焼け落ちた鷹取教会から見つかったチボリウムと御聖体)

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2010年1月14日 (木)

ハイチの大地震

1月12日にハイチで発生したマグニチュード7.0の大地震は、時間がたつにつれて被害の甚大さが伝わってきております。中でも首都のポルトープランスでは多くの建物が崩壊し、政府の機能も麻痺していると伝えられています。報道の中には犠牲者が10万人に迫るとしているものもあります。ハイチは貧困国として知られていますが、同時にカトリックが人口の8割ほどを占めるカトリック国でもあります。シュトポルトープランス大司教区ではカテドラルや教区事務所も壊滅的な被害を受け、教区長のヨーゼフ・セルジ・ミオ大司教(63歳)も崩れた建物の下敷きになって亡くなられたと伝えられています。すでに合衆国のカリタスであるCRSが救援活動を開始しているようですし、国際カリタスでも各国のカリタスを結んで電話会議が行われていますので、国際カリタスとしての対応も数日中に決定するものと思われます。

教皇様は昨日の一般謁見で今回の地震について触れ、次のように述べられています(翻訳は中央協から)。

「ここでハイチの悲惨な状況のために呼びかけを行いたいと思います。わたしの思いはとくに、数時間前に大きな破壊をもたらした地震により深刻な被害に遭った人々に向かいます。この地震は甚大な数の人命の喪失、多くの家を失った人、行方不明者、そして膨大な物的損害をもたらしました。すべての人にお願いします。この大惨事の犠牲者と、その死を悲しむ人々のために、わたしとともに主に祈ってください。わたしは、自分の家を失ったかた、そして、さまざまな形でこの災害の影響を受けたすべてのかたに霊的に寄り添うことを約束します。そして、神が彼らを慰め、苦しみを和らげてくださるよう祈り求めます。すべての人の寛大な心に呼びかけます。窮乏と苦難の時を過ごしているこの兄弟姉妹が、わたしたちの具体的な連帯と国際社会の効果的な支援を欠くことがありませんように。カトリック教会も、慈善団体を通して、ハイチ国民の緊急の必要にこたえられるよう、ただちに行動します」。

ハイチで被災された方々のために、また迅速な復興のために、祈りたいと思います。

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2010年1月13日 (水)

来週はキリスト教一致祈祷週間です

毎年この時期に開催されているキリスト教一致祈祷週間。今年は来週1月18日(月)から25日(月)まで、「あなた方はこれらのことの証人となる」をテーマにして、開催されます。この一週間のためには、日本キリスト教協議会とカトリック中央協議会が一緒に準備したパンフレットが用意されており、毎日のための祈りや朗読の例が準備されています。ご参照下さい。実際にはそれぞれの地域の実情にあわせて、礼拝や祈祷集会を行って下さればと思います。新潟ではカトリックでするときはみことばの祭儀の形式にしていますし、プロテスタント教会の場合はそれぞれの方式で礼拝を行ってきました。

新潟市内では毎年書くことですが、エキュメニズムに熱心に取り組まれた初代司教の伊藤司教様の働きもあり、以前一致祈祷週間の間は毎晩、市内の各教会を巡回して祈祷会が行われていました。この数年は信徒の高齢化などもあり、一致祈祷週間の間の日中に、数度の祈祷会を行う形にあらためられました。今年の予定は以下の通りです。

  • 1月18日(月)午前10時半から、救世軍新潟小隊
  • 1月20日(水)午前10時半から、カトリック寺尾教会
  • 1月22日(金)午前10時半から、聖公会新潟聖パウロ教会
  • 1月24日(日)午後2時から、日本基督教団新潟教会(営所通り)

24日の日曜日はいわゆる中心集会で、午後の2時からです。どうぞご参加下さり、キリスト教会の一致のために、またこの宣教国においてともに力を合わせて福音を告げ知らせることができるように、一緒にお祈り下さい。

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2010年1月10日 (日)

バングラデシュから・その2

Bangla06 昨年十二月に訪問したバングラデシュでの出会いから、もう一つ記しておきます。前回記したように、カリタスジャパンがカリタスバングラデシュを通じて、2005年から教育支援を行っています。その対象地域は、バングラデシュに三カ所あります。南東部のチッタゴン丘陵地帯、北東部のシレット、そして北西部のラシャヒです。今回訪問したのはそのうちの一つ、ラシャヒ教区。

時間の制約があり、ラシャヒ自体には二泊三日しか滞在できないため、学費支援を受けている子どもたちに集まってもらいました。いろいろと学校生活や寄宿舎の生活について話を聞くことができました。子どもたちは口々に、「医者になりたい、先生になりたい、技術者になりたい、神父やシスターになりたい」と、将来への夢を語ってくれました。

教育支援を受けているのは、先住民族の子どもたちです。バングラデシュの先住民族といえば、東南部チッタゴン丘陵地帯で1976年頃から続いてきたジュマ族と政府の対立が広く知られています。1997年に和平協定が結ばれたものの、政府側がなかなかこれを実行に移さず、多くの先住民が国内避難民としての生活を余儀なくされてきました。この地域での大きな問題は、人口過密の解消にベンガル人の入植が大規模に行われ、それに伴って人権侵害が頻発したことだといわれています。ラシャヒなどのある西北部でも、バングラデシュ独立時にヒンズー教にもイスラム教にも属していないということで、インドからもバングラデシュからも受け入れられずに国境を挟んで彷徨った先住民族が多くいたということです。なかには騙されるようにして土地を奪われた先住民族も多かったという話も聞きました。

ザカリアス君というこの家を訪問しました。目を輝かせて子どもの教育の必要性を説くお父さんに出会いました。奥さんと、息子と娘がそれぞれ三人。見事に広がる田園地帯の一角に、お父さんの家がありました。お父さん自慢の息子のひとりザカリアス君は、カリタスバングラデシュを通じて学費支援を受け、中学校(八年生)に通っているのです。一家の住む小さな家は土壁と草葺きの屋根で、その上には牛の糞がずらりと並べてあります。乾燥させて煮炊きの燃料とするのです。周囲が見事な田んぼですから、お父さんの田んぼはどこなのかと尋ねると、この土地は政府のもので田んぼは持っておらず、一日二〇〇円程度の日雇いで生計を立てているのだといいます。独立の過程で土地を失い、その後も貧困の連鎖の中で翻弄されている先住民族の苦しい生活が、そこにはありました。(下左の写真、中央がザカリアス君。その左にお父さん、右にお母さん。下右の写真は、歓迎のために集まってくれた子どもたちや村の人たち。)

2008年末の選挙で誕生した新しい政権は、先住民族の権利保障のために前向きな姿勢を示しているともいわれ、期待が寄せられています。またカトリック教会も、たびたび国連の場で表明してきたように、カリタスなどの活動を通じて世界各地で先住民族の権利保護のために直接活動してきました。全世界に3億人はいるといわれる先住民族ですが、カトリック教会が自由に活動できない国(共産国など)では、未だ教会が直接支援に乗り出せていない先住民族の課題は多々存在しています。

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2010年1月 8日 (金)

二つの葬儀

Tsuruoka1001 この数日の間に、二つの葬儀に出かけてきました。

まず一つ目は5日の11時から東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われた白柳枢機卿様の葬儀。あの巨大な大聖堂が一杯でした。司教団と200名を超える司祭団、そして聖堂には二千人を超える会葬者がおられたのではないでしょうか。司教団のメンバーには航空機が手配しきれずに来られなかった方もおられますし、ソウルの枢機卿様は大雪で飛行機が飛ばずキャンセルになったとうかがいました。香港からは湯(Tong)司教様がFABC(アジア司教協議会連盟)の事務教区長補佐O'Toole師を伴って、また東京と長年に渡り関係が深いドイツのケルン教区からは補佐司教様(名前をメモするのを失念)が参列されました。説教は岡田大司教が行い、告別式では来賓を代表して世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の理事長を務める庭野日鑛(にちこう)立正佼成会会長が弔辞を述べられました。白柳枢機卿様は長年にわたり世界宗教者平和会議のために尽力され、理事長も務めておられました。告別式では司教団が枢機卿様の棺を丸く囲み、司祭団と共にSalve Reginaを歌い別れを告げました。荘厳な典礼でしたが、オルガンの調子が今ひとつ悪いようで、残念でした。

そして7日の11時から、山形県の鶴岡教会(写真)にて、山形教会主任司祭の本間研二師のお母様の葬儀でした。本間師はイエズス・マリアの聖心会会員ですから、山形県や茨城県などで働く同会会員司祭の多く、さらには秋田地区や新潟地区の司祭も加わり、狭い鶴岡教会の内陣は司祭団で一杯でした。20名近くはいたでしょうか。また鶴岡教会の信徒を始め山形県内各地から大勢の信徒が集まり、聖堂は一杯でした。小さな聖堂ですから一杯ということは、150名ほどになったでしょうか。91歳で亡くなられたお母様は、60歳の頃に洗礼を受け、その後聖歌隊などでも活躍されたということで、聖歌隊のメンバーもユニフォームに身を包み、美しい歌声を響かせてくれました。説教は30年前にお母様に洗礼を授けたドネガン師。ドネガン師は現在再び鶴岡の主任となっています。

早朝に坂本神父に運転を任せて新潟を出発したときは、みぞれ交じりの雨でした。天気予報でも雨か雪の寒い一日ということでしたので、覚悟して鶴岡へ向かいました。車で3時間以上の道程です。ところが鶴岡に近づくにつれ天気は回復。温海温泉を過ぎたあたりの海岸沿いからは、遠く秋田県との県境にそびえる鳥海山が、雲一つなくくっきりと海に浮かぶように見えました。珍しいことです。そして鶴岡は一日中の晴天。夕方に新潟へ戻ってきたら、新潟は再び雨でした。不思議な天気の一日でありました。

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2010年1月 4日 (月)

1月の予定

新しい月が始まりましたので、2010年1月の主な予定を記しておきます。

  • 1月5日 白柳枢機卿様の葬儀ミサ(東京カテドラル)
  • 1月6日 カリタスジャパンの会議(東京)
  • 1月7日 本間保子様の葬儀ミサ(鶴岡教会)
  • 1月11日・12日 新潟教区司祭の集まり
  • 1月13日 常任司教委員会(東京)
  • 1月13日~16日 社会司教委員会研修会
  • 1月20日 カリタスジャパンの会議(東京)
  • 1月24日~27日 札幌教区(札幌)
  • 1月29日 HIV/AIDSデスク研修会(東京)

この季節は寒いだけではなく日本海側では風の強い日が多く、移動がうまくいくのかどうか不確定な要素が多い時期でもあります。長距離を移動される方、特に車での移動にはどうぞお気をつけ下さい。暖冬といわれていましたが、結構に雪も降り寒い冬となっております

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仕事始めの日

また新しい年の仕事が始まりました。『主の公現』の主日は昨日でしたから、次の日曜日が『主の洗礼』ということで、そろそろクリスマスの飾りの撤収が始まった教会も多いでしょう。新潟教会でも、クリスマスツリーが片付けられ、馬小屋は次の日曜日に撤収と聞きました。

さてそんな仕事始めの日ですが、悲しいお知らせがあります。新潟教区山形教会の主任司祭を務める本間研二神父様のお母様、マリア・アンナ本間保子様が、本日1月4日の早朝にお亡くなりになりました。91歳でした。お母様の永遠の安息のために、どうかお祈り下さい。通夜は1月6日午後6時から、葬儀ミサは1月7日午前11時から、どちらも鶴岡教会で執り行われます。なお7日の葬儀は天候が許す限り私が司式する予定です。

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2010年1月 1日 (金)

新年あけましておめでとうございます。

新潟教区の皆様、札幌教区の皆様

新年、あけましておめでとうございます

2010年が、皆様お一人おひとりにとって、神からの豊かな祝福に溢れ、心の満たされる年となりますように、お祈り申し上げます。

教会は今「司祭年」を過ごしております。どうぞ、司教を始め教区で働く司祭のためにお祈り下さい。皆様の祈りに支えられてこそ、一人ひとりの司祭が勇気を持って司牧に励むことが可能になります。また後継者が豊かに与えられるように、司祭の召命のためにもお祈り下さいますように。加えて特に札幌教区にあっては、聖霊の働きによって新しい司教が一日も早く任命されますように、お祈り下さいますように。

2010年年頭司牧書簡「収穫のために働き手を」を、新年に間に合うように皆様の小教区へお届けいたしました。どうぞ日曜のミサの帰りにでも一部ずつおとりになり、お持ち帰り下さい。また全文は新潟教区のホームページ、または私の「新潟司教のページ」の「2010年」のところにも掲載しております。ご参照下さい。いろいろな問題について触れておりますので、できれば印刷されたものをお持ち下さり、何度も読み返して頂けると幸いです。

新潟市内の年末年始は荒れ模様の天気となりました。大晦日は雪こそそれほど降らなかったものの風が強い夜でした。それでも30名を超える方々が、深夜の世界平和の日のミサに参加して下さいました。また本日午前11時から行われた神の母聖マリアの祭日のミサには、80名を超える方々が参加して下さいました。元旦の今日、日中はすさまじい風となりましたが雨も雪も降らないそれなりの天気でした。どうぞ正月の良い一時をお過ごし下さい。(下の写真は先日のバングラデシュ訪問時に撮影したものです)

Bangla04

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