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2010年1月17日 (日)

唯一の霊の働き

Takatori01 阪神淡路大震災の日から15年が経過しました。多くの方がさまざまな思いのうちにこの日を過ごしておられることでしょうが、とりわけ直接被災された方々、また家族や親戚、友人を失った多くの方々にあっては、言葉にできないさまざまな思いが心の中に渦巻かれていることだろうと思います。亡くなられた方々の永遠の安息を心から祈ります。この数日テレビなどでは復興の現実についての特集が数多く組まれております。経済的な復興の難しさは言うに及ばず、人間の心に関わる問題が重くのしかかっている現実が報道されておりました。私も昨年11月に日韓司教交流会の折に神戸を訪れる機会があり、韓国の司教様たちとともに鷹取の教会を訪問し、当時の話を聞かせて頂きました。確かに当時焼け落ちた街はきれいに復興していましたが、その背後には、深い悲しみが横たわっていることを感じました。(写真上は鷹取教会のイエス像。地震後の長田の火災は、奇跡的にこのイエス像のところで止まったと聞きました)

時を同じくしてハイチでも大震災が発生しました。何万人もの方が命を落とし、さらに何十万人もの人が生命の危機の瀬戸際に立たされています。神戸の体験を思い起こすとき、今の緊急的な支援も大切ですが、残された人々が心に背負う重荷はいかばかりでしょうか。そのことを思いますと、ハイチという小国がこれから先何十年にもわたって取り組まなければならない課題のあまりの大きさに、人間の無力さを感じてしまいます。先日もお知らせしましたが、国際カリタスでは早速援助を開始することになりました。国際カリタスが得意とするのは、最初の緊急救助の段階の次にある復興支援です。長い時間がかかる復興支援となることが予想されます。カリタスジャパンでも一昨日から募金を開始しました。多くの方々のご協力をお願いいたします。詳しい情報や、ハイチにおける活動については、今後、カリタスジャパンのホームページなどでも報告がなされる予定です。

年間第二の主日にあたる本日、ミサの第二朗読にはコリント人への手紙が選ばれておりました。それぞれの人に与えられたカリスマのお話です。教会という共同体は言うに及ばず、神は人類という共同体に生きる一人ひとりに霊のたまものをお与えになった。そのたまもの、カリスマは、何か特別な現象を行うための特別な力のことではなく、一人ひとりのいのちに神が与えられた使命を果たすための、一人ひとりの力のことでもあります。私たち一人ひとりは、この世で異なったさまざまな能力をいただいて生きております。そして一人ひとりのこの世での働きは、その人のためではなく、その人の家族のためではなく、「全体の益となるため」なのだと記されています。人間の働きは、与えられた能力に応じてまったく異なるものであり、何も関連性はないようにも見えるのですが、実際にはすべては「同じ唯一の霊の働き」である。つまり、人間の働きは本性的に神を指向していなければならないのです。人間に与えられた能力を、共通善に反する形で使うことは、あってはならないことなのです。

明日からキリスト教一致祈祷週間が始まります。ともに手を携えて、違いを乗り越え、この国にあって福音を告げ知らせることができるように、ともに祈りましょう。(写真下は、震災のために焼け落ちた鷹取教会から見つかったチボリウムと御聖体)

Takatori02

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