« 倉橋神父様、来訪 | トップページ | 札幌は寒い »

2010年1月25日 (月)

倉橋神父様、新潟教会で講演

Img_8476 昨日の年間第三の主日、新潟教会の9時半のミサはサレジオ会の倉橋神父様の司式でした。倉橋神父様はこの30年ほど、南米のボリビアで宣教活動に従事されております。一時帰国の機会に、一昨日の土曜日は新発田市で、信徒の関わっているネパールの学校支援の市民団体に招かれて講演会をされたそうです。ちょうど良い機会だということで、日曜日のミサを新潟教会でお願いすることになりました。

ミサ後には、40名近い人が聖堂に残り、倉橋神父様からボリビアの話を伺いました。もっとも30年の宣教の話を一時間程度にまとめるのは容易ではないことは、簡単に想像できます。そもそも私たちの多くがボリビアについて、また南米について、ほとんど知らないということもあります。倉橋神父様はそこらあたりをしっかりと把握されており、日本の生活と南米の生活の違いを様々な事例を持ち出して、話してくださいました。例えば日本における自動販売機の存在や、全国に散らばる郵便局やポストの存在。これは私もアフリカにいた頃に痛切に感じた日本との違いでした。特に郵便の宅配なんて夢物語で、加えてポストを維持することも容易ではない。郵便を出したり受けたりするためには郵便局へ出向かねばならず、しかもその郵便局がそれほど存在しない。だから受け取りの住所は、住まいの住所ではなく、必ず私書箱になります。そのほかいろいろと例を挙げてくださいました。

そしてハーモニカの演奏の披露。これがまたお上手です。文化の違いもあるため、ボリビアのミサの歌と比べると日本のミサの歌は元気がないと、ボリビアの入祭の歌を一曲披露してもくださいました。確かに文化の違いでありました。

そして最後に、いろいろな苦労はあるし貧しさもあるけれど、ボリビアに働いていると日本では味わえない幸せなことがある。それはカトリックの国なので、どこへ行っても司祭として生きていくことができる。郵便局や警察などからも、しばしばミサを頼まれる。祝福を頼まれる。司祭として生きていくことが楽しい世界である。日本では決して味わうことのない世界であると思います。

倉橋神父様を始め、多くの日本人宣教師が世界各地に派遣されています。どちらかといえばシスターの方が司祭よりも多い。日本の教会から派遣されているこの宣教者たちのために、どうぞお祈りくださいますように、お願いいたします。

というわけで、本日は雪の札幌から、でした。

|

« 倉橋神父様、来訪 | トップページ | 札幌は寒い »

司教の日記」カテゴリの記事