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2010年2月21日 (日)

今月2回目の札幌

先ほどから札幌に来ております。今月はこれで2回目の札幌です。先ほど夜の8時半過ぎに新千歳に到着したときには、それほど寒くはなくて、気温はマイナス8.9度。今回は明日の札幌地区司祭の月例集会に参加。その後、札幌教区関係のいくつかの会議に出て、週末の金曜と土曜は、難民移住移動者委員会の東京教会管区セミナーに参加。土曜日にはその関係で、北一条教会でミサを司式する予定です。今のところそのまま土曜日に新潟へ戻り、翌週は秋田が連続します。

カトリック新聞の本日付に新潟教区山形県の新庄に設立しようとしている教会の話が載っております。どうぞご覧ください。4面です。記事にあるとおり、新庄市郊外の廃園になった幼稚園を土地建物のまま購入する手続きを進めています。行政の正式な許可が得られれば、具体的に場所を公表できるかと思います。もっとも数年間使われていないので、屋根を始めかなりの改修が必要となると思います。自分たちの祈りの場所を求めている新庄周辺の信徒の方々のために、特にフィリピンから日本にやってきて妻や母親として家族を支えている信徒のために、教会を一日も早く現実のものとしたいと思います。

四旬節の第一主日でした。信仰の原点を振り返り、自らの決意を新たにする時期です。福音はイエスの40日の試練の話でした。「切り離す」こととでもいいましょうか、「離脱」とでもいいましょうか。普段何気なく生きている自分の生き方から、意識的に自分を切り離す努力をすること。信仰の振り返りには必要な作業だと思います。毎日の生活を何気なく成立させている様々な人間の思い。マルコ福音の7章20節以下に次のようにあります。

「更に、次のように言われた。「人から出て来るものこそ、人を汚す。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」

神の福音にしたがって生きようとするとき、妨げる力は私たちの内側に潜んでいるのです。そういった思いからどのようにして離脱するのか。感情の波から、どのようにして自分を切り離すのか。私たちは毎日、心にあふれる感情に押し流されるようにして生きています。感情に流されようとしている自分に気がついたとき、その感情から自らを切り離してみる。そのとき初めて、神の福音が求めている生き方がおぼろげながら見えてくるのではないでしょうか。この四旬節、感情に振り回されない生き方を求めてみたいと思います。四旬節に、普段できていないことを、ほんの小さな事でも良いので、そしてたった一つでも良いので、実践してみませんか。信仰の原点は私と神の個人的な出会いであって、神の前に立つとき、堂々としていられるかどうかが問題です。共同体はその信仰を育む場であり、イエスに結ばれる場でもあります。原点を見極め、神と自分の関係を修復するためにも、小さな事から始めてみましょう。そして加えて、感情から離脱することができれば、それはすばらしい。

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