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2010年6月22日 (火)

平和構築につながる援助を

Ogata

お会いしたいと思っていた方にやっと会っていただきました。今日の午後、東京の「国際協力機構(JICA)」事務所で、理事長の緒方貞子さんと対談する機会をいただきました。ドンボスコの月刊誌「カトリック生活」の企画ですので、その内容はまた9月号あたりに掲載される模様ですので、そのときにでもご覧ください。1995年4月に、ザイールのブカブ近郊でルワンダ難民キャンプの調整員をしたときに、キャンプが2時間にわたり襲撃され、30名を超える難民が殺害された話は、しばしばいろいろなところに書いてきました。私はちょうど現場に居合わせ、夜中の真っ黒な空を銃弾が花火のように飛び交うのを、宿舎にしていた司祭館の廊下の窓から眺めたあの光景。銃弾を受けて次々と運び込まれる負傷者や死者。あの夜のことを忘れることは決してありません。今でも工事現場などを通りかかり、掘削機が「ダダダダ」と音を立てるのを耳にすると、思わずぞっとしてしまいます。当時ルワンダ難民キャンプが襲撃されたのは初めてでしたし、その頃のザイール軍ではとてもセキュリティーを確保することは不可能だったので、国連で何とかしてほしいと、嘆願する緊急アピールを英文で書き、他国カリタスからの署名ももらって現地事務所に提出しました。事の性格上、手紙の宛先は当時の国連難民高等弁務官である緒方さんでした。当時のブカブの所長はパトリック・デ・スーザ氏という、カリタスインドで働いた経験もある人物で、緒方さんの写真を前にして彼女のことを自分がどれほど尊敬しているか、我々に熱を込めて話してくれたのを覚えています。その直後、国連は自ら資金を拠出してザイール兵を雇用し、独自のキャンプ警護隊を組織することになったのでした。その頃から、緒方さんという方に一度はお会いしたいと思っておりました。現在は仕分けの対象ともなった国際協力機構の理事長を務めておられますが、日本の援助のあり方、また日本が平和のうちに生き延びるためにも、他国との協力関係や援助が不可欠であることなど、貴重なお話をうかがうことができました。企画をしてくださったドンボスコ社に感謝します。

四谷の駅から東京行きの快速電車に乗りました。東京の新しい電車の多くは、新潟で製造されています。連結部に近い壁面右側上に「新津製作所」と記されている車輌を見ると、別に私が作ったわけではないのですが、なにやらうれしくなります。そんな電車のドアの上に液晶画面があり、ニュースやクイズが流れていました。そのうち全日空のマイレージの宣伝に。家族でマイレージを合算できるサービスの宣伝のようでした。その直後流れた映像を見て、一瞬、「全日空も、やけにシュールなコマーシャルをするな」と思ってしまいました。だって、「知ってる?ぼくんち100人家族なんだよ」というコピーが流れているのです。「家族合算マイレージサービスで100人家族?」と思ったら、そちらは別な広告でした。UR都市機構の賃貸住宅のコマーシャルでした。ちょっとだけびっくりの、とてつもなく暑い東京でした。

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