« 家の祝別 | トップページ | 新潟はジャズに満たされて »

2010年7月16日 (金)

予測のつかない天気の荒れ

新潟ではちょうど今日が2007年に発生した中越沖地震の3周年です。柏崎での被害が大きく、教会関係でも様々な被害がありました。新潟は2004年7月の三条の洪水、10月の中越地震、そして07年の中越沖地震と、この数年間幾たびも災害に見舞われました。普段の生活を取り戻し、街が復興するには多大なエネルギーと時間がかかることを、新潟の人たちは実体験として肌にしみこませてきたと思います。この数日、全国各地で予測もつかないようなゲリラ豪雨に見舞われて、突然の洪水に巻き込まれ、家を失い、普段の生活のすべてを失われた方々、そして大切な命を失われた方々のニュースを見るにつけ、心から祈りを捧げております。

Ghana014s

昨晩の岐阜での豪雨では、車を運転しておられた方が、「1メートル先も見えないくらい」と話していたと報道されていました。それを耳にして、日本もアフリカのように、というよりも熱帯の例えばガーナのようになってきたのかと感じました。ガーナで働いていた頃、ちょうど今頃が雨期の真っ最中でした。雨期はじめじめと雨が朝から晩まで降るわけではなく、結構午前中はからりと晴れているものの、午後2時頃になるとにわかに黒雲が現れ、すさまじいまでの勢いで雨を降らせるのです。それこそ車を運転していると、いくらワイパーを作動させても先が見えない。かといって後ろから来る、例えばトラックにでも追突されてはかなわないので、路肩に寄せようにもその路肩がどこにあるのかも見えない。そんなすさまじい豪雨を何度も体験しました。そして舗装されていない村の山道は、その雨の度に形を変え、溝が縦横に走り回り、泥沼は自動車を飲み込み、あったはずの道は消え去る。そんなアフリカのような気候に変化してきているのではなかろうかと、ニュースを見ながら感じておりました。

Ghana043

そういえば雨水を一時的に溜めて、下水道に一気に流れ込まないようにして、同時にその水を再利用している人のニュースをテレビで目にしました。私自身もガーナにいる頃は、水道がない村でしたから必要に迫られてのことですが、聖堂の屋根に降った雨をすべて受け止めてタンクに溜めておいて、それを教会の水として利用していました。写真はそのOsonsonの聖堂ですが、向かって左の壁沿いに長く伸びているのが雨水のタンクです。雨期の間はそれでも何とかなりますが、乾期の特に後半、3月頃には、だんだんと水も底をつき始め、早く雨が降ってくれないかとひやひやしながら生活していました。

|

« 家の祝別 | トップページ | 新潟はジャズに満たされて »

司教の日記」カテゴリの記事