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2010年9月 8日 (水)

誕生の祝日

Khaba1011

本日9月8日は聖マリアの誕生の祝日です。今日の祝日ミサの集会祈願には、「いつくしみ深い神よ、あなたはおとめマリアの誕生を祝福し、救いの芽生えとしてくださいました」とあります。聖母マリアの誕生を祝うことは、同時に救い主を聖母を通じて与えてくださった神をたたえることでもあり、さらにはそういった業、すなわち人知を遙かに超えた神秘的かつ摂理的配慮によって救いの道を準備してくださる神をたたえることでもあります。まさしく神が摂理的に配慮されていることを理解するために、本日の福音ではマタイの系図を読むことができるようになっています。

さて同じ9月8日、私が所属する神言修道会は135周年を迎えました。1875年9月8日に、オランダのシュタイルで、ドイツ人教区司祭であった聖アーノルド・ヤンセンによって神言会が始まった日でもあります。

ところで先日のハバロフスク行きで書き忘れていたことがありました。滞在3日目、金曜日の夜のことです。青年たちや坂本師、そして高橋さんは、教会で現地の青年たちと分かち合いを続けていましたが、大人のグループ5人はちょっと疲れ果てて、先にホテルに戻ってきていました。そこで夕食をどうにかしなくてはならなかったのですが、せっかくの旅行ですのでホテルのレストランではなく、外へ出てみようということになりました。近くの教会広場に面した建物に、激しく目につく明るさで『香港』と記した中華料理屋があります。中華なら何とかなるだろうと考えて、出かけました。それが何ともなりませんでした。出てきたメニューはロシア語のみ。注文を取りに来てくれたウェイトレスはこれまたロシア語のみ。我々は、日本語か、英語か、はたまた町田師のラテン語か。困り果てて周囲を見回すと、近くのテーブルで結婚式の打ち上げをしていると思われる女性たちが、写真付きのメニューを見ているではありませんか。ジェスチャーで、何とかそのメニューを持ってきてもらいました。それからは、写真を指さし、何とか食事の注文はできたのです。ところが「ビール」と「ご飯」が通じない、メニューにもない。というか飲み物のメニューはロシア語のみ。「ビール」くらいはロシア語を覚えておけば良かったのですが、そうはいっても後の祭り。ありとあらゆるジェスチャーを使って、ビールとご飯を猛烈にアピール。すると彼女が、「アサヒ?」というではありませんか。「そうそう」。本当はロシアのビールがほしいところでしたが、何とか通じて「アサヒ・スーパードライ」を飲むことができました。ところが「ご飯」がなかなか通じない。本心ではただのチャーハンがほしかったのですが、写真メニューにない。やりとりすること数分。彼女が「任せて」といわんばかりにうなずいて消えていきました。アサヒ・スーパードライを飲みながら、実は正直すごい心配でした。ほら、イタリアでの「ぼったくり」みたいなレストランの話があったではないですか。言葉がわからぬのをいいことに、すごい大量に訳のわからぬものが出てくるのではないかという恐怖。ところが、しっかりと都合の良い量の皿が3つくらい運ばれてきて、さらにひとりに一つずつ、お椀に盛られたご飯が出てくるではありませんか。このウェイトレスの女性。20代前半と思われますが、すばらしい。全く言葉が通じなかったのに、彼女がこちらの思いをしっかりと理解して、出してくれた食事は量的にも、値段的にも、ぴったり適正でした。これは褒め称えておかなくてはいけないと思った次第でした。

一番上の写真は、訪問したロシア正教会の女子修道院の食堂で夕食をいただいたときです。正教会の神学院長と私。皆さんは別テーブルでした。すでに昨年来面識があるのですが、互いに言葉が通じないので、黙々と食事をとり、合間合間には互いに見つめ合ってにっこりとする、それはそれは精神的に厳しい時間を過ごしました。昨年一緒に正教会の神学校で食事をしたときは、間に英語とロシア語の通訳が入ったので、何とかなったのでした。

明日と明後日は東京でカリタスジャパンの委員会ワークショップ。その後函館へ移動して、日曜日に函館で堅信式です。

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