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2011年2月25日 (金)

あれから30年

「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です」

この力強い言葉が広島の平和記念公園で響いてから、今日で30年です。1981年2月25日。日本を訪問中の教皇ヨハネ・パウロ2世は広島に飛ばれ、この日の午前中に平和記念公園で祈りを捧げメッセージを読まれました。私は当時まだ修練者で、他の修練者と共に2月23日、来日初日に関口のカテドラルで行われた聖職者の集いで初めて教皇様を目にすることができました。その日、教皇様のメッセージが力強い日本語で、驚き感激したこと、また集まりの最後に皆で一緒にクレドを歌って感激したことを、今でも忘れません。

その二日後に、教皇様は歴史に残るメッセージを、力強い日本語で、広島から響かせたのです。

「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです」

しばしば引用されるこのフレーズを、教皇様はメッセージの中で3回繰り返しておられます。現実的な視点を持ちながら、しかし同時に理想の追求を怠ることなく、平和に対する責任を個々人が自覚するようにと呼びかけられました。その上で次のように述べておられます。

「この地上の生命を尊ぶ者は、政府や、経済・社会の指導者たちが下す各種の決定が、自己の利益という狭い観点からではなく、「平和のために何が必要かが考慮してなされる」よう、要請しなくてはなりません。目標は、常に平和でなければなりません。すべてをさしおいて、平和が追求され、平和が保持されねばなりません。過去の過ち、暴力と破壊とに満ちた過去の過ちを、繰り返してはなりません。険しく困難ではありますが、平和への道を歩もうではありませんか。その道こそが、人間の尊厳を尊厳たらしめるものであり、人間の運命を全うさせるものであります。平和への道のみが、平等、正義、隣人愛を遠くの夢ではなく、現実のものとする道なのです」

ヨハネ・パウロ2世が、「生命の文化と死の文化」という概念を用い、いのちを守ることの大切さを繰り返し説かれたことはよく知られています。神からのたまものであるいのちは、その誕生の瞬間から終わりに至るまで、すべての段階で等しく尊重されなくてはならない。ヨハネ・パウロ2世の考えはその点で一貫していました。広島平和メッセージの終わりは、祈りとなっています。(全文は中央協のホームページ

最後に、わたしは自然と人間、真理と美の創り主である神に祈ります。
神よ、わたしの声を聞いてください。
それは、個人の間、または国家の間でなされた、すべての戦争と暴力の犠牲者たちの声だからです。
神よ、わたしの声を聞いてください。
それは人々が武器と戦争に信頼をおくとき、いの一番に犠牲者として苦しみ、また苦しむであろうすべての子供たちの声だからです。
神よ、わたしの声を聞いてください。
わたしは、主がすべての人間の心の中に、平和の知恵と正義の力と兄弟愛の喜びを注いでくださるよう、祈ります。
神よ、わたしの声を聞いてください。
わたしはすべての国、またすべての時代において戦争を望まず、常に喜んで平和の道を歩む無数の人々にかわって、話しているからです。
神よ、わたしの声を聞いてください。
わたしたちがいつも憎しみには愛、不正には正義への全き献身、貧困には自分を分かち合い、
戦争には平和をもってこたえることができるよう、英知と勇気をお与えください。
おお、神よ、わたしの声を聞いてください。そして、この世にあなたの終わりなき平和をお与えください。

あれから30年。私たちの世界は、いのちを尊び愛し、平和を追求するものとはなっていません。

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