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2011年6月29日 (水)

全道司祭大会開催

札幌教区で働くすべての司祭の集いである「全道司祭大会」が、27日月曜の夜から29日昼まで、37名の参加を得て開催されました。広い北海道ですから、集まるのも大変ですし、そのために日頃は顔を合わせる機会も少ない。私自身もまだ兼任の身では北海道全域を訪問することは不可能です。その意味で、北海道の全地区から主だった司祭たちが集まった大会はありがたいと感じます。

会場は登別の温泉旅館。昨年は花川の藤女子大学セミナーハウスでしたが、今年は勉強会ではなく、じっくりと話し合いたいし、さらに親交も深めたいと、何年かぶりになるのだそうですが、登別温泉での開催となりました。狙いは的中し、今回のテーマとなった「北海道の福音宣教」について、時間が足りないと感じるほど白熱した司祭たちの話し合いとなりました。

今回は1996年の教区宣教司牧評議会の教区ビジョンへの提言を受けて地主司教によって定められた教区のビジョンをもう一度振り返りました。達成できたこと、できていないこと、新たな課題。様々な指摘があり、今後に向けて(つまり新しい教区長が任命されるにむけて)宣教司牧の方向性について教区全体で話し合う必要性を再確認しました。今後、教区全体として話し合う場をどうにかして具体化していくことも話しました。教区宣教司牧評議会の開催となるのかどうか、その方策について今後検討を続けることが、本日の司祭大会後に開催された司祭連絡会で確認されました。

通常は司祭評議会がこういった事項を取り扱いますが、司教座が空位である間は司祭評議会は解散されていますから、その代わりに私が教区管理者として司祭連絡会を招集しています。

全道司祭大会には地主司教様もおいでくださいました。司教様の霊名はペトロですから、本日がお祝い日です。昨晩の夕食会では、霊名の祝日を迎える地主司教様と、司祭叙階銀宿の勝谷師と私に、花束の贈呈がありました。感謝。地主司教様はとてもお元気です。

そして本日の閉会ミサは地主司教様が司式。説教では、ご自分の霊名であるペトロが愚直なまでに主イエスを愛したことに触れ、そのようなペトロの生き方にあこがれているとお話しくださいました。

涼しくはないですが、暑さの中にもさらっとした爽やかさのある札幌より。

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2011年6月26日 (日)

大分教区司教叙階式

キリストの聖体の主日である今日、浜口末男司教様の大分教区司教叙階式が別府で執り行われました。前回の宮原司教叙階式に使われたミッションスクールはすでに経営が一般に移り、カトリック学校ではなくなった由。そのため叙階式の会場は、別府にある別府国際コンベンションセンター「ビーコンプラザ」。先週の高松での叙階式はカテドラルでしたから、入りきれない参加者は近隣の会議室などで中継を見守ったのですが、本日は本当に大ホール。祭壇側からみるとそびえ立つような会衆席です。事前に聞いたところでは、満席になると2000人は収容できるとか。こちら側から見た限りでは1300から1500の間くらいの参加者があったように思います。その中の100人は司祭団。大分は、平均年齢が一番若いものの教区司祭は新潟の16名とほぼ変わらない小さな教区です。その分、近隣の、特に長崎教区と福岡から多くの司祭団が駆けつけておりました。また、浜口司教は高松教区を手伝われたこともあるので、高松の信者さんたちもフェリーで海を渡って駆けつけてくださってました。

本日は日本の現役司教のほぼ全員にあたる15名と教皇大使、広島の前田被選司教、すでに引退されている溝部司教、地主司教、平山司教も参加され、司式は長崎の高見大司教、その横に前大分教区長の宮原司教、お隣の郡山司教がつきました。

天気予報では大分地方は大雨でしたが、やはり先週と同じように、叙階式の始まる前から雨は上がり、終了時には日も差しているという神様のお恵みでした。また会場は非常に広い空間で、たぶん内陣になったステージなんてとても広いのでしょうが、その広さを感じさせない巨大な会場でした。(写真は携帯撮影しかないので、またそのうち)浜口司教様、本当におめでとう。そして今後ともよろしく。

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2011年6月23日 (木)

仙台教区サポート会議

仙台教区で東日本大震災の救援活動に関わる全体的な調整を行うための会議を、仙台教区サポート会議と呼んでいます。主催者は仙台教区の平賀司教。毎月1回開かれていますが、第3回目が昨日22日の水曜日午後に、仙台教区本部で開催されました。

谷司教と私も参加。いわゆる「オールジャパン」、つまり司教団が中心となって全国の教区から仙台を支援しようという動きは私が担当者で、その実務を大阪の神田神父らが担ってくださっているので、神田神父も大阪から駆けつけました。もちろん小松神父を始め仙台教区の司祭方や、現場で仙台教区サポートセンター運営に携わるカリタスジャパンの成井神父なども参加。

今回は特にこの3ヶ月の活動を振り返り、今後の展望について意見を交換しました。また先日の司教総会の議決を受けて、3教会管区がそれぞれ岩手県から福島への沿岸部を支援することが合意されたのですが、それに関する調整をどうするのかも意見を交換しました。今後、この会議の場をそういった全国的な支援活動の調整の場ともしたいと考えています。

成井神父からこの3ヶ月で1,300人を超えるボランティアの参加があったことや、各ベースを中心に、今後どのような展開が考えられているかの説明がありました。いや、それにしても、災害の規模も大きいし、被災地も広大で、関わる人の数も多い。広域にわたって活動を調整するのは至難の業であることを感じました。次のこの会議は7月末ですが、その前に、全国の教区の窓口担当者を仙台に一度集めようということも合意しました。

昨日の行きは晴天。仙台は30度を超える真夏日。高速道路は中型以上が無料になるため、いつもより心なしかトラックが多いような気が。特に片側一車線が続く磐越道では、確実にいつもよりトラックが多い。加えて無料にするために出口では一般精算レーンに入ろうとする車で大渋滞ができてました。私のように援助団体関係者の車は割引も無料化も何も関係ないので、いつもの通りETCレーンに行こうとするのですが、レーン自体はがらがらなのに、そこまで渋滞でなかなか行き着かない。

今朝は7時少し前に余震。加えて東北は豪雨でした。帰りの東北道、そして会津のあたりの磐越道は前も見えないくらいの豪雨でした。

ところで昨日の会議の際に、良くできた地図帳をいただきました。昭文社が出している「東日本大震災・復興支援地図」。各地の地図に津波の被災範囲が記され、そのほかの被災状況も克明に記されています。災害対策本部や避難所の情報も。現地で働くためには必需品かも知れません。952円プラス税金です。

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2011年6月20日 (月)

諏訪司教叙階式

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新しく高松教区司教に任命された諏訪榮治郎司教の司教叙階式が、高松教区のカテドラルである高松市内の桜町教会で、昨日、6月19日午後2時から執り行われました。高松地方は梅雨の大雨で、前晩もかなり降りましたし当日の朝も雨模様でした。ところがお昼近くから雨は見事に上がり、そのまま夕方の叙階式終了時まで一滴も降らず。その晩遅くから翌日、すなわち月曜日は再び大雨となりました。四国各地から駆けつけたかたがたや、大阪教区から駆けつけた方も多かったですし、なにぶん噂に聞いたところでは千人近い参加者がいたそうで、もちろん聖堂には入りきれませんから、隣の幼稚園や教区本部の会議室などでの中継参加でしたから、雨が降らなかったことはすばらしいお恵みでした。

なおミサの模様は青年部によって画像がインターネットで公開されています。グーグルで「高松教区司教叙階式」と検索すると、一番最初に出てきますUSTREAMで叙階式の最初から最後までを見ることができます。

また諏訪新司教の紋章とその説明は、中央協のこちらのページに掲載されています。ご覧ください。(紋章はクリックすると拡大されます)

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叙階式は大阪教会管区の池長潤大司教が司式され、その横にボッターリ教皇大使と溝部司教がつきました。司教叙階には通常3名の司教が必要とされています。それから特に大切なのは、教皇様からの任命書があること。ラテン語でしっかりと書かれた文書が、まず実際に存在すると言うことを司祭団と司教団に見せ、その後大使によって朗読されました。日本語訳も朗読されましたが、今回の任命書には、東日本大震災の被災者への教皇様の祈りの言葉も記されていました。

受階者の約束、諸聖人の連願を経て、全司教が一人ずつ按手をし、聖別の祈りを唱えます。その間、福音書が開かれて受階者の頭上に掲げられます。最後に聖香油が注がれ、指輪、ミトラ、バクルスが授与されます。そして今回は教皇大使が新司教を司教座へと導き着座となりました。このあとからは池長大司教に変わって諏訪司教がミサの司式を務めました。

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すべてが終わってからも、諏訪新司教は聖堂の外で多くの方に囲まれていました。今回は長く働いた大阪教区からも多くの方がおいでになっていたとのことで、懐かしさに話が弾んでおりました。ちなみに諏訪新司教は、この6年間は大阪教区から出向の形で高松教区で働いておられました。(一番上の写真はミサ後の諏訪司教、中段は桜町教会聖堂。一番下の写真は夜の司教団夕食会で溝部司教に花束を渡す諏訪司教)

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2011年6月18日 (土)

3新司教と教皇大使

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司教総会中のある晩、司教全員が教皇庁大使館に夕食に招かれました。引退されるお二人、溝部司教と三末司教への感謝と、新しい三人の司教への祝福を兼ねての夕食会となりました。

写真は夕食前に歓談する3新司教とボッターリ・デ・カスッテロ教皇大使。新司教は左から前田被選司教(広島)、諏訪被選司教(高松)、浜口被選司教(大分)。明日、6月19日は高松で諏訪被選司教の叙階式です。桜町教会で午後2時から。そろそろ新潟を出て、西の方へ移動を始めなくてはなりません。

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2011年6月17日 (金)

定例司教総会も無事終了

月曜日から開催されていた定例司教総会は、本日午前中に無事終了しました。今回は、初日に、新しい広島司教として前田万葉師の任命が発表されたりで、新しい被選司教が3名も参加する珍しい総会となりました。

総会で決まったことは順次カトリック新聞などで発表となると思いますが、すでに中央協議会のホームページには、今回の総会の大事な結果の二つが掲載されています。

まず口語訳の刷新が求められていたマリア様の祈りが決まりました。今後も試用版と同じく「アヴェ・マリアの祈り」と呼ばれることになりました。試用版と比較すると後半部分に変更があります。カードと神学的解説をを作成する予定です。テキストはこちらをご覧ください

次に、今回の総会中に、福音宣教の今後についての話し合いがありました。全国の教区から意見を求めたものですし、この数年間、ナイスについての振り返りも行ってきました。その結果は今後また発表されますが、その話し合いの中で、今回の大震災に当たっての司教団のメッセージを出すことが提案されました。総会の議題として東日本大震災への教会の取り組みも話し合われたところです。司教団のメッセージは全員一致が原則ですから、普通はなかなか決まらないのですが、今回は即座に合意しました。メッセージはこちらから。

詳しいことはまた後ほど。いまから四谷のニコラ・バレで、司教団のHIV/AIDSデスク主催で先生たちの研修会です。私は主催者ですので、参加してから新潟へ戻ります。明日は高松へ移動です。

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2011年6月13日 (月)

広島教区に新司教の任命

教皇様は先ほど、広島教区の三末司教様が提出された75歳の教区長定年年齢に伴う引退願いを受理されました。同時に教皇様は三末司教様の後任として、カトリック中央協議会の事務局長を務めている前田万葉神父を後任の広島司教に任命されました。

前田万葉被選司教は、1949年に長崎県の五島で誕生。長崎教区司祭として1975年に叙階され、2006年からカトリック中央協議会の事務局長を務めています。

叙階式の日程は未定です。前田被選司教様、おめでとうございます。

なお本日午後2時から定例司教総会が始まりました。先日ハンガリーへの転任が発表されたボッターリ・デ・カステッロ大司教も最初においでになり、この6年間の働きを振り返ってメッセージを朗読されました。今回の総会中に大使館で夕食会の予定です。

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2011年6月12日 (日)

月寒教会で堅信式

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本日、聖霊降臨の主日に、札幌の月寒教会で堅信式を行いました。札幌地区東ブロックの各教会から、56名の方々が堅信を受けるために集まり、月寒教会の聖堂はいっぱいになりました。集まったのは、小野幌、月寒、岩見沢、江別、大麻、北広島、静内、新田の各教会の皆さん。堅信を受けられたのは80代から10代までの、非常にバラエティーに富んだ年齢層の皆さんでした。ミサは、月寒の森田師、ブロックモデラトールの新海師、大麻・江別担当の加藤師、地区長で北広島の勝谷師が共同司式。

さすがに50名を超えると全員が一斉に並ぶのは不可能です。いくつかのグループに分けて堅信を授けました。聖歌隊も、すばらしいできでした。堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。写真はミサ前に、リハーサルを厳しく指導する新海師。

ミサ後の茶話会では、私の生まれ故郷である宮古にボランティアで出かけられた、さわやかなお嬢さんにも出会いました。手作りイチゴのショートケーキもおいしかったです。準備された月寒教会の皆さん、ありがとうございました。

夕方5時からは、97歳の(確かそうです)田村師も含めて、顧問会を開催。しかし、田村師はお元気です。現在お住まいの函館から、わざわざ出かけてきてくださいました。

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2011年6月11日 (土)

大震災から3ヶ月

日本の進路を大きく変えた3.11から今日でもう3ヶ月が過ぎました。大震災と津波で生命を亡くされた方々の永遠の安息をあらためてお祈り申し上げると共に、被災された方々が一日も早く平穏で無事な日常を取り戻されますように、心よりお祈りいたします。復興を目指した歩みにあって、復活の主イエスが、皆様のその肩を力強く支え、歩みを共にされています。私たち教会にあるものが、そのイエスの姿を具体的に示していくことができるように、努力を積み重ねたいと思います。

3ヶ月にあたり、仙台教区の平賀司教様から全国の教会に、明日、聖霊降臨の主日のミサの中で祈ってほしいという願いがありました。特に共同祈願の中で、亡くなられた方々と復興に向けて歩んでいる方々のために祈っていただきたいと言うことでした。どうぞ明日のミサの中で、お祈りをお願いいたします。

ところですでに旧聞になってしまいましたが、6月6日に教皇様は、現在日本に派遣されている教皇大使アルベルト・ボッターリ・デ・カステッロ大司教を、新たにハンガリーの教皇大使に任命されることを発表されました。ボッターリ大使には何度も新潟教区を訪問していただきました。秋田にも山形にも、そして新潟の各地にも足を運んでいただきました。そのお働きに感謝いたします。後任の大使はまだ未定です。

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2011年6月10日 (金)

新潟・月曜会、毎年恒例の秋田巡礼へ

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新潟の月曜会は、かつて伊藤司教様の頃に創設された、毎月1回集まって司教の講話を聞きミサを捧げ、ロザリオを祈るグループです。主に月曜に集まるので月曜会。新潟周辺の信徒の方がメンバーとなっています。毎年恒例となっているのが、聖体奉仕会への巡礼。今年も月曜会のメンバーとそれ以外の方々も含めて16名が、私と坂本神父と一緒に、一泊二日で昨日と今日、秋田へ出かけてきました。

秋田も昨日は暑い一日でした。朝8時半頃に新潟を出た特急「いなほ」は12時過ぎに秋田駅に到着。そのままタクシーに分乗して聖体奉仕会へ。到着後、即座に聖体礼拝を30分ほど。その後マリア様の御像の前でロザリオを一環。3時からは私が司式してミサ。ミサ後庭に出て十字架の道行き(写真)。ちょうど道行きが終わって、修道院へ戻ったあたりで、雨が降り始めました。そのまま今度は、修道院の晩のロザリオ一環と晩の祈り。そして夕食をいただいて、あらためて聖堂へ。7時15分から聖体降福式。なかなか霊的味の濃い一日でした。

雨の一夜が明けて曇天で涼しい秋田。朝6時の朝の祈りと聖体礼拝に参加。7時から、今度は坂本神父司式でミサ。朝食後、片付けをして10時頃から11時過ぎまで分かち合い。再びタクシーに分乗して秋田駅へ。12時57分の特急「いなほ」で新潟へ戻り、4時過ぎには新潟駅に到着。月曜会のメンバーも齢を重ね、高齢の方が多くなったので、このスケジュールはちょっと詰め込み過ぎだったかも知れません。充実した丸二日でした。

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2011年6月 8日 (水)

新潟教区の司祭の集いは胎内で

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新潟県には胎内市という場所があります。中条町と黒川村が合併してできた市ですが、市内を流れる胎内川にその名をいただいています。胎内川上流、旧黒川村に、それこそ村おこしの一環として温泉やゴルフ場などを中心に整えられた地域があり、以前から新潟教区の司祭の集いはここで開催されてきました。数年前からは各地区の持ち回りにしたので、胎内での開催は隔年となっています。今年は講師も含めて35名が、胎内パークホテルに一緒に泊まり、2泊3日にの研修会を行いました。35名ですから、教区司祭だけではなく、新潟教区で働くすべての司祭が対象です。ほぼ全員が参加しました。

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今回は東京教会管区裁判所などでご活躍の稲川保明神父(東京教区)においでいただき、「婚姻の司牧」について、教会法の内容とその意図、実際の司牧における取り組みなどについて、みっちりと研修をいたしました。結婚に関する司牧は、小教区の現場で一番頻繁に出くわす教会法上の課題であり、時に人間関係の複雑さが慎重さを要する問題でもありますから、教会法の意図するところの正確な理解は不可欠です。特に教会法は1983年に改訂されており、またその後も細かい改訂が繰り返されているので、こういった研修会は不可欠です。

利用しているホテルは、以前は公共施設的な雰囲気だったのですが、現在は民間に経営が移管されているようで、雰囲気が変わっておりました。写真にあるとおり、とてもすばらしい景観の地です。加えて日中は30度に迫る陽気でありました。稲川神父様、わかりやすくまた深いお話をありがとうございました。

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2011年6月 5日 (日)

第35回長岡地区信徒大会開催

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第35回目となる新潟教区長岡地区の信徒大会が、本日、糸魚川教会で開催されました。長岡地区は、新潟県の中越と上越地方にある、長岡表町、長岡福住、十日町、柏崎、上越高田、上越直江津、妙高、糸魚川の各教会から構成されています。長い間フランシスコ会の地区でしたが、今年から長岡の教会には教区の高橋神父が主任、神言会のフェルディ神父とロレンゾ神父が助任で入りました。

新潟県は南北に細長い教区で、新潟市の司教館から新潟の南の端になる糸魚川教会まで、北陸自動車道を利用して2時間以上かかります。

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本日の信徒大会のテーマは、「教会こそ交わりの場」。午前中は東京・吉祥寺教会の後藤文雄神父が、長年取り組んでいるカンボジアでの学校建設について、スライドを交えて話してくれました。いつもながら、継続して取り組んでいる姿勢には頭が下がります。

午後からは信徒総会に続いて、外へ出て記念撮影。そして「フローレス・デ・マヨ」の聖母行列です。地区の各教会から、綺麗に飾られた聖母像が集まりました。

その後のミサでは、5名の糸魚川教会の若い信徒が堅信を受けました。おめでとう。糸魚川教会の皆さん、ご苦労様でした。

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2011年6月 4日 (土)

福島で復興支援検討の会議

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いつもよりちょっとバタバタとした一週間でした。月曜から金曜まで、毎日会議が続きました。木曜日は、いつもの常任司教委員会が潮見で。今月半ばに開催の司教総会の議題確定に、思いの外時間がかかりました。3時半頃に会議が終了してから新幹線で福島へ。木曜の夕方から金曜の昼にかけて、福島市内で泊まりがけの復興支援検討会議を開催しました。平賀司教、谷司教、私ほか、仙台教区とカリタスジャパン関係者、全国の復興支援担当など10名の会議です。これは、震災発生以来仙台で毎月開催している復興支援会議とは別に、福島への長期的支援の可能性を探るために開催したものです。

福島県へは主にさいたま教区が中心となって、いわき方面から支援に入っていますし、会津若松方面へ小教区教会の要望に応えてカリタスジャパンが物資の支援も行っています。しかし原発の事故は終息せず、避難も続いていることから、長期的にどのような支援ができるかを検討することになりました。とはいえ、すべては手探り状態です。結局今回の会議は、とにかく考えつくことをすべて出し合うブレーンストーミングとなりました。「フリーマインド」というソフトを使い、プロジェクターで壁に映写しながら、いろいろと意見を出し合いつつ図式化していきました。今回の内容を基にして、次回以降の仙台復興支援会議で、具体案を検討することにしました。(写真は福島駅で「やまびこ」に別れを告げ山形へ向かう「つばさ」)

明日は糸魚川教会で、長岡地区の信徒大会と、糸魚川教会の堅信式が行われます。糸魚川の堅信式は3月に予定されていたのですが、震災後の緊急事態で延期をお願いしていたものです。

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ところで先日の国際カリタス総会から、会場のホテル裏に設置されていた、等身大の十字架の道行き。

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講演をされた、教皇庁正義と平和評議会議長のピーター・タクソン枢機卿。

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会議が開催されたホテル「ドームス・マリエ」の正面。中には300人が入ってもまだ余裕の大聖堂がある。

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2011年6月 1日 (水)

6月の予定

あっという間に6月です。日曜にローマから帰国してそのまま札幌へ。月曜日は札幌の司祭月例会。午後から顧問会。神学生志願者の面接。火曜日は朝から新潟の幼稚園理事会と午後からは園長会。そして今日も早朝から東京へ出て、一日で3つの会議です。というわけで、6月の主な予定を記しておきます。

  • 6月1日 社会司教委員会・HIV/AIDSデスクなど
  • 6月2日 常任司教委員会
  • 6月3日 福島復興支援会議
  • 6月5日 長岡地区大会(糸魚川教会)
  • 6月6日~8日 新潟教区司祭の集い(胎内市)
  • 6月9日~10日 月曜会秋田巡礼
  • 6月12日 札幌東ブロック堅信式(月寒教会)
  • 6月13日~17日 定例司教総会(東京)
  • 6月17日 HIV/AIDSデスク研修会(東京)
  • 6月19日 高松教区司教叙階式
  • 6月22日 仙台教区サポート会議(仙台)
  • 6月26日 大分教区司教叙階式
  • 6月27日~29日 札幌教区全道司祭大会
  • 6月30日 全国カトリック学校 校長・教頭研修会(札幌)

今月も、移動が大変な一ヶ月になりそうです。

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