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2011年7月 3日 (日)

聖書協会行事から米沢殉教祭へ

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7月2日(土)の午後1時半から、新潟市郊外にあるプロテスタント系の敬和学園高等学校のチャペルを会場に、日本聖書協会が主催する、「聖書と音楽の出会い・新潟」が開催されましたので、途中まで出席させていただきました。聖書協会の活動への理解を深め支援を得るために、全国で開催されてきているのだと言うことです。当日は東京から、日本聖書協会の大宮溥理事長、渡部信総主事を始め職員の方もおいでになり、新潟近辺のプロテスタント教会信徒の方を中心に500名を超える参加者がありました。敬和学園高等学校は、新潟市の豊栄あたり、競馬場の近くにあり、それほど交通の便が良いところではありません。今回は敬和学園高校が全面的に協力し、参加者をバスで運んだり、生徒さんが駐車場の案内などに奉仕しておられました。

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私は大瀧事務局長と一緒にお昼前に出かけ、大宮理事長、渡部総主事ほか、新潟市内の主立った牧師・教師の方々と一緒に、食事を共にしながらの「交わり」のひとときに参加しました。大宮理事長はかつて新潟市内の教会で働いていたこともあり、私の前任である伊藤司教様ともエキュメニカルな活動を通じて親交があったとうかがいました。また今年の春から、敬和学園の理事長も務めておいでだとか。新潟と縁の深い方でした。今回の集いにはカトリック新発田教会の方々を中心にカトリックの方も少ないものの参加しておいででした。集いの第二部は沢知恵さんの歌のコンサートでしたが、残念ながら米沢に移動しなくてはいけなかったので、第一部の聖書協会の活動についての紹介部分にだけ参加させていただきました。

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米沢教会は、本日7月3日の午前10時から、北山原の殉教地で福者ルイス甘粕右衛門と52殉教者を顕彰する殉教ミサを行いました。188福者殉教者の祝日は7月1日ですから、それに一番近い7月の日曜日に北山原でも殉教祭を行うことにしています。毎年新潟教区全体から参加者を集めるのでは、小さな共同体である米沢教会にとって負担があまりにも大きいので、大がかりな催しは5年に一度程度にして、それ以外の年には、米沢教会を中心に殉教地でのミサを捧げることにしました。ですから今年のミサの参加者は米沢教会信徒を中心に40名ほど。成田主任司祭と大瀧師、そして私でミサを捧げました。今日の米沢はちょうど良い程度の曇り空。

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ミサ後米沢教会信徒の森憲一さんの案内で、北山原以外の殉教地である糠山と新洞ヶ台へも1時間ほどかけて巡礼しました。糠山は常慶院というお寺の墓地の裏手にある飯田屋敷跡に、この付近で殉教した7名と同じ数の7基の墓が残されていることから、殉教者と墓の関係が深いのではと推測されています(上の写真)。さらに米沢駅の裏手にある新洞ヶ台は3名が殉教したと考えられています。海元寺という寺の裏手に無縁仏が合祀されており、その中に殉教者が混じっていると推測されています。

このあと米沢教会に戻り、信徒の方々と昼食会。すると大粒の雨がやにわに降り出しました。ちょうどすべての行事の間は雨が降らず、感謝です。成田神父様を始め準備してくださった米沢教会の皆様、ありがとうございました。

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