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2011年11月30日 (水)

クララ会公式訪問@高田

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新潟県の上越市にクララ会の修道院があります。上越市と言うより、いまでも高田と直江津といった方がわかりやすいのだろうと思いますが、その高田に修道院があります。私の前任である故佐藤司教様が、新潟教区にも観想修道院が必要だと考えられて、フランシスコ会が働いているこの地区に、八王子からシスター方を呼んできたのだと聞きました。

高田のこの修道院は教区司教の下にあります。会憲によれば、教区司教は三年に一度公式訪問を行い、その際には全員と面接をして、さらに院長と副院長の選挙に立ち合わなければなりません。というわけで今年は前回の訪問から3年目。火曜日に、新潟教区の司祭評議会が終了してから、北陸自動車道を2時間ドライブして、出かけてまいりました。

今朝は朝7時から使徒聖アンデレの祝日のミサを共に捧げ、9時から面接。全員と言っても高田のクララ会は小さな共同体で、居住しているメンバーは5名。ゆっくりとお話を聞くことができました。そしてお昼前に全員が聖堂に集まり、聖霊の導きを祈ったあとに院長選挙の投票が行われました。投票の結果シスター具志堅が院長に選出され、即座に全員でテ・デウムを合唱。司教による任命と共同体メンバーによる忠誠の表明。そして副院長の選挙が続きました。

クララ会は大きな修道院を構えるのではなく、町の中で小さな共同体を営むのが特徴だといつか聞いたことがあります。その通りの高田修道院です。街中にある観想修道院が、福音の直接のあかしになるようにと祈っています。シスター方の観想生活における日々の祈りは、教区を支える力となっています。お祈りに感謝すると同時に、私たちも修道生活を様々な形で支えていかなければなりません。とりわけ、クララ会の召命のために、一人でも多くの女性が完全な奉献の生活、沈黙のうちの祈りの生活に道を見いだし、共同体に加わるように祈りましょう。

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2011年11月27日 (日)

待降節第一主日

典礼の暦では新しい年が始まりました。はやいものです。待降節の第一主日。「目覚めていなさい」のメッセージは、特にこの一年ほどの間に起こった出来事をふり返るにつれ、今の日本に住む多くの人にとって実感あるメッセージだろうと感じています。

今日は珍しくどこにも出かける用事のない日曜日でした。というわけで、ほぼ一日中コンピュータの前に座り、締め切りとなり提出を迫られているメッセージや原稿を一気に書き上げました。とっくに締め切りを過ぎた新潟教会の「双塔」のクリスマス号原稿をまず完成。そして英語モードに切り替えて、時間的に出席できないカリタスアジア主催になるバンコクでの災害対応準備対策セミナー参加者へのメッセージ。もう一つ英語で来年1月早々に行われるカリタスインドの創立50周年記念誌へのメッセージ。どちらもできあがったら即座にメールで現地へ送信。

そして最後に時間をかけて、12月8日に頼まれている某大学の職員研修会の原稿。これはパワーポイントを使うのでその作成も。昨日も時間をとることができたので、1月1日に教区内々で発表する2012年年頭司牧書簡の原稿を仕上げて大瀧事務局長に渡しました。これはあまり長くても読んでもらえないので、3ページに限定しているのですが、書きたいことがありすぎると短くまとめるのに苦労します。とにかく書いてしまってから、あとで削るのですが、これがなかなかつらい。

というわけで午後は少しは時間がとれたので、久しぶりに秋晴れの新潟中心部へ散歩。近頃新潟にいないことが多いので、何か懐かしく感じたのでありました。

明日は新潟教区の顧問会と司祭評議会です。

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2011年11月26日 (土)

仙台教区サポート会議@仙台教区本部

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昨日は毎月定例となっている仙台教区サポート会議の日。仙台教区本部まで出かけてきました。このところ予定が立て込んでいてちょっと気力が萎えていたので、往復おおよそ8時間の日帰りドライブをする勇気がなく、素直に新幹線で仙台へ。上越新幹線から大宮で東北新幹線に乗り換えるので、高速道路で行くのより若干早い程度。もちろん座っていればよいので楽ですけれど。大宮でやって来た「はやて」は新型・緑色の車輌でした。編成が増えたので「はやて」にも使い始めたとのこと。静かでした。

仙台の会議はいつもの通り平賀司教が議長を務め、小松事務局長が議事進行。管区代表が参加するので、平賀、谷、私に加え、幸田(東京管区)、諏訪(大阪管区)の五司教が参加する会議となっています。ちなみに長崎管区代表はサレジオ会の古木神父。古木師を中心とした長崎管区では岩手県の大槌で被災したビジネスホテルを改装してボランティア活動の拠点にする計画を進めており、12月13日には開所式の予定。私も参加を求められているので、12月13日には大槌まで行ってこようと思っています。

長崎管区は大槌に拠点を築き、大阪管区は大船渡に拠点を構築しています。東京はいわきあたりを中心に、特に拠点は築いていないものの、活動を強化しつつあります。来年3月までは毎月の会議の日程が決定。それ以降、つまり2年目からはどのような形で会議を開催するか、今後検討しなくてはなりません。

仙台からの帰りの「はやて」は前からの車輌。大宮での乗り換え時間がたっぷりあったので、夕食代わりのお弁当をキオスクで購入。今日は昼も夜も駅弁。夜10時近くに司教館に到着。今日は「珍しく」新潟にいます。

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2011年11月22日 (火)

まるで真冬@札幌

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日曜日にミサと祝賀会が終わり、そのまま車で新潟空港へ。以前は夜7時過ぎ発の札幌行きがあったので、ゆっくりと日曜の仕事をこなしてから札幌へ移動できたのですが、現在は午後4時前の便が最終です。日曜の仕事を考えるとちょっと早いけどこればかりは仕方がないですね。需要とのバランスで決まるので。羽田であれば一番最後は夜8時の札幌行きですから、便利この上ない。実は戻り便も同じ事情で、札幌で行事などをこなしていると新潟行き最終は午後4時35分新千歳発の便。これもちょっと早い。翌朝どうしても新潟にいなくてはならない場合はどうするかと言いますと、まず午後6時半の羽田行きに間に合うのなら羽田へ飛んで東京駅から最終午後9時40分のJR「Mとき」に間に合います。深夜11時59分には新潟へ。そうでなければ、新千歳を午後8時に出る名古屋行きの便へ。そのまま中部空港に泊まり翌朝一番の新潟行きの便へ。すると朝9時半頃には新潟司教館にいることができる。移動を考えるだけで、かなり時間と頭を使っております。

さてとにかくそんなわけで日曜の午後に札幌に来ました。日曜日の夜はそれほど寒くはなかったものの、一晩がたち月曜の朝になってみると雪。月曜日は司教館隣のベネディクトハウスで司祭の月例会。午後からは司教館で札幌教区の顧問会。その夜はぐっと冷え込み大雪。本日火曜日は午後から司祭評議会に代わる司祭連絡会。寒い一日です。昨日は最高も零度。今日は2度くらいでしょうか。いやはや、あっという間に真冬です。

明日の午後には新潟へ戻りますが、新潟はどんな天気か、心配です。写真は、先日会議に向かう途中、テベレ川を渡る橋から撮った聖ペトロ大聖堂。

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2011年11月20日 (日)

王であるキリスト@新潟教会

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本日は王であるキリストの主日。典礼歴の年間最後の主日です。新潟教会は王であるキリストに捧げられているので、毎年この主日を司教の訪問日としてミサを捧げさせて頂いています。昨日ローマから戻ることができたので、今日は無事に9時半の新潟教会ミサが司式できました。

今日のミサは盛りだくさんの内容となりました。まず堅信が青年一名。新潟には大学進学などで教区の他の地域、特に秋田出身の青年たちが多く居住しており、本日の堅信を受けた青年もそのひとりです。そして小学生の男の子の初聖体。白い侍者服に身を包んで、いつもとはちょっと違う緊張した雰囲気で、一番前の席でミサに与ってくれました。

されに今日のミサで、私の司祭叙階銀祝の感謝ミサとさせて頂きました。すでに各小教区には記念のカードと一緒に手紙を送りましたが、東日本大震災のあった年ですから、大げさなお祝いは控え、ミサと小教区での昼食会といたしました。お祝いのメッセージをくださった皆様、霊的花束をくださった皆様、お祈りのうちに覚えてくださった皆様、ありがとうございます。今日の説教でも申し上げましたが、司祭の人生は多くの方の祈りによって支えられなければとうていひとりで全うできるものではありません。今後とも、召命のために祈ると共に、司祭のためにどうぞお祈りください。

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ミサの最後には、教区創立100周年を記念して企画された十字架リレーの出発式がありました。十字架は同じものを二本用意しました。これから来年10月の教区大会まで、順番に皆様の小教区や修道院を十字架が訪れます。またノートがついてきますから、その中にメッセージを書き入れてください。リレーすることで小教区間の交流もはかって頂ければ幸いです。今日のミサではこのリレーを企画した委員会を代表して青年たちが趣旨の説明をしてくれました。

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ミサ後には小教区ホールで祝賀会。正面には記念カードに私の司教職モットーを書にしてくださった加藤先生の字で祝賀も文字が。祝賀会になって気がつきましたが、今日のミサには新潟大学などに留学している韓国などの青年たちも大勢参加してくれてました。皆でおでんを頂き、歌を唄って一時を過ごしました。準備をしてくださった皆さん、ありがとう。司会も、よくできました。

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ローマでの会議から

ローマでの国際カリタスの会議から、土曜日の昼に無事帰国しました。最終日の木曜には福音宣教省の長官フィローニ大司教と面談し、新潟や札幌教区のことをいろいろと話すことができました。その後に食べた昼か夕食が私の腹には力強すぎたようで、その晩は腹痛に苦しみ、明け方頃には日本帰国を延期しようかと本気で手順を何度も考えておりました。それでも5時過ぎには徐々に収まり、ちょっと熱っぽかったもののそのまま8時過ぎにはオスティエンセの駅から電車に乗ってフィウミチーノ空港へ。ルフトハンザに乗り、ミュンヘン経由で一路成田へ。体調に関係なく事前予約で、すぐ後ろに席がないエコノミー席を取ってあったのが幸いして、食事時間中も後ろの方に気兼ねすることなくずーっとリクライニングしっぱなしで、とにかく成田まで寝ました。おかげで、土曜日昼の成田到着時には何とか体調も回復。新潟へ直行。

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そんなローマでは、携帯で撮影した写真をブログにあげる手はずが整わなかったので、国際カリタスの会議から数枚をピックアップして掲載します。まず最初。上の写真は、今回の執行委員会が国際カリタス60年の歴史の中で記念すべき第100回目であったので、それを記念して議長席前の床にアレンジされた電池式のミニキャンドル。正面の人影の後ろに見えるいくつかの窓が、同時通訳のブースです。

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そして次は議長席側に座った面々。一番左がスイス出身の会計ユルグ・クルメナッハー氏、次がルクセンブルグ教区の司教総代理になったばかりのモンセニョール・アーニー・ギラン第一副総裁。そして国際カリタス総裁を務めるホンジュラスのオスカー・ロドリゲス・マラディアガ枢機卿。最後に右端がフランス出身のミシェル・ロワ事務局長。会議室内は無線LANでインターネットに接続できる環境になっていますが、さすがに皆が使い始めると回線が足りなくなるみたいで、しばしば断線してはいました。発言は通訳に聞こえないといけないので必ず細く伸びたマイクで。その台座のところにイヤホーンがあります。使えるのは基本的に英語、フランス語、スペイン語。話すだけならイタリア語も可能です。

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最後に国際カリタスが事務局を置くサンカリスト宮殿は、この聖堂の真横左手にあります。聖堂はサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会。12世紀のモザイクで有名で、正面にも聖母子を囲むランプを持った乙女たちのモザイクが見えます。聖母子を中心に左右に5名ずつです。このままでは見にくいですが、すべての写真はクリックすると大きくなります。この写真を撮っている後ろにはサバティーニがありますが、この地域は夜ともなると有名なレストランが軒を連ねる地域でもあります。左手にどーんと見える大きな建物が、サンカリストのほんの一部であります。

というわけで、ローマでの今年の会議は終了。来年の執行委員会は5月に予定されています。

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2011年11月16日 (水)

国際カリタス執行委員会@ローマ

国際カリタスの第100回執行委員会(理事会)が、バチカンの飛び地であるローマ市内のサンカリスト宮殿にある国際カリタス本部で、月曜日から水曜日までの予定で開催されています。バチカンの役所には、いわゆるバチカン市国内に存在するものもありますが、多くがローマ市内の建物の中にあり、そういった部分もバチカンの一部とされています。サンカリスト宮殿は、夜になるとレストランが軒を連ねる地域として有名なトラステベレ地区に存在し、かつて濱尾枢機卿が議長を務めた難民移住移動者評議会も同じ建物に事務局を構えます。

国際カリタス総裁であるホンジュラスのオスカー・ロドリゲス・マラディアガ枢機卿を筆頭に全世界から25名ほどが参加。アジアからは私とインドネシア、スリランカの代表が参加しています。

今回の主な議題は今年の5月開催の総会でかなりの訂正が施された国際カリタス憲章と内規の決済。かなり長い議論となりましたが、昨日午後にやっと議決。その後国務省に承認を受けるための提出となります。今日は残された時間で来年の予算の承認と次回総会までの活動計画と予算計画の承認が残されています。

昨日は教皇庁社会科学アカデミーのマルセロ・サンチェス・ソロンド司教が一時間講演されました。現在の世界経済の状況に対して、教会は何を考えるのかについて示唆に富む話でした。そのなかで原子力の利用について触れられ、基本的に平和利用にも反対だと考えていることを明確に表明されていました。とうぜん原子力発電についても反対であると。しかしアカデミーとして何かの態度を表明するような立場にはないとも言明。それは残念でしたが、教会の基本的姿勢を知ることができて、先般声明を発表した日本司教団の一員としては勇気づけられました。

執行委員会は本日(水曜日)の夕方までです。

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2011年11月14日 (月)

休日@ローマ

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そういうわけで、昨晩遅くにローマに到着。成田空港からはルフトハンザの二階建てA380に乗りました。2回目です。先日の巡礼の帰りもエールフランスのA380でしたから、この飛行機の乗るのは3度目。結論から言えば、エコノミークラスにいる限りでは、今までの飛行機と何も変わらない。二階建てだという意識もありません。そのうち機会があれば、二階のビジネスに乗ってみたいです。すると何か違うのかも・・・。いずれにしろ乗り換えのフランクフルト空港は巨大で、とにかく歩く歩く。それに上り下りが多すぎて。

そして今は神言会の総本部に滞在中。ローマの空港からは電車に乗って30分ほど(8ユーロ)。オスティエンセ駅のすぐ目の前です。管区長をしていた頃からの知り合いが何人か総本部にいるのと、日本の前の管区長キサラ師が今は総顧問の一人。早速寝る前に一緒にグラスを傾け、積もる話を。現在の神言会総会長であるフィリピン出身のペルーニア師と初めて出会ったのもここでした。1986年の8月。私はガーナへ向かう途中。彼は博士号のために勉強中。そのときに意気投合して、それ以来のお友達。昨晩は彼も途中で現れて、いろいろと話すことができました。

そして今日の日曜日は予定もないので、キサラ師とバスに乗り、ドミティラのカタコンベへ。ここは数年前から神言会が運営を担当しています。ガイドさんにまず案内してもらった後、ここで長年働いているという男性に案内されて、電気もついていないさらに奥へ。懐中電灯を頼りに、5層に分かれている一番下の階へ。カタコンベの中はまるで地下都市です。知らずに迷い込んだら二度と出てこれないかも。歴史のあるお墓の装飾画をいくつか見せて頂きました。ドミティラのカタコンベにはほかにはない特徴があります。それがはいたところにある大聖堂。ここがカタコンベの中で唯一、大聖堂がもとよりあるところ。400人は入るとのこと。それだったら、前回の巡礼のときにここに来ればよかったと反省。次回はここで。

明日月曜日は9時から国際カリタスの会議です。午前中は総裁と副総裁だけの会議。午後から執行委員会、いわゆる理事会です。会議は国際カリタスの公用語である英語、スペイン語、フランス語が使われ、プロの同時通訳がつきます。同時通訳が実にすばらしいのですが、イヤホンをつけて通訳に聞き入りながら会議に参加するのは、実はなかなか難しい。最初の日はいつも戸惑います。そしてもう一つ、彼らとは契約があるので、ある時間以降は通訳さんが帰宅される。すると会議も終わり。時間厳守にとてもすばらしい効果があります。

写真上は、先月の巡礼のときに、ローマ市内で信号待ちをするバスの前で、やにわにサッカーボールのヘッディングパフォーマンスをはじめたおじさんです。

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2011年11月11日 (金)

ローマ出張中@国際カリタス

国際カリタスの執行委員会(理事会)に出席するため、明日11月12日から19日まで、ローマへ出かけております。今回の執行委員会にはアジアからカリタスアジア総裁の私と、代表としてスリランカとインドネシアの委員が出席します。カリタスアジアの事務局長はパキスタン国籍の司祭ですが、今の段階で欧州のヴィザが出ておらず、出席できるかどうか微妙です。というわけで、次回の更新は、たぶん、11月19日以降となると思います。

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2011年11月10日 (木)

司教団のメッセージ発表される

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仙台で行われた日韓司教交流会の始まる直前、火曜日の午後1時から3時まで、仙台で臨時の司教総会が開催されました。議題は原子力発電所の事故を受けてメッセージを発表すること。すでに6月の司教総会でそのアイディアが出たため、7月には司教の勉強会を開催。10月の臨時司教総会で原案を審議して何度も書き直し、最終的にこの火曜日にあらためて改訂を施して、最終的に全員一致で賛成したメッセージは、本日11時に、仙台教区カテドラルで発表されました。メッセージの全文はこちらの中央協サイトからどうぞ。

今回の事故を受けていろいろと司教団で話し合いました。政治や経済の現実的問題は十分に理解しているけれど、そして現実的にはあまりにも多くの解決すべき問題があることも理解しているけれど、やはり宗教者の立場から、倫理的責任を思うとき、発言せざるを得ないと考えました。私たちは創造主である神から被造物への責任を持たされています。加えて賜物であるいのちを最大限に優先し守り抜く責務があります。また被造物の責任と言うことで言えば、いまだけではなく将来の世代への倫理的責任も免れません。それらを考え合わせたとき、原子力発電をエネルギー供給のために選択することは、非倫理的であることを、今回の事故が証明しているのではないかと考えます。とりわけメッセージの最後に記した部分は一番強調したいところです。私たちにとっての被造物としての神の前における務めはいったい何なのか、考える必要があります。上の写真は石巻での祈りのあとに献花する教皇大使と池長大司教です。

メッセージから最後の部分を引用します。

「確かに、現代の生活には電気エネルギーを欠かすことはできません。しかし大切なことは、電気エネルギーに過度に依存した生活を改め、わたしたちの生活全般の在り方を転換していくことなのです。
 日本には自然と共生してきた文化と知恵と伝統があり、神道や仏教などの諸宗教にもその精神があります。キリスト教にも清貧という精神があります。そして、わたしたちキリスト者には、何よりも神から求められる生き方、つまり「単純質素な生活、祈りの精神、すべての人々に対する愛、とくに小さく貧しい人々への愛、従順、謙遜、離脱、自己犠牲」などによって、福音の真正なあかしを立てる務めがあります。わたしたちは、たとえば節電に努める場合も、この福音的精神に基づく単純質素な生活様式を選び直すべきです。またその精神を基にした科学技術の発展、進歩を望みます。それが原発のない安心で安全な生活につながるでしょう」

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日韓司教交流会開催@仙台

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第17回となる日韓司教交流会が火曜日午後から本日昼まで、仙台市内のホテルを会場に開催されました。韓国側からは光州や大邱の大司教を含め20名の司教が、日本からは現役のすべて17名が参加しました。毎年日本と韓国で交互に開催されてきましたが、今回は当初、金沢で開催することを予定していました。しかしながら大震災があったこともあり、韓国の教会からも援助を頂いたことでもあり、仙台に集って学び祈りを捧げることにいたしました。仙台教区になるべく迷惑をかけることのないように東京からのスタッフと復興支援担当のスタッフでカバーしましたが、やはりかなりのご配慮を仙台教区からは頂きました。

今回は大震災への対応について学び、次に原発問題について学び、さらに韓国における四大河川問題への司教団の対応から環境に関する神学を学びました。これは現代における重要課題なので、司教たちからは来年も是非環境について学びを深めようという提案がありました。

今回の交流会には新任の駐日教皇大使ジョゼフ・チェノット大司教も参加されました。昨日は」教皇大使も同行して皆で石巻へ出かけ、町を一望する丘で日韓の司教で一緒に祈りを捧げ献花しました。またその後、会津主任司祭のご厚意で石巻教会でミサを捧げることもできました。ミサ中には国務長官からの書簡が池長大司教に手渡され、チェノット大司教のご挨拶もありました。なお教皇大使はこの日の午前中に仙台市役所を訪問し、奥山市長としばし歓談されました。これは私も同行いたしました。(上の写真)

本日は朝6時半からの韓国語でのミサ後、9時からグループディスカッションで10時半過ぎに終了。一部の司教さんたちはすでに旅立ち、また一部は午後からさらに一日の旅行を続けます。私は週末にローマへ出かけるので今日はすぐ新潟へ戻ります。

なお日本の司教団は本日11時に記者会見して、原発に関するメッセージを発表しています。これはまもなく中央協のホームページに掲載されます。また後ほどお知らせします。

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2011年11月 6日 (日)

新発田地区大会@新発田教会

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本日の日曜日、新潟県の新発田教会を会場に、新潟教区新発田地区大会が開催されました。あいにくの雨模様でしたが、新発田地区に所属する栃尾、見附、村松、加茂、新津、三条、村上、新発田の各教会から、信徒の方々80名ほどが集まりました。11時から始まったミサは私の司式で、新発田の主任である佐藤允広師、加茂の主任である佐藤勤師、三条の主任である石黒師との共同司式ミサとなりました。新発田教会の聖堂は1966年に竣工した建物で、設計がアントニン・レーモンドの有名な建築です。隣接すする司祭館もレーモンド作で、現存する実際に人が住んでいるレーモンド作の住宅は、日本でここだけではないでしょうか。

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新発田教会の聖堂の床をみると、いつも懐かしくなります。というのもそのデザインと材質が、私が中学1年生から15年間を過ごした名古屋の神言神学院聖堂の床とほとんど同じだからです。というのも名古屋の神言神学院も、同じ時期にレーモンドの設計で建設されたものだからです。コンクリートの磨き上げられた床の下には、当時としては珍しい床暖房が設置されているのですが、新発田教会も名古屋の神学院も、すでにその機能は失われています。

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さてミサが終了したあとに、信徒会館や幼稚園ホールに別れて昼食会。午後1時15分からは私が、新潟教区の100周年と今後の展望について1時間ほど話をいたしました。その後、教区100周年のお祝いを企画している実行委員会の各部門担当者が、それぞれの企画について短く説明をし、午後3時過ぎにすべてのプログラムは終了。最後の挨拶は先日の巡礼に参加した森田信徒会長。ルルドでの感動と、ペトロ岐部が叙階されたサンタ・マリア・マジョーレ大聖堂を訪れたときの深い感動を語ってくださいました。(すぐ上の写真が、感動を熱く語る森田会長の後ろ姿です)カトリック新聞に投稿したらしいのですが、掲載されるでしょうか。というわけで、次は来年の100周年教区大会での再開を誓いながら散会となりました。

準備をしてくださった新発田教会の皆さん、ご苦労様でした。

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2011年11月 5日 (土)

巡礼の思いで@ルルドからパリへ

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巡礼から戻って、バタバタとして毎日を送っているためか、何となくものすごい過去の事のような気になってしまいます。もう少し写真をあげておきたいと思います。上の写真は(ダブルクリックで写真は拡大します)御出現の洞窟のすぐ横、大聖堂の建物沿いに配置されているルルドの水をくむための水栓が配置されているところです。近隣のお土産物屋さんでは大中小の様々な形状をした水入れが売られており、それを持ってこの水栓でルルドの水をくんでいくのです。また聖域内にはルルドの水を世界各地に発送してくれる事務所もあり、当然ルルドの水は売り物ではありませんから、送料だけで送ってくれるとのこと。新潟教区事務所には、なんと数日で届きました。この水栓と沐浴場で潤沢に水を使ってもまだまだ豊かに洞窟からは水がわき出しているとのこと。市内を案内してくれたガイドさんによると、その昔、ベルナデッタが水を見いだしたとき、ルルドの村長さんは大喜びしたと言います。近隣の村には温泉が湧いており、湯治客が大勢訪れていたのに、ルルドには温泉がない。それでベルナデッタが水を見いだしたときに、とうとうルルドにも温泉ができると思ったとか。ところがさっそく水を検査に出してみると、全くの純粋な水という結果がかえってきてがっかり。興味深い話でした。

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さてルルド二日目の夕方には聖体礼拝に与り(上の写真)、天気にも恵まれ夜のローソク行列にも参加しました。この夜は早川師が率いて聖歌隊を組織し、ロザリオの先唱に加わりました。ルルドの聖域に日本語の「あめのきさき」が響きました。

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ルルドで二日過ごしたあと、パリへ移動。初日はノートルダム大聖堂などを訪れた後に、不思議のメダイ聖堂でミサ。巡礼団以外にも、大勢の方がミサに参加してくださいました。不思議のメダイは1830年にこの聖堂でマリア様が御出現されたことに起因するそうです。愛徳姉妹会の聖カタリナ・ラブレに出現され、メダイを示してそれを作るようにと指示をされたのだそうです。写真はセーヌ川から望むノートルダム大聖堂。

さて明日は新潟県の新発田地区の信徒大会です。会場は新発田教会。11時からのミサで始まります。

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2011年11月 3日 (木)

花園教会60周年のお祝い

新潟駅の近くにある花園教会で、本日午前10時から、創立60周年記念ミサと祝賀会を行いました。60周年ですからかなり当然のお祝いのように感じますが、実は結構こぢんまりとお祝いは行われました。というのも5年前に55周年のお祝いを盛大に行っていたからでありました。そのときの模様は「司教の日記」にも掲載しました(そのリンクはこちらです)。5年前も同じ11月3日でありました。

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本日のミサには歴代の主任を務めた、町田、川崎、鎌田、高藪の各師も駆けつけ、現主任司祭であるフェルナンド師とミサを共にしました。写真はミサ前に、歴代主任司祭と(左から町田師、鎌田師、私、川崎師、高藪師)。

55年というお祝いを5年前にしたことで、この5年間の小教区共同体の歴史をそれぞれの人がしっかりとふり返ることができたのではないかと思います。30年前とか40年前とか50年前の記憶となると取捨選択されて、必ずしも全貌を記憶はしていませんが、5年であれば良く覚えている。するとたったひとりの人間でも、この5年という間に限りない体験をしていることに気がつきます。教会共同体は日曜日にあるだけの存在ではなく、そこに関わるすべての人の人生の積み重ねでできあがっているのですから、小さな共同体でも、数限りない人間の経験が寄せ集まって共同体を支えています。それらをすべてうまく組み合わせてくださる神の力とはからいの想像を超える大きさに、本当に不思議さを感じます。61年目への新たな一歩を、小教区共同体がイエスの方向に向かってしっかりと歩み出せるように、ひとりひとりがイエスをまっすぐに見つめめざし、そして「私を誰というのか」という問いに自信を持ってこたえられるように、信仰を深める祝いのときにしたいと思います。

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ミサ終了後、参加者はすぐ近くのホテルに会場を移し、昼食会をいたしました。それぞれの元主任司祭が、語り始めたらつきない記憶があることでしょうが、その中からいくつかのエピソードを分かち合い、昼食会を盛り上げてくれました。(写真は、高藪前主任司祭とフェルナンド現主任司祭と一緒に、昼食会場で)

花園教会の皆さん、ありがとうございます。そしておめでとうございます。60周年のお祝いを準備された信徒会の皆さん、本当にご苦労さまでした。良いお祝いのひとときでした。

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2011年11月 1日 (火)

11月の主な予定

日一日と秋は深まり、そろそろ年末も視野に入ってまいりました。11月になりましたので、今月の主な予定を記しておきます。

  • 11月2日 常任司教委員会と社会司教委員会(東京)
  • 11月3日 花園教会60周年(10時から、新潟)
  • 11月4日 カリタスジャパン委員会(東京)と新潟カリタス会理事会(新潟)
  • 11月6日 新発田地区信徒大会(新発田)
  • 11月7日 新潟教区司祭月例静修(新潟)
  • 11月8日~10日 日韓司教交流会(仙台)
  • 11月12日~18日 国際カリタス執行委員会(ローマ)
  • 11月20日 王であるキリスト (新潟)
  • 11月21日 札幌教区司祭月例会(札幌)
  • 11月22日 札幌教区司祭連絡会(札幌)
  • 11月25日 仙台教区復興支援会議(仙台)
  • 11月28日 新潟教区顧問会と司祭評議会(新潟)
  • 11月29日 新潟教区司祭評議会(新潟)
  • 11月29日と30日 クララ会高田修道院(上越)

なお11月3日(文化の日)の午後2時からは、新潟教会において瑠璃の会主催のパイプオルガン発表会が行われます。普段から「りゅーとぴあ」のオルガニストである山本真希さんに指導を受けている方々が、日頃の研鑽の成果を披露する場です。新潟教会のパイプオルガンは1929年に設置されたドイツ製の古いオルガンです。歴史を感じさせる聖堂で歴史のあるオルガンの音に耳をかたむけてはいかがでしょう。お時間のある方、どうぞおいでください。

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