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2012年1月28日 (土)

仙台教区サポート拡大会議@仙台教区本部

昨日の金曜日、仙台教区本部を会場に月例の仙台教区サポート会議が開催されました。今回は管区代表など責任者の会議を午前11時から行い、お弁当の昼食からは管区ベースや仙台教区サポートセンター直轄のベースの担当者にも参加していただき、拡大会議といたしました。30名近い方が集まってくださいました。

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いつものように仙台教区における復興支援活動の責任者である平賀司教が議長となり、その補佐を務める教区事務局長の小松神父が司会で始まった会議は、各ベースから活動についての詳細な報告をいただきました。これまでは仙台教区サポートセンターが直轄するベースでの活動が中心でしたが、年末にかけて大槌の長崎教会管区、大船渡の大阪教会管区、いわきのさいたま教区など、それ以外の拠点施設が完成して本格的に活動を始めたことから、互いに情報を交換する場を設けることが必要だと感じていました。同時に各地で仙台教区外から派遣されてきた司祭達が活動していることもあり、またも仙台教区の司祭団も沿岸各地で活動しているのですから、その司祭団との意思の疎通も重要だと考えられました。実際に被災地で活動されている司祭達にも集まっていただきました。

今回は時間が足りなくて皆さんからの現状報告だけになってしまいましたが、この会議を通じて、各ベースの責任者の定期的な会合の必要性が確認され、さっそく会議後に第1回目の集まりを行っておりました。

また参加者の間で確認したことは、仙台教区内での活動の最終責任者は教区司教の平賀司教であって、司教協議会の復興支援担当もカリタスジャパンも、その下にある側面支援活動であること。それから各現場ではカリタスジャパンの名称を使っていただいているのですが、そうであるならば一つの活動団体として最低限は、カリタスジャパンとは何者かの共通理解をしっかりともっておかなくてはならないことが確認されました。

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昨日の仙台は雪が降りしきる寒い日でしたが、戻ってきた夜の新潟はさらに大雪。今朝は新潟市内は天候も回復したものの、司教館の屋根からはつららが垂れ下がっておりました。明日は札幌へ飛びかすが、飛行機は飛んでくれるでしょうか。

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2012年1月26日 (木)

新潟市内でも積雪が

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新潟県が豪雪地帯であることは確かなのですが、それは主に内陸山間地域での話であって、海岸沿いでは実はあまり雪が降りません。県庁所在地である新潟市は信濃川の河口部にあり海に面しているのですが、冬になっても毎日雪が降り続くことは滅多にありません。新潟市内で除雪車が出動しなくてはならなくなるような降雪は、ひと冬に2・3度程度です。そしてその滅多に降らない大雪が、この数日間、新潟市では降っております。

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とはいえ昨年のこの時期に降った雪に比べれば、まだまだ少ない量です。それでも新潟教会では、朝から除雪が必要になりました。冬の新潟教会の写真をどうぞ。

P.S. ちなみに上の写真も下の写真も、写っている人物は私ではありません。あしからず。

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2012年1月23日 (月)

カリタスインド創立50周年の写真をもう少し

下の記事に書いたカリタスインド創立50周年式典の写真をもう少しアップします。

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まずこれは、式典会場のステージの様子。結構広い会場なので壇上の様子はカメラで撮って、両脇に設置されたスクリーンに映る。ステージ上の真ん中はそのためのモニターです。こういう所は凝りますね、インドは。

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そしてこちらは二日目のミサを司式したボンベイのオズワルド・グラシアス枢機卿(中央)。左側はトリチュール教区のタザット(Thazhath)大司教。この方はシロ・マラバル典礼の大司教様。右側は司教協議会の副会長でもあるバゼリウス・クレーミス大司教。こちらはシロ・マランカラ典礼の大司教様。

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そしてニューデリーのカテドラル教会です。下は式典会場内の様子。前列中央から左に3人目は、神言会員でボパール教区のレオ・コルネリオ大司教。

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カリタスインド創立50周年記念式典@ニューデリー

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カリタスインドの創立50周年記念式典が、1月20日と21日に首都ニューデリーで開催されましたので、カリタスアジアとカリタスジャパンを代表して参加してきました。

式典には全国に展開している地域事務所の関係者や教会関係者が集まり、インド政府からも前環境大臣で現在は農村開発大臣と飲料水と公衆衛生担当大臣のジャイラム・ラメシュ氏をはじめとして副大臣が二人も参加するなど、カリタスインドという組織がインドにおける開発プログラム推進の上でどのような評価を得ているのかがはっきりとする催しでした。(上の写真、左端がカリタスインドのヴァルギース事務局長、その横は4月から後任となるフレデリック師、そしてランチ教区のトッポ枢機卿、カリタスインド委員長のレミジウス司教、そしてラメシュ大臣)

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教会からは、さすがに教区が多いだけあって、ラテン典礼以外も含めて165教区もあるそうですから司教もたくさんおり、その中から枢機卿2名と30名を超える司教が参加されました。

式典会場はカリタスインドが事務所を構えるインド司教協議会事務局の隣にある高校。司教協議会とはデリーのカテドラルを挟んで建っている、これまた巨大な学校です。式典は学校のホールで。そして朝食から始まって3食が提供されましたが、食事は学校正面前の庭にしつらえた臨時の青空食堂で。インドだから青空食堂でも問題ないだろうと思われるでしょうが、この時期のデリーは寒い。私も日本にいるときとほとんど同じ格好で、コートにくるまりながら、皆で外での食事でありました。

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インド政府を代弁する形でラメシュ大臣はカリタスインドの功績を称え、政府はカリタスインドを宗教団体だとはみていない。それはインドの発展にとって重要な社会活動団体であり、たまたまキリスト者によって運営されているだけである。したがって、特に先住民族の発展のために、自分の役所とカリタスとの間で提携関係を持ちたいと、公の場でスピーチされていきました。これは報道されたので、今後の展開が期待されます。

同時にラメシュ大臣は、教会が開発発展に反対するような社会的立場を明確にすることを批判されました。スピーチの中で、私の方をみながら、ここにおられる日本の方は異なる意見でしょうが、しかし原子力発電の推進に教会が反対の立場を公にすることは、インドの発展に反対する団体だというイメージを与えるので止めてほしいと述べられました。

さすがにこれに対しては、その直後に挨拶にたった国際カリタス事務局長のミシェル・ロワ氏が、教会の社会教説の立場と原子力の利用に関する考えかた(人間の知恵で制御できない技術よりも他の自然エネルギーへ転換すべきだ)を強調せざるを得なくなりました。

とにもかくにも、演説あり、カリタスが関係して出版された学者さん達の論文の出版お披露目があったり、講演があったり、ミサがあったりと盛りだくさんのプログラムでしたが、驚くべきだったのは、ほとんど予定の時間通りに終了したことでしょう。

一日目のミサはトッポ枢機卿(ランチ教区)が式典会場で、二日目はカテドラルでグラシアス枢機卿(ムンバイ教区)が司式され、インドらしいリズムの聖歌で盛大に捧げられました。

私も二日目に挨拶する機会がありましたが、カリタスジャパンが、まだ私が援助関係を直接担当していた頃に決めたブロックグラントの契約をしてから、今に至るまで、そのプログラムを通じてカリタスジャパンがどれほどのことを学んできたかについて、まず感謝しました。同時に今回の東日本大震災のために、国内で献金を集めてくださったことにも感謝しました、。カリタスアジアとしては、当然一番力強く貢献してくれるカリタスの一つですから、感謝すると共に、今後はさらに貢献を強めてくださるようにお願いしておきました。いやそれにしてもニューデリーはとにかく寒かった。

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2012年1月17日 (火)

あれから17年

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1月17日です。阪神淡路大震災から17年。亡くなられた多くの方々のために祈ります。同時にあの日から全く新たな時間を刻み始めた多くの方々の心の平安を祈ると共に、これからの歩みにも祝福と守りを祈ります。

昨日の梅田でのフォーラムでも「あの日からもう17年」という言葉が何度も聞かれました。大震災以降の復興に関わった多くの方々、そして復興を力強く歩んでこられた多くの方々にとって、昨年の東北の大震災は17年前の心持ちをあらためて思い起こす「とき」になったのではと思います。歴史の流れの中で、ある「ひととき」にいったい自分がどこで何をしていたかなんて、そう簡単に覚えているものではありません。しかし衝撃的な出来事があったときを、私たちは簡単に忘れません。それは私たちにとって、1995年1月17日であり、2011年3月11日ではないでしょうか。その日の自分を思い出すとき、そのとき、その瞬間に感じた思いをしっかりと思い起こしたいと思いますし、そのあとに自分が何を考え何をしたのかをも、さらにはどうしてそうしたのか、そうしなかったのかをも、しっかりと思い出してみたいと思います。結局はそれが今を生きる自分を支える柱、自分の人生の価値観を反映しているからです。(写真は昨日のフォーラムで語る大阪教区の神田師。17年前、鷹取教会の主任として被災し、その後地域の復興に大きな力となった人物です)

17年前は私にとって、今に至るまでのカリタスジャパンとのつきあいが始まった年でした。とはいえ、それは阪神淡路大震災ではなかったのです。1月17日の朝、私はマニラのホテルのベッドの中でNHKのニュースを見ていました。信じられない光景と、国内にいないということだけで感じるもどかしさで、ただただ落ち着かない時間を過ごしていたことを覚えています。その数週間後、日本に戻った私に舞い込んできたのは神戸に行くことではなく、カリタスジャパンからの依頼でザイールに出かける話でした。その一年前に起きた虐殺事件後混乱が続くルワンダから大量の難民が出ている。その難民キャンプがあるザイールに行ってほしい。すでにその数ヶ月前から継続していたカリタスジャパンによる難民救援事業の、最後の派遣組に参加することになりました。すでに派遣されていた塩田師と二人のシスターに助けられて、3ヶ月弱の派遣をこなすことができました(4名のうち私だけフランス語が話せませんでした)。それ以来、今に至るまで、様々な役割でカリタスジャパンに関わっています。

さて、そうやって思い出してみると、当時もカリタスジャパンの要請にこたえて、全国の女子修道会がシスターを現地に派遣してくださったのでした。つまり、今東北で行われている「シスターズ・リレー」の原型は、17年前のルワンダ難民救援にあったのでした。東北の大震災のあとに、仙台教区サポートセンターとの連携の中でシスター達がボランティアーベースに継続して派遣されてきています。どこの修道会だとかそういった違いを超え(つまりは、昨日の話に出た「枠」を超えて)、異なる修道会の会員達が連携しながら順番に現地入りしてくるその機動力は、17年前のルワンダと同様、女子修道会の底力を感じさせるものがあります。現在のカトリック教会オールジャパンの被災地支援を、幅広く支えているのはシスター達の底力だと思います。そういった原動力があるからこそ、さらに教会内外の多くの人が引き寄せられて現場に駆けつけるのでしょう。

とはいえ、昨日のフォーラムでも少しそのことに触れたのですが、時間の経過と共に考えて行かなくてはならないこともあります。阪神淡路の復興支援の過程における地域共同体の再生について私自身がよく知っていないこともあるのですが、現在の東北における復興支援においても、17年前の体験をふり返って常に見直しが不可欠であろうと思います。主役は誰なのかをたびたび思い起こし、なんのために、どうして、なにをと自分たちに問いかけておくことは必要だと思っています。継続は力なりであると共に、どう継続させるのか、なぜ継続させるのかをも、常に考えておかなくてはと思うのです。

P.S. 「主役は誰か」は、私のいつものテーマです。決して善意ある自立した積極的ボランティア活動を否定するものではありませんが、そのときに心のどこかにとどめておいてくれればと思います。2005年に出版した「カリタスジャパンと世界」(サンパウロ刊)にちょっとそのあたりを書きました。リンクに抜き書きしました

その中でもこの一節を:

『「アウトサイダーとしての自覚」
 開発援助の世界ではしばしば「アウトサイダー」という言い方をしますが、どのような関わり方をするにしろ、第三世界の現実の中に存在することを義務づけられた者でない限り、アウトサイダー(よそ者)に「本当のこと」は分からないのです。ロバート・チェンバースという開発専門家は、「リアリティ」という言葉を使って、客観的に実在する現実を「物理的なリアリティ」、主観的な解釈による現実を「個人的なリアリティ」と呼びながら、開発援助の現場で問題になる後者の「個人的なリアリティ」に注目します。つまり、開発プロジェクトに限らず援助全般において、一体誰の「リアリティ」が主役となっているのかという問題です。援助が究極的には「困っている人を助ける」事を目的としているのであれば、当然その主役は「困っている人」のはずでしょう。であるならば援助活動において主役となるのは、「困っている人」の「個人的なリアリティ」でなければなりません。ところが実際には、援助する側の「リアリティ」が優先されてしまうことが多いのです。言い換えれば、援助する側の都合が優先されるということです。
 なぜそうなってしまうのでしょう。それは援助する側に、「アウトサイダー」の自覚が足りないからなのです。あくまでも自分たちは「よそ者」であり、主役は現地の人たちであるという自覚が足りないからなのです。
 「よそ者」には帰るところがあります。そこには安定した生活があります。病気になったら母国に帰れば済んでしまいます。多くの場合、「よそ者」は現地に居たとしても、明日の食べ物に困ることはありません。「援助する側」と「援助される側」の現実には、たとえ時間と空間を共有していたとしても、雲泥の差があるのです。特に短期間の訪問者には、決して現地の「リアリティ」が見えることはないでしょう。チェンバースは「周辺」と「中心」という概念を使って、第三世界諸国に長期に滞在する開発や援助の専門家も、結局は「リアリティ」が掴みきれないと指摘します。「周辺」つまり農村部の現実を、「中心」すなわち設備の整った都市部を起点として活動する専門家は、ある種のフィルターを通じてしか見ることが出来ないのだというのです。例えば、都市を起点とする専門家の農村部における活動が、移動の困難な雨期を避け乾期に集中するため、一年を通じての現地に生きる人たちの現実が見えては来ないこともあるのです。援助に携わる人間は、自分が常に「アウトサイダー」であり、結局は現地の人たちの「リアリティ」を掴み切れていないのだということ、また主役は「彼ら」なのだということを、常に自覚して行動しなければなりません』

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2012年キリスト教一致祈祷週間

今年もまたキリスト教一致祈祷週間の時期となりました。1月18日から25日まで、キリスト教各派の皆さんと一緒に、同じ信仰の下で一致できるように祈りを捧げます。

今年のテーマは、「「わたしたちは皆、主イエス・キリストの勝利によって変えられます」(一コリント15・51-58参照)です。例年の通り、教皇庁のキリスト教一致推進評議会(議長はクルト・コッホ枢機卿)と世界教会協議会(WCC)が教導で作成し発表した資料に基づいて作成された小冊子が用意され、すでに各教区に配布されています。今年はポーランド司教協議会が中心となり招聘した委員によって作成されたといいます。関わった委員の名簿は小冊子の10ページに掲載されています。

新潟市内では毎年書くことですが、エキュメニズムに熱心に取り組まれた初代司教の伊藤司教様の働きもあり、以前一致祈祷週間の間は毎晩、市内の各教会を巡回して祈祷会が行われていました。この数年は信徒の高齢化などもあり、一致祈祷週間の間の日中に、数度の祈祷会を行う形にあらためられました。今年の予定は以下の通りです。

  1. 1月18日(水)10:30 日本キリスト教団新潟教会(営所通)
  2. 1月20日(金)10:30 救世軍新潟小隊(古町通十番町)
  3. 1月22日(日)14:00 カトリック花園教会
  4. 1月24日(火)10:30 カトリック寺尾教会

どうぞご参加ください。また新潟教区内の各地区でも、それぞれの事情に応じて祈祷会が行われますので、小教区にお問い合わせください。

 

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2012年1月16日 (月)

第7回修道会宣教会フォーラム@梅田

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男子修道会宣教会の管区長会と女子修道会の総長管区長会が共催する修道会宣教会フォーラムが、本日1月16日午前9時半から、大阪のカトリック梅田教会「サクラ・ファミリア」を会場に開催されました。修道会宣教会の日本における責任者たちが中心となって日本の福音宣教について考えるフォーラムも今回が第7回目。恒例の通り数名の司教をスピーカーとして招聘して、分かち合いが行われました。

今回は「枠を超えて協働を探る」ことを考えるために、大阪の松浦司教と京都の大塚司教がそれぞれの教区における協働(共同)宣教司牧について語り、私と大阪の神田師が震災への対応から学んだことを話しました。午後からはシスターと信徒の方が加わり、パネルディスカッションや質疑応答の時間も設けられました。

130名を超える参加者があったと記憶してますが、新しくて広い梅田教会の聖堂が狭く感じるほどの熱気でした。講師の司教以外にも、大阪教区の池長大司教、広島の前田司教、仙台の平賀司教も参加されました。加えてチェノットゥ教皇大使も参加され、開会式ではすばらしい日本語のスピーチをされました。ローマ字で書いてある原稿でしょうが、それにしてもイントネーションも文章の区切りも抜群の、すばらしいスピーチでした。(写真上が挨拶する教皇大使)

質疑では、「枠を超える」などというときの「枠」の意味合いについて議論がありましたし、福音宣教を常に念頭に置いて様々な場で活動していくことの重要性も再確認されました。

私は新潟に戻るために先に失礼いたしましたが、最後の5時からは教皇大使司式でミサも捧げられました。

準備してくださった男女の管区長会の皆さん、ご苦労様でした。梅田教会は、大阪駅のすぐ近くで、敷地内にはハートンホテルが隣接して建ち、教会も一階には小聖堂とパウロ書店、二階に上智大学のサテライト教室、三階にサクラ・ファミリア聖堂、四階に会議室と、好立地のすばらしい建物でした。またサクラ・ファミリアの聖堂は、教皇大使館の聖堂も手がけ、またバチカンでも作品が見られるイタリアの彫刻家ボナノッテ氏の作品で装飾が施されています。(上の写真でもその一部がみられます)

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2012年1月15日 (日)

大阪教会管区の大船渡ベース開所式@大船渡

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大船渡に大阪教会管区が建設を進めていたボランティアベースが完成。昨日土曜日の午前11時から近くの大船渡教会で感謝ミサ。司式はローマ出張中の大阪教会管区復興支援担当の諏訪司教に代わり京都の大塚司教。ちょうど大船渡の主任代理は京都からの森田師。平賀司教と私と、20名近い司祭団の共同司式ミサでした。ミサ後に挨拶された信徒会長の山浦先生(ケセン語聖書で有名)は、このように多くの司教や司祭が大船渡教会聖堂でミサを捧げることは、これまでもまた今後もあり得ないので、貴重な体験になったと。確かに小さな大船渡教会聖堂は、参加者であふれかえりました。ミサ後には幼稚園で昼食会。

その後2時から新築なったベースで開所式。現地の地名をとって「地の森いこいの家」と名付けられています。1960年のチリ地震津波後に、当時の司牧担当「ベトレヘム外国宣教会」司祭たちがスイスからの支援でこの地に「いこいの家」を作ったことにちなんで名付けられたと聞きました。

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開所式には岩手県知事と大船渡市長の両代理が出席。式に先立って、先般の暖房機寄贈に関して、カリタスジャパンに岩手県から感謝状を頂きました。近隣の方々も参加して盛大な開所式になりました。何度もカリタスジャパンの名前を呼んで感謝して頂き、ありがたく思います。実際に現場で働いてくださる多くの方のおかげです。大阪教会管区だけに限らず全国から駆けつけるボランティアの人たちと、地元の人たちとの間にしっかりと絆ができますように。ボランティアベースとしてだけではなく、地元の人たちの憩いの場となりますように。

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2012年1月13日 (金)

明日は大船渡へ

一昨日の新潟市内も朝からずっと雪が降り続き、とてつもなく寒い日でしたが、そのまま夕方に移動してきた東京もすさまじい寒さ。そのまま岩手県まで移動することを考えると、寒さに耐え切れそうもない。というわけで、東京駅の構内、新幹線改札口から京葉線のホーム(普通のひと駅分は離れています)に向かう途中にあるユニクロへ。ヒートテックとかいう着ておれば暖かい下着を大量に販売していたので、上下を購入。これで土曜の大船渡も何とか耐えられるでありましょう。

昨日は月例の常任司教委員会。2月に司教総会を控えているので、その議題などについて、予定時間を超過して話し合いが続きました。そして今日は朝から、社会司教委員会。長崎の高見大司教を委員長に、社会系委員会を担当する司教たちと委員会秘書の会議。発行予定の小冊子にもとづいて、来年度はシンポジウム開催を決定。この前は世界人権宣言に基づくシンポジウムを各管区で開催しましたが、それと同様の、司教が語るシンポジウムです。内容的には教会と社会問題との関わりについて。私も一回は話を担当することに。開発援助に携わる立場から、教会がどのように社会の問題に関わっていくのかをお話しできたらと思います。日程や場所などは、追って社会司教委員会から発表されます。

委員会の中でカリタス担当の成井神父から、岩手県や仙台などで他のNGOと一緒になって行っている「みなし仮設」への暖房機提供の報告。現在福島県でも実施調整中とのこと。「みなし仮設」へどうして公費で暖房器具を購入できないか、何度説明を聞いてもはっきりわからない。災害救助法の適用の問題なのでしょうか。被災者生活再建支援法とは関係なさそうだし。新聞報道では、「みなし仮設」は仮設より暖かいので支援対象にならないといくつかに書いてあったが、まさかそんな理由ではあるまいし。災害の被害を受けた人たちを支援するためには法律がたくさんあって、素人にはとてつもなくわかりにくい世界です。

どの局かは忘れましたが、昨日の朝の番組で、「イクジイ」の話をしてました。しっかりみたわけではないですが、おじいちゃんが孫の子育てを積極的に手伝うお話。おじいちゃん業(?)の専門家という意味なのか、「ソフリエ」なんて言葉も聞こえていました。その中で、確かに「おじいちゃん」にしか見えない白髪のジェントルマンが、孫をあやしている光景が紹介されていました。それをちょっと見まして、「ああ、いいおじいちゃんだなあ」と一瞬思いました。その直後にその「おじいちゃん」のお名前と年齢が画面に。なんと私とそれほどあまり変わらない「58歳」だと。私も、つまりは、そういう世代になったのだなあと、妙な感慨を覚えました。

さて、あしたは大阪教会管区のボランティアーベースが大船渡に完成したので、開所式です。午前11時から大船渡教会でミサ。その後、午後からベースで開所式の予定です。

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2012年1月 9日 (月)

長岡で堅信式と十字架リレー

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主の公現の主日にあたる昨日の日曜日、長岡にある表町教会で堅信式が行われました。もともとは12月に予定されていたのですが、ちょうど北広島教会の献堂式の翌日で、札幌大雪のため飛行機が欠航になり、昨日へと延期されていたものです。

表町教会の主任は高橋学神父。助任のフェルディ神父、ロレンゾ神父と二人の神言会司祭と一緒に、長岡表町、長岡福住、十日町の三つの小教区を兼任しています。従って堅信を受けた方々も三つの教会から合計で5名。おめでとうございます。

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この日のミサは、新潟教区100周年の記念行事として行われている十字架リレーが表町にやってくる日でもありました。十字架は三条教会から運ばれ、三条の信徒代表の方々が10数名ほど、主任の石黒神父様と一緒に表町を訪れました。表町と福住と,そして三条の方々が参加したため,表町の聖堂はいっぱいになりました。司式も私を始め司祭4名。

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ミサが終わったあとには,二階のホールで,ケーキを囲んで茶話会。表町教会の方々はさっそく十字架と一緒に回ってくるスケッチブックに、いろいろと書き込み始めておられました。書き込みは最後にまとめられて,何らかの形で公開され残されていく予定です。なお十字架リレーのブログが作成され公開されていますので、ご覧ください

私たちの人生は旅であり、教会は旅する教会といわれます。それはすべての完成は神の国においてであり、そのゴールに向かって私たちは与えられた限界の中で最善を求め完成へ向かって旅を続けるのです。その意味で、巡礼の旅をすることは,私たちが生きている意味をふり返るために重要なときを与えてくれます。十字架リレーは、私たちを一つに結び合わせる信仰の中心であるキリストの十字架が,いわば私たちのために巡礼の旅をしているのであり、私たちはその一部を実際にになうことによって、巡礼に霊的に参加するのです。順番が来て次へ渡してさあ終わりではなく、今年の教区大会まで一緒に同じ十字架の下に一致して、巡礼の旅を続けてください。

今年は、信仰をどのように伝えていくかを考える年にしたいと思います。

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2012年1月 7日 (土)

今月の主な予定:2012年1月

新しい年が始まってすでに一週間です。寒い毎日が続いていますが、皆様体調は大丈夫ですか。新年で失念しておりましたが、今月の主な予定を、いつもの通り記しておきますので、ご参照ください。

  • 1月8日  長岡・堅信式(表町教会)
  • 1月9日  新潟教区司祭新年の集いミサ(新潟教会)
  • 1月10日 月曜会ミサ(新潟教会)
  • 1月12日 常任司教委員会(東京)
  • 1月13日 社会司教委員会(東京)
  • 1月14日 大船渡ベース開所式(大船渡)
  • 1月16日 修道会・宣教会フォーラム(大阪)
  • 1月18日~22日 カリタスインド創立50周年記念式典(インド)
  • 1月24日 カリタスジャパン委員会(東京)
  • 1月27日 仙台サポート会議(仙台)
  • 1月30日・31日 札幌教区司祭月例会(札幌)

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2012年1月 6日 (金)

新しい枢機卿任命

教皇様はローマでの主の公現の祝日に当たる本日、新しく22名の枢機卿を任命することを発表されました。そのうち18名は80歳未満で教皇選挙権を有する枢機卿です。

新しい枢機卿の中には、すでに大司教として、伝統的に枢機卿が務める教皇庁の省庁の長官に任命されていた方々も多く,例えば福音宣教省のFiloni大司教が含まれています。またこれも伝統的に教区司教が枢機卿となる教区、例えばニューヨークのTimothy Dolan大司教。アジアからは二人が含まれていて、前任の陳(Zen)日君枢機卿が80歳を超えたばかりの香港の湯漢(Tong Hon)司教と,インドのシロ・マラバル典礼のGeorge Alencherry大司教です。

新しい枢機卿を親任する枢機卿会は、2月18日に予定されているとのことです。新しく枢機卿に任命される方々のためにお祈りください。なお一覧は,英語ですがこちらをどうぞ

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2012年1月 3日 (火)

2012年年頭司牧書簡

皆様の新年はどのように始まりましたでしょうか。新潟は相変わらず、雨が降ったり雪が降ったりの天気ですが、静かに年は始まりました。

さて毎年恒例になっていますが、年頭の司牧書簡を書きました。すでに印刷されたものが新潟教区内の各小教区に置いてあると思いますから、是非一部おとりになってお読みいただけたら幸いです。

また通常業務が始まってから、教区のホームページにも掲載されると思います。また私のホームページにも掲載してありますから、どうぞご利用ください。なお同じ所にそのほかの説教と合わせてクリスマスの説教も掲載してあります。

昨日と今日は箱根駅伝をみていました。みながらたまっていた書籍類に目を通していたら、英国のカトリック週刊誌に、アメリカ合衆国の各地の神学校では神学生が多すぎて部屋が足りずに困っているという話が載ってました。新潟教区では神学生がゼロです。どうか召命のためにさらなるお祈りと、具体的な働きかけを。そして青年の皆様、勇気を持って司祭職に踏み出してみませんか。

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2012年1月 1日 (日)

新しい年を迎えて

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新しい年になりました。心からお喜び申し上げます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年は3月11日の東日本大震災はもとより、世界中で多くの災害が起こりました。多くの人が生命を奪われ、残された方々も復興のために多大な努力を強いられています。同時のこの災害は、助け合いの連帯のうちに生きることを、遠くの見知らぬ国の問題ではなく、私たち自身が生きているこの国での問題として、多くの人が真摯にそれに生きてきました。人間が一人ではなく絆のうちに生きていることを、あらためて思い起こす機会を与えられました。その絆の根源である神の存在を、多くの人が感じていただければと願います。

新しい年は、希望の絆の年であってほしいと思います。

今年は新潟教区創設100周年の年です。日本再宣教150年、26聖人列聖150周年の年でもあり、また秋からは「信仰年」が始まります。一人ひとりの信仰を深め、共同体の信仰を深め、それをもって福音宣教に新たな気持ちで決意で取り組む年にしたいと思います。

写真は暗やみの中でに輝きを放つ岩手県大槌町の長崎教会管区復興拠点です。大災害のあと、暗やみの不安の中に沈むこの国にあって、私たちが希望の光を放つ存在となることができますように。

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