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2012年3月11日 (日)

3月11日

あの日から一年が過ぎました。人生の中で、ある特定の日、自分がどこで何をしていたかを明確に覚えている日なんて、数えるほどしかありません。その中で、2011年3月11日は決して忘れ得ない日となりました。あらためて、あの日の大地震ととてつもない巨大津波によって命を絶たれてしまった多くの方々を思いながら、その安息を心から祈ります。愛する人を力尽くで奪い去られてしまった、その悲しみのうちにある多くの方々に、慰めと守りがあるように祈ります。復興を目指して新たな歴史を刻んでおられる多くの方々に、力が与えられますように祈ります。

あの日から今に至るまで、国内や世界中の多くの人が、現地に駆けつけて手助けをしたり、それぞれの力祈りを捧げたり、募金に協力したり、様々な形で支援に取り組んでこられました。その思いやりの心に、神が豊かに祝福を与えてくださるように祈ります。

私自身も司教団の復興支援担当やカリタスジャパンの責任者として、被災地の復興支援活動に関わらせて頂いていますが、まだまだその活動には時間が必要だと感じています。カトリック教会ができることには限界がありますし、その活動は被災地全体から見ればごく一部に限られていますが、しかしその地に住まわれる方々が、心から安心して生活できる日常を一日でも早く取り戻すことができるように、全国の、いや世界中の善意ある人たちの力をお借りして、できうる限りのお手伝いをさせて頂きたいと思います。

カトリック教会は目に見える形で、三陸沿岸部の各地にボランティアの拠点を築いております。それは一時的な支援ではなく、地元の一部としてじっくりと支援に取り組む決意を示しているものです。各拠点では「カリタスジャパン」というカトリック教会の支援NGOの名称を掲げております。どうぞ様々な活動を行うカリタスジャパンの拠点を、遠慮なくご利用ください。

また同時に、全国から駆けつけてくださっているボランティアの皆様に、心から感謝申し上げます。皆様の力がなければ、私たちの支援したいという思いは空回りしたことでしょう。皆さんの献身的なお働きがあってこそ、カリタスジャパンとカトリック教会の支援活動は継続してくることができました。感謝いたします。

今回の大震災と原発の事故は、様々なことを私たちに教えているのではないかとも、考えています。一つには大自然の力の前で人間が如何に小さな存在であるかと言うことを今一度心に刻み、その大自然を管理するようにと神から与えられた使命を再確認する必要です。自由奔放に大自然を利用してしまってよいのではなく、その前で謙遜に生きていくすべを探さねばなりません。さらには、人間の知恵と知識の限界を今一度わきまえ、科学や技術を過信することなく、生命を脅かすような危険をおかすことのないように努める責任です。

今回の大震災を通じて、日本では人間の絆が回復しつつあると言われます。それはすばらしいことであろうと思います。しかしながら同時に、今でも各地で孤独死の事例が報道され、自死に追い込まれる方々は97年以来3万人を超えています。被災地から始まった人間の絆の回復が、そこに携わった多くの方々を通じて、日本全国に広がっていくのならば、すばらしい希望の光がそこから生まれるのではないでしょうか。被災地にともった希望の光が、全国へと波及していくことを祈ります。

本日午前9時半から、秋田教会において、秋田と土崎の教会の信徒の方々と一緒に、追悼のミサを捧げ、また復興のために祈りました。全国の教会で同じように祈りが捧げられました。また午後には、震災発生の時刻に合わせ、秋田市郊外の聖体奉仕会聖堂で祈りの集いを行いました。こちらには聖体奉仕会会員とともに秋田ダルクの兄弟たちが参加してくれました。

被災された皆様。教会は祈っています。これからも祈り続けます。希望の光をともすことができるように努力を続けて参ります。教会の皆は、被災された方々と一緒に歩いて行くようにこれからも心して参ります。生命を未来に向かって豊かにつないで行かれますように。

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