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2012年4月29日 (日)

寺尾教会で初聖体

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世界召命祈願日でもあった善き牧者の主日である本日、新潟市内にある寺尾教会を訪問してまいりました。春らしい晴天に恵まれたこの日曜日のミサでは、寺尾教会の二人のお嬢さんが初聖体をいただくという、喜びの復活祭第四主日となりました。

寺尾教会の主任司祭は町田正師。今年80歳ですが、年齢を感じさせない若々しさで、数日前にも150ccのスクーターにまたがって教区本部まで来られていました。町田神父様が、日本では教会司牧の体験がない司教が、信徒の方々の現実をよく知ることのできるようにと、ミサ後にはちょっとしたお話をする時間、そしてその後の昼食をはさんで残ってくださった方々との話し合いの時間を設けてくださいました。おかげで、ミサ後には100周年を記念して今計画している教区宣教宣言について十分話すことができました。また昼食後にはそのまま2時過ぎまで、10数名の信徒の方とゆっくり話を聞くことができました。話題は「福音宣教をするための信徒の役割は何か」から始まり白熱した議論が展開されましたが、その後、その場におられた全員がご自分の信仰について分かち合ってくださり、司祭はもっとスータンを着るべきではないかというご意見も賜り、熱い二時間強でした。

初聖体を受けられたお二人、本当におめでとうございます。お二人とも、それぞれの共同祈願を作ってお祈りしてくださったけど、とっても良くできてました。また集まってくださった寺尾教会の皆様、ありがとうございました。

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2012年4月28日 (土)

聖地巡礼へのお誘い

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新潟は本当に春らしい、暖かな晴天の週末となりました。新潟の町では音楽祭が開かれているとのことで、昔からの商店街でもある古町界隈では、写真のような路上での音楽パフォーマンスも行われておりました。しかもいろんなジャンルが何カ所も同時進行です。そして下の写真のような、毎年行われる花絵の制作イベントも。春本番です。

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さて、12月に聖地巡礼を企画しました。一度聖地へ出かけてみませんか。12月8日(土)出発で16日(日)に帰国の9日間です。

実は私自身が聖地へはカリタスの仕事でしか出かけたことがなく、いわゆる巡礼については全く素人です。ですから今回は入門的な聖地巡礼と言うことで考えてもらいました。エルサレムはもちろんベトレヘム、エリコ、死海、マサダ、ナザレ、カファルナウム、カルメル山、カイサリアなど、どこかで聞いた名の地を訪れる旅です。ちょうど10月からは信仰年が始まっており、信仰の本質を見直す時とされています。まさしく私たちの信仰の原点である聖地巡礼がこのときにふさわしいのではないでしょうか。

新潟教区内の各小教区には、5月になってから案内のパンフレットが届くことになるかと思います。これから主任司祭への案内の手紙も発送します。旅行の企画・実施は日本旅行ですが、申し込み受付などは横浜で信徒が経営する「パラダイス」という旅行社が行います。(問い合わせ:電話:045-580-0023 担当は村上さん。土・日・祝日は定休。営業は平日9:30から18時まで。「菊地司教と行くイスラエル巡礼9日間」です)

旅行代金は328,000円に燃油サーチャージと諸税が加わります。申し込み締め切りは10月12日ですので、まだ余裕があります。パンフレットが手元に届いてから、またお考えください。宣伝でした。

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2012年4月27日 (金)

そして神学生は帰途に

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佐渡を巡礼のため訪れていた神学生一行は、予定委通り昨日午後に新潟へ戻りました。そして夕方5時から新潟教会でミサ。市内の教会の信徒の方もおいでくださり、一緒に神学生のこれからのために、また新潟教区の召命のために祈りました。昨日のミサはオルガンも聖歌隊も朗読も侍者もすべて神学生が担当し、加えて9名いるという今年の助祭団から2名がミサで奉仕してくれました。

ミサ終了後は新潟教会の信徒会館で交流会。新潟教会の方々がテントを張りバーベキューセットを出して焼き肉や焼きそばを提供。加えていろいろなところから日本酒の提供もあり、集まった市内各教会を代表する信徒の方々と楽しいひとときを過ごすことができました。準備してくださった新潟教会の皆さんに感謝。

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召命の道は一人だけで進むことができるものではありません。一人だけで何とかしようとすると、たいてい失敗に終わります。しっかりと養成担当者に導かれることも必要ですが、同時に多くの方の祈りによる支えが不可欠です。今回こうして全国の教区の神学生が新潟を訪問してくださったのですから、どうぞ一人ひとりの神学生達のためにお祈りをお願いいたします。

また日本の16教区はどこもそれぞれ独自の課題を抱えています。今回は日本海側の現実の中で生きる教会の姿を、神学生達に少しは感じていただけたのではないでしょうか。例えば佐渡の教会なども100年を優に超える歴史を持った教会ですが、地域の人口減少や少子高齢化で、教会共同体は本当に小さな群れです。そういった教会の現実は、大都会の教会とは全く異なるものがあります。訪ねてくれた神学生達には、そういった地域の教区のことも、記憶にとどめていてくれたらなと期待します。

神学生の一行は本日朝8時過ぎに新潟教会を出発し、新発田へ向かいました。新発田教会でミサと交流会の後、午後には東京へ向かうとのことです。

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将来の日本の教会を背負う神学生

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将来の日本の教会を背負うであろう司祭の候補者・神学生を養成する日本カトリック神学院の東京キャンパスから、23名の神学生と6名の養成担当者が新潟教区を訪問して行かれました。既報の通り24日には全員で佐渡へ渡り、「百人塚(キリシタン塚)」の殉教地へ巡礼。今年は新潟教区100周年で5月には巡礼が予定されていることから、その先遣隊として殉教地の整備などもしてくださいました。

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殉教地は山の上にあり、峠を通過する本道から少し入り込んで斜面を登らなくてはならず、道路も舗装されていません。その作業の模様と、終了後のお祈りの模様を、佐渡教会の川崎さんが撮影してくださったので、掲載しておきます。

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またこちらは佐渡教会でのミサの様子。養成担当者は全員神父ですから、大勢での共同司式に。司式は佐渡教会主任で新潟教区の司教総代理でもある川崎神父です。神学生達は、最終日に新潟へ渡る前に、トキ保護センターも訪れ今地元ではとても話題のトキを見るチャンスもあった模様。もちろん放鳥されたトキは、どこにいるか明らかにされていませんので、みることができるのはゲージの中で飼育されているトキです。

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2012年4月25日 (水)

聖週間の説教を掲載しました

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遅くなりましたが、今年の聖週間の説教を掲載しました。記事の右側にある「ホームページ」の3つめ、「新潟司教のページ」には毎年の主な説教が順に掲載してあります。またはこちらのリンクから

佐渡に渡った神学生達は、本日の午前中に予定通り百人塚を訪れ、周囲を整備して祈りを捧げた模様です。Facebookの方に、佐渡教会の川崎さんからいただいた写真を掲載してあります。

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2012年4月24日 (火)

神学生、佐渡へ

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日本カトリック神学院の東京キャンパスで学ぶ神学生達が、養成担当の司祭達と一緒に新潟教区を訪れています。今朝、朝6時頃に練馬の東京キャンパスをワゴン車2台とレンタカーのマイクロバスに分乗して出発した一行は、午前11時過ぎには新潟教会に到着。神学生が総勢23名、養成担当者が6名の大集団です。新潟教会で聖体訪問をしたあと、さっそく、新潟教会主任の江部神父と教区事務局長の大瀧神父が一行に加わり、佐渡汽船のターミナルへ移動。昼過ぎのフェリーで佐渡へ向けて出発していきました。佐渡では、教会の信徒会館での雑魚寝の予定。必ずしも若者ではない神学生達には、厳しい数日となるやも知れません。丁度佐渡は桜が満開の時期ですから、まずは季節を満喫してもらいたい。

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東京キャンパスの神学生とは、全国の教区から集まった教区神学生のうち、哲学過程の2年間と、最終学年となる助祭コースの神学生達です。通常、司祭志願者は教区での面接や半年ほどの初期養成を受け、その間に神学院の入学試験を夏過ぎに受験します。合格となった場合はその次の年、4月から2年間、東京キャンパスで哲学を学びます。ちなみに教区事務局長の大瀧神父は、この過程において自然神学、つまりトマスを教えている先生でもあります。2年が終わると各教区で司祭助祭候補者としての認定を受け、福岡キャンパスに進み、3年間の神学課程を受けます。そして助祭に叙階され、最終学年の助祭コースのために東京に戻ることになっています。ちなみにただ時が過ぎるのを待っていれば自動的に司祭となれるようなものではなく、各年度の終わりには養成スタッフによって厳しく評価をされ、進学するべきかどうかを教区で判断することになります。

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さて、神学生ご一行が渡った佐渡は、この数日36年ぶりの快挙にわいております。トキの2世が自然界で生まれたのです。一時は絶滅したトキでしたが、中国からいただいたトキで人工繁殖させ、数年前には自然界に放鳥。そして今年やっとひなの誕生が確認されたと言うことで、写真のように地元では新聞の一面です。

もちろん神学生はトキを見に行くのではなく、佐渡にある百人塚のキリシタン殉教地に巡礼することと、5月に予定されている新潟教区100周年を記念する新潟地区主催の巡礼旅行に合わせて、山の上にあり車のアクセスもままならない一帯の掃除と道直しのために出かけてきてくれたのでありました。よく祈り働いてきていただきたい。

すでにお知らせしたように、一行は木曜日の午後には新潟に戻ってきます。木曜日26日の午後5時から、新潟教会で神学生達を迎えてのミサを行います。時間のある方はどうぞおいでください。将来の日本の教会は北から南まで含めて、この神学生達が担っていくのです。一人ひとりの顔をよく見て、彼らの召命のために、日本の教会のために、ミサの中で一緒に祈ってください。ミサのあとには、新潟教会のお手伝いをいただいて、交流会も計画されています。

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2012年4月22日 (日)

堅信式@花園教会

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復活第三主日の今日、新潟駅にほど近い花園教会で堅信式が行われ、13名の方が堅信の秘跡を受けられました。主任司祭のフェルナンド神父は分教会の鳥屋野の担当も兼任していますが、今日の受堅者の大半は鳥屋野教会のメンバーでした。堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。

新潟はちょうど今日あたりが桜の見頃ですが、残念ながら低気圧の影響で一日中曇り空。それだけならまだしも、朝から風が強く、せっかく咲いた桜も散ってしまいそうです。夕方からは雨も降り始め、このまま春は終わってしまうのかと心配になりますが、東京から神学生達がやってくる火曜日以降は多少は回復する模様です。

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今日のミサの朗読では、あらためて言うまでもなく「証人」と言うことが中心のテーマでした。そして私たちの信仰は知識に終わるのではなく、具体的な行動によってあかしされていくことが、「実現する」という言葉で示されていました。そういえばイエスご自身が、復活の真理を理解できない弟子達を前にして、何か小難しい解説をするのではなく、具体的に魚を食べるという行為を見せることによってその意味を悟らせようとした話など、まさしく私たちがどのように「証し」するべきなのかを教えています。私たちの証しにあっても、理論を説こうとするのではなく、相手にわかる形で具体的に示していくことが大事だし、とりわけ私たち自身の言動でそれを示すことが最も大切だと思うのです。そういったことを念頭に、7月の宣教司牧評議会の場では、福音の証しのために新潟教区では何を大切にするべきか(つまり優先課題)を話し合いたいのですし、それをもとにして私たちの証しへの姿勢を宣言したい(つまり宣教宣言)のです。そしてその宣言には教区の一人ひとりに参加してほしいのです。

明日は月曜会のミサがありますし、ボランティアのグループが、福島からの避難しておられる方々と一緒に花見を計画しています。

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2012年4月20日 (金)

とはいえ、新潟も春に

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新潟の桜もやっと咲き始めました。写真は新潟教会と司教館の裏手にある旧聖園保育園あたりからみた新潟教会の双塔です。今週末が桜の見頃になりそうです。

ところで数ヶ月前から「Facebook」でもページを公開しています。Facebookの方が写真公開の面などで操作が楽なのでつい優先しがちになっております。もしFacebookをご利用の方がおいででしたら、友達リクエストなどもご自由にどうぞ。おまちしております。(P.S.なお一応、自動的な承認ではありませんので、そこはご了解ください。所属教会などを別途メッセージでいただけると、リクエストへの返答が早くできるかと思います)

もちろんこれまで通り、この「司教の日記」が私にとっての一番最優先の情報発信源です。新潟教区の中における情報交換にはまだまだ克服すべき課題があることと、やはり人数的に規模の小さな教区ですから、大きな教区のように手厚く対応ができていないのは確かです。教区に向けて活動などの情報を提供しようとされる方は、私宛にメールをくださると、基本的な情報はこの「司教の日記」で発信できるかと思います。もちろん私自身の「日記」ですから、すべての活動について例えば内容の報告記事などを発信するものではありませんし、またそういった発信は教区報などの役割だと思います。しかしそれを補完する意味で、行事前の告知程度には、私もお手伝いができるかと思います。

いずれにしろ教区の情報共有は優先課題の一つでしたが、なかなか実現できていないことの一つです。

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2012年4月18日 (水)

新潟の春も間もなく

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昨日は新潟教区司祭団の集まりで山古志の近くまで出かけましたので、帰り道は旧山古志村を通って、長岡市内の国道8号線へ出る道を利用しました。いやはや、今年の冬は例年以上の積雪であったことは報道などで耳にしたところですが、4月も半ばになって、まだまだ冬のような風景。山にも谷にも、道路の両サイドにも、雪がしっかりと積もっておりました。ちょうど集落を通過しようとしたら、写真のような除雪作業中でした。このままのペースで行くと、田植えができるのはいつ頃になるのでしょう。

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新潟へ向かう北陸自動車道の黒崎パーキングエリアにはスターバックスが独立店舗を構えていますが、その横にこの看板と桜の木が。桜前線を感じるために、拘束の各地に植えてある桜だそうです。新潟市内で一昨日開花宣言がありましたが、本格的に桜が咲くのは来週中ではないかと思います。ちょうど、日本カトリック神学院東京キャンパスで生活している神学生達が、来週の火・水と佐渡島の殉教地へ巡礼旅行のため新潟教区を訪れます。その頃が桜の見頃になるかも知れません。ちなみに神学生達は26日の木曜日午後には新潟へ戻り、そのまま夕方5時から新潟教会でミサに与ります。私が司式する予定ですので、どうぞ26日午後5時のミサにご一緒くださり、神学生のため、また召命のためにお祈りをご一緒ください。

ところで数日前のイタリアのメディアで、日本のカトリック司教団が原発問題で中立の立場を表明したという報道がありました。英語版ですがこちらがリンクです。そんな馬鹿なと思って読んでみると、要は、台湾で宗教者が呼びかけた福島の事故一年にあたる反原発行動に日本の司教団は参加しなかったし、中立の立場を表明したということです。台湾の行動に招待されたという話も初耳でしたし、いったいどこから出た話だろうと訝しく思いました。

ご存じのように日本のカトリック司教団は、昨年11月に仙台で、原子力発電の問題を信仰と倫理的な側面から考察し、倫理的には今すぐ廃止を求め、同時に電気に激しく依存した生活スタイルの見直しを、信仰の立場から考えなくてはならないことを強調するメッセージを発表しています。ですから、この問題において、科学や政治の立場には中立を保ちますが、倫理的には明確に反対な立場を表明しています。メッセージのリンクはこちらから

どうもイタリアの記事は、このアジア発の記事を読んだ誰かが、台湾と日本を混同して書いたもののようです。まさかヨーロッパからみると、極東の日本も台湾も同じに見えてしまう等と言うことではないでしょうが、それにしてもちょっと驚く混同です。

いずれにしろ日本のカトリック司教団は、昨年表明した立場を何も変更はしていません。

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2012年4月16日 (月)

カト・ボラ沖縄大会、その2

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那覇市内には空港から中心部を通り首里城まで、モノレールが開通しています。「ゆいレール」と呼ばれるこのモノレールは2003年に開通し、空港から首里城までを2両編成で約30分で運行しているとのこと。車内には、往復1時間で貸し切ってパーティーをするプランの宣伝が出ていました。今回のカト・ボラ大会の会場となった安里教会には、空港から来ますと「安里駅」の次にある「おもろまち」駅まで20分ほどと、非常に交通の便がよろしい。到着したのは金曜日の夕方でしたが、下校してくる学生で満員でした。空港からおもろまち駅まで290円でした。戦後の沖縄には鉄道がないため、駅の自動改札機なども含め、その意味でも人気のモノレールだと言うことです。

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カト・ボラ大会参加者で普天間と嘉手納の基地を見学しました。この写真は普天間基地のある宜野湾市のもの。市街地の真ん中にぽっかり空いた真っ白な部分が、普天間基地。いかに住宅地に隣接している危険な基地であるかがわかります。基地が何もないところにできたのに、後で住民が周りに家を建てたのだという言い訳を聞くが、それは正しくないというお話を複数の方から聞きました。基地のための土地が接収された当時は、戦乱で家を離れた人が多かったり、そのまま生き延びても収容所に入れられていたりで、自分の土地に戻ってきたら基地ができていたというのが本当だと聞かされました。また基地がなくなると仕事がなくなるのではないかという指摘も、必ずしもあたってはいないというお話も、以前、普天間を抱える宜野湾市役所で聞かされました。まさしく「おもろまち」のあるあたりは、以前は米軍住宅地で、返還後に今のような新都心ができたのです。確かに私が初めて沖縄に出かけた頃、14・5年前ですが、その頃はまだ何もない更地でした。そういう風に返還されることで新たな発展があり雇用が生まれ経済が活性化すると言うことでした。確かに宜野湾市の真ん中にどっかりと基地があって、すべてを分断しているのですから、これが返還されたら大きな機会を生むことになるのは確かでしょう。

同時に、ただ単純に基地がどこかへ移転すれば良いという話でもなく、それはなくなるべきものではないかという指摘もありました。県外だ、海外だという移転話に、決して喜んではいられないという指摘も耳にしました。

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2012年4月15日 (日)

カト・ボラ大会@安里教会

既報の通り、4月14日朝から本日15日のお昼にかけて、沖縄県那覇市にある安里教会を会場に、日本カトリック・ボランティア連絡協議会の第11回総会が行われ、全国の会員おおよそ70名が参集しました。今回のテーマは「地球単位で行動できるボランティアをめざして」とされました。さすがに距離や費用のこともあり、札幌、仙台、新潟からの参加はありませんでしたが、関東圏や関西圏を中心に会員が集まっておりました。私は前回3年前の新潟大会以来、担当司教を務めております。

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初日は会長の廣岡洋子さんのご挨拶や、地元の那覇教区押川司教の挨拶に始まり、サブテーマの「平和は沖縄から」について、地元の高里鈴代さんから講演をいただきました。私自身は10年ほど前にも一度高里さんのお話を聞く機会をいただいたことがあります。その当時、高里さんは那覇市会議員でしたが、4期15年務めて2004年には辞められたとのこと。現在は「基地・軍隊を許さない行動する女達の会」の共同代表を務められご活躍の由。沖縄の現状と基地の問題について90分間、語ってくださいました。

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昼食後2台のバスに分乗して参加者は普天間基地と嘉手納基地を見学。もちろん外から。下の写真は普天間基地近くの嘉数高台から眺めた普天間基地です。まさしく町の真ん中にある凄まじい存在でした。その後道の駅嘉手納へむかい、屋上から嘉手納基地を見学。安里教会へ戻り、地元の信徒の方々や押川司教様を囲んで交流会。

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二日目の今日は朝9時から安里教会でミサに参加。私が司式させていただきましたが、押川司教様と、引退されている前任の石上司教様もご一緒くださいました。感謝。ミサ後には総会を開催し、廣岡会長を始め役員を再任して、お昼には閉会となりました。朝方には雨模様の那覇でしたが、昼頃からは晴れ間ものぞく新潟とはちょっと異なる天候の、南国でありました。2時間半のフライトで戻ってきた新潟は、やはりまだ寒かった。

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準備してくださった沖縄の皆さんに感謝します。

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2012年4月13日 (金)

沖縄へ

昨日は常任司教委員会で潮見でした。3月の常任がお休みだったため、報告事項も多く、思いの外時間がかかりました。会議後はカリタスジャパンの打ち合わせ。そして今日は羽田から飛行機で那覇へ向かいます。沖縄訪問の目的は、日本カトリックボランティア連絡協議会の大会に出席するためです。

日本カトリック・ボランティア連絡協議会は3年ごとに全国大会を開催しています。前回は新潟で開催されました。前回の新潟大会終了後から私が顧問司教を松浦司教から引き継いでおります。新潟での大会からすでに3年が過ぎました。ですから今年は総会の年に当たり、会場は沖縄になりました。第11回目の大会は明日、4月14日の朝から15日の昼まで、那覇市の安里教会で行われます。今回のテーマは「地球単位で行動できるボランティアをめざして」。さらに沖縄での開催ですからサブテーマとして、「平和は沖縄から」が掲げられ、大会初日には現地学習も予定されています。私は日曜日9時からの安里教会でのミサを押川司教と一緒に司式いたします。

東日本大震災が発生する前に行われた新潟大会では、災害時のボランティアネットワークがテーマとして取り上げられましたが、まさしくこの一年はその成果とボランティアの姿勢が問われた一年でした。そういったことも含めて、大会に集まる皆さんと意見を交換したいと思います。

ちょうど日程が北朝鮮のミサイル発射の計画日程と重なり、それなりに心配はしました(つまり予定の飛行機が飛ばなくなるのではなどの心配)。それも先ほど失敗に終わったようです。というわけでお昼過ぎの羽田からの便で那覇へ移動します。

ところで、先ほどまでカリタスジャパンの事務局におりましたが、東日本大震災の活動報告書の在庫がまだあります。日本語と英語の両方ですが、報告会や勉強会の資料としてもお使いいただけるかと思いますので、活用ください。お問い合わせはカリタスジャパンまで。是非どうぞ。

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2012年4月 7日 (土)

復活徹夜祭@新潟教会

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新潟教区の皆様、札幌教区の皆様

ご復活、おめでとうございます。

復活徹夜祭は、穏やかに晴れ渡った、しかしまだまだ寒い、新潟教会で司式いたしました。今日の復活徹夜祭の中で、これまで準備をされてきた方がおひとり洗礼を受けられました。また明日の復活の主日のミサでも洗礼が予定されています。皆さん、洗礼おめでとうございます。主の死と復活に与った者として、その生命にも与り、これまでの自分の生き方から抜け出して、新しい福音的な生き方に徹する事ができますように。

今日は、聖歌隊もオルガンも、よく練習しておいてくださり、落ち着いた典礼を行うことができました。感謝します。

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皆様の小教区では、どのような復活徹夜祭を迎えられましたか。どこからどこへと自分は過ぎ越さなければならないのか。復活されたイエスが、葬られた場所にはいなかったように、私たちはどこから立ち去り、どこにおいて新たな命に生かされるのか。いま私たちが、この日本という国の現実の中で、証人として伝えなければならないメッセージなんなのか。ご復活のお祝いにあたり、真摯に自分に問いかけてみたいと思います。信仰の問題は倫理の問題も同じですが、妥協した物言いは許されません。もちろん現実には人間の弱さが、具体的な行動を阻んでしまうのですが、しかしだからといって、それを口実にして妥協した物言いをすることは許されません。

例えば単純に、嘘をついてはいけないとわかっているけれど、現実には嘘をついてしまうし、そこにはいろいろと複雑な「大人の事情」がある。それが現実だからと言って宗教に生きる者が、「まあまあ、いろいろと難しいこともあるでしょうから、それなりにね、なるべく嘘はつかない方がベターかな」などといえるわけはありません。難しいと知りながらも、「嘘はついてはいけない」と断言しないわけにはいきません。そしてそれができない自分の弱さを悟るからこそ、謙遜に神の助けの前に身を投げ出すことができるのです。福音に生きるとはそういうものです。

どうぞ皆様、喜びのうちに復活祭を迎えられますように。洗礼を受けられたすべての皆さん、おめでとうございます。教会共同体へようこそ。

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2012年4月 6日 (金)

聖木曜日、主の晩餐@新潟教会

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聖なる過ぎ越しの三日間が始まりました。聖木曜日、主の晩餐のミサは、新潟教会で行いました。この日始まったミサは、最後の祝福や「イテ・ミサ・エスト」がありません。そのまま復活徹夜祭の終わりまで続いた一連の典礼行為だからです。聖金曜日の聖式には始まりの挨拶も終わりの祝福もありません。そして聖土曜日の夜の復活徹夜祭は、挨拶もなしに真っ暗闇の中、光の儀式から始まります。

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この数年そうですが(以前の日記にもそう書いてありましたから)、聖木曜日は平日の木曜の夜と言うこともあり参加者はそれほど多くはありません。でも、正直に言えば、一年に一度のことですし、最後の晩餐という聖体祭儀を制定された出来事を記念する、いわば原点のミサですから、物理的に一緒にいることが適わなくても、心は共にあってほしいと思うのでした。

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ミサの中では洗足式が行われました。新潟教会では6名の男性に前に出ていただきました。ミサ後、御聖体は小聖堂に移され、その後聖体礼拝の時間がもたれました。最後は、江部師と三崎師と私で、夜遅くに聖体礼拝は終了しました。

皆様どうぞ充実して霊に満たされた三日間を過ごされますように。

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2012年4月 5日 (木)

聖香油ミサ@札幌

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札幌教区の聖香油ミサが、昨日水曜日の午前10時半から、カテドラルの北一条教会で行われました。全国的に低気圧の影響で荒れた天気の一日でしたが、札幌も雪と風の大荒れの一日でしたが、30名近い司祭と聖堂にほぼ一杯の信徒の方が参加してくださいました。

私自身も前日の荒れ模様の中、新千歳行きの飛行機がほとんど欠航になるなか、奇跡的に飛んだエアドゥのおかげで、札幌入りできました。北海道各地から神父様方も集まってくださいましたが、帰りは大変だったと思います。ご苦労様でした。

札幌の油を入れる容器は写真のように大きく、大きいだけではなく非常に重たい。この容器は三名の司祭がそれぞれを持たなくてはならないのですが、これが楽ではない。そしてミサ中に祭壇上のテーブルまで持ってこられたのを私が受け取るのですが、これも受け取ってからテーブルの上に置くまでが思いの外力が必要で、ミサ中にうなりそうになりました。

皆さん、ご苦労様でした。

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2012年4月 3日 (火)

聖香油ミサ@新潟

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全国的に荒れた天気となった本日、新潟教会で新潟教区の聖香油ミサが午前10時から行われました。幸いにも午前中の新潟市内は穏やかな天気で、雨も午後遅くまで降り始めませんでした。新潟教区で働く司祭の全員とは行きませんでしたが、秋田以外はほぼ全員。秋田からも代表として地区長の永山神父様が参加してくださいました。

ミサの中では、説教の後に、司祭全員が司教の招きに答えて沈黙のうちに叙階の誓いを新たにしました。また司教は参列しているすべての人に、司祭のため、また司教のために祈るように呼びかけました。

奉納の時に、三名の司祭によって、これからミサの中で祝別される油が祭壇まで運ばれました。

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奉献文の最後に病者の油が、聖体拝領後にまず洗礼志願者の油が、その後用意された油に香料を混ぜ、油の容器の口から息を吹きいれ、司教は司祭の助けを受けながら祈りを唱えて聖香油を祝別しました。

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ミサ後には祝別された三つの油を先頭に、全司祭が小聖堂まで行列しました。本日祝別された油は司祭が持ち帰り、これから一年の間に行われる様々な秘跡の執行に使われます。ミサ後司祭団は司教館食堂でハヤシライスの昼食。

私はその後午後3時45分の飛行機で札幌へ移動。ほとんどの便が欠航する中で、新潟から札幌への便は飛びました。到着した札幌は気温が零度。さすがに街中の雪は消えつつありましたが、やはり寒い。明日は札幌の聖香油ミサです。

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2012年4月 2日 (月)

聖週間の典礼@新潟教会

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先週末の土曜日、あいにくの雨模様で寒い日でしたが、折から二泊三日の合宿中の長岡の教会の子どもたち(小学生と中学生)が、新潟の司教館まで訪ねてきてくれました。一行は主任の高橋学師と助任のロレンゾ師やリーダーの方々に引率され、まずは新潟教会の聖堂を訪ねて祈り、説明を聞いた後で、司教館へ。みんなに自己紹介をしていただき、一緒に写真を撮りました。訪問に感謝します。

さて聖週間です。新潟教会のミサの予定は以下の通りです。どうぞ一人でも多くの方が祈りを共にしてくださることを期待します。

  • 4月3日(火) 聖香油ミサ 10時
  • 4月5日(木) 主の晩餐ミサと聖体礼拝 19時
  • 4月6日(金) 十字架の道行き 15時
  • 4月6日(金) 主の受難 19時
  • 4月7日(土) 復活徹夜祭ミサ 19時
  • 4月8日(日) 復活の主日 9時半

明日の聖香油ミサでは、新潟教区の各教会でこれから一年の間に使われる聖なる油が祝別され、司祭団が叙階の誓いを新たにします。どうぞご一緒くださり、新潟教区で働く司祭のためにお祈りください。

なお4月4日(水)は札幌の北一条教会で、聖香油ミサを司式いたします。

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2012年4月 1日 (日)

受難の主日@加茂教会

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聖週間が始まりました。本日は受難の主日。枝の主日とも呼ばれますが、この二つの名称が重要な意味を持っています。すなわち本日のミサのはじめにはかつてエルサレムの群衆がそうしたように、枝を手に歓呼の歌を持ってイエスを王のように迎え入れます。しかしその同じエルサレムの群衆は、ピラトの前に引き出された同じイエスにむかって、『十字架につけよ』と叫びます。私たちもミサ中の福音朗読で実際に『十字架につけよ』と叫びました。

人間が興奮の中にあっていかに冷静で客観的で理性的な判断ができなくなるものなのか。熱狂の中にあって、興奮状態で行った判断が、いかに恐ろしいものか。私たちの信仰は、興奮や熱狂の中にあるものではなく、冷静で理性的な判断に基づくものであるべき事を、教えています。このすぐに興奮して分別を失う足りない人間を、それでも自ら生命を与えたものとして愛し抜来、その足りなさを背負って十字架の苦しみを受け入れられた神に、感謝する一週間としたいと思います。

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今日のミサは、新潟県の加茂教会で捧げました。ちょうど新年度から、主任司祭がこれまで新潟教会の助任であった坂本耕太郎神父に変わります。今日は一緒にミサをいたしました。加茂教会は小さな共同体です。お隣の幼稚園のほうが地域では有名かも知れません。また近頃、中心的になって働いてくださっていたメンバーが二人、神様のもとへ旅立たれたばかりで、少し勢いを失っているかも知れません。それでも新しい主任司祭と共に、小さな家族的共同体なりの特性を生かして、多くの人を招き入れる良い共同体を育てていただきたいと思います。

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ミサ後、そのままお隣の見附へ。今日は午後から社会福祉法人新潟カリタス会の新規採用職員辞令交付式でした。理事長は私です。現場の責任者は常務理事でもあり見附教会主任でもある真壁神父。聖母愛児園、聖母乳児院、新潟天使園の三つの施設で働いてくださる13名の方に辞令をお渡しいたしました。

午後の新潟市内は晴天となりましたが、今日の昼間の見附あたりはまるで冬のような天気。あられも降り、寒い一日でした。

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