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2012年4月16日 (月)

カト・ボラ沖縄大会、その2

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那覇市内には空港から中心部を通り首里城まで、モノレールが開通しています。「ゆいレール」と呼ばれるこのモノレールは2003年に開通し、空港から首里城までを2両編成で約30分で運行しているとのこと。車内には、往復1時間で貸し切ってパーティーをするプランの宣伝が出ていました。今回のカト・ボラ大会の会場となった安里教会には、空港から来ますと「安里駅」の次にある「おもろまち」駅まで20分ほどと、非常に交通の便がよろしい。到着したのは金曜日の夕方でしたが、下校してくる学生で満員でした。空港からおもろまち駅まで290円でした。戦後の沖縄には鉄道がないため、駅の自動改札機なども含め、その意味でも人気のモノレールだと言うことです。

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カト・ボラ大会参加者で普天間と嘉手納の基地を見学しました。この写真は普天間基地のある宜野湾市のもの。市街地の真ん中にぽっかり空いた真っ白な部分が、普天間基地。いかに住宅地に隣接している危険な基地であるかがわかります。基地が何もないところにできたのに、後で住民が周りに家を建てたのだという言い訳を聞くが、それは正しくないというお話を複数の方から聞きました。基地のための土地が接収された当時は、戦乱で家を離れた人が多かったり、そのまま生き延びても収容所に入れられていたりで、自分の土地に戻ってきたら基地ができていたというのが本当だと聞かされました。また基地がなくなると仕事がなくなるのではないかという指摘も、必ずしもあたってはいないというお話も、以前、普天間を抱える宜野湾市役所で聞かされました。まさしく「おもろまち」のあるあたりは、以前は米軍住宅地で、返還後に今のような新都心ができたのです。確かに私が初めて沖縄に出かけた頃、14・5年前ですが、その頃はまだ何もない更地でした。そういう風に返還されることで新たな発展があり雇用が生まれ経済が活性化すると言うことでした。確かに宜野湾市の真ん中にどっかりと基地があって、すべてを分断しているのですから、これが返還されたら大きな機会を生むことになるのは確かでしょう。

同時に、ただ単純に基地がどこかへ移転すれば良いという話でもなく、それはなくなるべきものではないかという指摘もありました。県外だ、海外だという移転話に、決して喜んではいられないという指摘も耳にしました。

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