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2012年7月15日 (日)

白根教会訪問、そして十字架リレー

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日曜日の本日、新潟市の南区にある白根教会を訪問し、ミサを捧げてきました。白根教会は新潟市中心部から内陸方向に入り、長岡の方へ向かう国道8号線沿いにかなり進んだところにあります。数年前の合併で新潟市になったところです。教会には幼稚園が併設されており、日曜日に集まる信徒の数は10名ほどの小さな共同体です。主任司祭は亀田教会の山頭師が、幼稚園の園長も一緒に兼任しておられます。そのためミサは月に二回。午後2時から。それ以外は信徒の方による集会祭儀です。白根の町自体は洋梨の「ル・レクチェ」や、大凧合戦で有名です。

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さて今日のミサも午後2時から。いつもとは違い聖堂には予備の椅子も必要なくらいに、大勢が集まりました。というのも今日は、教区創立100周年の十字架リレーが、見附教会から白根に運ばれてくる日に当たり、見附の信徒の方々が14名ほど一緒になったためでした。また幼稚園の職員も、何名かがミサに参加してくれました。

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雨上がりの蒸し暑い午後でしたが、この小さな教会では珍しく(たぶん)、他教会からのオルガニストの応援も得て、元気な歌ミサとなりました。

ミサ後は幼稚園のホールでお菓子をつまみながらの茶話会。全員が自己紹介をし、十字架リレーについてくるノートを分かち合い、楽しいひとときを過ぎしました。

こういった機会に教会はいろんなものをリレーしたりします。例えばロウソクとか聖書とか。でもそれぞれには、何気なくリレーしているのではなく、リレーする意味があってのことです。

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新潟教区100周年にあたり十字架をリレーしているのは、まさしく十字架がアクセサリーやファッションになって本当の意味を失っている時代にあって、私たちが信じているものは何であるのかを明確に自覚することと、それを仰ぎ見ることによって、その意味を告げ知らせる業に呼ばれていること、さらにその告げ知らせる業は、一人でするのではなく、または自分の教会のメンバーだけでするのではなく、リレーを通じて肌で感じるように、教区の共同体が力を合わせて一緒にしているのだと言うこと。こういったことを心に刻んでいただきたくて、十字架リレーをしています。

十字架は神ご自身がその人間としての生命を、被造物である人間の救いのために捧げられたという、最大の愛の行為です。十字架が示しているものは、神の愛の最大の証し。行いによる愛の証しです。従ってそれを仰ぎ見る私たちは、同じように、行いによる愛の証しに招かれているし、そうする義務があるのです。

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