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2013年3月31日 (日)

ご復活おめでとうございます

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皆様、ご復活おめでとうございます。

皆様の小教区では、どのようなご復活のお祝いを過ごされましたか。新潟教区の司教座聖堂である新潟教会では、昨晩の復活徹夜祭で、四名の方が洗礼を受けられました。各地の教会で洗礼を受けられ、新しく教会共同体の仲間になられた皆さん、本当におめでとうございます。洗礼を受けるために、かなりの時間を費やして勉強をされてきたことだと思います。もしかしたら、これでもう勉強会から解放されると思っておられるかもしれません。しかし信仰の道は生涯続く道です。これからの人生の中で、信仰の学びを深め継続して行かれますように。

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もちろんその道は一人で孤独に歩むものではありません。私たちの信仰は孤独のうちに生きる信仰ではなくて、共同体とともに生きる信仰です。そもそもそのために、洗礼を受ける時にともに歩む代父代母がいるのです。代父代母を通じて教会共同体につながっていてください。そしてともに毎日の生活の中で信仰を生き、日曜日にはともに教会に集い一緒に祈ることで、これからも信仰を深めてください。

また教会共同体の皆さんにあっては、新しい仲間を心から迎え入れ、ともに歩む決意を新たにしてください。一緒に育て育む信仰といたしましょう。

復活の主日の今日、新潟は雨でした。かなり多くの地域で雨だったのではないでしょうか。それでもこれまでの冬から、一気に暖かな春の兆しを感じることができる日曜日でした。

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新潟教会では復活の主日のミサ後、信徒会館で受洗者のお祝いと、この度東京教区へ戻ることになった江部主任司祭への感謝の集いが開かれました。多くの方に参加していただき感謝します。

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今日の集いでは、最後に江部神父様の得意の尺八とリコーダーの披露もありました。私も神学生の頃に歌っていた歌を、ピアノでいくつか披露させていただきました。

東京の岡田大司教様の強いリクエストで、新潟の主任司祭を4年間務めていただいた江部神父様は、この度東京の神田教会に転勤です。来週4月7日が、新潟教会での江部神父様の最後のミサです。その後、青山教会からラウール神父が新潟教会の主任司祭として移ってきます。江部神父様、ありがとうございました。司教座聖堂の主任司祭は、楽な仕事ではないと思います。特に司教座聖堂というのは、いつも背後には司教の影があるので、普通の主任司祭のように自由にできないところもあるのだと思います。しかも自分の所属する教区ではなかったので、そのご苦労には大きなものがあったと思います。感謝します。東京へ戻られても、お元気でご活躍ください。

なお私の聖週間の説教の原稿を(原稿ですから、実際に話したのとは多少は異なります)ホームページの方に掲載しました。こちらをクリックすると、飛びます

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2013年3月30日 (土)

聖なる三日間@新潟

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教会は四旬節を締めくくり、復活祭へと連なる聖なる三日間を過ごしています。それぞれの教会で時間は異なっていますが、平日の夕刻に、しかも木曜から土曜まで三日間、毎晩のように教会に来ることは努力を要することですが、復活の喜びの出来事は主イエスの受難と死があってはじめて成り立つことなのですから、復活の喜びだけを味わうと言うことはできません。聖木曜日の主の晩餐の典礼から聖金曜日を経て、土曜夜の復活徹夜祭までは、私は一連の典礼であると思っています。その一つの証左に、主の晩餐のミサには始まりがあっても終わりがなく、金曜日には始まりも終わりもなく、復活徹夜祭の終わりにやっと派遣の祝福があって、一連の典礼は締めくくりとなります。(一連の写真は、新潟教会での聖木曜日主の晩餐のミサ)

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仕事などの都合もあることでしょうから、三日間すべてに参加することは、特に現役世代の方々には難しい課題でもあろうと思います。木曜と金曜に参加が適わなかった方にあっては、どうぞ今日の復活徹夜祭にはちょっと早めに出かけて、少しでも良いのです、ミサの始まる前に座って主イエスの受難と死を黙想されてください。多分教会には聖週間の典礼を通したパンフレットなどが置いてあろうと思います。もし可能であれば、主の晩餐のミサのすべての朗読と、聖金曜日の少なくとも福音(受難の朗読)には、是非是非一度目を通されますように。それを前提として復活徹夜祭に与るのと、そうではないのとでは、大きな違いがあると私は思っています。

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今夜、多くの方が洗礼を受け、教会共同体の仲間として迎え入れられることだと思います。洗礼を受けられる皆さん、おめでとうございます。これまで長い間準備をしてこられたことだと思います。皆さんのそのひたむきな姿勢を、神様が祝福し、信仰における喜びを与えてくださいますように。信仰を学ぶことは洗礼の秘跡を持って終わるわけではありません。これからも教会共同体の一員として、一緒に祈り絆を深める中で、信仰の学びを深め手行かれますように。

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2013年3月28日 (木)

ハバロフスクからの写真


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昨年の新潟教区100周年のお祝い行事で、二本の十字架が教区内の小教区などを巡回したのは記憶されておられると思います。そのうちの一本は、現在も新潟教会の聖堂にて使われています。もう一本はどうなったか記憶しておられますか。

そう。ロシアにあるんです。新潟教区とこの数年間友好関係にあるお隣の(海をはさんでお隣です)イルクーツク教区のハバロフスク教会ですが、昨年の100周年のお祝いには主任司祭と信徒の代表が来日し参加してくれました。そして十字架はその代表団に、教区大会の最後に引き渡されました。


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そして昨日、ハバロフスク教会の今年の受難の主日の模様が撮影された写真がFacebook上で公開されたのですが、教会の前庭で枝を祝福している様子の写真を見ると、なんと侍者が捧持している十字架は、新潟から贈られた十字架ではありませんか。こうやってしっかりとハバロフスクでも使っていただいています。

この友好関係は是非とも深め、また継続させていきたいと思います。

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2013年3月27日 (水)

聖香油ミサ

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昨日は新潟教区の聖香油ミサ。そして本日は札幌教区の聖香油ミサでした。聖香油ミサは、日頃は目に見える形で共に働いているわけではない教区の司祭団(教区司祭と、修道会や宣教会の司祭すべて)が、司教と共に祭壇を囲み、信徒を代表する方々(参列者)と一緒になってミサを捧げることによって、教会の共同体性と一致を再確認する機会です。また司祭の役務を果たす中で秘跡の執行には深い意義がありますが、それに必要な聖なる油を、司教と共にこのミサの中で祝福いたします。まずミサ中の奉献文の終わりに病者の油が。そして聖体拝領の後に洗礼志願者の油、そして司祭団一同も聖霊の働きを願って手をさしのべながら、聖香油の祝別です。加えて、説教のあとで司祭団は、それぞれが司祭に叙階された日の決意を思い起こし、司教の招きに続いて沈黙の内にその決意を新たにいたします。これは問答形式もありますが、現在の日本語の式文では、司教の呼びかけにこたえて沈黙のうちに祈る形式が選択されています。

聖香油のミサの福音は、会堂に入ったイエスに手渡された聖書朗読箇所がイザヤの預言の 「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」であったというルカ福音の箇所です。イエスは朗読の後、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められました。

教皇フランシスコは、自らが大司教であったアルゼンチンで積み重ねてきた司牧の体験から、教会は与えられた使命に忠実でなければならないと説かれています。それはアシジの聖フランシスコにならった名前を名乗られたことに始まり、報道されている様々な斬新なスタイル、しかも質素と単純さを好まれるスタイルに象徴的に表されています。もちろん教皇自身も、そういった表で目につく行動での変化だけが必要だとは考えておられないでしょうし、そういった行動の限界もご存じでしょうし、教皇職を遂行して行くにあたって自分がとらなければならない様々な立場も十分に理解されていることでしょう。しかしここはまずその治世のはじめに、ご自分の目指す姿勢を明確にし、ひいては教会の進むべき方向性を明確にするため、あえてショック療法ともいえる行動をなさっているように思えます。

教皇フランシスコの目指す教会のあるべき姿勢と方向性は明確です。まさしくあの日イエスが会堂でイザヤの預言を朗読した後に言われたように、その言葉を私たちが耳にしたときに、教会のあるべき姿勢は厳としてそこに存在するようになっている、つまり進むべき方向はもう定められているのです。

当初の期待があまりに大きいと、その反動で失望も激しくなってしまうのが世の常です。教皇フランシスコの目指す方向性は明確であることを、心にとめたいと思います。たとえこれからそれが具体的に表現されることが難しくなったとしても、その方向性は明確であることを心にとめたいと思います。重要なのは表にでるスタイルのことなのではなく、心の向けられている方向性にあるのです。そして私は、聖霊はすばらしい働きをして、私たちに教皇フランシスコを通じて教会の進むべき方向を明確に示して下さていると思います。確かに聖霊は働かれている。

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昨日の新潟でも今日の札幌でも、30人近い司祭団が集ま利、聖堂には一杯の信徒の方がおいで下さいました(新潟の方がちょっと少なかったかもしれません)。司祭のために捧げて下さるお祈りに感謝いたします。司祭がその使命を忠実に果たすことができるように、社会の中で果たさなくてはならない様々な職務に忙殺されて、主から与えられた使命を見失うことのないように、どうぞ皆様のお祈りをお願いいたします。

写真は、札幌教区の聖香油ミサ後の、油の分配の様子です。この大きな入れ物が三つ用意され、すさまじく重たいのです。ですからなるべく若手の力のある司祭が、必死になってこれを担いで運びます。私も一度持ち上げようとして、あまりの重さに驚いたことがあります。どこでもそうではなく、新潟ではもっと小型の焼き物の容器を利用しています。

明日には新潟へ戻り、新潟教会の夜7時からの主の晩餐のミサを捧げます。

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2013年3月25日 (月)

聖週間の典礼@新潟教会

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聖週間が始まりました。新潟教区の司教座聖堂である新潟教会での典礼の予定です。ちょうど春休み中ですし、普段はいろいろあって教会に来られない子どもたちにも、是非、聖週間の典礼に参加して、祈りの時と復活の喜びを一緒にしていただければと思います。なお、聖金曜日以外の典礼は、私が司式します。

  1. 聖香油ミサ 3月26日 午前10時から (ミサ中に、秘跡に使う三つの油が祝別され、また司祭団は、叙階の時の誓いを新たにします)
  2. 聖木曜日 主の晩餐 3月28日 午後7時 (ミサ後には小聖堂で聖体礼拝のひとときが設けられています)
  3. 聖金曜日 主の受難 3月29日 午後7時 (この日はイエスの死を黙想し、ミサではない聖式が行われます)
  4. 聖土曜日 土曜日日中はミサも他の典礼も行われません。
  5. 聖土曜日 復活徹夜祭 3月30日 午後7時 (洗礼式が予定されています)
  6. 復活の主日 3月31日 午前9時半
  7. なお、札幌教区の聖香油ミサは、3月27日午前10時半から、北一条教会です。

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2013年3月24日 (日)

受難の主日(枝の主日)@加茂

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今日は聖週間の始まりである受難の主日(枝の主日)であります。新潟県内の加茂教会の主任である坂本神父が彼の担当である青年たちを引き連れて秋田へ出かけているので、今日は私が加茂教会で受難の主日のミサをいたしました。教区の人事の関係で、信徒の方々には申し訳ないのですが、復活祭以降は主任の坂本神父が新潟市内の青山教会に転任となり、加茂教会はお隣の三条教会主任の石黒師が兼任となります。小さな共同体ほど大切にしたいのは山々ですが、現実には困難がつきまといます。

小さな共同体ですが、ミサにはしっかりと青年の侍者が二人もつき、その二人と一緒に受難の朗読もいたしました。

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ミサ後には信徒の方々とお茶を飲んでしばし歓談。この共同体にも海外からやって来た信徒の方々が大勢おられます。もう20年以上も結婚して住んでいる彼女たちは、もしかしたら日本人以上に日本語が達者で、集まった皆は年齢を超えて楽しい話に花を咲かせておりました。最後に写真を撮ってお開きに。

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先ほどバチカンからのテレビ中継で、聖ペトロ広場での教皇様司式の受難の主日のミサを見ることができました。教皇様は説教で、「喜び、十字架、青年たち」の三つのテーマで話されました。イエスの愛に裏打ちされた十字架は悲しみにではなく喜びに私たちを導く。そして青年たちに(受難の主日は世界青年の日でもあります)、喜びのうちに十字架を背負い、世界中にその目セージをつげ知らせようと呼びかけられました。普段は小さな声の教皇様が、青年たちに語りかけられた時は大きな声を張り上げ、手を振り上げて、迫力を感じさせました。

またミサ後には聖ペトロ広場を車で回られましたが、本当に集まった人たちに声をかけ、幼児にキスをし、本当は車を降りて皆に握手をして回りたいという気持ちがあふれ出んばかりの様子でした。その姿には「牧者」としての模範的な姿を感じることができました。

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2013年3月23日 (土)

長崎管区ベース@大槌

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昨日の仙台サポート会議があった大槌のボランティアベースですが、外壁はオープン当初からみるとがらりと変わっています。

そう、壁画が描かれているのです。これは大阪の神田神父のつながりで、台湾のアーティストたちが描いた壁画。詳しくはその報告書がこちらのリンクにあります(pdfファイルですので、ダウンロードに時間がかかるかもしれません)。報告書の前半は石巻のプロジェクトで22ページあたりから大槌です。昨年の8月に制作され、北面は「希望の樹」、そして南面は「希望の虹」と命名されています。南面の写真が上、そして北面の写真は前の記事に掲載しました。

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このすぐ上の写真はボランティアベースがオープンした時の建物の様子です。壁画によってイメージが変わりました。現在は周りに建物がほとんどないために、釜石方面から国道を走ってきて、大槌に向かって下りはじめるあたりから、この希望の虹がはっきりと見えます。

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そしてこれが「ひょっこりひょうたん島」のモデル。

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さらにこの通りが、ボランティアベース前の通りです。かつてはこの通り沿いに店が建ち並ぶ商店街だったと言います。この通りを歩行者天国にしたイベントなどを開催して賑わっていたのだと、大槌商工会会長の菊池さんが話してくれました。

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仙台教区サポート会議@大槌

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岩手県の大槌にある長崎教会管区が担当のボランティアベースを会場に、第19回目となる仙台教区サポート会議が3月22日(金)に開催され、被災各地で全国からの教会の支援活動に携わっている活動の責任者など、20名近くが参集しました。

大槌ベースは津波にさらわれた大槌の町の中心部に残った「寿ホテル」の建物を、オーナーである信徒の方の協力もあり改装して。ボランティアのベースとして活用しているものです。主に長崎教会管区(長崎、福岡、大分、鹿児島、那覇の各教区)の復興支援の拠点となっており、これまではサレジオ会の古木神父が、そして新年度からは鹿児島教区の川口助祭が現場の責任者としてとりまとめに当たっています。

大槌にはこのベースの開所式(2011年12月)に訪れて以来の再訪です。参加者は朝9時半頃に現地到着。私は前日が東京でカリタスジャパン委員会でしたので、他の委員会参加者とともに会議後に新花巻まで新幹線で移動。花巻に宿泊しました。そして当日の朝、復興支援担当の神田神父(大阪教区)の運転するレンタカーで2時間ほどかけて大槌へ。

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現地到着後すぐに大槌の中心部と港を見下ろすかつてお城のあった城山公園へ。途中で車を駐車してさらに階段を上り頂上へ。日頃の運動不足がたたり、足の痛いこと。山頂の展望台は、大槌川と小槌川にはさまれた町の中心部を一望できる場所です。津波の後には火事が迫り、この山頂の展望台付近も激しく燃えたとのことでした。地震と津波から2年が経過した大槌の町は写真の通りです。

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その後ベースに戻り、大槌商工会の会長である菊池良一氏から、復興への課題についてのお話をいただきました。そのお話で、私はこの寿ホテル前の何もなくなっている通りが、かつて賑やかな商店街であったことを知らされました。様々な課題を前にして、地元の合意形成を尊重しながらも、できる限り早く街を復興させていきたいという熱意を感じるお話でした。

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お弁当をいただいて午後からは平賀司教が議長を務める定例の会議。中央に座る平賀司教の背後の壁には、このベースで活動したボランティアの皆さんの様々な心意気と想いをを感じさせる寄せ書きが一面に貼られています。

この席では、これまで神言会から仙台教区に派遣されていた成井神父が、修道会本部での役目を担うことになったため、3月末を持って退任し、後任の仙台教区サポートセンター事務局長には仙台教区の司教総代理でもある小野寺神父が就任することが発表されました。もちろん教区事務教区長である小松神父はこれまで通り中心的な関わりを持ちます。成井神父にあっては、11年3月16日に私や谷司教と一緒に山形から峠を越えて仙台に入り、そのまま、当初はカリタスジャパンの秘書の立場で仙台教区サポートセンターの立ち上げにかかわり、その後、神言会から仙台教区への派遣として、仙台教区の一員となってサポートセンターの運営に留まらず、被災地全体における教会の復興支援活動の調整役として大活躍をしてくれました。感謝しています。今後は司教協議会の復興支援担当の一員として、異なる方面からの関わりを継続していただくことも、今回の会議で確認しました。

仙台教区の復興支援の全体的調整をするこのサポート会議では、カリタスジャパンから多くのメンバーが出席しているのですが、実はそれぞれが異なる立場で参加しています。私はカリタスジャパンの責任司教ですが、会議には司教協議会の復興支援担当として。幸田司教はカリタスジャパン担当司教ですが、会議には東京教会管区の担当司教として。成井神父はカリタスジャパンの秘書でしたが、会議にはサポートセンターの代表として参加をしていました。それぞれ、立場を考えて発言することになるあたりにも、難しさを感じております。ちなみにカリタスジャパンは、事務長の田所氏が代表して、また仙台教区の担当者としてミゲル神父が会議に参加しています。

会議は3時過ぎに終了。東京へ戻る幸田司教と田所氏、そして新潟へ戻る私は、ミゲル師の車に同乗して一路盛岡へ。出発前に大槌湾に浮かぶ蓬莱(ほうらい)島を間近から眺めてきました。あの「ひょこりひょうたん島」のモデルで、近頃はトヨタのCMにも登場しています。

被災した沿岸部の町の多くは、まだまだ長い時間を費やさなければ「普通の」生活は取り戻すことはできないと実感します。日本の教会はこれからも地元の方々と一緒に歩みながら、復興支援に当たっていきたいと思います。現地で活動してくださる皆さん、ボランティアに駆けつけてくださる皆さんに、本当に感謝いたします。

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2013年3月20日 (水)

札幌で朗読奉仕者選任式@北一条教会

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本日午前10時半から、札幌教区の司教座聖堂である北一条教会で、佐藤謙一神学生の朗読奉仕者選任式ミサが行われました。聖堂には20名近い司祭と100人を超える方が集まり、祈りを共にして下さいました。

札幌教区には現在二人の神学生と、今年度入学の一名の三人の司祭候補者がおります。佐藤神学生はその中で一番上の学年。神学を初めて一年が終わり、哲学と合わせてちょうど6年の司祭養成課程の半分が終わったところです。司祭養成課程の神学生は、朗読奉仕者、祭壇奉仕者、そして助祭と進んでいきます。

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朗読奉仕者は、朗読をすることだけではなく、カテキズムを指導し、福音宣教に励むこともその務めとされています。これからの活躍に期待します。

東京はすでにお花見の話題が報道されてますが、札幌はなんと雪模様の一日です。寒いです。

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2013年3月19日 (火)

教皇就任ミサにあたってお祈りのお願い

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新潟教区、札幌教区の皆様

 教皇ベネディクト十六世の突然の辞任表明は、私たちにとっての大きな驚きでした。教会は牧者を失った羊の群れのように、不安と期待のうちに枢機卿会による教皇選挙(コンクラーベ)の結果を待つことになりました。

 ご存じのようにコンクラーベは5回目の投票で結論に達し、アルゼンチンのブエノスアイレス教区大司教であるホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76)が後継の第266代教皇に選出されました。教皇様はフランシスコと名乗られることを選択されましたが、その後の会見などで、ご自分の司牧体験から、教会は貧しい人たちと共にあるべきだと考え、アシジの聖フランシスコを念頭にその名を選ばれたと述べておられます。これからの教会の刷新と新しい福音宣教の推進に手腕を発揮されることに、教会内外からの期待が高まっています。

 教皇フランシスコの就任ミサは、3月19日(火)午前9時半(日本時間19日の午後5時半)にローマのサンピエトロ広場で挙行され、日本からは司教協議会会長の池長大阪大司教が代表して参加されます。このミサによって、教皇フランシスコのペトロの使徒職が正式に始まることになります。

 すでに池長会長からも呼びかけがありますが、「聖ヨセフ」の祭日である19日には、ミサの中で心を一つにして新教皇フランシスコのために祈るようにお願いいたします。

 同時に新しい牧者をいただいた教会が、一つの群れとして強く結ばれ、現代社会にあって明確な証しをする共同体となることができますように、ともにお祈り下さい。

2013年3月18日

カトリック新潟教区司教
菊地功

(写真はバチカン放送のものです)

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2013年3月17日 (日)

新潟司教館の一連の工事が始まりました

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新潟教区の教区事務局と司教館を新築することにいたしました。すでに教区の皆様には、建設委員会ニュースとして何度もお知らせをしてきたところです。この数年間、特別な委員会を構成して主に信徒の代表の方に入っていただき、東京などから教会の建築にかかわってきた専門家もアドバイザーとして入っていただいて、検討を続けてきました。

当所は今の司教館を壊して、その場に建設する予定で進めていましたが、その後の委員会の検討で、敷地の一番後ろにある2011年3月に閉園となった保育園の跡地に建設することになりました。

現在の保育園と司教館の取り壊し費用を含めて、建設の費用は一億七千万円ほどとみられます。検討を始めた当初、教区には約7千万円の自己資金がありました。その後教区内で特別献金をはじめ、現在、二千五百万円を超える献金をいただきました。したがって現時点では必要資金の57%にあたる九千八百万円ほどを教区ではいただいております。多くの皆様の協力に感謝いたします。最終的なプランについては先日司教館建設委員会ニュースでお知らせしたところです。司教館と一般に呼ばれますが、司教の居住スペースは一部で、教区の本部事務局スペースが大勢を占めています。

敷地の裏にある保育園を取り壊すためには重機を入れなくてはなりません。ところが、1964年の新潟地震のために現在の司教館はカテドラル方向に動いており、重機が通り抜けて裏に回るスペースがありません。そこで、工事開始に先立ち、現在の司教館の食堂部分を先に取り壊すことになりました。その取り壊し工事が先週はじまりました。

これから取り壊しを進め、新築工事は5月に開始の予定です。費用の側面もあるのですが、どうぞご協力をお願いいたします。

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社会司教委員会シンポジウム@梅田

金曜の夕方にはカリタスアジアの会議も終了。他の方々がワークショップをしている間に、カリタスアジアの地域委員会を開催。メンバーのカリタススリランカとカリタスインドネシアの代表、私と秘書。メンバーのカリタス香港代表は欠席。今回は6月にシンガポールで開催予定の地域総会の内容について、カリタスシンガポールとスカイプ会議を行って詳細を確認しました。夕刻からバンコクは凄まじい雷雨に。雷雨がやっと上がった頃に、タクシーで空港へ。雨の後のバンコク市内は凄まじい渋滞でしたが、これまた凄まじい運転をするタクシードライバーは、ありとあらゆる裏道を通って空港へ飛ばす、飛ばす。そういえば数週間前に日本の女子プロゴルファーがタクシーの事故に巻き込まれたなあ等と思いながら、しかし実は飛行機は遅い便なので急いでないのだけれど、タイ語が未だにできないので運転手さんに伝えるすべなし。あっという間に空港に到着しました。

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今回は大阪へ行かなくてはならないので、タイ航空深夜の関西空港便に。これがほぼ満席。ジャンボ(ボーイング747)に久しぶりに乗りましたが、エコノミーの3-4-3席の4の右通路側(通路側をいつも事前に押さえているので)、周囲は一つの空きもない満席。ジャンボ真ん中の4の席は、すぐ横が空く可能性があり、そういうときはちょっと楽なのですが、今回はダメ。こういうときは、いつ行ってもトイレが満席だったりするのもよくあることです。タイに出かける人、結構多いのですね。

朝6時過ぎに関空に到着。時間があるので、ターミナル2階国内線ロビーにある漫画喫茶のような作りの有料ラウンジへ。そして2時間ばかりの仮眠。9時過ぎの「はるか」に乗って天王寺駅で降り、地下鉄御堂筋線の乗り換えて中津駅へ。梅田のすぐそばにあるこの地には「サクラファミリア」と呼ばれるカトリック梅田教会が。ここで午後1時半から社会司教委員会主催の「なぜ教会は社会問題にかかわるのかQ&A」出版記念のシンポジウムが開催されたのです。

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このシンポジウムは各教会管区で開催され、すでに昨年の10月に長崎、12月には大船で開催されており、今回が最終回です。社会司教委員会のメンバーで二人ずつの持ち回りで話をしたので、今回は平賀司教と私の番でした。

挨拶は委員長の高見大司教、司会は地元大阪の松浦司教。平賀司教は東日本大震災の当事者として、被災地のこと、とりわけ風評被害に苦しむ福島のことについて力を込めて語ってくださいました。私はカリタスの立場から、どうして教会が奉仕のわざに励まなくてはならないのかを、第二バチカン公会議の現代世界憲章をひもといて話させていただきました。

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聖堂にいっぱいの方が集まってくださりました。感謝します。そのまま夕方の便で伊丹から新潟へ戻りました。

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2013年3月15日 (金)

教皇様の正式呼称について

教皇様は選出されたときに「フランシスコ」の名前を名乗られることを選択されました。これまで「フランシスコ」を名乗られた教皇はいないため、選出後から「フランシスコ一世」と一般に呼ばれ始めましたが、先ほど教皇庁大使館から司教協議会に正式な呼称についての通知がありましたのでお知らせいたします。

教皇様の正式な呼称は、「教皇フランシスコ」です。ご留意下さい。

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2013年3月14日 (木)

カリタスアジアの会議後半です@バンコク

新しい牧者が決まり、様々な期待が語られています。教皇様自身が昨晩の選出後の挨拶で言われ求められたとおり、教皇様のために皆で共に祈りましょう。聖霊の導きが常に教皇様と共にあるように、皆で共に祈りましょう。今朝のバンコクでのカリタスアジアのミサでは(英語のミサですが)、早速「私たちの教父フランシスコ一世」と共同司式の司祭が唱えました。教皇様のために、そして彼の導きのもとにある教会のために、祈りましょう。

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カリタスアジアの会議は後半となり、昨日からはカリタスアジア主催で、Fundraisingについてワークショップをバンコク市内のホテルを気丈に行っています。つまりどのようにして、カリタスの活動への寄付を求めていくのかという活動についての勉強会です。アジアのカリタスから17カリタスが参加者を送り、総勢で50人以上が会場にはおります。

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講師は、国際カリタスでIncome Developmentというセクションの責任者を務めるNigel Wallace氏(すぐ上の写真でたって話している人物)。彼はイギリス人ですが、特にカナダなどで様々な団体や組織の募金活動の改善と発展を指導してきたプロです。もちろん欧米とアジアでは寄付文化が異なりますから、同じことはできませんが、彼ももちろん文化の違いを念頭に、様々な手法を伝授し、さらに様々なアイディアを私たちに与えてくれています。

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そして今日の午後から明日にかけては、イギリスのカリタスであるCAFODのProgram department & Funding Managementの責任者であるJames Lambart氏による、プロジェクトプロポーザルの書き方の講習です。これは実はなかなか専門的な知識が必要で、簡単ではないのです。

一連の行事は明日の夕方で終わりますが、私は明日はカリタスアジアの地域理事会です。

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教皇フランシスコ一世選出

時差の関係で(日本より2時間遅いタイ時間)遅くなりましたが、すでに各方面で報道されているとおり、昨日のコンクラーベで新しい教皇が選出されました。アルゼンチンの出身で、フランシスコ一世と名乗られます。以下はカトリック新聞の報道の一部を引用。詳しくはカトリック新聞オンラインへ

第266代教皇に選ばれたホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76/イエズス会)の名前と、新教皇がフランシスコと名乗ることを発表した。

ベルゴリオ枢機卿は1936年12月17日、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス生まれ。ラテンアメリカからの教皇は初めてで、バチカン放送によるとイエズス会からも初の教皇となった。

ブエノスアイレス大学で化学を学ぶが、イエズス会に入ることを決心し、ビジャ・デボトの同会神学院に入った。
1969年12月13日、司祭に叙階。
1973年に終生誓願宣立。イエズス会のアルゼンチン管区管区長に選ばれる。
1980年、サンミゲルのビジャ・バリラリ神学院で修練院長を務める。
1992年5月20日、ブエノスアイレス教区補佐司教に任命。
1997年6月3日、同教区協働大司教に任命。
1998年2月28日、同教区大司教として着座した。

事前に候補者として騒がれる人物は選出されないという伝統はその通りでした。修道者が選ばれたこと自体に驚きはありませんが、イエズス会員とはちょっと驚きました。ご存じのように教会には3人の教皇がいると言われてきましたが、それが白と赤と黒と教皇などと言われる方々。白がローマ教皇、赤が福音宣教省長官、そして黒がイエズス会総長です。(現代社会では、もちろんかつてのような権勢を誇ることはありませんが)したがって、白と黒の教皇が、共にイエズス会という状況が出現しました。アルゼンチンのブエノスアイレスでは、貧しい人たちのために働かれたと言うことも聞いていますが、これからの教皇様の働きと導きに期待しましょう。そして教皇様の上に、また教皇様を通じて私たちの上に神様の豊かな導きがあるように、祈りましょう。

なおミサの奉献文の中では、本日から、「私たちの教皇フランシスコ一世」と述べて下さい。

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2013年3月13日 (水)

カリタスアジアの会議中です@バンコク

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3月11日は雪降る秋田で聖霊短大の卒業式。その後秋田カトリック学園(幼稚園法人)の理事会。夕方の飛行機で羽田へ飛び、そのまま深夜便でバンコクへ移動。秋田の氷点下の気温から、一気に真夏の気温へと飛び込みました。早朝5時過ぎに到着したバンコクの空港あたりは、すでに30度近い気温でした。

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今回は金曜日まで、私が現在責任者を務めているカリタスアジアの会議などに出席のため、バンコクに滞在します。まず最初は、CRS(アメリカ合衆国のカリタス)主催のリーダーシップワークショップ。これは毎年CRSがアジアのカリタス責任者を集めて地域会議を開いているのですが、今年の会議をこのワークショップとしたものでした。日本からもカリタスジャパン事務局長の田所氏が参加しました。CRSはカンボジアにアジアの拠点を持ち、アジア各国で300人ほどの職員を雇用してプロジェクトにあたっています。東日本大震災では、アジアの責任者が何度も日本に足を運び、現場を訪れ、カリタスジャパンを通じて巨額の援助を行ってきていますし、先日はバルティモアの本部から責任者も日本を訪問されました。

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リーダーシップワークショップは、バンコク郊外にあるバンコク大司教区司牧研修センターで行われました。サンフランという地域にあるこの施設は、同じ敷地に大神学院や高校などもあり、広大な敷地には大きな池まであります。司牧研修センター自体も写真にあるとおりの巨大な建物です。ちょうどタイの司教団が司教総会を行っており、この日は教皇大使も訪れて昼食会だったのですが、私も食事に招いて頂きました。現在のタイに駐在する教皇大使は韓国出身の大司教です。またタイには教区が10あるとのこと。
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月曜と火曜の二日間で行われたワークショップには、アジアのカリタスダイレクターが20名ほど参加していました。私は二日目最終日の一番最後に行われた閉会ミサを司式するために、バンコク市内から車で1時間半ほどかけて司牧研修センターまで出かけました。

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2013年3月10日 (日)

まもなく2年、追悼のミサ@新潟教会

東日本大震災が発生してから明日で2年です。今日の日曜日、午前9時半からカテドラルの新潟教会で東日本大震災発生2年にあたり亡くなられた方々を追悼し復興を祈願するミサを捧げました。小雨模様の寒い朝でしたが、新潟教会以外からも大勢の方に参加して頂きました。

新潟教区では、被災地である仙台教区とちょうど背中合わせであり、秋田や山形からは新潟を経由するよりも直接でかけた方が近いことや、教区全体に若い人が少ないことなどの実情を考慮して、教区の中で仙台から一番遠い新潟にボランティアセンターなどの本部を設けず、それぞれの小教区が直接支援を実施するようにしてきました。新潟市内では、市内教会の勇姿がボランティアグループを結成し、当初は福島からの避難者の必要に応えたり、現在は福島での様々な必要に応じる活動を続けています。今後も教区の実情に合わせた支援を考えていきたいと思っています。(なお新潟教区の支援の責任者・全国への窓口担当は、寺尾教会の町田神父様です)

本日のミサの説教を「司教のページ」に掲載していますので、ご覧下さい。リンクはこちらです

東北の出身者としては、東日本大震災という言葉の陰に「東北」が隠れていくような気がして、もちろん東北だけが被災地ではないのですけれど、でも全国の方々に東北を記憶していてほしいと感じております。明日は、一緒に、東北の方々と一緒にお祈りいたしましょう。

今日はミサ後に秋田へ再び移動しました。明日が聖霊短大の卒業式だからです。かなり苦労して秋田へ来ました。すさまじい暴風雪の秋田です。新潟と秋田を結ぶ電車は特急「いなほ」が一日に三本のみ。高速バスはありません。そして今日は低気圧接近で強風が見込まれるため三本とも山形県の酒田から秋田の間が早々に運休となりました。あきらめようかとも思いましたが、最終的に新幹線で東京に出て、羽田から秋田へ飛びました。新幹線も大宮あたりの強風とすさまじい砂嵐で遅れ、飛行機は秋田の雪で引き返す恐れありといろいろでしたが、無事秋田に到着。吹雪でありました。

明日の夜はもう一度羽田に移動して、深夜便で会議のためバンコクへ出かける予定です。

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2013年3月 9日 (土)

教皇選挙の日程が決まりました

すでに報道されていますが、バチカンで集まっている枢機卿会議は、教皇選挙(コンクラーベ)を開始する日を決定されました。来週、3月12日(火)に開始となりました。当日はまず、参加枢機卿全員で聖ペトロ大聖堂でミサを捧げ、その後、午後に一度の投票が行われます。そのあとは毎日二回。三分の二以上の得票が必要ですから、決定がいつになるかは推測できません。

どうぞ皆様、聖霊の働きを心から願ってください。この時代によりふさわしい牧者が教会に与えられますように、お祈りください。

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2013年3月 8日 (金)

聖園短大卒業感謝ミサ@秋田

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本日、8日金曜日の午前10時から、秋田カトリック教会聖堂において、聖園短期大学の卒業感謝ミサが行われ、私が司式させて頂きました。先週の聖霊高校卒業式の日とは打って変わって秋田でも少なからず暖かさが戻り、雪もやっと溶け始めておりました。

新潟教区内には、いわゆるミッションスクールがそれほど存在しません。秋田県に高校が一つと短大が二つ。そして新潟県に高校が一つ。山形県には一つもありません。少ない分大事にしたいと思っていますので、できる限り卒業式関連行事には顔を出すことにしていますが、日程調整の都合から、短大では聖園のミサ、そして聖霊の式に出席しております。

今年の聖園短大の卒業生は124名。ミサには教職員の方々も20名ほどと、そして一年生が130名ほど。聖園短大はもともと女子短大ですから生徒の大多数は女性ですし、今年の卒業生もすべて女性ですが、一年生には男子学生がおります。今日のミサには、その男子学生たち十数名も初めて参加しておりました。来年以降も少しではありますが、男子生徒が入学してくるとのこと。特に将来は幼稚園や保育園で働く人材を育成する学校ですから、現場で必要とされている男子の保育者をどんどん輩出することが期待されています。

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今日の感謝ミサでは教職員やシスターなどに混じって、卒業生から二人が聖体拝領の列に並びました。つまり在校生250名ほどのうちに2名は信徒がいると言うこと。これを多いとみるか少ないとみるかは、状況によりけりですが、私の経験している現状から見れば多い。しかしながらそのうちに一人は、実はシスターであります。那覇教区で働くベトナム出身のシスター。雪の多いこの地でよく頑張りました。来週の卒業式には押川司教さんもおいでになるのではないでしょうか。そしてもうひとりが上の写真の新潟出身の彼女。よく頑張りました。私が新潟の司教になった年に中越の地震があり、新潟教区のカリタス担当である町田神父が信徒の方々と一緒に様々な支援物資を現地へ運びました。そのときに、確か小学校6年生だったと思いますが、一生懸命に町田師を手伝って荷物を運ぶ彼女の姿が記憶に焼き付いています。その彼女がもう短大を卒業して大人の仲間入りに。時間がたつのは、本当に速いと実感いたしました。

卒業生の皆さん、本当におめでとう。今後の活躍に期待します。

明日には新潟へ戻り、日曜日は新潟教会で東日本大震災の二年目にあたり追悼と復興を祈願するミサを捧げます。ミサは私の司式で、通常の主日ミサ、9時半のミサで行います。

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2013年3月 4日 (月)

新潟教区の人事異動公示

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新潟教区における2013年度の司祭人事異動は、すでに2月17日付(第一次)と3月1日付(第二次)と公示されています。各小教区や修道院にはお知らせいたしましたが、新潟教区の公式ホームページにあっては現在更新に不具合があるため、残念ながら掲載されておりません。そこで私のブログに代わりに掲載いたします。なお特に記載がない場合、4月1日付です。

  1. 新潟教会主任司祭 ラウール・バラデス師 (現:青山教会)
  2. 花園教会・鳥屋野分教会主任 高橋学師 (現 表町・福住教会)
  3. 青山教会主任 坂本耕太郎師 (現 加茂教会)
  4. 加茂教会小教区管理者 三条教会主任兼任 石黒晃泰師 (三条教会)
  5. 糸魚川・直江津・高田教会協力 伊藤幸史師 (東京教区)
  6. サバティカル ルイス・フェルナンド師 (花園・鳥屋野教会)
  7. 土崎教会助任 トラン・ドゥック・ディエム師 (新司祭・神言会、7月着任)
  8. 表町・福住教会主任 上村勉師 (名古屋教区瑞浪教会・神言会)
  9. 表町・福住教会協力 ホセ・ルイス・ロレンゾ師 (表町・福住助任)
  10. 滞日外国人司牧担当 ホセ・ルイス・ロレンゾ師

今日は新潟の司祭四旬節静修です。新潟、新発田地区と長岡で働く司祭18名ほどが集まりました。静修の指導は秋田教会主任司祭の永山誠師(神言会)。五島の出身ですが、その召命のお話から始まり、ご自分のキリスト理解を様々な詩人の詩を引用しながらのお話でした。明日午前中にもう一度お話しいただき。その後ミサをともにして解散です。(写真)

土曜日は新潟清心高等学校の卒業式でした。78名が卒業して行かれました。おめでとうございます。いつものようにメリハリのきいた生徒さんたちの一斉行動には、目を見張る迫力があります。また祝辞を述べさせていただきましたが、私が「卒業おめでとう」と申し上げると、一斉に声を合わせて「ありがとうございます」と応えて一礼されるのも、気持ちが引き締まります。皆さんのこれからの人生に神様の祝福と導きがありますように、お祈りいたします。

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2013年3月 1日 (金)

3月の予定

ベネディクト16世は日本時間の今朝早く、ローマ時間の2月28日午後8時に退位され、教皇座、すなわちローマ司教座は空位となりました。枢機卿団は3月4日の現地時間午前9時半にシノドスホールで最初の会合を開き、教皇選挙(コンクラーベ)の日程などについての話し合いを開始する予定です。コンクラーベの日程が決まり次第、教皇選出のためのミサについて教区内にはお知らせします。

様々な憶測が流れております。私が個人的に良く存じ上げている枢機卿数名の名前も、候補者として各国のマスコミに流れております。しかし当のご本人たちもそう思っておられるでしょうし、私もそう信じていますが、究極的にはペトロの後継者を選ばれるのは主ご自身であり、聖霊の働きです。聖書の歴史をひもとけば、救いの歴史は決して正しいことだけの連続ではありません。人間の弱さによる罪深い状況でさえも、神は救いの歴史の中で良い方向に利用されます。歴代の教皇の選出にも、過去には信じがたい出来事もあったのは事実です。しかしそこにあっても、神は自らの計画のために利用なさってきました。すべては神の聖霊の導きです。聖霊の働きに信頼して、無用な憶測をすることは慎み、新しく選出される教皇のために祈りたいと思います。

3月になりましたので、今月の主な予定を記しておきます。

  • 3月1日 秋田聖霊短期大学附属高校卒業式 (秋田)
  • 3月2日 新潟清心女子高等学校卒業式 (新潟)
  • 3月4日・5日 新潟教区司祭四旬節静修 (新潟)
  • 3月5日 (福)新潟カリタス会理事会 (新潟)
  • 3月6日 カトリック新聞諮問委員会 (東京)
  • 3月7日 常任司教委員会 (東京)
  • 3月8日 聖園短期大学卒業感謝ミサ (秋田)
  • 3月10日 東日本大震災二年、追悼ミサ (新潟教会、9時半)
  • 3月11日 秋田聖霊短期大学卒業式 (秋田)
  • 3月11日 秋田カトリック学園理事会 (秋田)
  • 3月12日~15日 カリタスアジア会議 (バンコク)
  • 3月16日 社会司教委員会シンポジウム (大阪)
  • 3月18日 (福)ゲマインダーハウス理事会 (名古屋)
  • 3月20日 札幌教区朗読奉仕者選任式 (札幌北一条教会10時半)
  • 3月21日 カリタスジャパン委員会 (東京)
  • 3月22日 仙台教区サポート会議 (岩手・大槌)
  • 3月24日 枝の主日ミサ、加茂教会 (新潟・加茂)
  • 3月25日 新潟教区顧問会・司祭評議会 (新潟)
  • 3月26日 新潟教区聖香油ミサ (新潟)
  • 3月27日 札幌教区聖香油ミサ (札幌)
  • 3月28日 主の晩餐、夕方のミサ (新潟教会)
  • 3月29日 聖金曜日 (新潟教会)
  • 3月30日 復活徹夜祭 (新潟教会)
  • 3月31日 復活祭ミサ (新潟教会)

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仙台教区サポート会議@二本松

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仙台教区サポートセンターでは、福島県への支援を強化するため、昨年末に福島県の二本松教会に福島デスクを開設しました。月例の仙台教区サポート会議を、今回2月28日の木曜日に二本松教会で開催しました。お隣の幼稚園の敷地には、線量計が。

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今年から毎月開催に戻ったサポート会議は、岩手、宮城、福島の現場を順番に回ることになりました。そこで毎回、会議に先立ち、午前中に現地で活動される方々のお話を伺うことにしました。今回も福島で活動する二人の方からお話を伺いました。

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まず最初に県内避難者として郡山から会津若松方面にお子さんと一緒に避難している遠藤さん。原発事故の前までは、もっと厳しく管理されていたはずの放射線が、福島の事故後に被爆許容量がどんどん緩和されることに疑問と不安を感じ、子どもを守るために避難を決意。しかし県外避難者には借り上げ住宅等の配慮があるにも関わらず、法律の制限から、県内自主避難者には全く援助がない実態に唖然とし、行政と交渉するもたらい回しに。現在は同様の困難を抱える40世帯と会を設立して行動しているとのお話でした。

不安にさいなまれる被災者。普通の生活を奪われ、目に見えない敵と対峙し、様々な専門家の言い分に翻弄され、さらなる不安のうちに突き落とされている現実です。だれが、そんなことは思い過ごしだ、心配するななどと言えるでしょうか。こういった人たちと子どもたちを、普通の生活から引き離し、不安に陥れていることは、決して尋常なことではありません。

お話の二人目は、長年この地で有機農業に取り組んでいる大内信一さん。

風評被害は大きなものがある。そもそも福島で安全なものができるはずがないと主張する人も多い。原発にはもともと反対だが、しかし実際の生活では電気に頼ってきたなかで、原発を止めることができなかった責任も感じている。脱原発のための先導役としての役割を担っているとすれば、福島の存在の意味もある。

しかし、急進的に反原発を主張するなかには、福島で安全な野菜がとれては困る、普通の生活ができてしまっては困ると考える勢力があるのも事実。しかしこれ以上福島の人たちに苦しみを強制してどうするのか。脱原発は同じ目標だが、いまの福島を守らなくては本末転倒である。

福島の野菜がこれほど早く安全になっていることに、福島の奇跡といって応援してくれる学者も少なくない。セシウムは多くの作物から、すでに昨年頃からほとんど検出されていない。大豆は思いの外セシウムを吸収するので、油を絞って利用する。絞った油にはセシウムの影響は見られない。計測してもゼロである。絞りかすには残ったとしても油には影響がない。

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午後には、定例のサポート会議を行いました。二本松教会の信徒の皆さんに本当に歓待していただきました。感謝します。信徒会長の柳沼さんが福島デスクの担当者です。

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この数日の各地の大雪@山形と札幌

一週間の各地巡業(?)から帰り、今日の夕方に新潟の司教館に到着。今日は秋田から、羽越線の特急「いなほ」の乗車。秋田と新潟を結ぶ直行電車は、この「いなほ」が一日に3本しかありません。そして日本海沿岸部を通過するこの電車は、ことのほか風に弱い。今日も山形県と新潟県の県境にある温海温泉(あつみおんせん)駅からやにわに徐行運転。「ただいま15キロの徐行運転をしております」と、乗っていれば即座に体感してわかる内容のアナウンスが。「なぜ徐行なのか」は全くわからないまま、次の府屋駅には20分遅れ。その後速度を回復し、新潟駅の直前でまたまた停止。「車輌の不具合で停止」とのアナウンス。そのままさらに10分ほど遅れ、都合30分の遅れで新潟に到着。遅れはしたものの、この冬の時期に、到着しただけ感謝かも知れません。これまでにも何度も途中で打ち切りになって、バス代行になったこともしばしばですから。

さてこの数日、各地で例年以上の大雪に遭遇してきました。その写真を数枚。旅の間、モバイル機器しか持っていなかったので、写真を掲載できませんでした。

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まずは先週の土曜日、司教総会後に直行したのは山形。幼稚園法人の理事会でした。山形もこの時期には珍しいほどの大雪でした。山形市の駅前です。

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そしてこちらは帰りの山形新幹線の車窓から。かみのやま温泉駅の近くで、なにもないところに突然現れるのがこの高層マンション。自分で運転でこの近くを通過するたびに、一体このマンションには誰が住んでいるのだと訝しく思います。

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そしてその後、日曜日の午後に出かけた札幌は、前掲の記事の通り、例年の倍以上の除雪予算を組むほどの大雪。

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歩道もなにも、除雪した雪をどこかに捨てに行く排雪が間に合わず、道幅が極端に狭くなっています。また町中に排雪のトラックが列をなし、除雪もうまくできてないため、札幌市内は大渋滞でした。この写真は、信号のところの表示を見ていただくとわかるように、札幌の市内です。「北20東3」の交差点。もちろん停止線は見えないので、左上方に「停止線」という表示が。

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