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2013年3月27日 (水)

聖香油ミサ

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昨日は新潟教区の聖香油ミサ。そして本日は札幌教区の聖香油ミサでした。聖香油ミサは、日頃は目に見える形で共に働いているわけではない教区の司祭団(教区司祭と、修道会や宣教会の司祭すべて)が、司教と共に祭壇を囲み、信徒を代表する方々(参列者)と一緒になってミサを捧げることによって、教会の共同体性と一致を再確認する機会です。また司祭の役務を果たす中で秘跡の執行には深い意義がありますが、それに必要な聖なる油を、司教と共にこのミサの中で祝福いたします。まずミサ中の奉献文の終わりに病者の油が。そして聖体拝領の後に洗礼志願者の油、そして司祭団一同も聖霊の働きを願って手をさしのべながら、聖香油の祝別です。加えて、説教のあとで司祭団は、それぞれが司祭に叙階された日の決意を思い起こし、司教の招きに続いて沈黙の内にその決意を新たにいたします。これは問答形式もありますが、現在の日本語の式文では、司教の呼びかけにこたえて沈黙のうちに祈る形式が選択されています。

聖香油のミサの福音は、会堂に入ったイエスに手渡された聖書朗読箇所がイザヤの預言の 「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」であったというルカ福音の箇所です。イエスは朗読の後、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められました。

教皇フランシスコは、自らが大司教であったアルゼンチンで積み重ねてきた司牧の体験から、教会は与えられた使命に忠実でなければならないと説かれています。それはアシジの聖フランシスコにならった名前を名乗られたことに始まり、報道されている様々な斬新なスタイル、しかも質素と単純さを好まれるスタイルに象徴的に表されています。もちろん教皇自身も、そういった表で目につく行動での変化だけが必要だとは考えておられないでしょうし、そういった行動の限界もご存じでしょうし、教皇職を遂行して行くにあたって自分がとらなければならない様々な立場も十分に理解されていることでしょう。しかしここはまずその治世のはじめに、ご自分の目指す姿勢を明確にし、ひいては教会の進むべき方向性を明確にするため、あえてショック療法ともいえる行動をなさっているように思えます。

教皇フランシスコの目指す教会のあるべき姿勢と方向性は明確です。まさしくあの日イエスが会堂でイザヤの預言を朗読した後に言われたように、その言葉を私たちが耳にしたときに、教会のあるべき姿勢は厳としてそこに存在するようになっている、つまり進むべき方向はもう定められているのです。

当初の期待があまりに大きいと、その反動で失望も激しくなってしまうのが世の常です。教皇フランシスコの目指す方向性は明確であることを、心にとめたいと思います。たとえこれからそれが具体的に表現されることが難しくなったとしても、その方向性は明確であることを心にとめたいと思います。重要なのは表にでるスタイルのことなのではなく、心の向けられている方向性にあるのです。そして私は、聖霊はすばらしい働きをして、私たちに教皇フランシスコを通じて教会の進むべき方向を明確に示して下さていると思います。確かに聖霊は働かれている。

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昨日の新潟でも今日の札幌でも、30人近い司祭団が集ま利、聖堂には一杯の信徒の方がおいで下さいました(新潟の方がちょっと少なかったかもしれません)。司祭のために捧げて下さるお祈りに感謝いたします。司祭がその使命を忠実に果たすことができるように、社会の中で果たさなくてはならない様々な職務に忙殺されて、主から与えられた使命を見失うことのないように、どうぞ皆様のお祈りをお願いいたします。

写真は、札幌教区の聖香油ミサ後の、油の分配の様子です。この大きな入れ物が三つ用意され、すさまじく重たいのです。ですからなるべく若手の力のある司祭が、必死になってこれを担いで運びます。私も一度持ち上げようとして、あまりの重さに驚いたことがあります。どこでもそうではなく、新潟ではもっと小型の焼き物の容器を利用しています。

明日には新潟へ戻り、新潟教会の夜7時からの主の晩餐のミサを捧げます。

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