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2013年10月14日 (月)

参加して下さった皆様に感謝@秋田

10月12日夜から13日早朝にかけて、新潟教区の秋田、聖体奉仕会を会場に行われた「聖母と共に過ごす祈りの夜」には、教区内外から多くの方に参加して頂きました。感謝申し上げます。事前の申し込みが800人ほどでしたが、多分、それを遙かに超える方々が集まって下さったと思います。会場となった聖堂は限られたスペースでしたし、にわか雨の肌寒い夜でしたので、大変な思いをされた方もおられたと思います。

私は新潟から朝の特急に乗って、当日昼過ぎに秋田に到着しましたが、すでに聖体奉仕会には多くの方が訪れておりました。駅から乗ったタクシーの運転手さんが、「今日はこれで聖体奉仕会は三回目だが、何かあるのか」と訊ねてくるほどでした。夜11時の開会前に、すでに聖堂は一杯、秋田地区を始め全国から二〇名近い司祭も参加して下さいました。

11時から私の挨拶に続いて、日本語から始まっていくつかの言葉に分かれての聖体礼拝。教皇大使と参事官も参加して下さいました。全体は吉祥寺教会信徒の川崎氏の司会で進み、まず第一部は予定通り終了。聖堂の外には衛星中継用の中継車や電源車など二台がおかれ、聖堂内もスタジオのようにそこここにカメラが配置され照明が入り、祭壇横の裏手スペースには調整卓がおかれ、その雰囲気だけでも何か大きなことが始まるのだと感じさせられて、少なくとも私は緊張しました。

午前2時頃からローマからローマと中継が繋がり、バチカンから会場となるローマ市内のDivino Amore教会へファティマのマリア様の御像が運ばれてくるところから始まりました。御像はその前に、聖ペトロ大聖堂前で、教皇様が祈りを捧げています。事前にイタリアから秒刻みの台本や指示書が届いていたのですが、なかなかその通りにスムースには行かない、さすがイタリア。でもそれ以上に驚いたのは、会場の音楽パフォーマンスもそうでしたが、司会のトークも(もちろんイタリア語であまりわからなかったが)テレビのトークショーののりだったこと。到着した御像はローマ教区総代理のヴァリーニ枢機卿迎えられ、ステージに安置。枢機卿の挨拶に続いて、世界10カ所の巡礼所の紹介。衛星中継でモニターの映像とタイムラグがあり、持ち時間10秒では気がついたらすでに次のところに移動するので手を振るタイミングを逸しました。

その後は、各玄義の前に詩の朗読と音楽パフォーマンス。ナザレから始まって順番に一限気を半分ずつ唱え、間には様々な信仰の証しが入る。最初は画面と一緒に日本でもロザリオを祈ればよいと思ってましたが、現地の映像にイタリア語がかぶることが判明し、急遽私が聖堂内のマイクで日本語を先唱することにしました。ところがすぐに気がつくのが、画面と同期しないこと。なぜならば、日本語の祈りが一番時間がかかる。イタリア語の早いこと早いこと。さらに画面を見ながら時間を計り祈りを先唱すると、半分の五回聖母の祈りを唱えるのが至難の業。ロザリオには五回目にしるしがあるわけではないですから。そこで途中でロザリオの使用をあきらめ、片手の指で数えることに。五回にはこちらが確実です。

加えて、制作者のイタリア側は現地で祈りが終わらなくても、イタリア語が唱え終わるとさっさと画面をイタリアに切り替えることも判明。従って、日本からの中継も終わる前に切り替えられてしかいました。下に当日のビデオをYoutubeからみられるので添付しました。秋田は1時間55分あたりから登場します。

ロザリオは午前4時半過ぎに終了し、その後教皇大使と一緒にミサを捧げ、解散となりました。徹夜の祈りでしたが、祈りの世界でも文化の違いがあることを実感し、同時にそれでも教会が聖母を通じて一致していることをも実感する、貴重な時を過ごすことができました。

今回の新潟教区行事に全国から参加して下さった方に感謝すると同時に、少ない人数で一生懸命準備をした聖体奉仕会の会員に感謝します。私も想像できないくらいのバイタリティーで、イタリアと交渉したり、国内でも様々な手配をしたり、本当によくやって下さいました。協力して下さった多くの方々、特に秋田地区の信徒の皆様、司祭団にも感謝します。近くにある温泉施設ザブーンの皆様にも協力に感謝します。中継を手がけて下さったスタッフの皆さんにも、本当に感謝しています。またこの日13日に70歳の誕生日を迎えられたチェノットゥ教皇大使には、実現のために尽力下さり感謝いたします。そして私たちの母であるマリア様に一番の感謝をします。

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