« 信仰年も間もなく閉幕 | トップページ | 顧問会と司祭評議会 »

2013年11月24日 (日)

この1週間は・・・

Christtheking131
この一週間は、忙しい毎日でした。

先週の日曜日は東京の多摩教会に出かけました。多摩ブロックの教会の信仰年の研修会とミサのためです。新潟あたりに住んでいる感覚からすると、多摩教会はかなり「東京駅」から遠い。新宿まで出て京王線に乗り換え聖蹟桜ヶ丘まで。この駅の名前もすごいですが、東京駅を出てから一時間近くになるのに、到着した先は新潟よりも賑やかな町でした。

様々な方面で有名なカトリック司祭の晴佐久神父が、多摩教会の主任です。近隣から府中教会のビッフィ師、調布教会の藤川師も合流。多摩教会の聖堂は聴衆で一杯でした。その後のミサや茶話会も、東京的な熱気でありました。話を聞いていただいた皆さんに感謝。

その後、そのまま成田空港へ移動。一泊して翌月曜日のスイス航空便でチューリヒ経由ローマへ移動。水曜日と木曜日は、国際カリタスの本部で会議です。

今回の会議は世界7地域(ヨーロッパ、北米、南米、アジア、オセアニア、アフリカ、中近東)の責任者(President)とコーディネーターの集まりで、現在の4年任期の半分になったところでの、国際カリタス全体の評価についての話し合いと、2015年以降の4年の活動計画策定に向けた準備についての話し合いでした。木曜の夜には新しく赴任された駐バチカン日本大使の長崎氏と夕食。前任の山口氏と同様、日本にも枢機卿がいないことにはねえと。私もそう思いますが、そればかりは何ともなりません。

金曜のルフトハンザ便でミュンヘン経由で帰国。ミュンヘンから成田へ飛ぶルフトハンザのA340(ジャンボ以外で珍しくエンジンが4つ装着している飛行機で、一階建て。二階建てはA380です)は、エコノミーのトイレが地下にあることで知られています。エコノミーのフロアの真ん中に階段があり、下のフロアにトイレが5台。そのうちの一つはなんと車いす対応。どこから車いすを?実はトイレの手前の壁の裏にはクルーレストがあり、そこに降りるリフトが装着されているのであります。しかもトイレフロアには緊急時の酸素マスクが10台しかなく、そのためトイレ待ちは10名限定。階段は滞留禁止。なのですが、現実はなかなかそうはうまくいかない。

Christtheking132
そして今日は「王であるキリスト」の主日。カテドラル新潟教会のお祝いの日です。毎年この日には新潟教会の公式訪問。といってもすぐ裏に住んでいるので、訪問という雰囲気ではないですが、いずれにしろ一緒に主日のミサをささげ、その後茶話会というパターンです。

今年の主日は、信仰年の閉幕ミサでもありました。どのような一年を過ごされましたか。新潟教区の皆様は、信仰年の始まりを覚えていますか。昨年の教区100周年でした。そのときに提出いただいた宣教宣言を覚えていますか。そこにはこう書いてあります。

 私たちカトリック新潟教区は、秋田、山形、新潟の三県において主イエスの弟子として福音に生き、またその証しに生きて教会共同体を育て、今年で創立100周年を迎えました。
 私たちはこの地域において小さな共同体ですが、地域に根ざして生きるなかで、キリストの弟子としての生き方を模索し実践してきました。これまでの100年の歴史を踏まえながら、あらためて社会の現実の中で福音の価値を告げ知らせ、その証しに生きていくことを決意しています。
 新たな100年の初めにあたり、私たちは以下の課題に優先的にとりくみます。
          A: 世代、国籍、文化の違いを乗り越え、喜びと思いやりにあふれた「私たちの教会」を育てる。
          B: 教区、地区、小教区において、お互いの情報を共有し交わりを深めることで、社会における教会の役割を自覚する。
          C: 継続した信仰養成を充実させ、社会の現実のうちで言葉と行いを通じて福音を証しする信仰者へと脱皮する。
 私たちは新潟教区の信仰の先達である福者ルイス甘粕右衛門をはじめとする53名の米沢の殉教者の信仰に励ましを受け、勇気をもって社会の現実に立ち向かい、キリストの愛を証しする業に取り組んでいくことを誓います。

信仰年を終えるにあたり、この教区宣教宣言を思い起こしてください。署名していただいた方にはお手元にカードが残っているはずです。そこにはご自分の決意表明も記されていませんか。この信仰年に、教会には新しい牧者が与えられました。教皇フランシスコは、教皇ベネディクトが文章をもって教えられたことを目に見える形で示される方です。具体的な行いと言葉を持って、勇気を持って福音を証しすることの大切さを示される方です。その模範に倣い、私たちも信仰を言葉と行いで証しする決意を新たにいたしましょう。信仰の探求は信仰年の閉幕で終わりではありませんから。

|

« 信仰年も間もなく閉幕 | トップページ | 顧問会と司祭評議会 »

司教の日記」カテゴリの記事