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2014年4月13日 (日)

受難の主日(枝の主日)@新潟教会

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聖週間が始まりました。今日の日曜日は受難の主日(枝の主日)で世界青年の日でもあります。新潟にはやっと春が来ました。今日はすばらしい快晴に恵まれ、暖かな日曜日。町の至る所で、桜が満開となっています。

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そんな中、大勢の方が受難の主日のミサに集まりました。新潟教会の受難の主日の9時半のミサは、いつもセンター(信徒会館)の一階ホールから始まります。枝を手に集まった方々と、ここから聖堂まで行列します。十字架につけられた枝を先頭に進む行列は、枝の祝福のあとに朗読される福音に記された、イエスを歓喜のうちに迎えたあの出来事を追体験するだけではありません。同時に、目に見える形で、そして体で感じる形で行列して進むことによって、あらためて現代社会の中にあってイエスにしたがって歩んでいくのだという決意を新たにするのです。

本日のミサの説教はこちらのリンクに掲載してあります。聖週間の説教は順次このリンク先に掲載します。

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なお今回で二九回目となる世界青年の日に当たり、教皇フランシスコはメッセージを発表されています。メッセージの全文はこちらです。教皇様は、「心の貧しい人々は幸いである、天の国はその人たちのものである」(マタイ5・3) をテーマに掲げ、この箇所、つまり真福八端に基づいてメッセージを書かれています。説教でも触れましたが、その中にこういう一節があります。

「イエスの真福八端は革新的です。それは、メディアや一般常識で通常、伝えられるものとは正反対の幸福の模範を示しています。世間一般の考え方によれば、神がわたしたちのような人となるために来られ、十字架につけられて死ぬなど考えられないことです。イエスが幸いであると告げた人は、世間の論理では「敗者」、弱者とみなされます。その一方で、手段を選ばぬ成功、快適さ、権力の強さ、人を踏み台にした自己肯定がもてはやされています」

そして、青年たちに対して具体的にどうしたらよいかという三つのすすめをしています(ちなみに教皇フランシスコは三つのすすめなど三つのポイントをしばしば呈示されます)。

まず第一に「物的なことがらに束縛されないよう」にして、生活様式を変えるほどの勇気を持つこと。第二に、「貧しい人を気遣い、彼らの霊的、物的ニーズに敏感に」なる必要を説き、貧し人へと心を向け、さらには連帯の必要性を説かれます。そして第三に「貧しい人は、謙遜と神への信頼についても多くのことを教えて」くれるのだとして、彼らの知恵に学ぶことを勧めます。

また「貧しい人」という時に、教皇フランシスコがどんな人たちを考えているかを、次のように述べています。

「失業、移住、さまざまな依存症といった新旧多様な貧しさに対して注意と配慮を傾け、それらに無関心でいようとする誘惑を退ける必要があります。愛されていないと感じる人、将来に希望がもてない人、失望や幻滅や恐れのために人生をあきらめてしまった人のことも考えるべきです」

さて、ご復活に向けて特別な毎日が始まりました。水曜日には午前10時から司教座聖堂で聖香油ミサがあり、秘跡で使う聖なる油を祝別し、また司祭団は叙階の誓いを新たにします。どうぞ一緒にミサに参加して、司祭のためにお祈りください。

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