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2014年4月26日 (土)

二人の教皇の列聖式@バチカン

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ご存じのように、明日の日曜日、復活節第二主日はヨハネパウロ2世によって「神のいつくしみの主日」と定められています。中央協のホームページには次のような解説が掲載されています。

教皇ヨハネ・パウロ2世は2000年から、ご復活の主日の次の日曜日(復活節第二主日)を「神のいつくしみの主日」と定め、この主日に神のいつくしみに対する特別の信心を行うよう望まれました。それは信者たちが聖霊の慰めの賜物を豊かに受け、神への愛と隣人への愛を強め、成長させることが出来るためです。この信心によって、信者たちはそれぞれ自分を反省して、罪の赦しを得た後、兄弟姉妹をすぐに赦すよう促されます。

そしてヨハネパウロ二世が生前用意されていた2005年の神のいつくしみの主日のための最後のメッセージには、次のような一文があります。

人類は、時には悪と利己主義と恐れの力に負けて、それに支配されているかのように見えます。この人類に対して、復活した主は、ご自身の愛を賜物として与えてくださいます。それは、ゆるし、和解させ、また希望するために魂を開いてくれる愛です。この愛が、回心をもたらし、平和を与えます。どれほど世界は、神のいつくしみを理解し、受け入れる必要があることでしょうか。

私は、2000年に神言会の総会議がローマで行われた際、会議の参加者全員と一緒にヨハネパウロ二世に謁見することができました。冒頭の写真はそのときのものです。すでにかなり体は不自由になり、言葉もままなりませんでしたが、200人を超える会議参加者一人ひとりとしっかりと握手をし、祝福をくださいました。その後、2004年に、同じヨハネパウロ二世から新潟司教に任命を頂きました。ヨハネパウロ二世が来日された時は、私はまだ神言会の修練者でした。到着してすぐ直後、東京のカテドラルで、男女修道者との集いに、修練者全員で出かけた記憶があります。大聖堂内は、ありとあらゆる修道服のオンパレードでした。その際に、男子修道者を代表して教皇様に挨拶の言葉を述べたのが、その後私の前任新潟司教となる佐藤敬一師でありました。様々な意味で私の人生にもいろいろな思いでのある、教皇様です。

そして、お会いしたことはありませんが、ヨハネ23世は、もちろん第二バチカン公会議を招集された教皇様です。聖霊に導かれたヨハネ23世の英断がなければ、教会の今の姿はなかったことでしょう。もちろん聖なる教会は連綿と連続して存在しているのであって、第二バチカン公会議前と公会議後の教会が、全く異なる教会であることはあり得ません。そうではなくて、柱とする信仰の真理は全く変わることなく、それを時代に合わせてどのように生きるのかを真摯に追求して見いだそうとしたのが第二バチカン公会議であったと思います。教会が信仰を生きるにあたって、その姿勢があまりにも現実の世界とかけ離れ、過去に生きているとしたら、今生きている御言葉は、教会を置いてきぼりにしてしまうことすら考えられます。今生きている御言葉と歩みを共にするために、重要な役割を果たした公会議であったと思います。

教皇ヨハネ23世は1961年12月25日に使徒憲章「フマーネ・サル-ティス」を発表され、公会議を招集されました。「フマーネ・サル-ティス」に記された、次の言葉が心に響きます。

「現在、教会は人類社会が危機に直面していること、大きく変動していることを知っている。人類が新時代への転機に立っている現在、これまでの転換期にそうであったように、教会の任務は重い。教会は現代世界の血管に、福音の永遠の力、世界を生かす神の力を送りこまなければならない」

これについては以前にも日記に記しました。このリンクを参照ください。この言葉を私たちは忠実に生きているのかふり返らなくてはなりません。

この二人の福者教皇は、明日、4月27日にバチカンで聖人の位に上げられます。偉大な二人の聖なる教皇の取り次ぎによって、父である神が教会をより強固な福音宣教者としてくださるように、明日のミサで祈りましょう。

なお列聖式の模様はバチカンから中継されます。インターネットの様々なサイトで見られますが、こちらのリンクはYoutube上のバチカンのリンクです。日本時間の午後3時頃から中継が始まるようです。

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