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2014年5月30日 (金)

5月末は理事会の季節

毎年5月末は理事会のラッシュとなります。3月末が会計年度の締めで,それから2ヶ月以内に関係諸官庁に様々な書類を提出したり登記をしたりする関係で、種々の法人がこの時期に決算承認の理事会を開催します。今週は怒濤のように毎日、理事会が続きました。

月曜日は見附と新潟で養護施設や乳児院を運営する新潟カリタス会の理事会と評議員会。火曜日は,新潟県内で17の幼稚園を運営する聖母学園の理事会と評議員会。水曜日は定例のカリタスジャパン援助部会とHIV/AIDSデスク会議を東京で済ませたあと夕方に名古屋へ向かい、名古屋で知的障害のある方を中心に生活介護事業所(かつての通所更正施設)などを運営するゲマインダハウスの理事会と評議員会。そして木曜日は朝から新潟に戻って、新潟清心女子校を運営するノートルダム新潟清心学園の理事会と評議員会。

学校や幼稚園は少子化で経営は大変厳しいものがありますし、とりわけ幼稚園に関しては国の方針がかなり短いスパンで変化したので(ころころ変わったとまでは言いませんが)、今の時点でもかなり翻弄されておりますし、社会福祉法人も行政の関わりの方向性に左右されるところが大きいので、運営には難しいところや翻弄されるところも多々あります。どちらにしても営業利益を生み出すような類のものではありませんし、同時に職員の方々が「カスミ」を食べて生きていくわけにも行きませんので、頭を悩ませることが多々あります。

さて今日は午後から新発田へ出かけ、朝祷会の全国連合第53回全国大会に出席。朝祷会は超教派のキリスト者の祈りの運動体で,その名の通り朝早くに集まって祈祷会をしておられます。今回の会場は新発田市にある敬和学園大学と高校。

会議だらけでお見せできる写真もないので、先日のヨルダンの会議での写真を数枚。最初の一枚は教皇訪問を間近に控えたベトレヘムの市庁舎で、初めての女性市長であるVera George Mousa Baboun さんと面談した国際カリタス代表委員会のメンバーと。ベトレヘムの市長はクリスチャンとかつてアラファト氏が決めたそうで、カトリックの彼女は市長になる前はラサールが運営するベトレヘム大学の英語の教授だったそうです。

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そしてもう一枚は、ナザレのお告げの教会敷地内の聖堂で、ミサをささげる国際カリタス委員会のメンバー。初日でミサ典書が英語が用意されていたので,私が司式することに。

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2014年5月25日 (日)

ヨルダンから帰国して秋田へ、教皇はヨルダンへ

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国際カリタスの会議が終わり、ヨルダンから水曜日の朝に帰国しました。今回は「行き」のスケジュールに制約があったので、トルコ航空でイスタンブールを経由して往復しました。トルコ航空は日本から世界遺産や、東ヨーロッパ方面へ出かけるツアーグループでほぼ満席でした。アンマン出発は早朝7時で、この日は朝4時半に空港へ。新しいターミナルビルで、広々としていました。三時間ほどでイスタンブールに到着し、そのまま夕方5時発の成田便を待つことに。

水曜日は午後から仙台で復興支援会議があったのですが、イスタンブール出発が遅れ、成田到着も45分ほど遅くなり、乗り継ぎの関係で、仙台についたときは会議がちょうど終わる3時頃でした。それでも復興支援担当の神田師や濱口氏から会議の内容をうかがい、また6月の全体会議の打ち合わせもできました。そのまま新幹線で仙台から秋田へ。

一年に一度、新潟の月曜会が行っている秋田の聖体奉仕会への巡礼に参加するため。巡礼は翌木曜と金曜ですが、一足早く聖体奉仕会へ。

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翌木曜日の秋田は残念ながら小雨。それでも朝の「いなほ」に乗ってきた十四名の巡礼団はお昼過ぎに聖体奉仕会に到着。午後2時から、秋田のグループと聖体奉仕会の会員も参加してミサを捧げ、その後、秋田の方々と交流会。

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翌日は何とか天気も回復し、朝の6時から朝の祈りと聖体礼拝、そしてミサに朝食後、10時から外の子羊の苑で十字架の道行き。そして午後12時57分秋田発の「いなほ」で新潟へ。「いなほ」はかつて常磐線を走っていた車輌がリニューアルされて、見違えるようにきれいに、また揺れが少なくなりました。やっと金曜日の午後4時半頃に新潟に帰着。聖体奉仕会には我々以外にも、フィリピンからのグループが巡礼に訪れておりました。昨年10月の信仰年の行事で世界の10カ所の聖母巡礼所に選ばれて以降、海外からの巡礼団は順調に推移している模様です。

さて教皇フランシスコは、別に私と入れ違いというわけではないけれど、昨日土曜日から三日間の聖地巡礼に出かけておられます。最初の目的地はヨルダンのアンマン。アンマンでは国王のアブドゥッラー2世と会談。アンマンの町の真ん中にある壮麗なモスクの隣にある宮殿に迎えられ、その後記者団の前で二人が演説。まだ50代前半の国王はイギリスの士官学校や合衆国のジョージタウン大学に留学したことがあり、最初の挨拶を除いて英語で演説。これがまた、他宗教への尊敬の念に満ち、またこれまでに自身で迎えたヨハネパウロ2世とベネディクト16世との出会いにもふれ、「ペトロの後継者になられたことに加えて、教皇様は全世界の良心となられた」と発言。格調高いすばらしい演説でした。その後ヨルダン川へ向かう教皇の車列を、国王は自分でベンツを運転して同行。ヨルダン川でも、自らゴルフカートを運転して教皇を助手席に乗せておられました。ヨルダン川のイエスの洗礼の場所の近くの教会では、シリアからの難民の方々と面談。もちろん先日会議の時にお会いしたカリタスヨルダンのスタッフがおそろいのシャツで勢揃いしていました。

今日はベトレヘムでミサを捧げておられ、その後エルサレムへ向かわれるとのことです。イスラエルとパレスチナ自治区とを隔てるイスラエルが設置した隔離の壁の前で教皇は予定外に車を停めさせ、壁の前に立って祈りを捧げたと伝えられています。教皇フランシスコの平和への願いが、政治を司る人たちに心に響くことを心から祈ります。

なお本日は第48回世界広報の日でした。この日の教皇メッセージは邦訳されていますの、このリンクから是非どうぞ。

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2014年5月20日 (火)

国際カリタス代表委員会終了

国際カリタスの代表委員会は、昨日、月曜の夕方に無事終了しました。今回は主に来年5月にローマで開催される4年に一度の総会の内容について話し合いましたが、それ以外にも、現在教会が国際社会の中で求められている様々な規約を国際スタンダードに適合させることを、同じ教会の組織であるカリタスにも求められていることが重要な議題のひとつでした。そのため今回は、いわゆる組織運営の基準や会計の取り扱いに関する基準、さらには職員やボランティアに至るまでの服務規程と倫理規定が大きな議題でした。これは国際カリタスだけではなく、160を越える世界各地のカリタスは言うに及ばず、教区内でもカリタスを名乗る組織にはすべからく適応されるものです。もちろん各地のカリタスには組織形態に大きな違いがあるので、まずは四年ほどの試行期間を経て問題点を洗いだし、その後に最終決定することになりました。

こういった規定の審議は膨大な量の資料に目を通さざるを得ないので、それだけでも大変ですが、私の立場は日本だけでなく、アジアの23のカリタスを代表する立場ですから、それぞれのカリタスの現状を考慮しながら、意見をのべることも求められます。6月にはアジアのカリタス総会が開催されますが、そこで皆に納得してもらわなくてはなりません。

会議の始まりには、前掲記事で触れたように、エルサレムへバスで国境を越えて出掛け、ラテン典礼総大司教の話をうかがい、さらにベトレヘムで市長(カトリックの女性市長)のお話もうかがいました。

もちろんイスラエルにはイスラエルの言い分があることでしょうし、多くの場合、報道ではイスラエルの立場が強く反映することがしばしばです。今回は反対側から見た話を十分に聞くことができました。その話の内容はともかく、例えばベトレヘムで生まれるパレスチナのキリスト者は、イエス降誕の地で信仰を営み始めながら、イスラエルが築いた分断の壁に遮られ、結局イエスの受難と復活の地に足を踏み入れることが叶わない。そのような中で、様々な困難からパレスチナを離れるキリスト者も少なくなく、聖地のキリスト教会は危機に瀕しているという声が多く聞かれました。たしかにあの分断の壁を見る限り、そしてそこを通過することがパレスチナのひとに日々困難を伴う現実を見る限り、パレスチナの人は隔離されていると感じました。今回の教皇フランシスコの訪問はパウロ六世とコンスタンチノープル総大主教との50年前の歴史的和解の出会いを記念するもので、当時と同じ場所で同じ出会いが予定されています。ですから教皇フランシスコが中東和平について積極的な言動をすることは期待されていません。しかしあのサプライズに満ちた教皇のことです。ベトレヘムでのミサでどんな発言があるか、注目して待ちたいと思います。

会議の最終日前日には、会議参加者全員でアンマン郊外にある「平和の聖母センター」でシリアからの避難民の方々400名ほどと出会うことができました。教区が運営するこのセンターは、もともと障害を持った子供たちのための施設ですが、シリアの不安定な状況の中で避難する人が急増し、このセンターでもカリタスヨルダンが対応を始めたものです。現在は避難民の方々はアンマン市内の各所に別れて滞在していますが、このセンターが様々な活動の拠点になっています。どこに行くこともできず、働くことも許されない現状を、多くの方が語ってくれました。この方々や、カリタスヨルダンのスタッフやボランティアと一緒にミサを捧げ、その後夕食を共にしました。教皇フランシスコの訪問の最初の目的地はこのアンマンですから、シリア問題についての発言が注目されます。

会議もすべて終了したので、火曜の朝にアンマンを出発。イスタンブールを経由して、水曜の朝には成田へ戻り、そのまま仙台へ。そして木曜と金曜は新潟の月曜会の方々と整体奉仕会へ巡礼です。

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2014年5月17日 (土)

国際カリタス代表委員会@アンマン

国際カリタスの代表会議(Representative council)が、ヨルダンのアンマンで開催されています。国際カリタスは四年に一度開催される総会が最高の意思決定機関ですが、総会と総会の間は、年に一度開催される代表会議が総会の決定を執行する場となります。さらに数年前の機構改革で、その上にさらに常任委員会とも言うべき執行委員会がもうけられ、教皇による任命者3名を含めた小委員会は、年に4回ほど会合を行っています。

現在の国際カリタスの総裁は、ホンジュラスのオスカー・ロドリゲス・マラディアガ枢機卿で、ご存じの通り教皇フランシスコを支える8人の枢機卿会議の責任者です。国際カリタスには7つの地域があり、私は23のカリタスがメンバーであるアジアカリタスの責任者として参加しております。

会議はヨルダンの首都アンマン郊外のロザリオ修道女会の黙想の家で行われておりますが、当然シリア難民の課題や、中東の平和の問題についても、これまでの関わりを見直し、今後を考える内容が会議には含まれてます。また教皇訪問の直前でもありますが、バスで国境を越え(国境はヨルダン川)、エルサレムでファウド総大司教や教皇使節と意見交換も行われました。


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2014年5月10日 (土)

新潟教区司教館竣工式

すばらしい快晴に恵まれた本日、新潟の新しい司教館の竣工感謝ミサと祝賀会が行われました。東京教会管区のすべての司教様と、教区内外から300人近い方が集まってくださいました。司教館実現に協力いただいた皆様に、心から感謝いたします。

明日から国際カリタスの会議のため、ヨルダンへ出掛けております。竣工式などの詳しいことは、帰国してからまた記します。


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2014年5月 9日 (金)

新潟司教館竣工式を明日に控えて

教区内外の多くの方々のご協力により、新潟教区の新しい司教館(教区本部)の建物が完成し、明日、5月10日に竣工式を迎えることになりました。様々な方法でご協力いただいた皆様に心から感謝申し上げます。教区の皆様には特別献金をお願いしてまいりました。また教区外でも、特に東京教会管区のすべての教区の皆様、数多くの修道会の皆様には、この小さな教区のために多くのご寄付を頂きました。感謝申し上げます。会計の詳細については、別途報告をいたします。

明日の竣工式は、すでに参加の申し込みは終わりましたが、まず11時から感謝ミサ。東京教会管区のすべての司教が参加してくださいます。その後、新司教館の祝福をして、そのまま祝賀会となります。明日は朝方には雨の予報ですが、午前中からは天気が回復することが期待されているので、祝賀会は何とか中庭を利用して実施できそうです。

これまでの一年以上の工事の概要を、7分ほどの写真ビデオにまとめましたので、ご覧いただけますと幸いです。

ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございます。

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2014年5月 6日 (火)

糸魚川から山形まで

5月4日の復活節第三主日は、新潟県の一番南の端にある糸魚川教会の司牧訪問でした。ゴールデンウィーク中でしたので、お出かけの方もおられただろうと想像いたします。

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糸魚川教会の主任司祭は、フランシスコ会のブルーノ神父様。長く、長岡の教会におられこちらに転任に。イタリア出身の宣教師ですが、同じフランシスコ会の地区はお隣の富山県にも広がっているので、この日も午後からお手伝いに出かけられました。ちなみに富山県は新潟教区ではなく、名古屋教区です。新潟教区のほとんどの地域はJR東日本の管轄ですが、糸魚川はJR西日本。いろんな意味で、新潟教区の一番南の端です。

この日は、普段集まる信徒の方々(フィリピン出身の信徒の方々も含めて)に、この教会の協力司祭を務めてくださっている東京教区の伊藤幸史神父の関係で、島根県のプロテスタント系高校の生徒さんたちも8人ほど朝9時からのミサに参加。それ以外にも、連休の旅行途中でミサに立ち寄られた他教区の信徒の方など、いろいろな方が参加してくださいました。ミサの初めは外に出て、幼稚園の玄関前からマリア様の行列です。マリア様の小さな御像を輿に乗せて、子どもたちが担いで聖堂まで園庭を歩きました。晴天の日曜、フローレス・デ・マヨ(Flores de Mayo 5月の花)というフィリピンの聖母月の行事です。ミサ後には一階の集会室で(聖堂は二階です)、持ち寄りの昼食会に。

そして午後12時過ぎには糸魚川教会を失礼し、北陸自動車道を一路新潟方面へ戻り、そのまま新潟を通り越して日沿道の荒川胎内まで。そこから国道113号に降りて、山形へ向かいました。高速道路はさすがに連休中だけあって、普段よりも多い交通量ですし、県外ナンバーのオンパレード。

糸魚川から山形までは、だいたい350kmほどの距離です。12時半に糸魚川を出発して、山形駅前に到達したのは午後5時半頃。

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山形まで移動の理由は、翌日5月5日に開催された、山形教会主任司祭の本間研二神父の司祭叙階25周年(銀祝)のお祝いに出席するため。その前晩に、本間師と彼の所属するイエズスマリアの聖心会の管区長さんや、本間師の神学院時代の恩師である元院長やら、そのほかの方々と会合のため、糸魚川から直行しました。

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翌5月5日は11時から、山形駅前のホテルを会場に、イエズスマリアの聖心会の日本のほとんどの会員を始め、新潟や秋田の司祭も参加して、感謝ミサをいたしました。司式は私で、説教は神学院時代に共に学んだ新潟教区の大瀧神父。会場には、山形の諸宗教関係の方々も含めて、県内外の信徒の方が300人以上集まりました。

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その後、同じホテルを会場に祝賀会。いや、これが、本当に、時間が足りないほどの大演芸会で。山形の信徒の方々は、才能のある方々が多くて、次から次に歌や踊りの披露。秋田ダルクのコーラスもありました。さいたま教区からの出張フラダンスもありました。水戸黄門の体操までありました。そして当然最後は、花笠が配られて、全員で花笠音頭で締めとなりました。本間師の感謝の挨拶中には、彼の招きで司祭を目指している人が手を上げて決意を述べる一幕も。二人の候補者がおりました。なんと明るい希望のあることか。表明してくださった決意を保ち強めることができるように、お祈りしますし、皆で支えます。

もちろんいつものように、新庄教会を初めとして、フィリピン出身の方々が歌や踊りで大活躍。本当にこの方々が、山形の教会に『勢いの力』を注ぎ込んでいるように感じます。

本間神父様が次は金祝を目指して、さらに25年以上活躍されますように、お祈りしたいと思いますし、同時に、それに倣って司祭職を目指す青年が現れますように、心から祈ります。新潟教区は、神学生がゼロを更新中ですから。

本間神父様、おめでとうございます。

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2014年5月 3日 (土)

あれから10年も経ちました

2004年5月3日。折から来日中の神言会副総会長ケラー師(当時)を隣に乗せて、私は名古屋から岐阜県の多治見に向かっておりました。多治見修道院の敷地内に新しく完成した建物の竣工式を執り行うためです。そのとき私は、神言会の日本管区長でありました。

連休中ですから道路は大混雑。それを避けようと、瀬戸市方面を経由して裏から多治見へ行こうと考えましたが、それでも瀬戸市内で渋滞に遭遇。

と、その瞬間を見計らったかのように私の携帯が鳴りました。ちょうど渋滞で動く気配もなかったので、即座に応答。すると、相手は英語でしゃべっているではありませんか。しかもなにやらやたらと親しげに。こんな時に誰だろうと思いつつ『どこの誰』と尋ねると、なんと電話は教皇庁大使館からでした。新潟司教への任命のお知らせでありました。

渋滞中とはいえ車は動き出すやも知れない。隣には副総会長が乗っている。しかも英会話。しどろもどろになりながら、『あとでかけ直して良いですか』と尋ねるものの、『今すぐ回答を』と迫ってくる。それでもやっとの思いで、連休明けに電話するから待ってくれと頼むことに成功。あれから10年も経ちました。その年の5月14日に、溝部司教の高松転任と一緒に発表されました。司教叙階式に届いた教皇ヨハネパウロ二世からの任命書の日付は、なんと4月29日でした。

10年間、新潟司教としての務めを果たすことができました。多くの方のお祈りで支えられていることは間違いありません。お祈りだけでなく、実際に一緒に働いてくださっている多くの方々に感謝します。一人では何も成し遂げることのできないのですが、多くの方の助けによって様々なことに取り組んでこられました。感謝いたします。

とりわけこの数年間は、新潟教区の務めと共に、カリタスジャパン、カリタスアジア、HIV/AIDSデスク、東日本大震災復興支援など司教協議会関連の務めにも携わり、より多くの方々の力添えを頂いておりますこと、感謝いたします。

また来週、5月10日に竣工式を迎えますが、新潟の司教館建設にあたっては、教区の方々と共に、教会外の方、特に東京教会管区の各教区の皆様には大きな支援を頂きました、本当に感謝申し上げます。

これからも新潟教区のため、また教会のために、少しでの良い働きができますように、皆様のお祈りと支えを、心よりお願い申し上げます。

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