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2014年6月 1日 (日)

長岡地区信徒大会@妙高教会

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新潟県の南半分を管轄する長岡地区は、本日が信徒大会。今年で第38回目となる長岡地区信徒大会は、高田教会の巡回となっている妙高教会で開催され、100名を超える地区の信徒の方と、すべての司祭が参加しました。また今年は妙高教会が50周年を迎える節目の年でもあることから、それも含めてのお祝い的大会となりました。

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毎年、信徒大会の日は小教区での主日ミサの代わりに、地区大会のミサに参加することになっています。その代わりプログラムは、午前10時の講演に始まって、昼食をはさんで午後のミサで3時過ぎに終了という、密度の濃い内容が毎年用意されています。今年の講演は私。先般発表され、まもなく6月の半ばには日本語訳も出版される教皇フランシスコの使徒的勧告『福音の喜び』について。使徒的勧告に詰められているのは、教皇フランシスコがこれまで教皇職にあって語り続けてきた様々なテーマです。中央協から『教皇フランシスコ講話集」という文庫本が出版されています。これは主なミサの説教や謁見での説教をまとめたものですが、これを通して読むと、だいたい同じようなテーマで使徒的勧告が記されていることがわかります。それほど教皇フランシスコは伝えたいことがはっきりとしているのです。

教皇フランシスコにとっては、いつくしみ、ゆるし、癒し、福音に生きる喜びというあたりが中央を貫く柱です。教会共同体は福音を証しする存在でなくてはならないが、そのためには、まず教会共同体自体がいつくしみに満ちあふれ、裁くことなく癒しを与えゆるしを与える場でなければならない。それだからこそ教会共同体は福音に生きる喜びに満たされて、その喜びをあかししていけるのだ。弱い人、貧しい人、周辺に追いやられている人を排除してはならない。排除する経済システムは人を殺す、とまで言われています。一体私たちが造り上げている教会共同体は、いつくしみ、ゆるし、いやし、喜びに満ちあふれた存在となっているでしょうか。司祭も信徒も共にふり返ってみなければなりません。改革を恐れて、今のあり方に安住してはならないと、教皇フランシスコは呼びかけています。

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さて、講話のあとには信徒協の総会が行われ、そのまま昼食。すばらしい晴天に恵まれました。聖堂に隣接する赤倉山荘の中は言うに及ばず、外の木陰でも、皆でお弁当を分かち合う姿が見られました。妙高教会の方々が、タケノコを採ってこられ、おいしいタケノコ汁を振る舞ってくださいました。

午後は、外でミサをする予定が、夏のようなあまりの日差しの強さに急遽聖堂に変更。この聖堂は、私が司教になって初めて献堂式を行った聖堂です。2005年5月のことでした。

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聖堂では、まず松口妙高教会信徒会長が、50年の歴史を概説。そのなかで、現在の聖堂を建設するにあたって大きな力となった前高田教会主任司祭のマリオ・カンドゥッチ神父に感謝状が贈られました。妙高は聖堂もログハウス風ですばらしいのですが、隣接する赤倉山荘では掛け流しの温泉もあり、教会関係者(教区内外の)グループ活動などに積極的なご利用をお待ちしています。お問い合わせは妙高教会か高田教会まで。

その後、中高生と青年たちが、昨晩から合宿して行った分かち合いの成果を披露。青年たちは教も朝から、聖堂の前で、新庄教会支援のためのチャリティーTシャツ販売に取り組んでくださいました。そして満員の聖堂でミサをささげ、記念撮影で本日の行事は終わり。皆さんご苦労様でした。妙高教会のみなさん、本当にお疲れ様でした。

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