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2014年6月26日 (木)

東日本大震災復興支援教区担当者全国会議終了しました

火曜日に始まった第四回目の東日本大震災復興支援全国担当者会議は、本日の郡山教会における全体会議とミサで終了しました。

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二日目の昨日、私が参加した第三のグループは、さいたま教区のサポートステーションもみの木から、楢葉町の行政の方に案内を頂き、福島第二原発を越えて冨岡まで行きました。そこから先は通行証がないと、事故のあった第一原発方面へは入れないところまで。私はここに来るのは三回目だと思いますが、冨岡の駅前は、何度も触れるように、津波の後がそのままそのままです。冨岡の町は居住制限区域と帰還困難区域、避難指示解除準備区域が混在するため、帰還の準備をしているところと、道路の片方にバリケードがあってそこから先には入れないところなど、一体この先どうなるのかとしか心に浮かばない現実をあらためて目の当たりにしました。(上の写真:線量計の説明をして下さった楢葉町役場の方)

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昨日の午後には、大熊町にあった福島第一原発に一番近い教会、福島第一バプテスト教会が現在いわきに移設されていることから、その新しい教会を訪問し、佐藤牧師から、原発事故直後からいわき市に至るまでの、教会員の旅路のお話を伺いました。大変感銘するお話でした。その後第一、第二、第三のグループと全員が郡山教会で合流。郡山教会の方のお話を伺った後、交流会。(写真上:富岡駅。写真下:冨岡の街中。道路正面と、道路右側のガードレール内は立ち入りができない)

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そして本日、午前9時から郡山教会で全体会でした。福島県内各地で活動している方々八名にそれぞれの思っているところをお話し頂き、その後、これからの教会の支援に期待するところを分かち合って頂きました。昼食後は分科会。それぞれの分科会での思いは書き出して頂き、最後のミサで奉納して頂きました。

会議終了のミサは平賀司教司式。説教は幸田司教でした。参加下さった皆様、感謝します。本日うかがった様々な声を参考にしながら、司教団の復興支援の今後の活動方針を見直していきたいと思います。

ミサ後4時頃に郡山を車で出発、東北道から岩手県の北上で秋田道へ入り、夜9時前に秋田の聖体奉仕会に到着しました。

今回の全国会議で、あらためて福島の複雑な現状を肌で感じました。もちろん司教団は原発を廃止し、日本の全体の生活スタイルを見直し、私たちの生きる姿勢も見直して生きることを提唱しています。もちろん司教団は信仰箇条以外のことを教会全体に強制することはできませんから、教会内にも様々な意見があることは承知しています。原発周辺の地域に住むことや、福島県自体に住むことを危険視する声も耳にしています。様々な意見があることを承知の上で、しかしながら、原発があったことで、いま、この地に生活をしてきたすべての方々の「通常」が、様々な形で、様々な方向で、破壊されてしまった現実に、黙ってしまうわけにはいきません。いくつもの課題が重層的に絡み合っているので、感情に流されずに客観的に全体を話すことが大変難しくなっているとも感じます。

でもやはり、一番の問題は、この地に生活を営んでいたすべての人が、何らかの形でそれを奪われてしまったことであり、それを取り戻すことがはなはだ困難であることであり、そしてそのことに、この地に住む方々には全く責任がないにもかかわらず、今生きていくために、苦渋の決断と過重の責任を負わされていることが放置されてはならないという点であろうと思います。まして私たちは行政の区割りに従って「福島」の問題といいますが、人為的な県境は災害を食い止める防壁ではないのですから、あたかも問題が「福島県」の県堺の内側の問題であるように考えることは正しくありません。これは日本全体の問題です。この地に生きている人たちを日本全体から切り離すようなことがあってはなりません。私たち全体で、一緒に歩んでいかなければならないことだと、今回感じました。あまりの理不尽さに怒りすら覚えます。

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