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2014年11月26日 (水)

王であるキリスト、アジア学院、司祭評議会

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さすがにスケジュールが立て込んでいて、クララ会から戻って丸一日、風邪のためダウン。それでも土曜の夜には一応回復。

日曜日は王であるキリストの主日で、カテドラルの新潟教会のお祝いの日であり、かつ、毎年この日が司教公式訪問日となっています。隣に住んでいて、しかも自分の司教座なので、公式訪問は妙な呼び方ですが、毎年そのように呼び習わしております。

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今回は、二人の初聖体がミサ中に行われました。男女ひとりずつ。男の子は前の晩にちょっと体調を崩した模様でしたが、懸命にミサに出てきて、皆の前でしっかりと信仰を宣言し、初聖体を受けられました。お二人とも、おめでとうございます。

ミサ後には初聖体のお祝いで、信徒会館ホールにて茶話会。こどもたちが歌を披露してくれました。以前に比べれば少ないとはいえ、それでもこどもたちの声が響く教会はよいものです。

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祝日振り替えの月曜日は、栃木県の那須にある学校法人アジア学院の理事会・評議会に出かけました。磐越道と東北道を経由して、新潟の司教館から車で3時間。新幹線を利用するよりは早く到着です。元来プロテスタントの方々中心に運営されている学校ですが、アジアやアフリカの農業共同体のリーダーを養成し、有機農業を広める目的で世界から学生を集めていますので、学生の中にはカトリックの関係者も多くおります。そのつながりで、私が大部前から評議員に入っており、現在はもう一人シスターが入っておられます。

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アジア学院は東日本大震災で建物が大きくダメージを受けました。世界中から寄付が寄せられ、建物の再建が行われてきました。カリタスも、特に米国カリタスを中心に援助をしました。特に現在の食堂などがある建物は、かなりをカリタスで支援。それ以外の支援を受けて建築された、チャペルで会議は行われました。キリスト教の学校ですが、宗教にこだわらずに学生を受け入れるため、すべての宗教に開かれた施設になっているとのこと。古民家の枠組みを利用しての建物で、オイコスチャペルと名付けられています。(「オイコス」はギリシア語で家のこと)

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そして火曜日は新潟教区の司祭評議会でした。水曜の午前中まで。年に二回の総会です。明日から日曜まで、国際カリタスの会議のためにマカオへ。

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2014年11月21日 (金)

クララ会院長選挙@高田

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新潟教区の祈りの要の一つ、上越市の高田にある観想修道会クララ会で、院長選挙が行われました。クララ会は会憲で、修道院は教区司教の監督にゆだねられるか、または第一会(フランシスコ会)の上位上長の下に置かれると定められています。高田のクララ会修道院は、新潟教区司教の監督の下に置かれておりますので、3年ごとの院長選挙会の議長は、新潟司教が務めております。

昨日午後にお邪魔して、まず一時間ほど教皇フランシスコの使徒的勧告『福音の喜び』についてお話をさせていただき、その後会員の皆さんと個人面談。そして今日は朝のミサに続いて午前中に選挙会を開催しました。

高田修道院の会員は、病床にある方も含めて6名。それにノビスが一名。小さな共同体です。これまで3年間院長を務められたシスター具志堅に代わって、シスター近江が院長に選任されました。

ちょうど教会では奉献生活者の特別年が始まろうとしています。教会にとって祈りのうちに支えてくださる奉献生活者の存在は不可欠です。教皇ヨハネパウロ二世の使徒的勧告「奉献生活」にこう記されています。

「奉献生活は、教会の使命の決定的な要素として教会のまさに中心に位置づけられます。奉献生活がこれまで教会にとって助けとなり支えとなってきただけでなく、神の民の現在と将来にとって貴重な欠かすことの出来ないたまものであるということです」

そして奉献生活などというものは現代社会に合わない、人的エネルギーの無駄遣いではないのかという問いに対して、ヨハネパウロ二世はこう回答します。

「このような質問が頻繁に出されているのは、物事の重要性を、さらには人間の重要性をも、すぐに『役に立つ』かどうかで評価する傾向によるものです。教会は決して奉献生活を放棄することが出来ません。奉献生活は教会の『花嫁』としての最も奥深い本質を見事にあらわしているからです。奉献生活はその限りない寛大さと愛の故にまさに重要であり、つかの間のはかない事柄の渦の中で窒息する恐れのある世界においては、いっそう重要です。他の人々がいのちと希望を持つことが出来るために、自分のいのちを費やすことが出来る人々も必要です。(104)」

修道者は、「他の人々がいのちと希望を持つことが出来る」ようにと、自らの徹底した生き方を通じて福音の価値観を明かししています。そしてそのような存在は、活動会であれ観想会であれ、新潟教区全体の霊的な成長のために不可欠です。また毎日徹底的に祈ってくださる方々がおられるからこそ、私たちは日々の活動にいそしむことが出来るのです。

まもなく始まり2015年を通じて開催される特別年に当たり、修道者の方々のためにお祈りください。そしてその召命のためにも。もしかしたらその生活に呼ばれている人は、多くいるのかもしれません。

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2014年11月18日 (火)

オルガンコンサートのお知らせ@新潟教会

オルガンコンサートのお知らせです。11月24日(月)の午後2時から、カトリック新潟教会を会場にオルガンコンサートが開催されます。

このコンサートは「瑠璃の会」が主催し第6回目。新潟教会聖堂の歴史あるパイプオルガンを用いてのコンサートです。「瑠璃の会」は、新潟市民芸術文化会館「りゅーとぴあ」の専属オルガニストである山本真希さんを指導者に、日頃から新潟教会で練習を続けている信徒オルガニスタの集まりです。今回は5名のメンバーが、日頃鍛えた腕前を披露する予定です。

入場は無料。どうぞおいでください。

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2014年11月16日 (日)

洗礼・堅信ミサ@十日町教会

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今日の日曜日は、新潟県の十日町教会を司牧訪問。新潟の司教館から北陸自動車道と関越自動車道で川口インターまで行き、その後国道を走って、だいたい1時間40分で到着。今日は一日小雨模様の肌寒く曇ったあいにくの空模様でしたが、それでも秋らしい山の風景がそれなりに望めるドライブでした。

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10時半からのミサでは、洗礼と堅信式を行いました。十日町教会は周辺の地域にフィリピン出身の奥さんたちがたくさんおられることから、ミサに集まるのもそういった方々とこどもたち、そしてご主人たちです。ご主人たちのなかにも、すでに洗礼を受けておられる方がおられます。今日は司教が来るというので、そういった家族からのリクエストもあり、主任司祭が幼児洗礼を二人、大人の洗礼を一人、そしてその方を含めて大人の堅信を二人準備しておりました。

私たちの信仰共同体に属する条件は、もちろん信仰の有無だけが要件です。しかしながらまだ言葉を語ることのできない幼児に信仰の有無を問いただすことはできません。そこで、幼児を共同体のメンバーとして迎え、さらにその信仰に基づいて神の救いに与る洗礼の秘跡を受けさせるために、両親と代父母が代わりになって信仰を宣言します。それは単に儀式としてそうするのではなく、これからこどもたちが自分で判断できるまで、信仰を豊かに育てることを約束するのです。その約束を信頼して、幼児に洗礼を授けます。今回は二人とも母親が信徒でご主人たちはそうではありませんが、ご主人たちもしっかりと正装して、一緒に洗礼式とミサに参加して下さいました。こういったご主人たちの中から、この共同体のリーダーになるような人物が出てきております。今日堅信を受けられた一人も、そういった共同体のリーダーになるようなお父さんの一人です。

幼児洗礼はそれだけで特別なものですから、いろいろと両親や代父母に質問があったりするので、大人の洗礼などとは一緒にせずに別にして行います。そのあとに大人の洗礼と、二人の堅信を行いました。ですから今日は、盛りだくさんのなかなかに長いミサとなりました。

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ミサ後は隣接する幼稚園の一室を借りて、持ち寄りパーティーです。特にフィリピン出身の方々にとっては一番の得意な行事。久しぶりに楽しく自分の言葉で話し、お互いに持ち寄った食事を分かち合い、私もその中で楽しい一時を過ごすことができました。

私自身、ガーナで8年間「外国人」として暮らしたことがありますが、故郷の言葉や食事ほど心をいやしてくれるものはありません。文化や習慣の違いは簡単に乗り越えられるものではありませんから、ときとして日本の教会共同体の中で対立や批判を生み出すことがあると聞いたことがあります。確かに違うのは事実で、「郷に入っては郷に従え」で日本に合わせないさいと要求することはあながち間違いではありませんが、同時に私たちの側にも、落ち着いてみれば、他の文化に生きる人たちの習慣や生き方から学ぶことがたくさんあるのも事実です。落ち着いて、よく観察してみましょう。私はいつも、静かに皆さんの関係を眺めながら、他文化の方々の互いの思いやりや配慮の関係に、思わず感動させられることがしばしばあります。

互いの違いを乗り越えて、少しでも良い共同体を育てることができるように、互いの努力を怠らないようにしましょう。難しい道であろうことは否定しませんが、人生を豊かにしてくれる道であると思います。

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2014年11月14日 (金)

日韓司教交流会終了@ソウル

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第20回目となる日韓司教交流会が、ソウル教区を会場に、11月11日から13日まで開催され、日本からは16名の司教、韓国からは22名の司教と1名の大修道院長が参加しました。

2011年版のカトリックハンドブックには、その始まりについて以下のような説明があります。

「日韓司教交流会は、阪神・淡路大震災が発生した1995年に、マニラで開催された第6回アジア司教協議会連盟(FABC)総会での、当時の日本司教協議会副会長・濱尾文郎司教(のち枢機卿)と韓国司教協議会会長・李文熙(イムンヒ)大司教との出会いをきっかけにして始まった。岡田大司教によれば、総会の後に李大司教から濱尾司教のもとに1通の手紙が届いたのだという。その内容は、両国の歴史認識にかかわるものだったということを、大司教は濱尾司教から直接聞いている。

 翌1996年2月、大司教が用いた表現をそのままここに記すならば、「突如」韓国から李大司教のほか2人の司教が来日し、日本カトリック会館にて16、17日の2日間にわたり、濱尾司教、岡田浦和司教(当時)との間で懇談会が持たれた。これが日韓司教交流会の第1回目となる」

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それ以降、徐々に両国司教の参加者も増え、交互にそれぞれの国を訪問することも定着しました。韓国には軍教区も含めて16教区、日本も16教区ですから、順番に毎年教区持ち回りで行われ、20年となりました。教区数は同じでも、司教の総数では、補佐司教の多い韓国の方が圧倒的な多数です。先輩の韓国の司教方には日本語が堪能な方もおられ、またローマに留学した経験のある司教も多いので、お互いのコミュニケーションは、日本語、英語、イタリア語で行っております。日本の司教の中に、韓国語が話せる司教はおりません。また会議中では両国から通訳を準備することになっており、それぞれの司教団が自分の言葉で自由に発言できるようにしております。

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今回の交流会は、ソウル教区明洞司教座聖堂前に完成したばかりのソウル大教区庁の建物で行われました。これは10階建ての巨大な事務棟で、その前には二階建てのホールと小聖堂。地下には書店やコーヒーショップがある巨大施設です。何年も前から計画されて、このたび完成したとうかがいました。

第20回目のテーマは、「ナショナリズムを超えた福音的生き方」とし、副題として「地上の平和から福音の喜びまで」とされました。

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一日目はソウル教区のティモテオ・ユ補佐司教による、「歴代教皇の平和についての教え」という講義と質疑応答。ユ補佐司教は、今年2月に司教叙階されたばかりで52歳。ヨハネ23世の地上の平和から始まってフランシスコの福音の喜びまで、それぞれの時代の状況を背景にした教皇の平和への教えについて、簡潔に解説して下さいました。

二日目は上智大学グローバル・コンサーン研究所の中野晃一教授に、「東アジアの平和の課題と問題点について」と題して話して頂きました。もちろん様々な歴史的背景や状況の変化についての中野先生の解説は興味深かったのですが、最後に、現状をお話し下さった中で、現在の政治を取り巻く状況が、多くの人を巻き込んでの「情念(パトス)」に基づくものになっていて、「理性(ロゴス)」の側面が退行してしまっているのではないかという指摘と、その中にあって宗教者こそは、人々が「コンパッション、(思いやり)」を取り戻すために力を発揮しなくてはならないのではないかという指摘が心に残りました。

「コンパッション」の回復という指摘を聞いて、教皇ベネディクト16世の回勅『希望による救い』に記された言葉を思い出しました。

「人とともに、人のために苦しむこと。真理と正義のために苦しむこと。愛ゆえに、真の意味で愛する人となるために苦しむこと。これこそが人間であることの根本的な構成要素です。このことを放棄するなら、人は自分自身を滅ぼすことになります(39)」

その意味で、交流会が始まる前日に訪れたナヌムの家のことが心に重く残ります。いわゆる従軍慰安婦として苦難の道を歩んだ女性たちが、共同での生活を営んでいる施設です。「従軍慰安婦」という固定化したカテゴリーに当てはまるのかどうか、歴史的詳細はいかなるものかなど様々な議論が日韓両国にはあることを承知しています。またこのような過去の歴史を語るとき、いきおい自国に有利な方向へと話を進める可能性も否定できません。

しかしながら、どのようないきさつがあったにせよ、戦争があったればこそ、今目の前にいる女性たちの人生は力ずくで大きく道を変えられたことは否定できず、そしてそれは敵と味方に分かれての戦いの中ではなく、日本が他の国と戦う中で巻き込まれていったという不条理さを思うとき、彼女たちの深い悲しみに「コンパッション」を抱かずにはおられません。目の前にそういう方々がおられるときに、その心に思いをはせることができないような生き方は、神を信じるものにふさわしい生き方であるとは思えません。

神を信じるものにとって人間としての「矜持」は、この世からどのような評価を受けるかには関わりが無く、あくまでも創造主である神と自分とが対峙する中で、神の求めにどこまで応えることができたのかで決まるものです。国や民族の違いを乗り越え、同じ神に創造された人間として、互いの心の苦しみ、痛み、悲しみ、喜び、希望に、「コンパッション」を持って接し、「人のために、人と共に苦しむ」時に、私たちは神の「善し」とされる生き方を選択できるのであり、初めて自らの人間としての「矜恃」を保つことができるのではないでしょうか。

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二日目の午後には鳥頭山統一展望台に全員で出かけました。(上の写真。窓の向こう側に見える山並みは北朝鮮)イムジン川を挟んで、北朝鮮を臨むことができる場所です。その近くに教会によって設置された民族和解センターは、南北の統一が実現した場合、当然想定される事態に宗教的側面から対応することを考えて設立されています。つまり、「多元化された思想と宗教がない北朝鮮」の人たちが、韓国の多元化された現実に直面したときに起こる混乱を想定しているのです。

それにしても、三代にわたって、国民を人質に取っているかのような政策をとり続ける独裁者に支配され、いわば囚われの身にあるような北朝鮮の多くの方々のことを思うとき、この指導者が神によって回心に導かれるように祈らざるを得ません。またその中に、自らの意志に反して、囚われの身となっている日本人を始め多くの方々のおられることを思うとき、この不正義で異常な状態が一日も早く解消され、神の求める秩序の充満した世界が生み出されるように、祈らずにはおられません。狭い川を挟んで分断された国家が、このまま存続していて善いはずがありません。

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2014年11月 9日 (日)

青山教会堅信式@新潟

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ラテラン教会献堂の記念日に当たる今日の日曜日、新潟市内にある青山教会で堅信式を行いました。9時からの主日のミサの中で、3名の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。堅信の秘跡は、幼児洗礼を受けた方が中学や高校の時に受けることが多いため、何となくこれから身も心も大人になっていく信徒を対象に行っているように思い込んでいましたが、今日の青山の受堅者は三名とも成人女性。責任ある信仰者として、教会共同体の中でよりよく成長を続けて頂きたいと思います。なお主任司祭は新潟教区の坂本耕太郎神父です。

主日であるにもかかわらずお祝いするラテラン教会とは、ローマの司教である教皇様のカテドラルです。普遍教会の牧者である教皇様のカテドラルの献堂を祝うことは、私たちの教会は、あたかも支店本店の関係のように、ローマ教会の支店として存在しているのではなく、ひとりの牧者の下に一つの神の民を形成している部分なのだということを思い起こさせます。その意味で、私たちに、教会とはいったい何なのかをあらためて考えさせる祝日です。

この地上における目に見える組織としての教会は、同時に霊的な交わりとしての教会でもあり、さらには天上の教会ともつながれています。教会憲章の8項には、次のように書かれています。

「位階制度によって組織された社会とキリストの神秘体、目に見える集団と霊的共同体、地上の教会と天上の善に飾られた教会は、二つのものとして考えられるべきではなく、人間的要素と神的要素を併せ持つ複雑な一つの実在を形成している」

ですから教会共同体の有り様を、普遍教会のレベルでも部分教会のレベルでも、社会一般の価値観で定め、判断していくことは、必ずしもふさわしいことではありません。私たちは、様々な考え方や思想を持った人間ですが、同じ信仰において結ばれていることを心にとめて、自分の考えではなく神によって集められたものとして、互いの違いを乗り越えてキリストの神秘体を形作る努力をしなくてはなりません。私たちひとりひとりが教会です。教会を構成するのです。日曜日に教会という建物に来たときだけが、私たちが教会の部分になるのではなく、信仰者として生きている限り、常にどこにあっても、私たちは教会を生きていることを心にとめなければなりません。

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青山のミサ後には信徒会館で茶話会。コーラスがすばらしい歌声を披露してくれました。青山教会の皆様ありがとうございました。

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2014年11月 4日 (火)

お知らせをいくつか

今日は日記と言うよりも、お知らせをいくつか。

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1:まず、先日の司牧訪問の際に、カリタスジャパンへの献金についてのお尋ねがありました。カリタスジャパンでは大きな災害などがあった時に、全国の教会へ募金を『呼びかけ』る事があります。この『呼びかけ』は、各教区担当者を通じて小教区に通知されます。新潟教区の担当者は寺尾教会の町田正神父です。四旬節の『愛の献金』と合わせて、こういった『呼びかけ』の献金は、小教区で必ず実施していただくようにお願いしています。

それ以外に、いろいろな災害が起こった時に、全国的に小教区すべてに呼びかけることはしないけれども、個人やグループの自発的な募金を『受け付け』る事もあります。この場合、各小教区に通知が行くこともありますが、どのような形で募金をするかはそれぞれの小教区の裁量に任せられています。

こういった突発の災害のための募金とは別に、カリタスジャパンでは、国内や海外からの様々な援助要請にこたえることができるように、年間を通じていつでも、国内、または海外の支援のための意向を限定しない募金を受け付けています。これらは、報道されるような大きな災害のためではなく、農業支援プログラムや女性の教育や子どもたちの教育プログラムなど、長期にわたって継続した支援が必要なプログラムのために支出されます。そしてこちらは少々不足気味になっています。

年間を通じた募金の方法については、カリタスジャパンのホームページに詳しく解説されていますから、こちらのリンクを是非ご覧ください。多くの皆様のご理解と支援をお願いいたします。

2:11月1日から、ミサ中の奉献文(第二から第四)において、『聖ヨセフ』の名称を挿入する変更が実施されています。奉献文は司祭が唱えるところですが、聖変化のあと、聖マリアから始まって聖人や天使の名前を呼ぶ部分において、『聖ヨセフ』の名前を加えることが、2013年5月1日の教皇庁典礼秘跡省の教令で決められました。日本の教会は、どのように呼ぶかに関して典礼秘跡省の承認を得たので、それを11月1日から実施することになりました。ミサ中に司祭が、「聖マリア」に続いて「聖ヨセフ」と唱えることになっていますので、注意してお聞きください。なお第一奉献文には以前から掲載されていますが、今回の他の奉献文の変更に合わせて、第一奉献文でも『聖ヨセフ』とだけ唱えることになりました。

3:ミサ中の聖体拝領について、その方法などに関して指針が発行され、今年の11月30日(待降節第一主日)から実施されることになりました。教皇庁典礼秘跡省から6月26日付の教令をもって承認を受けています。

現行のミサでの聖体拝領にそれほど大きな変更はありませんが、『日本におけるミサ中の聖体拝領の方法に関する指針』は、これからすべての司祭や修道院に配布され、その後、中央協議会のホームページにも掲載される予定です。詳しくは、今後、主任司祭から説明がなされることになるかと思います。

4:11月の主な予定

  • 11月4日 新潟カリタス会理事会(新潟)
  • 11月5日 カリタスジャパン会議(東京)
  • 11月6日 常任司教委員会(東京)
  • 11月7日 東北地区カトリック学校教育研修会 (郡山)
  • 11月8日 オタワ愛徳修道会誓願式(仙台)
  • 11月9日 青山教会司牧訪問(新潟)
  • 11月10日~13日 日韓司教交流会(ソウル)
  • 11月16日 十日町教会司牧訪問(新潟)
  • 11月17日 月曜会ミサ
  • 11月19日 HIV/AIDSデスク会議(東京)
  • 11月20日~21日 クララ会修道院(上越)
  • 11月23日 王であるキリスト、新潟教会
  • 11月24日 アジア学院評議員会(那須)
  • 11月25日 教区顧問会、司祭評議会(新潟)
  • 11月28日~30日 国際カリタス会議(マカオ)

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2014年11月 3日 (月)

亀田教会訪問@新潟

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死者の日でもあった昨日、11月2日の日曜日。新潟市内にある亀田教会の司牧訪問でした。亀田教会と言えば、多分毎回記しているのでしょうけれど、「亀田のあられ、おせんべい」で耳に残るコマーシャルソングで昔から有名な亀田製菓がある町です。

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教会はJR亀田駅前から昔ながらの商店街を抜けたあたりの裏手、市民会館のすぐ前あたりの住宅街に隠れるように建っています。ただし、教会よりも幼稚園の方が有名だろうと想像します。

現在の主任司祭は、新潟教区司祭の山頭神父。数週間前にも登場しましたが、山頭神父は亀田と白根の主任司祭を兼任し、さらに両幼稚園の園長も兼任されています。

聖堂は2006年に改築した新しい建物で、道路から見ると珍しい形の鐘楼がすぐに目につきます。この中には本当に鐘があり、日曜のミサの開始時には電動で鐘が鳴るようになっている、はずなのですが、昨日はなぜかスイッチを押してもならない。

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それぞれの教会には、それぞれの伝統的な「やり方」があるものですから、司教の司牧訪問の時には、司教の方から「ああしろ、こうしろ」と言うことはほとんど無く、主任司祭の言いなりになって動くようにしております。亀田教会はこの死者の日に、亡くなられた信徒の方々の写真を持ち寄り、祭壇前に飾って祈りを捧げ、さらにミサ後には、聖堂前にある納骨堂で祈りを捧げることになっているとのことで、昨日はその通りにいたしました。

祭壇前に、多くの私たちの信仰の先達の写真が飾られ、教会の歴史と共同体の基礎の強さを感じながら、永遠の安息を祈りました。同時に、新潟教区のすべての死者の永遠の安息もお祈りいたしました。

死者の日に亡くなられた信仰の先達のために祈ることは、悲しみの側面であるよりも、その方々は消えてしまったわけではなく、今や永遠の生命に与っているのだという私たちの信仰における確信を新たにする日でもあります。ですからこの日は、悲しい日というよりも、永遠の生命への希望を新たにする「希望に満ちあふれた日」でもあります。

教皇フランシスコは、教会は神の愛といつくしみから人を排除するようなことをしてはならないと戒められます。私たちは、信仰における喜びと希望、特に、私たちを徹底的に愛し、自らの死と復活をもって来るべき永遠の生命を示して下さった主イエスにおける希望に満ちた信仰の喜びを、教会共同体の有様を持って世に示して行かなくてはなりません。それが証しによる福音宣教です。私たちひとりひとりの、永遠の生命に対する希望を、この死者の月に、信仰の先達を思い起こしながら新たにしていきたいと思います。

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ところで亀田教会の長年のもう一つの伝統は、皆で集まって行われる鍋パーティー。土曜日の夜には、私の56回目の誕生日祝いもかねて集まって下さった亀田の信徒の方々と、鍋パーティーでありました。亀田教会の皆さん、ありがとうございました。

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2014年11月 1日 (土)

新潟清心女子校50周年、そしてバンコクで会議

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早くも11月となってしまいましたが、10月最後の週はタイのバンコクにおりました。カリタスアジアの地域委員会のためです。地域委員会とはカリタスアジアのいわば理事会で、アジアの23の加盟カリタスを(カリタスジャパンも含めて)、南、東南、東アジアの三つの地域に分けて、それぞれから選出されたカリタスの代表者と、カリタスアジアの総裁である私とで構成する会議です。現在のメンバーは、南アジアがカリタススリランカ、東南アジアがカリタスインドネシア、東アジアがカリタス香港ですが、残念ながら香港は欠席でした。またバンコクの事務局には常勤の事務局長(現在はフィリピン出身)が、2名のタイ人スタッフと1名のカンボジア人スタッフと一緒に働いております。

この会議は年に3回から4回ほど開催され、今回は主に来年以降の活動計画や予算について、火曜と水曜の二日間、話し合いました。会議は宿舎も兼ねて事務局近くの小さなホテルで。バンコクにはこういった小さくて洒落た雰囲気の新しいホテルが増加(乱立かも)しており、複数日にわたって複数人がまとめて泊まり食事もとる形の会議のためのパッケージは、安売り競争の感があります。

カリタスアジアでは、アジア内の各カリタスの参加を得て、いくつかのプログラムを実施してきました。まず一つ目は持続可能な農業と環境保全のプログラム。それから人身売買の根絶を目指すプログラム。そして地域共同体をベースにした災害対応能力育成プログラム。最後にそれぞれのカリタスのマネージメント能力の向上です。一年を通じて、これらのプログラムのための研修会を、アジア各地で開催しています。カリタスアジア自体は実働機関ではなくて調整機関に過ぎませんが、実際の活動はそれぞれの国のカリタスによって行われています。

なお私が務めているカリタスアジアの総裁(責任者・President)は4年が任期で、総会で選挙が行われます。次の選挙は来年の3月にバンコクで行われるカリタスアジアの総会で行われ、そこで選出された総裁は、来年5月にローマで開催される国際カリタスの総会の場で承認を受けなくてはなりません。一度だけの再任が認められているので、いまのところ来年3月の選挙に出る意思表示をしているところです。

さて、バンコクでの会議を終えて、木曜日の羽田行き全日空で帰国。そのまま深夜の新潟へ戻り、翌日の金曜日は、新潟清心女子校の創立50周年記念式典でした。

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新潟教区には、カトリック学校は、幼稚園をのぞくとほんの少ししかありません。秋田の聖霊高校・短大、そして聖園短大。それから新潟の清心女子高中校のみです。50年前、新潟の地にナミュールノートルダム修道女会が開設した新潟清心の存在は、教区にとって非常に重要なものがあります。

ただ、カトリック学校は重要なのですが、残念ながら数年前に、後継者がいないことからシスター方は新潟からの撤退を決められ、学校法人も修道会の手を離れて地元の財界の方々を中心として設立された学校法人へ移行しました。それでも新しい学校法人の皆さんがカトリックの学校として続けることをお決めくださり、現在に至っております。私自身も現在、理事会に加わっております。現理事長・校長兼任の加賀田氏も、信徒ではありませんが、カトリック学校の重要性を良く理解してくださり、そのための学校作りに邁進してくださったおります。

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金曜日の記念式典は、10時からのミサで始まりました。創立50年に感謝し、この1年に亡くなった関係者のために祈りました。私が司式し、地元の寺尾教会の町田神父、宗教を教えている花園教会の高橋神父との共同司式でした。

ミサ後は式典。式典の最後には新潟ソロプチミストの皆さんによる、新潟清心のSクラブ認定式もありました。

その後、同窓生のバイオリニストと、第一期卒業生の教え子となる三味線プレーヤーによるコラボ演奏や同校ダンス部とのコラボなどのコンサート。こちらは同窓会「なでしこ会」の主催でした。

最後は夕方に、市内のホテルで祝賀会。こちらは地元の国会議員さんたちも出席され、盛大な会となりました。

今後とも新潟清心女子中学高校が、新潟にキリストの福音の光を掲げる存在としてますます輝いてくださることを願っています。50周年おめでとう。

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