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2014年11月21日 (金)

クララ会院長選挙@高田

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新潟教区の祈りの要の一つ、上越市の高田にある観想修道会クララ会で、院長選挙が行われました。クララ会は会憲で、修道院は教区司教の監督にゆだねられるか、または第一会(フランシスコ会)の上位上長の下に置かれると定められています。高田のクララ会修道院は、新潟教区司教の監督の下に置かれておりますので、3年ごとの院長選挙会の議長は、新潟司教が務めております。

昨日午後にお邪魔して、まず一時間ほど教皇フランシスコの使徒的勧告『福音の喜び』についてお話をさせていただき、その後会員の皆さんと個人面談。そして今日は朝のミサに続いて午前中に選挙会を開催しました。

高田修道院の会員は、病床にある方も含めて6名。それにノビスが一名。小さな共同体です。これまで3年間院長を務められたシスター具志堅に代わって、シスター近江が院長に選任されました。

ちょうど教会では奉献生活者の特別年が始まろうとしています。教会にとって祈りのうちに支えてくださる奉献生活者の存在は不可欠です。教皇ヨハネパウロ二世の使徒的勧告「奉献生活」にこう記されています。

「奉献生活は、教会の使命の決定的な要素として教会のまさに中心に位置づけられます。奉献生活がこれまで教会にとって助けとなり支えとなってきただけでなく、神の民の現在と将来にとって貴重な欠かすことの出来ないたまものであるということです」

そして奉献生活などというものは現代社会に合わない、人的エネルギーの無駄遣いではないのかという問いに対して、ヨハネパウロ二世はこう回答します。

「このような質問が頻繁に出されているのは、物事の重要性を、さらには人間の重要性をも、すぐに『役に立つ』かどうかで評価する傾向によるものです。教会は決して奉献生活を放棄することが出来ません。奉献生活は教会の『花嫁』としての最も奥深い本質を見事にあらわしているからです。奉献生活はその限りない寛大さと愛の故にまさに重要であり、つかの間のはかない事柄の渦の中で窒息する恐れのある世界においては、いっそう重要です。他の人々がいのちと希望を持つことが出来るために、自分のいのちを費やすことが出来る人々も必要です。(104)」

修道者は、「他の人々がいのちと希望を持つことが出来る」ようにと、自らの徹底した生き方を通じて福音の価値観を明かししています。そしてそのような存在は、活動会であれ観想会であれ、新潟教区全体の霊的な成長のために不可欠です。また毎日徹底的に祈ってくださる方々がおられるからこそ、私たちは日々の活動にいそしむことが出来るのです。

まもなく始まり2015年を通じて開催される特別年に当たり、修道者の方々のためにお祈りください。そしてその召命のためにも。もしかしたらその生活に呼ばれている人は、多くいるのかもしれません。

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