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2015年3月29日 (日)

アドリミナを終えて

Al1509
3月19日から27日まで、日本の現役司教が全員(つまり16名)参加して行われたアドリミナ訪問が終わり、聖週間に間に合うように、昨日午後には帰国しました。アドリミナのためにお祈りいただいた多くの皆様に感謝いたします。実りのある訪問であったと思います。

アドリミナは、繰り返しになりますが、各地の司教団が定期的に聖座を訪問し、教皇様に直接教区の様子をお話しすることと、聖ペトロと聖パウロのそれぞれの墓所でミサを捧げることが柱となっており、それに付随して、聖座の各省庁を訪問して情報交換を行います。

かつては5年ごとに行われていたのですが、この十数年の間に世界的規模で教区の数が増加し、それにともない司教の数も増加したことから、5年ごとは不可能となっています。前回は2007年でした。教皇様の日程調整をする国務省で長官のパロリン枢機卿と会談した際には、「これからは7年も難しくて、8年ごとになるかもしれない」とのことです。今回も前回と同様、日本の司教団は韓国司教団の次の週に設定されていました。

また教皇様のアドリミナスタイルも徐々に変化してきています。聖ヨハネパウロ2世の頃は、司教の個別面談に加え、一緒に昼食に招かれ、さらに一緒に教皇個人聖堂でミサを捧げ、最後に全員でもう一度面談だったそうです。それがベネディクト16世の時には、個別面談と全員の面談に変更。さらに教皇フランシスコはこれを簡略化して、グループでの司教団との面談のみに変更しました。人数が多いところは教会管区ごとに分かれて面談のようですが、日本のように全部で16名の小さな司教団では、一度に全員と面談するスタイルと変更になりました。

またそのグループ面談の内容も大きく変更され、いわゆるフォーマルなメッセージの交換は文書の提出のみに変更。その分冒頭から、時間をいっぱいに使って、教皇様からの質問に司教が答えて自由に発言するというスタイルになっていました。事前に他の司教団からそのスタイル変更の情報は伝え聞いていたのですが、ここまでフォーマルなものがなくなっているとは思いませんでした。ですから新聞などに載っている教皇様のメッセージも、実はその場では読まれることなく、印刷されたものが手渡されただけでした。すでに記しましたが、教皇様の質問のテーマは多岐に渡っていました。その内容の一部分は、すでに他の司教様から一般紙の取材に応える形で伝えられていますし、また日本語だけではなく英語紙でも同様の報道がなされています。教皇様の暖かさと懐の深さを感じることが出来る面談でした。

さて今般のアドリミナを全体的にどう評価するかを記しておきます。教皇様との面談は、非常にフランクな意見交換の場となり、感謝しています。それ以外の省庁訪問は、私が出かけたところだけの印象ですが(数が多いので、すべてに全員が出かけたのではなく、委員会などの担当と関連する部署を手分けして訪問。ただ典礼秘跡省、福音宣教省、国務省、列聖省は基本的に全員参加)、どこの省庁も現教皇様の意向をくんで、バチカンは地方教会に命令をするところではなく、教皇様のペトロの後継者としての使徒職を助け、普遍教会への手助けのためにあるのだと強調されたことが、非常に印象深く感じられました。

すでにこれも記したことですが、教皇様との面談においても、教皇様ご自身がこの点を強調し、補完性の原理を強調されました。聖座は普遍教会としての一致の大きな枠組みを守る役割を果たし、その枠組みの中にある限り、各地方教会はそれぞれ判断をするようにという点です。これは教皇様から典礼に関する質問があったときの意見交換の中で、教皇様が特に強調されたことでした。

ですから、各省庁で訪問においても、前回と比較してもよりよく、日本の教会の現状について耳を傾けていただいたと感じます。同時に、日本というよりもアジアの教会についての現状認識はそれほど深くはなく、原理原則を繰り返されるシーンも随所で見られました。しかし、確かに現教皇様になってから、バチカンの各省庁はそのあり方を変えていこうとしている雰囲気に満ちていることだけは明確に感じられました。

私にとっては、一部の例外を除いて、教皇様を始め多くのところでイタリア語が優先して使われたので、どうしても通訳の方々を介してのコミュニケーションになる分、教皇様もそうですが相手が本当に言いたいところは何なのかが、今ひとつつかみきれなかったと感じています。私に関係している国際カリタス本部や開発援助促進評議会では英語で問題ないのですが、今回の訪問で英語が一番使われたのは、次官が英国人である典礼秘跡省でありました。

いずれにしろ、7年ぶりでしたが、司教団が全員一緒に同じところに泊まり、食事を一緒にしながら10日間ほどを過ごしたことも貴重でしたし、また教皇様を始め聖座の各省庁で意見交換の機会をいただいたこのアドリミナは、司教団にとっては恵みの時でありました。その恵みが、私たち司教団を通じて日本の教会にも反映されるように、努力を続けたいと思います。

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