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2015年4月 4日 (土)

聖金曜日@新潟教会

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昨日は聖金曜日でした。この日にはミサが行われません。厳密に言えば、聖土曜日の夜に行われる復活徹夜祭は、日没後なので翌日の典礼ですから、聖土曜日にもミサはありませんが、感覚的には1年で一度だけミサのない日が聖金曜日です。午後3時からは、十字架の道行きが行われ、多くの方が参加してくださいました。そして夜7時からは主の受難を黙想する聖式です。

新潟教会では、聖週間の典礼の中で、聖金曜日だけは主任司祭に司式をお願いしてきました。昨晩は主任司祭のラウル師が司式。助任のナジ師が一緒に執り行い、私は会衆席から参加いたしました。

典礼は前日の主の晩餐のミサの終わりから引き続き、すべての装飾が取り払われた祭壇で始まります。最初の挨拶の言葉もなく、司祭は床にひれ伏してしばらく祈り、招きの言葉(祈りましょう)も言わずに、集会祈願を唱えます。

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その後、旧約と新約の朗読があり、ヨハネの福音による主の受難が三名で朗読されます。いつ頃からなのかは記憶がないのですが、十数年前から、会衆も声を合わせて朗読に参加することになり、例えば『十字架につけろ』などと声を出します。何となく心に重くのしかかるかけ声です。そう叫びながら、歴史の過去の瞬間でなく、いまの私自身の生活の至らない点が、まさしく主を十字架につけているのだと思い知らされます。完璧ではない私たちの犯す様々な罪は、まさしく主を十字架につけよと叫ぶ声なのです。

説教の後に、盛式共同祈願が行われます。普段の共同祈願と異なり、招きの言葉の後に、司祭がそれぞれの祈願を唱え、皆でアーメンとこたえます。

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引き続いて十字架の崇敬式。『見よ、キリストの十字架、世の救い」は、復活徹夜祭の『キリストの光』と同様、三回繰り返しますが、歌う場合そのたびに音程が一度ずつ上がっていきます。これがなかなか難しい。特に以前は、完全に鳴り物禁止だったので、最初の音を高くしすぎると、三回目が高すぎて歌えないなんてこともありました。近頃はオルガンで音出しをするようになったところも多いと思います。昨日の新潟教会もそうでしたが、十字架をもったナジ師は、緊張のためかオルガンよりもかなり低く歌い始め、『ともにあがめたたえよう』を歌って答える音程がメロメロになっておりました。

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その後全員が列に並んで十字架の崇敬。これも以前は、十字架の前に到達するまで三回お辞儀をすることが慣例でした。昔、私が子供の頃は、侍者二人で跪き、十字架を支えて、皆さんの礼拝が終わるのを待っていたものですが、人数が多いと膝は痛い、寒い、ついでに身を乗り出して接吻する方も結構おられたので、この侍者担当はなかなか苦行でした。

そして最後は聖体拝領。拝領祈願をもって、再び挨拶も祝福も何もなしで、静かに聖金曜日の典礼は幕を閉じます。

今夜はまた7時から、新潟教会で復活徹夜祭。洗礼式も予定されています。教区内の諸教会でも、今夜、または明日、洗礼式が行われることでしょう。新しく洗礼を受けられ、共同体の一員となられる皆さん、おめでとうございます。これからの信仰生活のために、神様からの祝福を祈ります。

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