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2015年6月30日 (火)

大館教会で堅信式@秋田

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秋田地区の北の端、そして新潟教区の北の端に位置するのは大館教会と鹿角教会です。6月27日の大館幼稚園新園舎竣工式につづいて、6月28日の日曜日には、大館教会で主日ミサを捧げました。久しぶりの司教訪問だと言うことで、鹿角教会の信徒の方々も参加してくださり、聖堂は40名ほどの方でいっぱいになりました。

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ミサ中には、男性信徒おひとりが堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。ミサは主任の岡崎師と助任のクジュール師との共同司式。岡崎師は主に鹿角を担当されているので、クジュール師は大館で、小教区と幼稚園の両方の運営に主にあたっています。幼稚園はこの数年間で大きな制度の変化がありますが、日本人でも困惑するほどの様々な書類の提出が求められる中、クジュール師はよく学んで取り組んでおられました。

ミサ後には新しく出来たばかりの幼稚園の一室で、全員で昼食のお弁当をいただきました。大館ですからもちろん名物の鶏めし弁当。(下の写真、右側が聖堂入り口。正面奥は新しい幼稚園園舎の玄関口)

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ちょうどこの日曜日は、6月18日に発表された教皇フランシスコの回勅「ラウダト・シ」に関して、国際カリタスなどの環境問題を専門に取り上げてきた部門が主導して、ローマで教皇様に感謝するイベントが行われたと聞いています。わたしもこの日は説教の中で、この回勅の持つ意味を少し話させていただきました。

ちょうど第1朗読には、「生かすためにこそ神は万物をお造りになった。世にある造られた物は価値がある」という知恵の書の箇所がありました。さらに福音は「タリタ・クム」のお話で、生命を司るのは人間ではなくて神であることを明確にする箇所でした。

回勅においても教皇様は、人間はこの世を支配するものではなく、被造物の管理者であることを強調し、神から与えられた責任を果たすようにと、人類のおごりを戒めておられます。教会の文書をしっかりと読み解くためには、そこで使われる言葉が、時として信仰と教えに基づいた独特の意味を持って語られていることがあり、かならずしもいわゆる「世俗」の政治や経済的な意味とは異なっていることがある点に留意する必要があると思います。そうしないと、今回の回勅にしても、現実離れした話だとして頭から否定して、その倫理的な呼びかけに気がつかない可能性すらあるからです。

さて昨日から東日本大震災復興支援の全国会議が行われています。初日と二日目はいくつかのコースに分かれて現地視察。明日の水曜日は仙台で全体会議と、午後から派遣のミサが予定されています。

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2015年6月27日 (土)

全国カトリック学校校長会と幼稚園竣工式@会津と大館

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25日と26日、木曜と金曜は福島県の会津若松で、全国のカトリック小中高校の校長と教頭研修会が開催され、100名を超える校長・教頭が全国から集まりました。第24回目となるこの研修会は、テーマを「いのちと向き合うカトリック学校」として、東日本大震災から四年を経過した福島の地でその体験を学ぼうと企画。東北ブロックが担当でしたが、主に会津若松ザベリオ学園の先生方が中心となって準備をされました。

カトリック学校の東北ブロックとは、仙台教区と新潟教区全体のことです。東北6県(青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島)に新潟県が加わっています。したがって東北ブロック関連のカトリック学校の催しには、常々、新潟教区と仙台教区の司教が参加することになっています。今回もテーマが東日本大震災ですから、仙台教区の平賀司教が初日に基調講演を行うことになっておりました。ところが先日来、平賀司教様は仙台で療養中。急遽、私に講演担当が回ってきました。仙台教区サポートセンター広報の助力もあり、何とか数日で、復興支援に関するパワーポイントを用意することができ、無事に1時間半を話し終えました。

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二日目には、震災直後から会津若松に役場を移し、全町避難を続けている双葉郡大熊町の渡辺町長が、「原子力災害を体験して」の題で講演して下さいました。避難生活が続く中で、住民の方の様々な思いや苦悩に直面して、必死に町の立て直しを図る町長の努力がよく伝わってくるお話でした。

原発事故後の福島に住むべきなのかどうなのか、様々な意見がありますし、学者や専門家といわれる方々の間にも大きな意見の相違が見られます。教会としては、どちらかの立場を積極的にとることはしませんが、そういう意見の相違と、あるときにはそれに基づく世論の対立の中で翻弄され続けている地元の方々に寄り添っていくことを第一としたいと考えています。故郷から、言ってみればある日突然「追い出されてしまった」人たちの、故郷への思い。人生の長さと復興の進行具合を見比べて、そこに希望を見いだすことができない高齢の被災者の方々。こどもたちの健康のことを考えて自主避難を続ける母親の思い。その一つ一つの良し悪しを判断するのではなく、その思いに寄り添う立場をとっていきたいと思います。

校長研修会は午後のミサで終了。参加した校長の中に、司祭は二人のみでした。ミサ後、午後2時過ぎに会津若松を車で出発。磐越道を郡山へ向かい、そのまま東北道に入り、福島、仙台、盛岡を経由して、小坂インターチェンジまで。そこから数キロの山道を走り、大館に到着したのは出発から6時間後の夜8時過ぎでした。

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そして今日、土曜日。東北はやっと梅雨入りしましたので、朝からの雨模様の中、大館カトリック幼稚園で新しい園舎の竣工式。大館カトリック幼稚園にはこひつじ保育園が併設され、来年度には認定こども園になる予定です。

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園長は大館と鹿角の主任司祭である岡崎神父。私が南山大学の学生時代に、神学科の聖書学の先生でした。そして副園長は助任司祭のクジュール神父。どちらも神言会員です。

大館市長さんからのメッセージもあり、また祝賀会には市役所の福祉部子ども課の課長さんも参加して下さいました。秋田地区の神言会員は全員集合。引退している元の主任司祭であったオズワルド・ミュラー神父も参加されました。

明日は大館教会で主日ミサを捧げ、新潟へ戻ります。

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2015年6月22日 (月)

新しい回勅発表@教皇フランシスコ

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教皇フランシスコの回勅、「Laudato si(あなたを称えます)」が、予定通り6月18日に発表されました。同日には英語版も発表されたので、何とか一度だけ、全体に目を通しました。詳細に読み込んではいませんし、日本語訳もできあがるのはかなり先の話になりそうなので、細かなコメントは出来ませんが、感じたことを数点記しておきたいと思います。なお、バチカンラジオの公式ページに、日本語で概況が記されていますので、リンクからご参照ください。

今回の回勅は、すでにだいぶ前から『環境問題』について教会の立場を明らかにする文書となることが情報として流れていました。最初の原案を作成したのはタクソン枢機卿を議長とする教皇庁正義と平和評議会です。タクソン枢機卿はすでに1年近く前に原案を教皇様に渡したと言われていたので、それから教皇様はかなりじっくりと時間をかけて、ご自分の考えるところによって加筆訂正をされた模様です。

ご存じのように環境問題の中でも『温暖化』に関しては、世界には様々な立場があり、激しい議論がありました。一時は国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が主張する地球温暖化の原因が人類の活動にあるとする結論を、激しく批判する勢力がありました。現在ではおおむね、温暖化の原因が人類の活動にあるとする考えが定着していますが、議論は収束したわけではありませんし、その対策についても意見は一致していません。温暖化への対策は世界の経済活動にネガティブな影響を与えるとして、温暖化対策に対して激しく批判する方々は少なくなく、とりわけ個人の自由を重んじる立場を『保守』とする米国などでは、個人の自由への介入だとして回勅の発表前から、すでに激しく批判する声が一部の立場の方々から聞かれてもいました。

それに対して教皇フランシスコは、はっきりと教会の考えを回勅に記されました。回勅の23番で、「確かに(気候温暖化には)様々な理由も考えられるが、しかしいくつかの科学的研究はこの数十年間の温暖化の主な理由は人類の活動の結果として放出された温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、窒素酸化物など)の莫大な蓄積によるものです」と指摘しています。

その上で同じ23番で教皇フランシスコは、「人類は生活や生産、そして消費のスタイルを変える必要に気がつかなければなりません」と呼びかけます。

さらにはこういった気候変動が引き起こす問題は、特に貧しい国に住む貧しい人たちを直撃しているとして、効果的な対策をとろうとしていない国際社会に警告を発しておられます。この、現代社会におけるライフスタイルや経済システムの変革は、『福音の喜び』でも指摘されていましたが、今回の回勅では、主要な課題としてこれに真摯に取り組むように呼びかけています。

回勅の最初の部分は環境に関する問題の現状分析ですが、この部分は全体の中では思いの外少なく、大部分は神学的な考察にあてられています。そのなかで、人間の他の被造物への責任の問題と将来の世代への責任の問題は重要な位置を占めています。

神が良いものとして創造されたすべての被造物を、人間は自由に治めることが出来るのだが、それは無制限に勝手気ままにすることが赦されているのではなく、責任を持って管理する責任を委託されているのだ(stewardship)と指摘されます。人間は全世界の主人ではないのです。その上で66番に次のように記されています(バチカン放送訳)

「これらの物語は、人間存在が緊密に結ばれた3つの根本的関わりにその基礎を置いていることを分からせてくれます。それは、神との関わり、人間同士の関わり、そして地球との関わりです。聖書によれば、この重要な3つの関わりは、外部だけでなく、わたしたちの内部でも壊されました。この破壊こそが罪なのです」

さらに教皇フランシスコは、178番で『福音の喜び』でも指摘された「時間は空間に勝る」という原則をあらためて指摘し、政治や経済界は短期の発展のことばかり考えて結果を出そうと行動するが、人類は次の世代にもこの地球を良いものとして手渡す責務があるのだから、長期的な視点に立って環境問題に取り組むことこそが真の発展につながるのだと指摘されています。

人間が短期的な反映を求めて資源を浪費し、環境を破壊している現実を直視し、良い管理者としての責任と将来の世代への責任に反するような環境へ負荷を与える活動をとらないようにと警告されています。ですからこの回勅は、まさしくいまの生活を守り、出来ればさらに発展させたいと願う、思いやりの範囲の非常に狭いいまの日本に生きる私たちへの強い警告となっていると感じました。

最後に、全体を通じて、教皇様の視点はいつものように苦しんでいる人、忘れ去られた人と共にあります。しかしそれ以上にこの回勅では、教皇様はいわゆる途上国の視点から書いておられるのを感じ取ることが出来ます。ヨーロッパを含む先進国の立場からではなく、途上国の立場から語りかける教皇回勅は、初めてのことではないでしょうか。教皇フランシスコの姿勢が、さらに明確になる回勅です。

カトリック中央協議会出版部では、日本語への翻訳と出版を急ぐ予定だと先日の司教総会の折に報告がありましたが、時間がかかります。重要な文書ですから一日も早くとは思いますが、同時に重要だからこそ翻訳は正確を期さなくてはなりません。残念ながら即座に日本語訳とはなりませんが、どうぞお待ちください。そしてこの回勅には、特に先進国と言われる国で生活している私たちにとって、非常に挑戦的な課題が満載であることだけは、どうぞ心に留められますように。

写真は、昨日の日曜日、新潟教会の主日ミサ後に行われた、福島やさい畑による東日本大震災復興支援のチャリティー販売会の模様です。

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2015年6月17日 (水)

司教総会開催中@東京

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日本カトリック司教協議会は、月曜日の午後から金曜日までの予定で、定例の司教総会を開催中です。司教総会には現役の司教全員が参加しますが、今回は病気療養中の平賀司教は欠席で代理に司教総代理の小野寺神父が参加。また教区司教座が空位となっている広島は教区管理者の肥塚神父が参加。先週の土曜日には野村司教が引退。さいたま教区は空位ですから東京の岡田大司教が管理者。というわけで、司教が14名と司祭が二名、さらに男女の修道会の代表が4名オブザーバーとして参加して開催されています。松浦司教は、名古屋の教区司教としては初めての参加です。

今回は提案された議題が少なかったこともあり、三日目の今日は一日かけて典礼の勉強会。四日目は半日を原子力発電に関する神学的考察の勉強会とすることになっています。

司教団が聖霊に導かれて神の導きをしっかりと識別し、神の望まれる道を歩んでいくことができるように、どうかお祈り下さい。

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総会中の日課は、朝7時から全員で一緒にミサ。その後、朝食を経て9時半から会議。12時から昼食。午後は2時から5時まで会議。その合間にも、たとえば社会司教委員会や各教会管区の会議など、様々な会議が行われます。

今朝は私がミサの当番でした。今日のミサでは、先日、出張先のブラジルで急逝されたイエスのカリタス会総会長Sr.志村百合子の永遠の安息のために、司教全員で祈りました。イエスのカリタス会では、今日の午前中、追悼ミサを行うと伺っております。修道会のためだけではなく、日本の教会のためにも奉仕して下さったシスターに感謝したいと思います。

なお、教皇様の新しい回勅は、明日、6月18日に発表されることになりました。環境問題に関する回勅です。英語版は同時に発表されることになるので、即座に読んでみたいと思いますが、日本語への翻訳もなるべく早く行われるよう手配されると期待しています。12月には社会司教委員会の主催で、司教のためにこの新しい回勅についての勉強会を開催することも決定しています。

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2015年6月14日 (日)

講演と堅信式@京都、そして秋田土崎

昨日の土曜日は、名古屋教区の新しい教区司教として任命された松浦悟郎司教の着座式でした。多くの方が布池教会に参集し、これまで長きにわたり教区司教を務められた野村司教に感謝し、そして松浦司教を迎えたとのこと。残念ながら、わたしは参加できませんでした。

というのも、以前から引き受けていた講演会が予定されていたためです。場所は京都。着座式が午後2時以降であれば間に合ったと思いますが、お昼まで京都のノートルダム学院小学校で、父母の会の方々を対象に講演会をしておりました。

ノートルダム学院小学校には、わたしの大学時代の後輩が教員を務めており、以前名古屋に住んでいた頃に、小学6年生の夏の合宿で、何度かお話をさせていただいたことがありました。その上の、ノートルダム女学院高校では、7年間、高校一年生の修養会でお話をさせていただいておりました。

依頼された題目は、「世界へ飛び立つために」。国際化社会と言われながら、国内指向が強まり、海外への挑戦が消極的になっている現状に対して、どのように取り組んだら良いのか、カリタスジャパンでの海外援助の体験から話してほしいとの依頼でした。

カリタスジャパンの海外支援が、実は海外とか国内とかという国境とは関係なく行われること。それは教会の普遍性に基づいていること。「互いに助けるもの」として、また「神の似姿」として創造された私たちは、当然世界的な規模で助け合い尊重しあう必要があること。この教会の信仰に基づいた人間理解に、カリタスの活動は根ざしています。そしてそれこそが、カリタスの活動が一般のNGOと異なっているところです。そんなお話を事例と写真を交えながら、お話しさせていただきました。

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そのまま午後の飛行機を伊丹から羽田で乗り継ぎ、秋田へ移動。そして今日は、聖体奉仕会でまず主日のミサを捧げた後に、秋田市内の土崎教会を訪問し、堅信式を行いました。

土崎教会は神言会の飯野耕太郎神父が主任司祭。秋田教会に比べれば小さな共同体ですが、それでも50人ほどの方がミサに参加されました。堅信を受けられたのは6名の方。おめでとうございます。

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昨日のノートルダム小学校での話に加えて、次のようなことを話しました。実はカリタスの活動にはもう一つの重要な側面があります。それは福音のあかし、つまり福音宣教です。これは決して、愛の奉仕の業を通じて信徒を増やそうと言うことではありません。それはベネディクト16世の「神は愛」のなかでも、避けなければならないこととして記されています。

その同じ「神は愛」には、教会の本質的要素として、福音のあかし(宣教)、秘跡を祝う(典礼と祈り)、愛の奉仕の三つが掲げられており、それらは互いを前提として成り立っているとも記されています。つまり福音のあかしなしに愛の奉仕はあり得ないし、愛の奉仕なしに秘跡を祝うことも考えられないと、ベネディクト16世は教えています。従って、教会にとって愛の奉仕の業は福音のあかしと祈りと、切り離して考えることは出来ません。

私たちは愛の奉仕を福音宣教につながるわざとして行うのですが、それは今日の福音にあったように、種まきに過ぎないのであって、そこから何を育てるのかは神のみ手の中にあることです。宣教の業は神ご自身が行うことであって、私たち人間は、小さな働きをもって種まきをしてそれに協力するのです。協力すると言うよりも、種がまかれなければ樹木は育ちようがないので、非常に重要な一歩です。重要だけれども、人間の知恵で結果を生み出すことではないので、その後は神のみ手の中にあるのです。小さな奉仕の業を通じて、大きな救いの業に通じる種まきをしていきたいと思います。

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ミサ後は信徒会館で茶話会。すばらしい仮装(というのだと思いますが、衣装かも)で、歌の披露や、子どもたちの絵芝居もあり、楽しいひとときを過ごしました。

明日から金曜日まで、定例の司教総会が開催されます。1年に2回、すべての司教が顔を合わせて様々な課題について話し合う貴重な機会です。どうぞ、司教たちのためにお祈りくださいますように。

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2015年6月11日 (木)

毎年恒例、秋田の聖母への巡礼@聖体奉仕会

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信仰年の時に、世界の10カ所の聖母マリア巡礼所を衛星中継で結んでの祈りの集いが、ローマ教区によって主宰され、その一つに選ばれたことから、徐々に「秋田の聖母」という名称も定着しつつあると感じていますが、その聖体奉仕会へ、毎年この時期に、新潟のロザリオのグループの一つである「月曜会」は、一泊巡礼を行ってきました。

今年の巡礼は、6月9日と10日。わたしは日曜日の主日ミサの後、月曜日に能代教会に併設されるカトリック認定こども園の子どもたちのすばらしい歌声による出迎えを受けてから秋田へ移動。一足先に聖体奉仕会に到着して、新潟からの巡礼団を待ちました。

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今回の巡礼団は日帰りの参加者も含めて19名。(日帰りとは、朝8時半頃に新潟を出る特急で12時半頃に秋田到着。その後祈りとミサを終え、午後4時半頃の特急で秋田を出発。夜8時過ぎに新潟へ到着。新潟と秋田は、一日3本の特急でしか結ばれていません)また9日には、秋田教会のホー神父も同行して、秋田のグループも合流。一緒に午後2時からミサを捧げ、その後一時間ほど分かち合いをしました。(写真は、新潟と秋田、両方の参加者一同)

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二日目は朝6時から朝の祈りと聖体礼拝。7時からミサ。その後9時過ぎに外へ出て、ちょうど曇り空でしたが、子羊の苑で十字架の道行き。子羊の苑は、地元の新聞やテレビでも紹介されていましたが、一面黄色の花畑になっています。ブタナというタンポポのような花が咲き誇り、すばらしい光景。しかもこれは昼間だけで、夕方には花が閉じてしまう。いまが見頃です。

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巡礼もそうですし、聖母への祈りもそうですが、私たちの生活には「避難所」が必要です。世の様々な喧噪から逃れ、心の悩み苦しみを持ち寄りながら、聖なる場所で癒やしをいただく。その特別な「時」が巡礼です。(なお、わたしが「時」と、カギ括弧で書くときは、コヘレトノ言葉3章の「時」のことです)

しかしながら私たちの信仰は、その避難所にいつまでも留まっていたり、避難所に隠れ込んでしまうことをよしとしません。そこで力を得たら、私たちは現実に再び出向いていくのです。それは教皇フランシスコが「出向いていく教会」という言葉を使って、「安楽の場所から出ていくこと」を教会に求めている、まさしくその姿勢です。聖なる祈りは決して現実からの逃避ではなく、現実へと立ち向かうためのリチャージの場でなければなりません。

すばらしく晴れた午後、美しい海岸線を眺めながら、お昼過ぎの特急で新潟へ戻ってきました。

なおこの秋田の聖体奉仕会では、今年の9月14日と15日に、秋田の聖母の日と題した祈りの集いを開催します。プログラムの詳細は聖体奉仕会にお尋ねください。またそれにあせて、横浜の信徒の方が経営する旅行会社「パラダイス」では、4日間の巡礼を企画しています。

9月14日と15日は聖体奉仕会の集いに参加。その後、わたしの生まれ故郷でもある岩手県に向かい、16日と17日は震災の被災地で祈り、また大籠のキリシタン殉教地も訪れます。9月16日の午前中には、宮古教会を訪問できればと思っていますが、もちろんわたしも同行します。興味のある方、パラダイスの村上までお問い合わせください。電話は、045-580-0023、ファックスは045-580-0024です。

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2015年6月 8日 (月)

能代教会訪問と堅信式@秋田県能代教会

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キリストの聖体の主日、秋田県の北部にある能代市のカトリック能代教会を司牧訪問し、主日のミサを共にすると共に、ひとりの方の堅信式も行いました。土曜日の昼過ぎに新潟の司教館を車で出発。5時間半ほどの、長いドライブでした。

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能代教会を含め秋田県内の教会は、すべて神言会が司牧担当。能代教会は神言会のフェリクス・ロボ神父(インド出身)が主任司祭を務めています。また教会には幼稚園が併設されており、今年度からは幼保連携型認定こども園「能代カトリックこども園」として運営されています。これもロボ神父が園長を兼任。(上の写真右がロボ神父)

数年まえ、先々代の主任司祭、同じく神言会のミュラー神父の時に、東北の小都市にある教会の厳しい現実を教えられました。当時ミサの準備をしていると、香部屋でミュラー神父が、この日はたくさんの信徒が来ていると話してくれたのですが、実際に聖堂にいたのは10名ほど。そんな厳しい状況の中で長年宣教に努めてこられた大先輩宣教師の働きに本当に頭が下がりました。それ以来、様々なところでこの日の話をします。日本の東北での宣教の厳しさを伝えるだけではなく、教会内部で同じ「小教区」という言葉を使っていても、置かれた状況によってその実態が全く異なっていることを忘れて、同じ名称の共同体だからと同じように取り扱うことはできないだろうというような話です。教会に限らず、同じ単語を使っていながら、その実その中身が異なっていると言うことはしばしばあることです。

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昨日のミサには、こどもたちを含めて18人ほどが参加。ひとりの方が堅信の秘跡を受けられました。こどもの声が響く教会は、未来への希望を感じさせてくれます。少ない人数でも、主任司祭ロボ神父の率先垂範で、大きな声で聖歌を歌うミサでした。ミサ後にはホールで、参加者全員が一緒にお昼のお弁当を頂きました。

その昔、私がガーナで主任司祭をしていた当時は、毎年のキリストの聖体の主日には村を一周する聖体行列をしていました。聖体を安置した顕示台を、船のような形の台に据え、信徒の長老がそれを担ぎ、侍者を先頭に聖堂から行列。これはガーナのチーフを乗せて運ぶ台座を模したものでした。村の中に4カ所ほどのステーションを設置し、そこで祈りを捧げ、聖体で祝福をして回りました。カトリックを始めキリスト者の多い村でしたのでできたことですが、ついて回るこどもたちはお祭り騒ぎだったことを覚えています。

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ミサにおいて御聖体を拝領することは私たちの信仰生活においてもちろん大切ですが、同時に顕示された御聖体を前にして祈り、黙想することも重要な意味を持っています。それは、単に聖なる存在を礼拝すると言うだけではなく、御聖体を通じて主イエスご自身が常に私たちと共にいて下さるように定められた、主のこころに直接触れることができるからです。あの最後の晩餐の時、その後に起きる出来事を知るよしもない弟子たちは、自分たちの思いばかりを語り合っています。その中にあって、まもなくその弟子たちを離れていくことを熟知しておられた主は、愛する弟子たちと常にともにいることを、感覚としてではなく現実として弟子たちが知ることができるようにと、聖体の秘跡を制定されました。それは弟子たちを通じて、自らが創造された人間すべてへの限りない神の愛を、具体的な形で私たちに伝える、目に見える愛の形です。御聖体を礼拝するたび毎に、主のこの限りない愛に包まれ、その思いに触れ、神が望まれる生き方をすることができるように、ともに歩まれる主に導きを願います。私たちを創造され、私たちを生かして下さる神は、私たち人間がこの地上にどのような現実を生み出すことを望んでおられるのか、あらためて考えてみたいと思います。なぜならこの地上は、捨て去ってできるだけ早く離れ去るべき良くないものではなく、神ご自身が良いものとして創造された存在だからです。

今日の月曜日は、日曜日にはお会いすることが叶わない、認定こども園のこどもたちを訪問することで始めました。全員で私を迎えて下さり、元気に歌を唄い歓迎してくれました。感謝。

その後1時間ほどのドライブで能代から秋田へ。聖体奉仕会に到着。明日と明後日は、新潟から主に月曜会のメンバーを中心とした巡礼団が、毎年恒例の秋田のマリア様の前で共に祈る巡礼のために聖体奉仕会にやってきますので、合流します。明日火曜日は、午後2時頃から、聖体奉仕会聖堂でミサを捧げる予定です。

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2015年6月 2日 (火)

新潟教区司祭の集い@胎内

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毎年恒例の、新潟教区司祭の集いが、月曜から水曜まで、新潟県の胎内市で開催されています。

司祭の集いは、新潟教区内、秋田地区、山形地区、新発田地区、新潟地区、長岡地区で働いている司祭全員を対象に、毎年この時期に開催している研修会です。新潟県内では隔年開催。それ以外の年は、順番に秋田県と山形県で開催してきました。一番南の端の糸魚川教会から北の端の大館教会まで、仮に自動車で移動すると、優に7時間はかかります。そういう教区ですから、司祭全員が一緒に集まることはなかなか容易ではありません。ですので、年に一度こうやって全員が集まる機会は貴重だと思います。一緒に集まって朝晩の祈りを共にし、一緒にミサを捧げ、食事を共にし、そして学びの時を共にする。司祭共同体を豊かにする一時となることを願っています。

今年は、新しい福音宣教についてあらためて学ぼうと、オリエンス宗教研究所で月刊誌「福音宣教」の編集長を務めておられる鈴木隆氏を講師に招き、みっちりとお話をして頂いています。鈴木さんは本職として葬儀屋さんもされていますが、その体験からみた福音宣教についても、示唆に富むお話を頂きました。司祭の集いは明日の昼前に終了します。

6月になりました。6月12日はイエスのみ心の祝日ですが、そのこともあって6月はイエスのみ心の月といわれています。自らが創造された人間への限りない愛を、その燃える心を持って示されたイエスは、私たちにその愛に倣って互いに愛し、ゆるし、受け入れ、支え合う関係を築きあげるよう、その愛を黙想するように招かれています。詳しくは中央協のこのページを参照下さい。

6月の主要な予定を記しておきます。

  • 6月1日~3日 新潟教区司祭の集い(新潟)
  • 6月4日 常任司教委員会・神学院常任委員会 (東京)
  • 6月5日 カリタスジャパン委員会 (東京)
  • 6月7日 能代教会ミサ (秋田県能代)
  • 6月9日~10日 月曜会、秋田聖体奉仕会巡礼 (秋田・聖体奉仕会)
  • 6月13日 ノートルダム小学校父母の会講演 (京都)
  • 6月14日 土崎教会ミサ (秋田)
  • 6月15日~19日 定例司教総会 (東京)
  • 6月25日~26日 全国カトリック小中高校長会総会 (会津)
  • 6月27日 大館教会幼稚園竣工式 (秋田県大館)
  • 6月28日 大館教会ミサ (秋田県大館)
  • 6月29日~7月1日 東日本大震災復興支援全国会議 (仙台)

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