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2015年6月30日 (火)

大館教会で堅信式@秋田

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秋田地区の北の端、そして新潟教区の北の端に位置するのは大館教会と鹿角教会です。6月27日の大館幼稚園新園舎竣工式につづいて、6月28日の日曜日には、大館教会で主日ミサを捧げました。久しぶりの司教訪問だと言うことで、鹿角教会の信徒の方々も参加してくださり、聖堂は40名ほどの方でいっぱいになりました。

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ミサ中には、男性信徒おひとりが堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。ミサは主任の岡崎師と助任のクジュール師との共同司式。岡崎師は主に鹿角を担当されているので、クジュール師は大館で、小教区と幼稚園の両方の運営に主にあたっています。幼稚園はこの数年間で大きな制度の変化がありますが、日本人でも困惑するほどの様々な書類の提出が求められる中、クジュール師はよく学んで取り組んでおられました。

ミサ後には新しく出来たばかりの幼稚園の一室で、全員で昼食のお弁当をいただきました。大館ですからもちろん名物の鶏めし弁当。(下の写真、右側が聖堂入り口。正面奥は新しい幼稚園園舎の玄関口)

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ちょうどこの日曜日は、6月18日に発表された教皇フランシスコの回勅「ラウダト・シ」に関して、国際カリタスなどの環境問題を専門に取り上げてきた部門が主導して、ローマで教皇様に感謝するイベントが行われたと聞いています。わたしもこの日は説教の中で、この回勅の持つ意味を少し話させていただきました。

ちょうど第1朗読には、「生かすためにこそ神は万物をお造りになった。世にある造られた物は価値がある」という知恵の書の箇所がありました。さらに福音は「タリタ・クム」のお話で、生命を司るのは人間ではなくて神であることを明確にする箇所でした。

回勅においても教皇様は、人間はこの世を支配するものではなく、被造物の管理者であることを強調し、神から与えられた責任を果たすようにと、人類のおごりを戒めておられます。教会の文書をしっかりと読み解くためには、そこで使われる言葉が、時として信仰と教えに基づいた独特の意味を持って語られていることがあり、かならずしもいわゆる「世俗」の政治や経済的な意味とは異なっていることがある点に留意する必要があると思います。そうしないと、今回の回勅にしても、現実離れした話だとして頭から否定して、その倫理的な呼びかけに気がつかない可能性すらあるからです。

さて昨日から東日本大震災復興支援の全国会議が行われています。初日と二日目はいくつかのコースに分かれて現地視察。明日の水曜日は仙台で全体会議と、午後から派遣のミサが予定されています。

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