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2015年6月22日 (月)

新しい回勅発表@教皇フランシスコ

Yasaibatake
教皇フランシスコの回勅、「Laudato si(あなたを称えます)」が、予定通り6月18日に発表されました。同日には英語版も発表されたので、何とか一度だけ、全体に目を通しました。詳細に読み込んではいませんし、日本語訳もできあがるのはかなり先の話になりそうなので、細かなコメントは出来ませんが、感じたことを数点記しておきたいと思います。なお、バチカンラジオの公式ページに、日本語で概況が記されていますので、リンクからご参照ください。

今回の回勅は、すでにだいぶ前から『環境問題』について教会の立場を明らかにする文書となることが情報として流れていました。最初の原案を作成したのはタクソン枢機卿を議長とする教皇庁正義と平和評議会です。タクソン枢機卿はすでに1年近く前に原案を教皇様に渡したと言われていたので、それから教皇様はかなりじっくりと時間をかけて、ご自分の考えるところによって加筆訂正をされた模様です。

ご存じのように環境問題の中でも『温暖化』に関しては、世界には様々な立場があり、激しい議論がありました。一時は国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が主張する地球温暖化の原因が人類の活動にあるとする結論を、激しく批判する勢力がありました。現在ではおおむね、温暖化の原因が人類の活動にあるとする考えが定着していますが、議論は収束したわけではありませんし、その対策についても意見は一致していません。温暖化への対策は世界の経済活動にネガティブな影響を与えるとして、温暖化対策に対して激しく批判する方々は少なくなく、とりわけ個人の自由を重んじる立場を『保守』とする米国などでは、個人の自由への介入だとして回勅の発表前から、すでに激しく批判する声が一部の立場の方々から聞かれてもいました。

それに対して教皇フランシスコは、はっきりと教会の考えを回勅に記されました。回勅の23番で、「確かに(気候温暖化には)様々な理由も考えられるが、しかしいくつかの科学的研究はこの数十年間の温暖化の主な理由は人類の活動の結果として放出された温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、窒素酸化物など)の莫大な蓄積によるものです」と指摘しています。

その上で同じ23番で教皇フランシスコは、「人類は生活や生産、そして消費のスタイルを変える必要に気がつかなければなりません」と呼びかけます。

さらにはこういった気候変動が引き起こす問題は、特に貧しい国に住む貧しい人たちを直撃しているとして、効果的な対策をとろうとしていない国際社会に警告を発しておられます。この、現代社会におけるライフスタイルや経済システムの変革は、『福音の喜び』でも指摘されていましたが、今回の回勅では、主要な課題としてこれに真摯に取り組むように呼びかけています。

回勅の最初の部分は環境に関する問題の現状分析ですが、この部分は全体の中では思いの外少なく、大部分は神学的な考察にあてられています。そのなかで、人間の他の被造物への責任の問題と将来の世代への責任の問題は重要な位置を占めています。

神が良いものとして創造されたすべての被造物を、人間は自由に治めることが出来るのだが、それは無制限に勝手気ままにすることが赦されているのではなく、責任を持って管理する責任を委託されているのだ(stewardship)と指摘されます。人間は全世界の主人ではないのです。その上で66番に次のように記されています(バチカン放送訳)

「これらの物語は、人間存在が緊密に結ばれた3つの根本的関わりにその基礎を置いていることを分からせてくれます。それは、神との関わり、人間同士の関わり、そして地球との関わりです。聖書によれば、この重要な3つの関わりは、外部だけでなく、わたしたちの内部でも壊されました。この破壊こそが罪なのです」

さらに教皇フランシスコは、178番で『福音の喜び』でも指摘された「時間は空間に勝る」という原則をあらためて指摘し、政治や経済界は短期の発展のことばかり考えて結果を出そうと行動するが、人類は次の世代にもこの地球を良いものとして手渡す責務があるのだから、長期的な視点に立って環境問題に取り組むことこそが真の発展につながるのだと指摘されています。

人間が短期的な反映を求めて資源を浪費し、環境を破壊している現実を直視し、良い管理者としての責任と将来の世代への責任に反するような環境へ負荷を与える活動をとらないようにと警告されています。ですからこの回勅は、まさしくいまの生活を守り、出来ればさらに発展させたいと願う、思いやりの範囲の非常に狭いいまの日本に生きる私たちへの強い警告となっていると感じました。

最後に、全体を通じて、教皇様の視点はいつものように苦しんでいる人、忘れ去られた人と共にあります。しかしそれ以上にこの回勅では、教皇様はいわゆる途上国の視点から書いておられるのを感じ取ることが出来ます。ヨーロッパを含む先進国の立場からではなく、途上国の立場から語りかける教皇回勅は、初めてのことではないでしょうか。教皇フランシスコの姿勢が、さらに明確になる回勅です。

カトリック中央協議会出版部では、日本語への翻訳と出版を急ぐ予定だと先日の司教総会の折に報告がありましたが、時間がかかります。重要な文書ですから一日も早くとは思いますが、同時に重要だからこそ翻訳は正確を期さなくてはなりません。残念ながら即座に日本語訳とはなりませんが、どうぞお待ちください。そしてこの回勅には、特に先進国と言われる国で生活している私たちにとって、非常に挑戦的な課題が満載であることだけは、どうぞ心に留められますように。

写真は、昨日の日曜日、新潟教会の主日ミサ後に行われた、福島やさい畑による東日本大震災復興支援のチャリティー販売会の模様です。

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