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2015年6月 8日 (月)

能代教会訪問と堅信式@秋田県能代教会

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キリストの聖体の主日、秋田県の北部にある能代市のカトリック能代教会を司牧訪問し、主日のミサを共にすると共に、ひとりの方の堅信式も行いました。土曜日の昼過ぎに新潟の司教館を車で出発。5時間半ほどの、長いドライブでした。

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能代教会を含め秋田県内の教会は、すべて神言会が司牧担当。能代教会は神言会のフェリクス・ロボ神父(インド出身)が主任司祭を務めています。また教会には幼稚園が併設されており、今年度からは幼保連携型認定こども園「能代カトリックこども園」として運営されています。これもロボ神父が園長を兼任。(上の写真右がロボ神父)

数年まえ、先々代の主任司祭、同じく神言会のミュラー神父の時に、東北の小都市にある教会の厳しい現実を教えられました。当時ミサの準備をしていると、香部屋でミュラー神父が、この日はたくさんの信徒が来ていると話してくれたのですが、実際に聖堂にいたのは10名ほど。そんな厳しい状況の中で長年宣教に努めてこられた大先輩宣教師の働きに本当に頭が下がりました。それ以来、様々なところでこの日の話をします。日本の東北での宣教の厳しさを伝えるだけではなく、教会内部で同じ「小教区」という言葉を使っていても、置かれた状況によってその実態が全く異なっていることを忘れて、同じ名称の共同体だからと同じように取り扱うことはできないだろうというような話です。教会に限らず、同じ単語を使っていながら、その実その中身が異なっていると言うことはしばしばあることです。

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昨日のミサには、こどもたちを含めて18人ほどが参加。ひとりの方が堅信の秘跡を受けられました。こどもの声が響く教会は、未来への希望を感じさせてくれます。少ない人数でも、主任司祭ロボ神父の率先垂範で、大きな声で聖歌を歌うミサでした。ミサ後にはホールで、参加者全員が一緒にお昼のお弁当を頂きました。

その昔、私がガーナで主任司祭をしていた当時は、毎年のキリストの聖体の主日には村を一周する聖体行列をしていました。聖体を安置した顕示台を、船のような形の台に据え、信徒の長老がそれを担ぎ、侍者を先頭に聖堂から行列。これはガーナのチーフを乗せて運ぶ台座を模したものでした。村の中に4カ所ほどのステーションを設置し、そこで祈りを捧げ、聖体で祝福をして回りました。カトリックを始めキリスト者の多い村でしたのでできたことですが、ついて回るこどもたちはお祭り騒ぎだったことを覚えています。

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ミサにおいて御聖体を拝領することは私たちの信仰生活においてもちろん大切ですが、同時に顕示された御聖体を前にして祈り、黙想することも重要な意味を持っています。それは、単に聖なる存在を礼拝すると言うだけではなく、御聖体を通じて主イエスご自身が常に私たちと共にいて下さるように定められた、主のこころに直接触れることができるからです。あの最後の晩餐の時、その後に起きる出来事を知るよしもない弟子たちは、自分たちの思いばかりを語り合っています。その中にあって、まもなくその弟子たちを離れていくことを熟知しておられた主は、愛する弟子たちと常にともにいることを、感覚としてではなく現実として弟子たちが知ることができるようにと、聖体の秘跡を制定されました。それは弟子たちを通じて、自らが創造された人間すべてへの限りない神の愛を、具体的な形で私たちに伝える、目に見える愛の形です。御聖体を礼拝するたび毎に、主のこの限りない愛に包まれ、その思いに触れ、神が望まれる生き方をすることができるように、ともに歩まれる主に導きを願います。私たちを創造され、私たちを生かして下さる神は、私たち人間がこの地上にどのような現実を生み出すことを望んでおられるのか、あらためて考えてみたいと思います。なぜならこの地上は、捨て去ってできるだけ早く離れ去るべき良くないものではなく、神ご自身が良いものとして創造された存在だからです。

今日の月曜日は、日曜日にはお会いすることが叶わない、認定こども園のこどもたちを訪問することで始めました。全員で私を迎えて下さり、元気に歌を唄い歓迎してくれました。感謝。

その後1時間ほどのドライブで能代から秋田へ。聖体奉仕会に到着。明日と明後日は、新潟から主に月曜会のメンバーを中心とした巡礼団が、毎年恒例の秋田のマリア様の前で共に祈る巡礼のために聖体奉仕会にやってきますので、合流します。明日火曜日は、午後2時頃から、聖体奉仕会聖堂でミサを捧げる予定です。

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