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2015年9月24日 (木)

正義と平和全国大会@東京

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第39回目となる日本カトリック正義と平和協議会の全国集会・東京大会が、この連休中に開催されました。メインとなった会場はカテドラルの関口教会。それ以外にも、主に二日目となる火曜日に、四谷近辺でいくつもの分科会が開催されました。私はこの二日目と三日目に参加。

今回のテーマは、『戦後70年の今こそ、地上に平和を』とされていました。『地上に平和を』の部分は教皇ヨハネ23世の回勅『地上の平和』を意識したものだと思いますが、おりしも教皇フランシスコはキューバを訪問されたばかりです。これは教皇のイニシアチブで、バチカンが仲介役となり実現した米国とキューバの和解をより確固たるものとするために重要な訪問でした。そして教皇ヨハネ23世の回勅『地上の平和』も、1962年のキューバ危機にあたり、同じように和解の働きかけをしたことをうけて63年に発表されたものです。そのようなことも念頭に、世界の平和を教会の立場から考えるために、二日目の分科会は多種多様なテーマで開催されました。

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カリタスジャパンでは、この二日目に四谷で二つの分科会を開催しました。午前中には、幸田司教が担当する啓発部会が「自死と孤立」をテーマに、ワークショップを開催。30人以上の参加者がいくつかのグループに分かれ意見を交換。最後にそれを全体に分かち合いながら、取り組むべき課題を確認し合いました。

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午後からは同じ会場で、私が担当する援助部会が、「貧困と援助」をテーマに学習会を開催。こちらも30名ほどの方に参加頂き、私が世界の貧困問題と援助の課題について1時間半ほどお話をさせて頂き、その後、秘書の瀬戸神父から、実際の現場での話をさせていただきました。

一体どういう援助が本当に意味があるのか、有効なのか、するべきではないのか。具体的な質問もいくつか会場から頂きました。単により豊かな地域からより貧しい地域への資金の移譲だけではよりより解決には近づかないので、それ以上の、人間の心を「開発」する、アニメーションプログラムが重要ですが、これはこれで、目に見える尺度で成功を測るのが難しいのも現実です。またこちらの思いだけで勝手に相手側で何かを始めることもするべきではないことなので、やはり信頼に足る人間関係を築き上げることが重要ですが、その意味で、カリタスの組織は、世界中のカトリック教会をベースにしていますから、信仰における信頼関係の内に、より効果的なプログラムの展開が可能になると考えられています。

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大会の最終日である昨日は、社会司教委員会の現代世界憲章に関するシンポジウムが行われました。会場はカテドラルの関口教会聖マリア大聖堂。松浦司教の司会で、勝谷司教と私が、それぞれの立場から25分ずつ話し、その後、3人で意見交換をしました。

勝谷司教は正義と平和協議会の会長の立場で、教会の考える平和について、私はカリタスの立場から貧困撲滅と人間開発は平和を生み出す活動であることをお話しさせて頂きました。それこそ教皇ヨハネ23世の回勅「地上の平和」が冒頭で語るように、神の望まれる秩序の達成こそが平和の達成であり、そのためには、いわゆる基本的人権が確立されていなくてはならない。従って、人間の生きていく環境を改善し、より尊厳ある生活ができるようにする開発は、平和構築のわざであるというお話をさせて頂きました。

3人で話し合った箇所では、松浦司教から、「カリタスで働く原点は何か」というような質問がありました。

会場でお話ししましたが、私にとってはまず第一に、司祭叙階後8年間を過ごし、そのうち7年間主任を務めた教会での体験が原点です。それは西アフリカのガーナの山奥の教会でした。電気も水道もない村の教会で、7年間、ほぼひとりで働いていました。そのとき一緒に生活する中で体験した、アフリカの生活の厳しさと人々の置かれた状況、その歴史的背景や政治経済的現状が、その後のカリタスので活動に繋がっています。

さらに加えて、ガーナから帰国後すぐに、カリタスジャパンに依頼されて派遣された、当時ザイールにあったルワンダ難民キャンプでの2ヶ月半の体験は、私のその後の人生にとって大きな意味を持っています。とりわけ、キャンプ滞在中のある晩に、私たちが働いていた難民キャンプが夜間、2時間にわたって武装集団に襲撃され、銃撃戦の末に30名を超える難民が射殺され、200名近い負傷者が出たあの晩の体験は、大きな意味を持っていると思います。撃たれて血を流す難民の人たちが命からがら逃げ込んできた教会の司祭館の中で(壁がコンクリートなので弾よけのため多くが逃げ込んできた)、私自身も衝撃的な体験をしながら、空から降ってくる小型のロケット弾が、こちらに来たらおしまいだろうと、一時は死を覚悟しました。司祭館は小学校を挟んで難民キャンプのすぐ隣でした。夜でしたので、窓の外には夜空をつんざいて飛んでいく銃弾が、花火のように見えていました。一番最後には凄まじい爆音と共に、カリタスで関わっていたキャンプのクリニックの、薬品倉庫を爆破されました。けが人の治療を阻むためだと思われます。

あのキャンプで出会ったアフリカの多くの兄弟姉妹たち。なぜ人はこのような過酷な運命に翻弄されるのか。あそこで出会った子どもたち、果たして彼らはまだ生きのびているのか。このような状況に人を追い込まないために、何をすべきなのか。そんな体験が、私のカリタスでの活動の原点です。残念ながら同じような状況は、今でも世界各地で頻発しています。

聖マリア大聖堂はコンクリートの巨大な建物で、音響がかなり厳しい。響き渡ってはっきりと話しが会場に届かなかったようで、残念でした。

三日目の11時半から、岡田大司教の司式で派遣ミサが捧げられ、正義と平和協議会の全国集会は閉幕しました。ミサの説教は勝谷司教。ミサには、チェノットゥ教皇大使、韓国の正義と平和担当のラザロ・ユー司教、実行委員長の幸田司教、松浦司教、諏訪司教、そして私と8名の司教が参加したのに加え、東京教区内外から多くの司祭が共同司式に駆けつけました。準備にあたった皆様、本当にありがとうございます。

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