« 本荘教会で堅信式@秋田、由利本荘市 | トップページ | 聖フランシスコのお祝いなど@長岡 »

2015年10月 5日 (月)

人間の安全保障と難民問題

今日はちょっとカリタスジャパンの視点から一項目お伝えします。

世界の安全保障は21世紀に入る頃から、その視点をそれまでの国家と国家の緊張関係によるバランスに基づいた安全保障から、一人ひとりの人間をベースにしたグローバルな安全保障へとパラダイムシフトをしてきました。もちろん軍事力に頼って政治的意図を達成しようとする国家は消滅しませんし、そう簡単に政治の世界の人々の考え方が変わるなどと夢を見ているわけではありません。しかし、いわゆる国家を超えた武装勢力による、これまでの国際社会の常識を越えたテロの脅威が増す中で、そういった「憎悪の連鎖」を生み出すベースそのものを是正していくことの必要性も真剣に考えられるようになりました。

そして重要視されるようになったのは、「人間の安全保障」という考え方です。

日本政府にとって、この「人間の安全保障」という概念は異質な考え方なのではなく、どちらかというと国際社会の中で日本こそがそれに積極的に取り組んで行くのだという姿勢を、前世紀末頃から示していました。現在の「積極的平和主義」が登場する遙か前の話です。

例えば、2005年4月20日、当時の町村外務大臣はバンドン宣言50周年を記念してインドネシアで開催されたアジア・アフリカ閣僚会議における演説で、「我が国は『有言実行』の国です」と宣言した上で、人間の安全保障の視点から開発援助を推進し、アジアやアフリカにおける地域協力への積極的関与を確約しました。

そもそも「人間の安全保障」とは何か。外務省のホームページには次のような解説が掲載されています。

「人間一人ひとりに着目し,生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り,それぞれの持つ豊かな可能性を実現するために,保護と能力強化を通じて持続可能な個人の自立と社会づくりを促す考え方です。グローバル化,相互依存が深まる今日の世界においては,貧困,環境破壊,自然災害,感染症,テロ,突然の経済・金融危機といった問題は国境を越え相互に関連しあう形で,人々の生命・生活に深刻な影響を及ぼしています。このような今日の国際課題に対処していくためには,従来の国家を中心に据えたアプローチだけでは不十分になってきており,「人間」に焦点を当て,様々な主体及び分野間の関係性をより横断的・包括的に捉えることが必要となっています」

1999年に5億円を拠出して「人間の安全保障基金」を国連の場に設立させたのは、まさしく日本政府です。この数年間の世界の紛争やテロ事件を見るにつけ、グローバル化がここまで進んだ世界で平和と安定を達成するために、不安定要素を軍事力で抑制することには限界があります。多くの国が2000年に始まって2015年までミレニアム開発目標(MDGs)を真剣に捉えて達成に努力を払い、いままたこの9月の国連サミットで2030年までの持続可能な開発目標(SDGs)をあらためて設定して真摯に取り組もうとしているのも、世界の平和の達成には貧困の撲滅による安定がまず第一に必要だという共通理解があるからでしょう。その意味でも日本政府には、適切な開発援助や外交政策によって、いわゆる途上国諸国の諸問題に、「有言実行」で取り組んでいっていただきたいと思います。大袈裟なことを言うならば、人類が生き残るために、国家や国益という枠組みを超えたグローバル・リーダーとしての姿勢が、日本政府にあってほしいと思います。

さて、カリタスジャパンは、日本国内における難民支援事業に取り組んだ過去の体験があります。1975年6月、国連難民高等弁務官駐日事務所の連絡を受けて、「デンマーク船に助けられ横浜港に着いたベトナム難民50人に対して、カリタス・ジャパンが宿泊の手配等の援助を実施。また同年7月には第87大盛丸に救助されたベトナム難民に対して援助を実施」しました(カリタスジャパンHPより)。これ以降、カリタスジャパンは難民担当のデスクをもうけ、国連難民高等弁務官事務所や外務省と連携する中で、国内にインドシナ難民の一時受け入れ施設を設置しました。当時、神言会の多治見修道院内にも、一時受け入れ施設がカリタスジャパンによって設置されていたのを記憶しています。

その後この難民デスクは独立し、現在の司教協議会における難民移住移動者委員会に発展していきました。

当時の全国の諸団体(今で言えばNGOでしょう)による日本政府と国連との連携の下でのインドシナ難民一時受け入れは、その後には主に第三国定住支援にシフトしたとはいえ、高く評価されるべき取り組みの事例です。

全国難民弁護団連絡会議代表の渡邉彰悟弁護士は10月2日の会見で、その当時のインドシナ難民受け入れの活動実績を振り返って、いま、日本政府とNGOやその他の政府機関が連携すれば、千人単位でシリア難民を受け入れるのは可能だと指摘しました。インドシナ難民の時は一万人ほどの方々を受け入れたのです。

こういったことを踏まえて、安倍首相の国連総会での演説を前に、これまで難民問題に関わってきた国内の14団体が連名で、9月28日付で、日本政府に要望書を提出しました。

要望は次の2点です。

  1. 来る 9 月 29 日の国連総会における演説の中で、シリア難民の日本への受入れを表明してください。
  2. 受入れにあたっては、政府(関係省庁)、自治体、国際機関、市民社会の幅広い知見を集めて実施することを、あわせて表明してください。

この要望には難民移住移動者委員会とカリタスジャパンも、これまでの歴史的経緯から名前を連ねました。

残念ながら報道されているように、首相の演説においては難民受け入れへの積極的関与は触れられませんでしたが、少なくとも国際社会が連携してこの問題に取り組む必要性は説かれていましたし、中東の平和のための資金提供が決まっていることも(これはすでに実施済みの案件も含まれての総額提示だと聞いています)、良い便りです。日本政府が、常任理事国となる世界のリーダーたらんとするのであれば、国際問題の対応に政治的にも積極的な姿勢を示すことは不可欠ですし、他の諸国と同様な現状理解があるということを言動で示すことも不可欠だと思います。

今回の演説後の記者会見で、実際にそれが具体的にどのような規模になりどのように実施されるかは別にして、シリア難民受け入れに少なくとも積極的な日本の姿勢を示すことが仮に出来ていたのなら、日本への国際的評価は少なからず高まったでしょうし、前世紀末から主張してきた「人間の安全保障」への取り組みに関して、さらなるリーディングポジションを確保できたであろうと思います。記者会見のビデオを見ていて、プロンプターへの模範解答の提示ミスなのかと思ったほどでした。一時期、国内問題にとらわれずグローバルな視点から「人間の安全保障」を提言しリードしてきた日本政府の姿勢を、是非失わずに発展させていってくださることを心から願っています。

|

« 本荘教会で堅信式@秋田、由利本荘市 | トップページ | 聖フランシスコのお祝いなど@長岡 »

司教の日記」カテゴリの記事