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2016年1月26日 (火)

高山右近の列福が承認されました

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すでに一般紙などでも報道されていますのでご存じのこととは思いますが、かねてより教皇庁に申請をしていましたユスト高山右近の列福が、1月22日に教皇様によって裁可され、承認となりました。

キリシタン迫害の中、信仰をもまりぬく道を選び、大名としての地位を奪われ、そのすべての栄誉を剥奪された上に、国外追放となってマニラの地で客死していった高山右近は、そのすべてをなげうって信仰を守りぬいた生き方から、殉教者としての列福が認められました。

その場しのぎの価値判断、今さえ良ければ後はどうでも良いとでもいわんばかりの生きる姿勢が普通になり、絶対的な価値判断はあまり顧みられなくなる相対的で流動的な現代社会に対して、あくまでも守りぬくべき真理はどんな代償を払っても捨て去ることは出来ないという姿勢を貫いた高山右近は、単に信仰者としてだけではなく、一人の人間の尊厳ある生き方を示す模範として、その存在には重要な意味があると思います。

すでに、1615年にマニラで亡くなった当時から、現地での顕彰が始まり、キリスト者の模範として大きな尊敬を集めていたといわれます。それから400年が経った現在、日本においてキリスト教を取り巻く環境は大きく変わり、当時のような迫害は存在していません。大きく変化した社会状況の中で、今、人間は一体何のために生きているのかという根本的な課題に、わたしたちはふさわしい回答をもっているでしょうか。高山右近の生涯は、常に自分の側からの判断ではなく、自分が常に向かい合って生きる神の立ち位置からの判断を優先させていった生涯であったと思います。そこには今良ければなどという刹那的な判断はあり得ず、神が望まれる人の有り様を常に模索するへりくだった生き方があったように思います。

カトリック中央協議会のこちらのページに、特集が組まれています。またその中に、今回の列福承認にあたっての、司教協議会会長岡田大司教の談話へのリンクもございます。是非ご一読ください。

なお列副式の会場や日時は、教皇庁との調整をしなくてはならないため、現時点では未定です。しかしながら準備に時間がかかるであろうことを想像しますと、一年後くらい、すなわち2017年初旬になるのではなかろうかと想像いたします。これは正式な発表をお待ちください。

また高山右近の列福調査自体は、亡くなられた直後、マニラ教区で開始されました。これは通常、聖人への道のりである列福と列聖の調査は、亡くなられた地元や出身地などの、特定の「教区」または「修道会」によって始められ、申請も「教区」や「修道会」が行うことになるからです。その調査に基づいて、教皇庁の列聖省が判断を下していきます。殉教者にしても証聖者にしても、その歴史的背景や事実関係を最終的に判断するのは、教皇庁の列聖省です。高山右近の調査は、歴史的な流れもあり、その後日本に移管されて現在に至っています。かなりの時間がかかりました。また証聖者と殉教者の間を何度も行き来しました。その経緯については、是非、以下の「こころのともしび」のビデオ番組をご覧ください。長年にわたり司教団の列福列聖委員会の責任者として関わってこられた、溝部司教のお話です。そこにどうして時間がこれだけかかったのかなどについて、また歴史的背景はどうやって調査したのかなどについて、詳しく述べられています。第一部から第四部まであります。それぞれ10分ずつのお話です。以下のリンクからユーチューブに飛びます。

https://youtu.be/exBY5HbadAY?list=PL12z5ETpOGHlNzHTPvONQYy7o7UR9lq6Q

https://youtu.be/SrwM_ue7p-4?list=PL12z5ETpOGHlNzHTPvONQYy7o7UR9lq6Q

https://youtu.be/-mCleCFsLls?list=PL12z5ETpOGHlNzHTPvONQYy7o7UR9lq6Q

https://youtu.be/FE28T3DZG-U?list=PL12z5ETpOGHlNzHTPvONQYy7o7UR9lq6Q

写真(一番上と下)は日曜日の新潟市内の様子です。この冬初めての大雪で、なんといつもはそんなこともないのですが高速道路は閉鎖。長岡あたりの国道8号線では立ち往生の車のために10キロ以上も渋滞が数日続いているとのこと。暖冬が続いていましたが、急に本格的な冬になりました。

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