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2016年7月 4日 (月)

鶴岡から米沢殉教祭へ

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土曜日は一日、山形県の鶴岡で講演をしていました。話を聞いていただいたのは、鶴岡のマリア幼稚園の保護者の皆さん。午前中に鶴岡教会の聖堂を会場に、集まった100名近い保護者の方々に、キリスト教が人間の生命をどう考えているのか、人間が生きることの意味は何なのか、また教会はどうして世界各地で慈善活動を行っているのかなど、カリタスジャパンなどでの活動を通じて学んだことを、1時間ほど話させていただきました。

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その後、マリア幼稚園の職員と園長の伴神父と一緒に、鶴岡など庄内地方の特産を使ったお弁当でお昼をいただき、午後からはその職員の研修会。園長以外には信徒の方は職員に一人しかおられず、そんな中で、カトリックの幼稚園であるというのはどんなことが大切なのかについて、いろいろとお話しさせていただきました。

鶴岡での一日が終了後に、鶴岡から車で月山を越え(山形から仙台方面へとつながる山形自動車道は、月山越えのところで途切れています)、今度は米沢へ。

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昨日の日曜日が、米沢の殉教祭ミサでした。米沢の福者殉教者は53名。福者ペトロ岐部と187殉教者の一部をなす53名です。そのリーダーは福者ルイス甘粕右衛門。上杉家の家臣でありました。1629年の1月12日にこの地、米沢市の北山原をはじめ数カ所で殉教した53名です。

2008年に188殉教者として列福以来、新潟教区の行事として毎年この殉教祭を行っています。7月1日が188殉教者の記念日ですから、その日に近い日曜日に開催。今年は、2014年以来、二度目の雨模様の殉教祭となり、それも結構な雨だったので、会場に張られたテントからなかなか出られないミサとなりました。

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ミサは山形地区の司祭団、千原師(山形)、楠師(山形)、パリヤント師(米沢)、伴師(鶴岡)、そして終身助祭の中沢師(イエズス・マリアの聖心会)も加わってくださり、山形地区の信徒の方々を中心に捧げられました。またミサ中には山形、鶴岡、米沢から、10名の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。

今回はミサ後の昼食は、その場での交流会ではなく、それぞれの教会でいただくことになり、私は米沢教会で一緒にお弁当をいただきました。昼食会では、ケニアから山形大学に留学生としてきている青年とも会い、アフリカの話で楽しいひとときを過ごしました。準備をしてくださった米沢教会の皆さん、ありがとうございます。雨の中、準備も撤収も大変だたと思います。本当にご苦労様でした。来年もよろしくお願いします。それにまもなく列福10年の記念になりますから。(列福の正式発表は2007年の6月1日でした。また長崎での列福式はその翌年、2008年の11月でした)

さて7月1日の夜、バングラデシュの首都ダッカでテロ事件が発生し、日本人7名を含む20名の方々と、2名の警察官が殺害されるという事件が発生しました。この数年間、自爆を含め爆弾テロの頻発に加えて、人が集まる場所に押し入って、多数を残虐な方法で殺害するというテロ事件もしばしば発生していますが、今回は特に日本人が多数犠牲になったことから、大きな衝撃を受けました。

宗教を口実に、また神の存在を口実に、人間の尊い生命を奪う行為は、決してゆるされることではありません。ましてわたしたちキリスト者にとって、生命は神がその似姿として、また良いものとして、尊厳を与えて創造されたものであり、神はその生命を救うために、自らを犠牲とするまで愛し抜かれたのです。

キリスト教であれイスラム教であれ、宗教者が本当に信じている神は、他者の生命を奪うことを、しかも慈悲のかけらも感じさせない方法で暴力的に奪うことを良いこととして命じる神ではありません。

加えて、今回非道な暴力の犠牲になった方々の中で、特に報道されているように日本人の犠牲者の方々は、バングラデシュの発展のために、またそのほかのいわゆる途上国の人々の発展のために力を尽くしてこられた方々だったといいます。その無念さはいかばかりだったでしょう。

このグローバル化した世界では、どこかの国だけ、またはどこかの地域だけが孤立して生き延びることなど出来ません。一つの国で起こったことは、経済であれ政治であれ環境であれ、即座に他の国にも影響を及ぼす時代です。互いに助けあわなければ、地球は生き延びていくことは出来ません。そしてそのことは、昨年発表された教皇様の「ラウダト・シ」でも強調されていることです。自分たちだけを大切にし、他者を排斥しようとしたテロリストたちの生きる姿勢と、困難にある人々を助けようとする積極的な姿勢を生きた犠牲者たちとの間には、天と地ほどの開きがあります。どのような理由をつけるにしろ、このような他者を助けようとする人たちの生命を奪うことを認めることは出来ませんし、ましてそこに宗教や神を口実として利用することを、決して認めることは出来ません。

暴力によって犠牲となり、亡くなられた方々の、永遠の安息を、心からお祈り申し上げます。

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