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2016年7月10日 (日)

東京から福岡を経て秋田まで

Seitaihoshikaisokai1601
先週は火曜日と水曜日に東京教会管区(札幌、仙台、新潟、さいたま、東京、横浜の各教区で構成)の司教や事務局長の会議が千葉で行われ、その後、東京で常任司教委員会と社会司教委員会。その後福岡に飛んで、神学院の常任司教委員会。さらに福岡から羽田経由で秋田に飛んで、週末は聖体奉仕会に滞在しました。聖体奉仕会では、年に一度の会員の集い。今朝、日曜日の修道院のミサの後には、秋田県内の本荘教会から、主任司祭の桃田師と一緒に、信徒の方々10名ほどが巡礼でおいでになり、ミサを捧げ、祈りと昼食を共にする時間を過ごして行かれました。以下は会員の集いについて記された、聖体奉仕会のTwitterから。

ところですでにご存じの通り、聖座から二つの重要な発表がありました。一つはユスト高山右近の列福式のこと。そしてもう一つは広島教区の白浜満被選司教の任命。

ユスト高山右近の列福式は、来年、2017年2月7日(火)の正午から、大阪の大阪城ホールで開催されます。司式はバチカンの列聖省長官であるアマート枢機卿。前回の188殉教者の列福式が雨で大変だたことから、今回は屋根のある会場を考えたのですが、なかなか押さえるのが難しく、また聖座の決定もなかなか内定せず、結局、平日に行うことになりました。詳しくはこちらの中央協のリンクへ。列福式に合わせて教皇様の来日もと希望していましたが、やはりなかなか日程の調整がつかず、今回は実現しませんでした。

教会が、高山右近のように、処刑ではなく病死であっても、人生それ自体をなげうって信仰を証しした信仰者を、殉教者と考えるようになったことは、現代に生きる私たちに、どう生きるのかという姿勢の模範を与えているように思います。現実やしがらみに妥協するのではなく、「神のことは一切曲げるべきではない」という、信仰における頑固ともいうべき徹底した生き方は、現代社会にどのような意味を持っているのか、高山右近の列福を機会に考えてみたいと思います。

そして白浜満被選司教の広島への任命です。司教叙階式(かつては司教祝聖式ともいわれました)は、9月19日(月)の午後1時半から、広島市内の幟町教会(カテドラル)で行われます。白浜被選司教は1962年生まれですから、私よりも4歳年下。これで、これまで11年以上、私が日本の司教団で一番若年という状況は終了です。白浜満被選司教のためにお祈り下さい。

ちょうど会議で日本カトリック神学院の福岡キャンパスへ出かけ、院長である白浜被選司教と時間を共にしたのですが、残念ながら写真を撮ってくるのを失念しました。一応、中央協のこちらのサイトに、写真が掲載されています

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