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2016年11月27日 (日)

聖地巡礼中です。

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ただ今、聖地巡礼中です。私と平賀司教に仙台教区の小野寺神父と聖職者三名を加え総勢15人のグループは、宿泊のティベリアで最初の朝を迎えました。全員元気です。今日の主日ミサは、ペトロの首位権教会の予定です。

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2016年11月23日 (水)

日本カトリック神学院ザビエル祭@東京キャンパス

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とても冷え込んだ勤労感謝の日の今日、日本カトリック神学院東京キャンパスで、恒例のザビエル祭が開催され、近隣にとどまらず遠方からも多くの方々が参加されました。

今年のテーマは「来なさい。そうすれば分かる」とされており、東京キャンパスの神学生(哲学1年と2年、そして助祭団)に加えて福岡キャンパスの神学生(神学1年、2年、3年)が加わり、神学生全員で実行されました。準備をし、また今日訪ねてこられたお客様を笑顔で迎えた神学生の皆さん、ご苦労様でした。(上の写真:閉会式で勢揃いした神学生)

わたしは実行委員会に依頼され、本日10時の開会ミサと、昼過ぎからの講演を担当させていただきました。今朝9時過ぎに武蔵関の駅から神学院へ歩いていると、前にも後ろにも、ザビエル祭に向かうとおぼしきたくさんの人影が。神学院の門前には、観光バスまでいるではありませんか。毎年のように、多くの方がこうやってザビエル祭に来られ、そして神学生のために、また召命のためにお祈りくださっています。

ミサは、合併前の東京の神学院を卒業した多くの司祭たちをはじめたくさんの教区司祭が駆けつけ、近隣の修道会司祭と神学院で養成にあたる司祭たちも全員そろい、若い司祭も大先輩の司祭も含めた、大司祭団の共同司式となりました。聖堂のあちらこちらには、黒のスータンに身を固めた神学生の姿が。あまりに多くの人が集まっているのと、背後に大司祭団が控えているので、説教は非常に緊張いたしました。

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ミサ後には神学院のキャンパス全体を使って、様々な企画や販売が行われていました。そういった企画はすべてで28。恒例となっているようですが、小教区や一粒会などからの食品の提供あり、古本市あり、お化け屋敷あり、神学院ツアーあり。この日の収益は東日本大震災の被災地のために献金されるとうかがいました。(写真上:挨拶する院長代行の中野神父)

12時半からは、聖堂に集まった多くの方々を前に、講演をさせていただきました。テーマは、神学院祭のテーマである「来なさい。そうすれば分かる」とさせていただきましたが、内容は貧困とそれにいかに立ち向かうのか、というお話。テーマとの関連は、自分の殻に閉じこもっていては、福音の種をまくべき現実が見えてこないのだから、「来て、みなさい」です。自分の世界から足を踏み出すことによって、分かることがあります。そんな思いで、カリタスジャパンの活動で訪問した国や、ガーナでの宣教での体験をお話しし、貧困と格差の現実、そして貧困撲滅を目指し、神の望まれる世界を実現しようとすることは平和のための働きであることをお話しいたしました。

Lampedusahomily

教皇フランシスコの、ランペドゥーザ島での司牧訪問の際の説教の言葉が、わたしたちに自分の世界から抜け出して、世界に広く関心を向けるように呼びかけています。無関心のグローバル化から抜け出すように呼びかけています。

「居心地の良さを求める文化は、私たちを自分のことばかり考えるようにして、他の人々の叫びに対して鈍感になり、見栄えは良いが空しいシャボン玉の中で生きるようにしてしまった。これが私たちに、はかなく空しい夢を与え、そのため私たちは他者へ関心を抱かなくなった。まさしく、これが私たちを無関心のグローバル化へと導いている。このグローバル化した世界で、私たちは無関心のグローバル化に落ち込んでしまった」

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2016年11月22日 (火)

主日のあいだにローマで会議

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特別聖年の閉門ミサが終わった11月13日の夜、成田空港からターキッシュ航空(トルコ航空)に乗ってイスタンブールを経由してローマに出かけました。成田を夜10時25分に出発して、乗り継いでのローマ到着は、現地時間月曜日の午前10時過ぎ。国際カリタスの理事会にあたる、地域代表委員会に出席するためです。(写真上:国際カリタス本部玄関前で。バチカンのローマ市内飛び地、サンカリスト宮殿)

地域代表委員会(RepCo)は年に二回、5月と11月に開催され、国際カリタスの七つの地域からその責任者と代表が参加します。アジアからは責任者のわたしとパキスタンとミャンマーの3名が代表。それにオブザーバーとして地域コーディネーターが加わります。

会議は火曜日の昼食から。午前中にジェズ教会に安置されている聖フランシスコ・ザビエルの右腕の前でしばしお祈りを。時間が許す限り、ローマに来たときにはここを訪れて日本の宣教のために祈ることにしています。

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前回5月にルルドで行われた地域代表委員会には、国際カリタス総裁のタグレ枢機卿(マニラ大司教)が体調不良で欠席されましたが、今回は元気に議長を務められました。すでに前週にはローマに入り、イタリア中部の地震被災地も訪ねられた由。会議後は新枢機卿親任の枢機卿会と特別聖年閉幕ミサに参加、そしてさらにもう一つの会議と、当分ローマから離れられないとか。(写真上:会議の議長を務めるタグレ枢機卿)

会議の主な論点は2017年の予算や四年間の戦略的枠組みに基づく2017年の活動計画の承認。そして新しく取り組もうとしている難民や移民をテーマにした世界的キャンペーンについてなどでしたが、一番時間を費やしたのは、『シリアに平和は可能だ』と題して現在展開中の平和構築キャンペーンに関連した意見交換でした。これは特に教皇フランシスコから国際カリタスに託された使命の一つで、地域代表委員会のメンバーには中東と北アフリカ地域の責任者としてシリアのアレッポ(カルデア典礼)のアントニ・アウド司教がおられることもあり、重要な課題となっています。今回は現地の状況と宗教的課題に詳しい専門家を招いて話をうかがい、その後にいろいろな意見の交換がなされました。(写真下・平和キャンペーン用の写真撮影。会議参加者全員と事務局員で)

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なお国際カリタスの会議では、公用語である英語・フランス語・スペイン語のどれでも使うことが出来、専門の同時通訳がつきます。ちなみに国際カリタスの総裁になるためには、少なくともこの三つの内の二つは自由に話せて、残りの一つはある程度理解することが資格要件として求められるので、タグレ枢機卿はこの三つに通じている(さらにイタリア語も堪能です)才能の持ち主ですが、逆にわたしが立候補する可能性はありません。

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木曜日には会議参加者全員で聖年の扉まで巡礼し、聖ペトロ大聖堂内の小聖堂でミサを捧げ、その後午前11時から教皇様にお会いする機会を与えられました。

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その日の午後、今度は正義と平和評議会議長のタクソン枢機卿に来ていただき、2017年1月1日からタクソン枢機卿を長官として成立する新しい役所、「総合的人間開発促進」について、意見交換を行いました。というのも、現在の制度では、教皇庁の開発援助促進評議会が国際カリタスの担当となっているのですが、その評議会がこのたびは新しい役所に統合となることから、1月以降はタクソン枢機卿が教皇庁側の窓口となるからです。現在活動中のいくつかの評議会を合併するので、事務所の場所の選択から職務内容まで、ゼロから調整しなければならず、本格的始動は来年の復活祭以降になるとのことでした。(写真上:タグレ枢機卿の向かって左隣にタクソン枢機卿)

金曜日は、日本政府からバチカンに派遣されている中村大使に会っていただき、その後、夜の7時にローマを出るターキッシュ航空で再びイスタンブール経由で成田へ。成田に着いたのは土曜日の午後7時半過ぎでした。そのまま上野まで出て、最終の上越新幹線で新潟へ。(写真下:タグレ枢機卿と一緒に)

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そして日曜日は王であるキリストの主日。カテドラルである新潟教会は王であるキリストに捧げられた教会ですから、毎年この日がお祝い日。それにあわせて毎年この日を、司教公式訪問日としています。いつも近くに住んでいるので「公式訪問」という名称もどうかとは思いますけれど。先週の聖年の扉閉門ミサとあわせて、新潟教会は二週連続の司教ミサとなりました。ミサ後にはセンター二階ホールで茶話会。聖歌隊や子どもたちと若者が、素晴らしい歌声を聞かせてくれました。

そして月曜と火曜は、教区顧問会と新潟教区司祭評議会。明日は日本カトリック神学院東京キャンパスで、ザビエル祭に参加し、ミサを司式し、その後講演をする予定です。明日は天気がどうなりますか。

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2016年11月14日 (月)

「原子力発電の撤廃を」@司教団メッセージ発表

日本のカトリック司教団は、11月11日、「原子力発電の撤廃を -福島原子力発電所事故から5年半後の日本カトリック教会からの提言- 」と題する、司教団メッセージを発表しました。

こちらのリンクで、中央協議会のホームページの同メッセージ掲載ページに飛びます。

10月4日には、神学や科学の専門家の方々に執筆をお願いした、日本カトリック司教協議会『今こそ原発の廃止を』編纂委員会・編になる、「今こそ原発の廃止を――日本のカトリック教会の問いかけ」という書籍も発行されています。

司教団メッセージは、将来の世代に責任を持って神の創造された被造界を引き継いでいくために、信仰の立場からどの方向に進むことがより望ましいのか、その道を指し示すメッセージですので、ご一読ください。

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2016年11月13日 (日)

いつくしみの特別聖年閉門ミサ@新潟カテドラル

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いつくしみの特別聖年は、来週日曜日、王であるキリストの主日に行われる教皇様のミサを持って閉幕します。それに先だって教皇様は、今日、11月13日の日曜日に、各地方教会におけるいつくしみの扉を閉門するミサを捧げるようにと指示をされました。新潟教区司教座聖堂である新潟教会では、本日日曜日の午前9時半からのミサをわたしが司式して、閉門ミサを行いました。

といっても、聖年の扉は聖堂の正面扉ですから、これを閉めてしまうわけにもいきません。同じような事情の聖堂が世界にはたくさんなると思われます。というわけで、聖座が用意した閉門のミサの典礼には、具体的な扉を閉める式は含まれていませんでした。回心の祈りと、拝領後の聖母讃歌が普段のミサとの違いでした。

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新潟教会では今日のミサの中で、子どもたちへの祝福も行われました。またミサ後には、センターで、ミニバザーも行われ、素晴らしい晴天に恵まれた今日、近隣の小教区も含めて、多くの方が参加してくださいました。

以下本日の説教の原稿です。

いつくしみの特別聖年閉門ミサ
2016年11月13日
新潟教会

昨年12月8日に開幕した「いつくしみの特別聖年」は、普遍教会全体ではローマにおける教皇ミサを持って来週閉幕となりますが、それを前にして、各地方教会においては、今日、11月13日に聖年の扉が閉じられることになります。

この一年間、新潟教区にあっては、特別聖年のための祈りのリレーを行ってきました。教区100周年の時には、二本の十字架が教区内をリレーされていきました。目に見える十字架を順番にリレーしていたのですし、実際に代表が十字架を運んで次の教会へ出かけていったことで、具体的な結びつきを実感することが出来たと思います。

しかし祈りのリレーは、実際には何もリレーするものがないので、十字架リレーに比べると、互いの結びつきを実感することは少なかったのではないかと思います。その意味では、意識することが難しいリレーであったとは思います。しかし同時に、わたしたち教会の霊的な結びつきとは、結局はそういう目に見えない絆であって、同じ意向を持って、同じ方向を向いて、一緒に歩み続けている一つの民としての意識を深める機会となればとも願っていました。

第二バチカン公会議の教会憲章は、教会は「人間的要素と神的要素を併せ持つ複雑な一つの実在を形成している」と述べています。まさしく目に見える形での十字架のリレーは教会の人間的要素、祈りのリレーは神的要素を象徴しているのではないかと私は思います。

祈りのリレーによってわたしたちはこの一年間、同じ意向を持って、神のいつくしみを黙想しながら、毎日を祈りの中に過ごすことが出来ました。自分自身が祈っていないとしても、同じ共同体を構成する誰かが、祈りをつないでいる。それによって自分自身も祈りの絆の中に結ばれているのだ。そういう、わたしたち教区共同体の目に見えない絆が、あの祈りのリレーであったと思います。

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さて、教皇フランシスコは、いつくしみの特別聖年をはじめるにあたって出された大勅書「イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔」において、わたしたちがどのようにこの一年を過ごすべきなのかを明示しておられます。わたしたち自身の一年を振り返ってみましょう。

 「この特別聖年は、信者のあかしがより力強く、より効果的になるために、教会にとってふさわしい時となるでしょう」と教皇様は述べられています。果たしてこの一年は、それ以前の年と、信仰的側面において何か異なる年だったでしょうか。わたしたちは、何かを力強くあかしすることが出来た一年だったでしょうか。

 「教会には、神のいつくしみを告げ知らせる使命があります。いつくしみは福音の脈打つ心臓であって、教会がすべての人の心と知性に届けなければならないものです」と教皇様は述べられました。この一年、わたしたちの教会共同体は、それ以前と異なり、何か神のいつくしみを積極的に宣べ伝えたでしょうか。

 「教会のあるところでは、御父のいつくしみを表さなければなりません。小教区においても、共同体においても、団体や運動においても、つまりはキリスト者がいるところではどこででも、だれもが、いつくしみのオアシスを見いだすことができるはずです」と教皇様は述べられます。わたしたちの教会は、この一年を通じて、「いつくしみのオアシス」になっていたでしょうか。

 「この聖年の間に経験すべきなのは、自分とはまったく異なる周縁での生活――現代世界がしばしばその劇的な状態を引き起こしています――を送るすべての人に心を開くことです」と教皇様は述べられます。わたしたちは、わたしたちが生きている現実とは異なる厳しい現実の内に生きている人々に心を開いてきたでしょうか。

 教皇様はこの一年、以前にも増して、混乱が続くシリアのために、和平の呼びかけのメッセージを発表されてきました。さらにはシリア難民の受け入れについても、各国に寛容な態度で臨むように要望され、またご自分から具体的に、昨年の4月16日にギリシアのレスボス島を訪問した際には、シリア難民の三家族12人を一緒にローマへ連れ帰ったりしてきました。

国際カリタスが世界中のカリタスや司教団に呼びかけて、「シリアに平和は可能だ」と題して行っている和平を求めるキャンペーンに、昨年の7月5日、教皇様はビデオメッセージを寄せられ、その中で教皇様は次のように呼びかけました。

「市民の苦しみの一方で、大量の資金が武器に費やされている。・・・平和を説く国々の間には、武器を供給している国もあり、右手で人を慰めながら、左手で人を打つ人をどうして信用することができるだろうか。・・・この『いつくしみの特別聖年』に、無関心に打ち勝ち、シリアの平和を力強く唱えよう」

 この教皇様の呼びかけに、わたしたちはどのように応えたでしょうか。

 「この聖年の間に、教会はこれまでにも増してこの傷の手当てをし、慰めの油を塗り、いつくしみの包帯を巻き、連帯としかるべき気遣いをもって世話をするよう呼びかけられることになります。侮辱を与えることになる無関心、心を麻痺させて新しいことを求めさせないようにする惰性、破壊をもたらす白けた態度、そうしたものに陥らないようにしなければなりません。世界の悲惨さと、これほど多くの尊厳を奪われた兄弟姉妹の傷をよく見るために、目を開きましょう。」

日本の現実をみても、神の望まれる世界とはまったく異なる世界の価値観によって生きている人々の姿が目につきます。生命の価値をないがしろにしたり、自らの欲望の実現のために他者を犠牲にしたり、経済の利益を最優先にしてみたりりする人間の醜さが目につきます。そういった社会にあって、わたしたちは神の価値観を高く掲げ、困難に直面する人たちへ、積極的に手を差し伸べていかなくてはなりません。

いつくしみの特別聖年は終わりますが、神のいつくしみに終わりはありません。間違えていけないことは、何もわたしたちはいつくしみを掲げることで、すべての人が性格的に優しい人に変わるべきだと主張するのではありません。人の性格は様々異なっており、その違いをそのままに受けとめた上で、性格的な優しさを越えて、わたしたちすべてはまず神のいつくしみに包まれているからこそ、それを他者にも伝えていく務めがあるのだと、そういう意味でわたしたち自身が慈しみ深くあることを捉えておきたいと思います。使命です。何者も排除することなくすべてを包摂する神の愛、神のいつくしみ。わたしたちはその神のいつくしみを、教会を通じてこの社会にあかししていく道を、常に歩んでいきましょう。

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2016年11月12日 (土)

聖ザベリオ宣教会でお話@泉佐野

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今週も移動が続きました。その前にまず、月曜の夜から火曜の昼にかけて、主に新潟・新発田・長岡地区で働く司祭団の毎月の集まりである静修が司教館で。今回はフランシスコ会の伊能神父(いよく)に講師をお願いして、フランシスコ会が現在進めている宣教の新たな取り組みなどについて分かち合っていただきました。

火曜日の午前中に、新潟教会で静修のミサを共に祝い、いつものようにカレーの昼食を頂いた後に、急いで新潟空港へ。そこから伊丹まで飛びました。泉佐野にある聖ザベリオ宣教会の日本管区で働く会員の集まりに招かれて、日本の宣教についてお話をすることになっていたからです。

伊丹までは近くの尼崎教会で働く同会の同会の神父が迎えに来て下さり、そこから一路関空方面へ。大阪の地理がわからなかったので想像もつきませんでしたが、すでに夕方の時間帯で高速は渋滞。伊丹空港から関空近くまで、一時間以上かかるのですね。すぐ近くに関空一帯が見える泉佐野市の聖ザベリオ会日本管区本部へ。

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ひと休み後に、今度は泉佐野教会へ移動。午後7時から、同会の創立者である聖グイド・マリア・コンフォルティ司教の記念日にあたり、集まった会員と、また教会のメンバーの方々と一緒にミサを捧げました。初めての教会でしたが、主任司祭が音楽の素養があるのか聖歌をしっかりと指揮しながら先唱し、すばらしい歌のミサでした。せっかくでしたので、福音の後に、自分自身のガーナでの宣教師としての体験を少し分かち合いました。ガーナでの話しをするのは、久しぶりです。

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翌日、朝9時から、同会本部の会議室で30人ほどの神父様がたを前に、お昼まで「日本における福音宣教をあらためて考える」みたいなテーマでお話をさせていただきました。主にイタリア出身のほとんどの会員が私より年長で、日本での宣教体験も豊かにあるのですから、そのような方々を前にして、日本における福音宣教を考えるなどという話しをするのは、実は大変勇気のいることです。恐縮しつつ、お話しさせていただきました。

お話はいつもどこでもする内容なのですが、ガーナでのたくさんの洗礼とあふれんばかりのミサ参加者と過ごした8年間の体験。それと全く対極にあるような新潟教区での教会の現状。そしてルワンダの虐殺事件や難民との関わりから感じた、福音宣教の成功は数字でははかれないという実感。そういうあたりから、お話をはじめさせていただきました。

2007年にアドリミナで教皇ベネディクト16世に謁見したとき、教皇様から「あなたの教区の希望は何ですか」と尋ねられました。「希望?」と一瞬答えに詰まりました。何せ弱小教区ですから、どう考えても「希望」は浮かんでこない。そんなときに思い出したのが、山形県の新庄をはじめとして、新潟の各地で元気に教会の集まってこられるフィリピン人信徒の方々のことでした。

もちろん新庄ではその後、教会の建物が具体化し、2010年10月には献堂を迎えることもできました。そのほか多くの小教区で、フィリピン出身の信徒の方々とその家族が、共同体に元気を与えてくれています。まさしく「希望」です。彼らの存在について教皇様に話しました。

でも彼らの存在は、単に元気を与えてくれるだけではなく、実は教会がこれまで関わりをもてなかった地域に福音のあかし人が存在するという、新潟教区における福音宣教にとって大きな意味を持っているのだと、その後に気がつきました。ですから、彼ら自身に、自分たちの宣教者としての使命を思い起こしてもらうことも司牧の重要な課題だと思うようになりました。

神さまは、そうやってご自分の方法で、全国各地に宣教者を送り込んでいるとも考えられないでしょうか。滞日外国人司牧の一つの側面は、そうやって神自身が送り込んだ宣教者に、自分に与えられた使命に気がついてもらうこと、そしてそれを果たすように促すことにもあるのではないかと考えています。それが日本の宣教を力づける力になると私は思っています。

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午前中の話を終えて、一緒においしいイタリアンの昼食を頂き、関西空港から東京へ移動。写真は静岡上空あたりで、雲の間に垣間見えた富士山。

水曜日は朝からHIV/AIDSデスクの会議。昼からは社会司教委員会。そして金曜日は朝から常任司教委員会が午後3時まで。それが終わって、新潟へ急いで戻り、今度は東北カトリック学校教員研修会に合流。

東北(仙台教区と新潟教区の7県)から11校のカトリック中高の教員が集まり、二年に一回の割合で教育研修会を開催してきました。今回は27回目で、当番が新潟の清心女子中学高校。昨日金曜日と土曜日の二日間の開催。

金曜日の昼間に行われた講演会や研究授業には参加できませんでしたが、夕食会には間に合いました。土曜日は、午前中に分科会に参加して、その後新潟教会へ移動して、閉会のミサを午後1時から司式しました。参加は80名近い先生方。準備にあたった新潟清心の教員の皆様には、本当にご苦労様でした。

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2016年11月 6日 (日)

堅信式ミサ@栃尾教会

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新潟県の長岡市にある栃尾教会で、本日の日曜日、堅信式が行われ、7名の方が堅信の秘跡を受けられました。

栃尾教会は、かつては栃尾市にありましたが、現在は平成の大合併で栃尾は長岡市と一緒になり、教会は現在、長岡市内に存在しています。そのため、新潟県内の地区割りでは長岡市(長岡地区)にありながらも新発田地区に所属するという、変則状態です。1964年に、神言会の宣教師によって、見附教会の幼稚園の分園が栃尾に開設され、ミサが捧げられるようになったそうです。現在の聖堂は1973年の献堂とうかがいました。栃尾は山間の町で、冬には大雪が降ることでも良く知られています。名産品は栃尾の油揚げ。長岡市方面からは山を越えトンネルを抜けて、栃尾に到達します。2004年の中越大地震では、この地域も震源に近いことから大きな被害を受け、田畑が被災した信徒の方もおられます。

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小さな教会共同体ですが、信仰を長年守り続けてきた力強さが感じられます。今日のミサは、見附教会の担当であるスタン神父とナジ神父と一緒に捧げました。ナジ神父は見附のミサが終わってから駆けつけ、栃尾のミサは11時から始まりました。

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堅信を受けられた7名の中には、なんと95歳になられる女性信徒がおられ、その年齢を感じさせない力強い姿が印象的でした。また一家5人もおられました。おばあちゃんとお母さんと3人の息子さん。目に見える教会共同体だけでなく、生涯にわたって神の民の大きなネットワークの一部として、共同体を構成している部分なのだという意識を持ち続けてくださることを願っています。

堅信を受けられた皆さんが、これからも末永く信仰を守り、共同体を守って行かれることを期待し、また祈ります。ミサ後にはホールで皆で食卓を囲み、お弁当をいただきました。栃尾教会の皆さん、ありがとうございます。

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2016年11月 5日 (土)

新潟地区信仰養成講座第二回目

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本日土曜日の午後1時半から3時まで、新潟教会のセンター二階ホールを会場に、新潟地区信仰養成講座の第二回目が開催されました。前回に引き続いてわたしが、教皇様の「ラウダート・シ」についてお話をさせていただきました。

今年のわたしがお話しする、新潟地区信仰養成講座は、これで終わりです。毎年秋に2回ずつお話をさせていただいてますが、来年のテーマはまだ未定です。

前回と比較して今回のお話は抽象的でわかりにくかったと思います。前回は「ラウダート・シ」の前半に書かれている、「わたしたちの共通の家」に起こっている具体的な問題についての話でしたの、もっと現実的であったかと思います。今回はそれを前提にして、後半で、創世記における神から人間に与えられた使命に始まって、人はどう生きるべきなのかというお話でしたので、難しくなってしまいました。しかしこの後半部分がなくて前半だけだと、取り立てて教会とは関係のない、一般的な環境問題の話になってしまいます。人は何のために生きるのかという問いかけに応えようと努力することが、キリスト者には不可欠であろうと思います。

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さて11月になりましたので、今月の主な予定です。なお11月1日の誕生日にお祝いのメッセージをくださった皆さん、またお祈りくださった方々、ありがとうございます。感謝です。

  • 11月6日 栃尾教会堅信式 (新潟県長岡市栃尾)
  • 11月7日 月曜会ミサ (11時、新潟教会)
  • 11月9日 聖ザベリオ宣教会講話 (泉佐野)
  • 11月10日 HIV/AIDSデスク、社会司教委員会 (潮見)
  • 11月11日 常任司教委員会 (潮見)
  • 11月12日 東北地区カトリック学校教育研修会 (新潟)
  • 11月13日 特別聖年閉門ミサ (9時半、新潟教会)
  • 11月15日~17日 国際カリタス代表委員会 (ローマ)
  • 11月20日 王であるキリスト (9時半、新潟教会)
  • 11月21日22日 教区顧問会、司祭評議会 (新潟)
  • 11月23日 ザビエル祭、ミサと講演 (神学院東京キャンパス)
  • 11月25日~12月3日 聖地巡礼

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新発田教会(しばた)献堂50周年記念行事

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新潟県の新発田市にある新発田教会が、献堂50周年を迎え、そのお祝いが11月3日行われました。

当日は雨模様の寒い日でしたが、任が他県内の近隣教会から代表の方々が参加し、100人近い参加者で聖堂は一杯になりました。

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祝賀行事は9時半からの司教ミサで始まりました。わたしが司式し、この日講演のためにおいでくださった森司教(前東京補佐司教)と主任の佐藤允広師、前主任の石黒師、新潟のラウル師、花園の高橋師、寺尾の町田師、鶴岡の伴師の共同司式でミサが捧げられました。

ミサの最中には、この聖堂で50年前に結婚式を挙げた信徒のご夫婦が、金婚式の祝福も受けました。

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ミサ後には森司教が、いつくしみの特別聖年についての記念講演。理事長を務められる東京信濃町の真生会館がちょうど新築落成したばかりでお忙しい中、新発田までおいでいただき、じっくりとお話しいただいたことに感謝します。その後、会場を、現在新築中の新発田市役所隣の公共施設に移し、祝賀会。新発田教会を初めとする近隣のフィリピン出身信徒のコーラスやダンスもあり、華やかな祝賀会でした。

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新発田教会の聖堂は、アントニン・レーモンド氏の設計で新発田建設が建築にあたりました。レーモンド氏は当時、名古屋の南山大学の校舎群を設計し、その中には神言神学院の建物も含まれています。わたし自身が長い年月を過ごした神言修道会の神学校・修道院です。その頃にちょうど一時期、神言会の日本管区長(当時は準管区)を務めた故ノッツオン神父がレーモンド氏に出会って惚れ込み、ご自分が主任を務める新発田教会の聖堂建設を依頼されたと伺っています。

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司祭館も含めて、貴重な建物として全国的な賞もいただいています。木造の聖堂ですが、同じコンセプトはレーモンド氏が設計した軽井沢の聖パウロ教会にも見られますし、札幌の日本聖公会聖ミカエル教会でも見られます。新発田教会も、年中、建築関係の見学者が絶えないと主任司祭の佐藤神父から聞いています。

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新発田教会の皆様、おめでとうございます。これからも聖堂を大切にしていってください。以下、当日ミサの説教原稿です。

新発田教会献堂50周年記念ミサ ( 2016年11月3日)

 新発田教会の聖堂が献堂されてから50年が過ぎました。50年という年月は、若い頃にはとても長い時間の流れであると信じていましたが、自分自身の人生が50年を超えた頃から、思いの外あっという間に過ぎ去る時間の流れであるということも分かってきました。今日お集まりの皆さんの中には、50年前、どのような思いを胸に抱きながら、新しい聖堂の献堂式の臨んだのか、まだはっきりと記憶しておられる方も多くおられると思います。あっという間の50年であっただろうと思いますし、同時にその間には、語り尽くせぬほどの多くの出来事があり、また多くの先達たちが御父のもとへ旅立って行かれました。

 献堂50周年を記念するにあたり、新発田教会のために尽くしてこられ、いまは神の御許に旅立たれた信仰の先達たちの永遠の安息のために祈りたいと思います。

 この聖堂に入るとわたしは、ちょっとした特別な感情に襲われます。ご存じのように、この聖堂を設計されたアントニン・レーモンド氏は、同じ時期に名古屋の南山大学も設計され、その中にはわたしが20年以上の時を過ごしてきた神言神学院の建物も含まれています。ちょうど神言神学院も今年、竣工50周年をお祝いしているところであります。

 その神言神学院の聖堂の床は、新発田教会の床のデザインと同じイメージとなっています。ですからこの新発田教会の床を見るたびに、わたしは中学生の頃から長い時間を過ごした神学院の聖堂を思い出してしまいます。

 もちろんわたしたちは、教会というのは単に聖堂という建物のことだけを指しているのではないことを良く知っています。第二バチカン公会議の教会憲章において、教会は神の民であると指摘してこう記しています。

 「キリストはこの新しい契約、すなわち、ご自分の血における新約を結び、ユダヤ人と異邦人のうちから肉に従ってではなく霊において人々を招集し、一つに結ばれた民、神の新しい民とした」(9)

 さらにはこのようにも記されています。
 教会は、「神との親密な交わりと全人類一致のしるしであり道具」です(教会憲章一)。
 ですからわたしたちは、この地域社会にあって「神との親密な交わりと全人類の一致のしるしであり道具」として存在する「神の民」であって、その共同体の存在こそが教会そのものであります。

 しかしながらこの共同体には、やはり集い祈る具体的な場が不可欠です。その意味で、聖堂の存在は、わたしたちが神の民としての互いの絆を具体的に確認し、「神との親密な交わりと全人類一致のしるしであり道具」となるための目に見える場として、なくてはならないものであります。

 新発田教会に所属されている皆様は、この聖堂に入るときにどのような思いをいつも抱かれるのでしょうか。入るたびに、あまり快くない体験ばかりを思い出すのでは悲しい。そうではなくて、聖堂が、入るたびに懐かしさを生み出してくれるような、そういう心に癒やしを与える存在であって欲しいと思います。この聖堂に満ちている雰囲気は、教会共同体に満ちている雰囲気の反映です。

 先ほど朗読された福音においてイエスは、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」と呼びかけられています。
 その「わたしのもと」は具体的にどこにあるのでしょう。それは、「二人三人がわたしの名のもとに集うところにわたしはいる」と主ご自身が約束されているように、そして御聖体における主の現存があるように、まさしくこの聖堂こそが。「わたしのもと」であります。

 この聖堂は、訪れる多くの人たちに、安らぎを与える場となっているでしょうか。初めてこの聖堂を訪れる人たちに、心の安らぎを感じていただける場となっているでしょうか。この聖堂に満ちている雰囲気は、教会共同体に満ちている雰囲気の反映です。

 教皇フランシスコは、使徒的勧告「福音の喜び」において、教会のあるべき姿を明示されています。教会は、「出向いていく教会」でなければならないと教皇は言います。出向いていく教会は、「自分にとって快適な場所から出ていって、福音の光を必要としている隅に追いやられたすべての人に、それを届ける勇気を持つよう招かれている」教会です。

 もちろん教皇は、まず第一にわたしたちに具体的な行動を促して、そのように呼びかけられています。教会は社会の中心部に安住しているのではなく、社会の周辺部へと出向いて行かなくてはならない。その周辺部とは、社会の主流派から見れば排除され忘れ去られている人たちの所です。この世界に誰一人として忘れ去られて構わない人はおらず、排除されても構わない人もいない。神から与えられた賜物である生命を頂いているすべての人が、大切にされ神のいつくしみのうちに生きることができるような社会。それを築きあげることが、現代社会にあって福音を告げ知らせるキリスト者の使命であると教皇は主張されます。

 同時に教皇は、わたしたちが教会の歴史の中に安住することにも警告を発しておられると思います。
 わたしたちは変化に対して臆病になりがちです。新しいことに挑戦していくことに、気後れしてしまいがちです。でも教皇はそういった姿勢を、「居心地の良さを求める文化は、私たちを自分のことばかり考えるようにして、他の人々の叫びに対して鈍感になり、見栄えは良いが空しいシャボン玉の中で生きるようにしてしまった」と述べて批判されます。これは教皇就任直後に訪れたランペドゥーザ島で、多くの難民の方々と一緒にミサを捧げた時の、説教の一文です。変化を恐れ現状に安住しようとするとき、人は他者の叫びに耳を傾けようともしなくなるという指摘です。

 現代社会にあって教会は、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」と呼びかけられる主イエスとともに、その呼びかけを具体的な姿で示すようにと招かれています。
 そのためには、新たな現実を前にして、「疲れた者、重荷を負う者」の叫び声に耳を傾けるために、シャボン玉に身を任せるのではなく、常に新しい挑戦を受けて立つ姿勢を持っていなければなりません。

 日本の教会はいま、とりわけ地方の教会において、少子高齢化の影響を大きく受けて、どちらかと言えば規模の縮小期に入っています。そういうときに私たちはどうしても、いまあるものを守ることを優先して考えてしまいます。守ろうとするとき、わたしたちは外に対して固い殻をまとってしまうことさえあります。聖堂の雰囲気はそのわたしたちの心を即座に反映してしまいます。なぜならこの聖堂に満ちている雰囲気は、教会共同体に満ちている雰囲気の反映だからです。

 献堂50周年にあたり、この新発田教会が、守りの姿勢に籠もってしまうことなく、あらためて社会の隅々にまで呼びかける教会として開かれるように、わたしたちと道をともに歩んでくださる主イエスの導きを願いましょう。

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