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2017年2月27日 (月)

堅信式ミサ@青山教会

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昨日の日曜日は、午前9時から、新潟市内にある青山教会を司牧訪問し、ミサのなかで二人の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。(写真上は、向かって右が主任の坂本神父、左が協力司祭のアンリ神父。写真下は、侍者をしてくださった信徒の男性)

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青山教会には、すぐ近くに聖心の布教姉妹会の修道院があり、かつてはシスター方が病院と児童養護施設を運営されていました。現在は修道会会員の高齢化と減少からその運営から撤退され、病院は一般の法人へ、そして児童養護施設は新潟教区が中心となって運営している社会福祉法人新潟カリタス会へ移管されています。しかしシスター方の修道院は昔とかわらず病院隣接地にあり、昔と同じくその聖堂は常に開放されているので、病院を訪れる人などもしばしば聖堂で祈りを捧げているとのこと。大切な信仰の拠点となっているようです。

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青山教会はこの日聖堂が一杯になるほどのミサ参加者で、ミサ後には皆で記念写真、その後にホールで茶話会となりました。私が年頭司牧書簡についてお話をした後で、質疑応答へ。いろいろな質問が出されました。

昼食は修道院へ。8名のシスター方とゆっくりと2時間近く、食卓を囲みながらお話をする機会をいただきました。シスター方の多くは高齢で引退されていますが、その祈りの力で、教区をこれからも支えていただけるようにお願いいたします。

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2017年2月19日 (日)

堅信式ミサ@新発田教会

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本日の日曜日、新潟県の新発田教会で、5名の方が堅信の秘跡を受けられました。堅信を受けられた5名の方は全員女性で、そのうちのお一人は、新発田教会の巡回である村上教会の方です。

今日は早朝から新潟市内でも雪が時折激しく降る荒れた天気で、新発田に向かう新々バイパス(国道7号線)を走行中にも雪が激しく降っておりました。

堅信の秘跡を受けられた皆さん、おめでとうございます。新発田教会は子どもたちの声が響く、元気な共同体でした。聖体拝領の後には、フィリピン出身の信徒の方々が、感謝の歌をギターの伴奏で聴かせてくださいました。ありがとう。ミサ後には信徒会館に皆が集まり、昼食会でした。用意してくださった皆さん、ありがとう。

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ちょうど本日、年間第7の主日の第二朗読、パウロのコリントの教会への手紙には、「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか」という言葉が記されていました。堅信の秘跡は、入信の過程の完成であり、この秘跡を通じて聖霊を受けるのですが、まさしく神の霊がそのうちに宿るものとして、堅信の秘跡を受けて成熟した信仰者としての歩みをはじめるものには、常に神とともにあるものとしての役割が期待されています。

神とともにあるキリスト者には、福音を宣べ伝えるという使命があります。それは単に、聖書に書かれていることを述べたり教会の教えを述べたりすることではなく、自らの人間関係のうちにあって、自らの言葉と行いを持って、主の福音をあかしすることに他なりません。

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教皇フランシスコがしばしばいわれるように、パートタイムの信仰者はあり得ず、わたしたちは日曜日に教会に来るときだけキリスト者となるのではありません。常に神が宿るものとして、語り、行動することが求められています。もちろんわたしたちは完全ではないので、神の望まれる道とは異なる道を歩んでしまいます。そういったわたしたちの弱さを、神はわたしたちの内に宿る聖霊によって、忍耐強く、方向を修正するように働きかけてくださいます。弱さに負けるわたしたちを見捨てることのない神のいつくしみは、わたしたちへの聖霊の恵みでもあります。

今日の福音は、「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」の言葉に象徴される、神の極端とも言える徹底的な生きる姿勢をわたしたちに教えます。人間は、どちらが善い方向であるかは分かっているものの、どうしても徹底的にそれに生きることが出来ずに、このあたりで良かろうと、十分だろうと、妥協して生きてしまいます。この程度までを達成していれば、まあよかろう。それ以上は、非現実的だ。などといって妥協するのです。現実がそうなのだから仕方がない。もう変えようがないから仕方がない。だからその程度でまあ我慢しておこう。

そんなわたしたちに、イエスは、神の求めるところは妥協ではないことを示されます。確かに神はいつくしみに満ち、憐れみ深く、怒るに遅い方ですが、同時に、それは妥協を許す姿勢ではありません。懸命に努力をしても負けてしまうわたしたちの弱さを理解される神は、負け続けるわたしたちを見捨てることはありませんが、だからといって妥協を良しとはされていないのです。なんとなく、努力をすることなく、妥協への道をひた走っているのが、わたしたちのいまの姿ではないのかと思ったりいたします。

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明日の月曜午後から、司教総会が行われます。金曜日までの予定です。どうぞ総会のために集まる司教たちのためにお祈りください。

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2017年2月17日 (金)

東日本大震災復興支援の会議@仙台教区本部

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今日は一日、仙台のカテドラルである元寺小路教会で、東日本大震災の復興支援に関わる二つの会議です。午前中には、仙台教区内各地に開設されているベース関係者の会議。

宮古、大槌、釜石、大船渡、米川、石巻、南相馬、もみの木(いわき)にボランティアベースが開設されており、その代表が情報交換のために定期的に開いている会議です。今日は13名の方が参加。それに加えて、全国からの支援に関わっている関係者として、長崎、大阪、東京の教会管区から関係者。もちろん仙台教区のサポートセンターやカリタスジャパンからも関係者が参加しています。

私はカリタスジャパンの責任者としてではなく、司教団の東日本大震災復興支援活動(いわゆるオールジャパン体制)の責任者として参加していますが、それ以外にも、仙台の平賀司教、高松の諏訪司教、東京の幸田司教の4司教も参加しています。

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日本のカトリック司教団は、先の司教総会で、現在のような全国の教会からの復興支援活動を、2021年の3月まで継続することを決めていますが、各地のベースでは、それぞれの地域の事情などに応じて、今後、その活動内容が変化してくることが避けられないと思います。NPO法人として活動を拡大するところもあれば、縮小していくところもあるでしょう。拡大するにしろ縮小するにしろ、それぞれは地元の方々との関わりの中で、たとえば地元の方に引き継いでいったり、地元の方の協力を得ながら拡大していくなど、地元に根ざした地域との関わりを深めた活動に変化していかなくてはなりません。その中で、教会との関わりをどうしていくのかも、考慮するべき課題かと思います。なんといってもカリタスの活動は、教会の愛の奉仕として、教会の重要な本質的要素の一つであることを忘れるわけにはいきませんから。

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2017年2月11日 (土)

列福感謝ミサ@新潟教会

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福者ユスト高山右近の列福感謝ミサは、全国の教区で順次捧げられます。教皇代理であるアマート枢機卿様も、金沢で行われた名古屋教区の感謝ミサに臨席され、東京ではイグナチオ教会で感謝ミサを司式されたそうです。金沢と東京は列聖推進委員会の公式行事でしたから、事前に準備された立派なテキストや特別誂えの祭服が使用されたようです。(司教や大司教が司式するミサでは、枢機卿は通常は共同司式せず臨席されます)

新潟教区では、昨日金曜日の午前11時から、新潟教会で感謝ミサを捧げました。新潟近隣で働く司祭団は毎月はじめの月曜夕方から火曜昼にかけて、月の集まりを司教館で行っています。今回はその集まりを数日後ろにずらしていただき、木曜の夕方に集まり、金曜の列福感謝ミサで終わることに変更し、そのためミサには16名の司祭が共同司式で参加してくださいました。また平日にもかかわらず、聖堂には多くの信徒の方が、新潟市内外から参加してくださいました。

列福感謝ミサの福音の中に、イエスの言葉がこう記されていました。「『父よ、わたしをこの時から救ってください』と言おうか」

たぶんこれはわたしたち多くにとっても、特に困難な状況の直面するときに、しばしば繰り返される正直な心の叫びでもあろうかと思います。出来ることなら、この困難な状況の中から、神が救い出してくれないだろうか、という心のからの願いの叫びであります。

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遠藤周作さんの原作になる「沈黙」の映画が公開されていますが、迫害の厳しかった時代、生命の危機にさらされた多くの方々が、やはり同じように叫んだことでしょう。文芸評論家ではないので、遠藤さんが小説に込めた人間の心の葛藤と信仰のせめぎ合いについて何かを言うことは出来ません。ただ一つだけ確実に言えることは、信仰を守りぬいたことで生命を捧げた人たちも、またそれとは異なる道を選んで、しかしそれがゆえに信仰を後世に伝えた人たちも、神はすべてをそのいつくしみの御手で包み込んでくださるに違いない。

福者高山右近も、困難な状況の中で同じように、『父よ、わたしをこの時から救ってください』と叫び祈ったのではないでしょうか。

そのイエスの福音における言葉には続きがあります。「しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ。父よ、御名の栄光を現してください」

御名の栄光を現す道は、実は様々にあるのだと思います。殉教によって生命を捧げるという天国への凱旋という道。またすべてを失いながらも、希望と確信のうちに喜びの人生を続けるという道。深い悔恨の中で神のいつくしみに身を寄せて生きる道。

それはわたしたち自身の選択にゆだねられているということではなく、神ご自身がご自分の栄光を現す道を、様々に用意してくださっているのではないでしょうか。神ご自身が、わたしたちのために用意し、与えてくださる道。それを信仰のうちに見極めていかなくてはならないと思います。

大阪城ホールで2月7日に行われた列福式の模様は、ビデオで見ることが出来ます。時間を示すカーソルを移動させれば、先へと進めてしまうことも出来ます。Youtubeのリンクを張っておきます。

なお本日、2月11日はルルドの聖母の記念日です。世界病者の日でもあり、この日のために教皇様はメッセージを発表されています。リンクを張ります。

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2017年2月 9日 (木)

ユスト高山右近列福式@大阪

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2月7日(火)のお昼から、大阪市の大阪城ホールを会場に、ユスト高山右近の列福式が、教皇庁の主催行事として行われました。会場にはスタンドの上部に多少の空きがあったものの、あの広い大阪城ホールに一杯の参加者で、司教協議会によれば1万人が参加したとのこと。共同司式した司祭団は300人を超えていましたが、その司祭団がそれほど大勢に見えなかったのは、会場が大きかったためでしょう。アリーナの一番端っこに設営された祭壇の前後を挟む形で、フロアと、後ろのスタンドに司祭団が着席。いったいどこから誰が来ているのかは、結局わたしからは見えない(認識できない)くらいの距離でした。

いろんな方が様々なところで写真を掲載し、記事を書いているので、列福式の概要はここであらためて記すことはしないでおこうと思います。

一番上の写真はミサが始まる直前、裏で待機中の司教団です。もう一枚、すぐ下の写真はミサがほぼおわり、高見大司教が挨拶に立っている間に司教席からみた会場内。

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共同司式に参加した司教団は、日本の現役の司教全員に、すでに引退されている池長大司教、野村司教が加わり、それ以外に韓国の司教が6名、ルクセンブルグ、ベトナム、カンボジアの司教、そして教皇大使とマニラのタグレ枢機卿。もちろん司式は教皇フランシスコから代理として派遣された教皇庁列聖省長官のアンジェロ・アマート枢機卿。サレジオ会員のアマート枢機卿は78歳の年齢を感じさせない若々しさで、力強くミサを司式してくださいました。そして黒のスータンにスルプリで統一された侍者団は、日本カトリック神学院の神学生たち。まもなく司祭叙階を控えた全国の教区助祭団10名も大活躍でした。

なお参加してくださった韓国の司教様のうち3人の司教様と、ルクセンブルグ、カンボジアの両司教が、日本語が堪能でありました。

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列福式では、教皇の名による列福の宣言が読み上げられ、そのときに鐘が鳴って肖像画が除幕されます。今回は、確かに鐘は鳴りましたが、序幕ではなく、いかにも現代風に天井から設置されたスクリーンに肖像画が映し出されました。上の写真は、列福式後のレセプション会場で公開された、三牧樺ず子さんが描かれた原画です。

またあれだけの大会場であったにもかかわらず、大阪の実行委員会がよく考え準備されていて、聖体拝領も各所で行われ予想以上に早くミサが終わることになりました。事前のわたし自身の予想より、列福式は20分以上は早く終わりました。

ミサは奉献文がラテン語でしたので「ラテン語であげられたミサ」なのですが、随所に日本語をはじめ様々な言葉が用いられ、聖歌もベトナム語や韓国語などもあり、普遍教会のアジアにおける存在の片鱗を感じさせる典礼でした。なおすでに触れたように列福式は教皇庁の行事であるので、事前に実行委員会と教皇庁との間で幾たびものやりとりが行われ、最終的に整えられたものですので、わたしも式次第がネット上で事前に公表されるまで、その内容は一切知る術はありませんでした。(下の写真はレセプションで挨拶する前田大司教)

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さあ次は列聖に向けての運動です。列聖には、高山右近をはじめ日本の多くの福者は殉教者ですから、少なくとも一つの奇跡が認定されなければなりません。また仮に手続きが進んで教皇様による裁可があったとしても、列聖は普遍教会全体の慶事ですから、列聖式が日本で行われることは、まずありません。通常、列聖式は教皇様ご自身の司式でバチカンで執り行われます。

また、「奇跡が日本で?」などと思われますか?そうでもないのです。わたしが所属する神言修道会の創立者である聖アーノルド・ヤンセンは2003年にもう一人の神言会宣教師聖ヨゼフ・フライネーデメッツ神父とともに列聖されたのですが、その聖フライナーデメッツの列聖の鍵となった奇跡は1980年代後半に名古屋のある病院で起こっています。

今回の列福式の終わりに挨拶されたイエズス会の梶山管区長の言葉の中にもありましたが、列福や列聖に向けた調査の作業というのは膨大なものであり、時間と能力と、そしてなにより体力を要するものです。高山右近の列福運動が、この数年間の間に大きく前進した陰には、全身全霊を傾けて作業にあたられた故溝部脩司教様の働きがあったことを、わたしたちは忘れてはならないと思います。

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月曜日の前晩の祈りと水曜日の感謝ミサは、玉造のカテドラルで、これまた一杯の参加者を得て行われました。玉造教会は本当に大きな建物ですが、とにかく寒い。祭壇上のロウソクの炎が終始揺らいでいましたから、聖堂内には風が吹いているのかもしれません。写真は感謝ミサ後の玉造教会内陣です。

準備にあたられた大阪教区のみなさまをはじめ多くの協力者の方々、列聖運動を進めてこられた多くの方々に、心から感謝いたします。本当にご苦労様でした。

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2017年2月 3日 (金)

ギャラガー大司教とミサ@初台&神学院

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バチカン国務省次官で外務局長であるポール・ギャラガー大司教が、1月28日から2月3日まで日本を訪問されました。

ギャラガー大司教は聖座(いわゆる法王庁)の外務大臣と認識されており、前任者のマンベルティ枢機卿もそうでしたが、日本政府の招きでの来日です。大司教には日本政府の註バチカン大使である中村芳夫氏も同行。なお中村大使は信徒の方です。

安倍首相や岸田外務大臣との会談など、公務の予定も目白押しでしたが、同時に日本の教会との交流も重要視されました。この部分は教皇大使が各地に手配をして、日本の教会の素顔を少しは知っていただけたのではないかと思います。

日本の司教団も手分けをして、可能な限り各地でのギャラガー大司教の行事にご一緒させていただきましたが、わたしは二日間、大司教の予定におつきあいさせていただきました。初台教会と神学院で、ミサを一緒にさせていただきました。

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まずは2月1日の午前中。ギャラガー大司教から、カリタスジャパンをはじめ愛の奉仕のわざに関わっている方々の話を聞きたいというリクエストがあり、そのための集まりをカリタスジャパンが中心となって催しました。

まずカリタスジャパンの秘書である瀬戸神父がレデンプトール会であることから、初台教会でミサ。平日の午前中でしたが、多くの方がミサに参加してくださいました。その後1時間半ほどの時間をいただいて、様々な活動の紹介をさせていただきました。

カリタスジャパンの紹介から始まり、福島で活動を続けるカトリック東京ボランティアセンターや、滞日外国人の支援を行うカトリック東京国際センター、山谷で支援活動を長年にわたって続けてきた山友会、マザーテレサの修道会など、限られた時間での準備でしたので、すべてを網羅することは不可能ですが、少なくとも様々な方々が非常に広い範囲で行っている教会の愛の奉仕の活動の一部を、紹介することが出来たかと思います。

このような集まりをギャラガー大司教がリクエストされたのは、教皇フランシスコの福音を伝える姿勢の中心に愛の奉仕があるからに他なりません。すでにベネディクト16世は回勅『神は愛』において、教会の本質的要素は三つの務めであるとして、こう指摘されました。

「教会の本質はその三つの務めによって現されます。すなわち、神の言葉を告げしらせること(宣教・ケーリュグマ)とあかし(マルテュリア)、秘跡を祝うこと(典礼・レィトゥールギア)、そして愛の奉仕を行うこと(奉仕・ディアコニア)です。これらの三つの務めは、それぞれが互いの前提となり、また互いに切り離すことができないものです」(25)

したがって、愛の奉仕のわざは、教会の活動のおまけや添え物ではなく、また誰かがすれば良いことでもなく、同時に単なる人道主義に基づくNGO活動でもない。教会のすべての人が責任を持つ、欠くべからざる本質的要素なのだ、というベネディクト16世のこの指摘は、この数年の教会における共通認識です。教皇フランシスコは、国際カリタスのメンバーに、しばしばこのことを強調してこられました。その意味で、今回、ギャラガー大司教に日本の教会の愛の奉仕の活動を少しなりとも説明できたことは、大きな意味があったと思います。大司教からは、日本にもそのような社会の課題が山積していることを知り驚いたことと、またさらに活動を深めるようにとの励ましの言葉をいただきました。

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そして昨日、2月2日は、午後3時半から上石神井の日本カトリック神学院東京キャンパスに、福岡の神学生も含め、神学生と養成者が集まり、ギャラガー大司教司式でミサが捧げられました。このミサには高見大司教、梅村司教、浜口司教、そしてわたしが参加。神学院で講師を務める方々からも、何名かが参加してくださいました。ミサ後には食堂で皆が集まり、お茶をいただきながら、神学生の自己紹介。神学生たちからは、大司教に逆に様々な質問が出され、短い時間ながら、日本で学ぶ普遍教会の神学生たちの素顔を知っていただく機会になったかと思います。

さて来週は大阪で高山右近の列福式。マニラのタグレ枢機卿と、そして教皇代理として列聖省長官のアマート枢機卿が来日されます。

すでにお知らせしたとおり、新潟でも列福感謝ミサを行います。2月10日(金)の午前11時から、新潟教会で、わたしが司式して感謝ミサを捧げます。当日は近隣で働く司祭たちも共同司式に参加します。平日ですが、多くの方の参加を期待しています。

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