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2017年2月11日 (土)

列福感謝ミサ@新潟教会

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福者ユスト高山右近の列福感謝ミサは、全国の教区で順次捧げられます。教皇代理であるアマート枢機卿様も、金沢で行われた名古屋教区の感謝ミサに臨席され、東京ではイグナチオ教会で感謝ミサを司式されたそうです。金沢と東京は列聖推進委員会の公式行事でしたから、事前に準備された立派なテキストや特別誂えの祭服が使用されたようです。(司教や大司教が司式するミサでは、枢機卿は通常は共同司式せず臨席されます)

新潟教区では、昨日金曜日の午前11時から、新潟教会で感謝ミサを捧げました。新潟近隣で働く司祭団は毎月はじめの月曜夕方から火曜昼にかけて、月の集まりを司教館で行っています。今回はその集まりを数日後ろにずらしていただき、木曜の夕方に集まり、金曜の列福感謝ミサで終わることに変更し、そのためミサには16名の司祭が共同司式で参加してくださいました。また平日にもかかわらず、聖堂には多くの信徒の方が、新潟市内外から参加してくださいました。

列福感謝ミサの福音の中に、イエスの言葉がこう記されていました。「『父よ、わたしをこの時から救ってください』と言おうか」

たぶんこれはわたしたち多くにとっても、特に困難な状況の直面するときに、しばしば繰り返される正直な心の叫びでもあろうかと思います。出来ることなら、この困難な状況の中から、神が救い出してくれないだろうか、という心のからの願いの叫びであります。

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遠藤周作さんの原作になる「沈黙」の映画が公開されていますが、迫害の厳しかった時代、生命の危機にさらされた多くの方々が、やはり同じように叫んだことでしょう。文芸評論家ではないので、遠藤さんが小説に込めた人間の心の葛藤と信仰のせめぎ合いについて何かを言うことは出来ません。ただ一つだけ確実に言えることは、信仰を守りぬいたことで生命を捧げた人たちも、またそれとは異なる道を選んで、しかしそれがゆえに信仰を後世に伝えた人たちも、神はすべてをそのいつくしみの御手で包み込んでくださるに違いない。

福者高山右近も、困難な状況の中で同じように、『父よ、わたしをこの時から救ってください』と叫び祈ったのではないでしょうか。

そのイエスの福音における言葉には続きがあります。「しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ。父よ、御名の栄光を現してください」

御名の栄光を現す道は、実は様々にあるのだと思います。殉教によって生命を捧げるという天国への凱旋という道。またすべてを失いながらも、希望と確信のうちに喜びの人生を続けるという道。深い悔恨の中で神のいつくしみに身を寄せて生きる道。

それはわたしたち自身の選択にゆだねられているということではなく、神ご自身がご自分の栄光を現す道を、様々に用意してくださっているのではないでしょうか。神ご自身が、わたしたちのために用意し、与えてくださる道。それを信仰のうちに見極めていかなくてはならないと思います。

大阪城ホールで2月7日に行われた列福式の模様は、ビデオで見ることが出来ます。時間を示すカーソルを移動させれば、先へと進めてしまうことも出来ます。Youtubeのリンクを張っておきます。

なお本日、2月11日はルルドの聖母の記念日です。世界病者の日でもあり、この日のために教皇様はメッセージを発表されています。リンクを張ります。

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