« 司教総会が開催されました | トップページ | 大阪教区補佐司教叙階式 »

2018年7月15日 (日)

FABCの会議でマニラへ

Ohd1801

司教総会が終わった翌金曜日夕方の便で、フィリピンのマニラへ飛びました。アジアの司教協議会連盟(FABC)関係の会議に参加するためです。

マニラ空港の混雑でなかなか着陸できず、夜の9時前のはずが到着したら10時過ぎ。外へ出てタクシーを待ってさらに1時間。会場は結構空港からは距離的には近いはずのパコという地区にあるマニラ教区のピオ12世カトリックセンター。司教総会など大きな会議や研修会の開かれる宿泊できる施設です。これがまたマニラ湾沿いの道は大渋滞で、空港から1時間以上。結局宿舎に到着したのは真夜中12時過ぎでした。空港で並んで乗ったイエロータクシーのドライバーは、親切に開いている入り口を探してくれました。

会議はFABCのOHDというセクションの会議。人間開発局と訳されています。わたしはそこの委員であるとともに、協働するはずのカリタスアジアの責任者としても呼ばれました。

Ohd1802

OHDはFABCができる以前に、社会活動に携わっていた司教や司祭や修道者、信徒の話し合いの中で1969年頃にフィリピンで誕生した組織で、1970年以降はFABCの一部門となりました。それでも誕生の経緯から、マニラに実際の事務所を構え、独立した組織として運営されてきました。故浜尾枢機卿様も、OHDの責任者を務めたことがあります。

わたしがカリタスに関わるようになった90年代後半までは、OHDの責任者がカリタスアジアの総裁を兼務していましたので、両者は協力しながら活動を進めてきました。ところがアジアのカリタスに関わるメンバーたちの希望で、1999年に、カリタスアジアはOHDから独立した組織となっています。

その後、紆余曲折があり、人材を見つけることもできない事情もあり、OHDを今後どのように運営していくのか、また事務所をこのまま運営するのかが、この数年の大きな課題でした。

今回の会議は、これにめどをつけて、次の3年の計画を明確にすることにありました。

Ohd1805

集まったのは、FABCの会長を務めるボンベイのオジワルド・グラシアス枢機卿。その補佐司教で、OHDの秘書を務めるアーヴィン司教。タイで難民救援組織に長年関わるピブル司教。そしてカリタスアジアを代表して私。加えてバチカンに新しくできたタクソン枢機卿の人間開発の部署から難民と移民セクションのアジアコーディネーター、ムラヤマさん。気候変動の専門家であるノエリン博士。そして香港のFABC事務局から司祭が一人。

少しは将来の方向性を定めることができたと思いますし、今後のカリタスアジアとの長期的な協力体制にも目処をつけることができたのではないかと思います。

私は明日の大坂での補佐司教お二人の叙階式に行かなくてはならないので、日曜日午後の便で早めに失礼することに。

Ohd1806_2

羽田行きの全日空便は午後2時40分の出発ですが、この土日は、マニラ市内で、キリスト教系の新興団体イグレシア・ニ・クリストが大規模集会を開催し、主な道路が閉鎖されることになっているのだとか。日曜とはいえ、大渋滞が懸念されていました。

渋滞が全くないのであれば30分ほどで到達できる距離ですが、安全のため何もないときでも1時間は余裕を見ます。しかしこの道路封鎖でどうなるかわからないので、12時過ぎには空港に到着するために10時に出るようにとの皆さんの言葉。会議場の車で送って頂くことに。

10時に玄関にやってきた車の運転席には、私が見た感じでは80歳ほどの超ベテランです。一瞬、心を不安がよぎりました。ところが、このベテランこそが大正解。街の裏の路地のようなところを右に左にと走り抜け、かなり大回りをしたのだと思いますが、最後はスカイウェイなる高速道路にたどり着いて、結局、40分で空港に到着。こんなに早く着いたことがないくらい早かったです。さすが、道を知り尽くしているベテランでした。感謝でした。

|

« 司教総会が開催されました | トップページ | 大阪教区補佐司教叙階式 »

司教の日記」カテゴリの記事