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2018年8月16日 (木)

聖母被昇天祭@関口教会

8月15日は終戦の日であるとともに、聖母被昇天祭です。そしてもともとは初代教会時代の殉教者であるタルチシオの記念日。わたしの霊名です。8月15日は、8世紀くらいから聖母被昇天の日として祝われていたようですが、教義として決定されたのは1950年のこと。

昨日の聖母被昇天祭は、関口教会の晩6時のミサでお祝いしました。当初の予定ではルルドの前で行うはずでしたが、暑さもある事と台風のために風が強く、断念。聖堂で行いましが、韓人教会と共催であったので、カテドラルの聖堂も一杯でした。思いつきましたが、来年以降は、まずルルドの前でお祈りをして、聖母行列で聖堂に入り、ミサにしたらどうでしょう。

ミサの最後には、霊名のお祝いの花束も頂きました。感謝。ミサ後には関口会館で納涼会。楽しいひとときを、集まった皆さんとともにしました。

以下、聖母被昇天祭ミサの説教の原稿です。

聖母被昇天祭
2018年8月15日
東京カテドラル関口教会

聖母被昇天祭の8月15日は、戦争のない平和な世界について思いを巡らせ祈る日でもあります。

かつての戦争で生命を奪われた多くの方々、敵味方に分かれた双方の軍隊にいた人たち、一般の市民、戦場になった地で巻き込まれてしまった多くの方々。理不尽な形でその尊厳を奪われ、暴力的に命を失った多くの方々への責任から、私たちは逃れることはできません。「戦争は人間のしわざ」だからです。

過去の歴史を振り返り、その命に対する責任を思う時、私たちの選択肢は、同じ過ちを繰り返さないという決意を新たにする道しかあり得ないと思います。

はたして私たちは、いま、どのような道を歩もうとしているのか。あらためて、国家間の対立を解決する手段は武力の行使ではなく、対話でしかないことを、世界の政治の指導者たちが心に留めてくれるように、祈りたいと思います。対立や孤立ではなく、対話と協力の道を選び取る勇気と英知が、国家の指導者たちに与えられるよう、聖霊の照らしを祈りましょう。

さて、聖母被昇天祭に当たり、私たちの母であり教会の母であるマリア様について、少し考えてみたいと思います。

教皇フランシスコは、聖母マリアは祈りと観想のうちに、密やかに生きる信仰生活の姿を示しているだけではなく、その霊的な土台の上に、助けを必要とする他者のために積極的に行動する力強い信仰者の姿の模範でもあると指摘されます。

使徒的勧告「福音の喜び」の終わりに、次のように記しています。
「聖霊とともにマリアは民の中につねにおられます。マリアは、福音を宣べ伝える教会の母です。・・・教会の福音宣教の活動には、マリアという生き方があります。というのは、マリアへと目を向けるたびに、優しさと愛情の革命的な力をあらためて信じるようになるからです」(288).教皇はそう記しておられます。

その上で、先ほど朗読された聖母讃歌(マグニフィカト)に、その「優しさと愛情の革命的な力」を読み取ることが出来ると、教皇は指摘されています。「革命的な力」です。

聖母マリアの人生を見れば、それは決して弱さのうちに恐れているような生き方ではありません。それどころか、神から選ばれ救い主の母となるというすさまじいまでの人生の転換点にあって、恐れることなくその運命を受け入れ、主イエスとともに歩み、その受難の苦しみをともにしながら死と復活に立ち会い、そして聖霊降臨の時に弟子たちとともに祈ることで、教会の歴史の始まりにも重要な位置を占めるのです。これほどに強い存在はありません。まさしく、「革命的な力」であります。

しかし聖母マリアは、あくまでもその強さを誇ることなく、謙虚さと優しさのうちに生きて行かれます。ですから謙虚さと優しさは、弱い者の特徴ではなくて、本当に強い者が持つ特徴です。

教皇フランシスコの言葉は、現代社会が優先するさまざまな価値観への警鐘であることがしばしばですが、ここでも、いったい本当に力のあるものはだれなのかという、この世の価値基準への警告が含まれていると思います。今の世界では、いったいどういう人が強いものだと考えられているのか。その判断基準は本当の強さに基づいているのか。聖母マリアの生き方を見ると、本当の強さとは、謙虚さと優しさという徳のうちにあるのだとわかります。

私たちの世界は「謙虚さと優しさ」に満ちているでしょうか。残念ながらそうとはいえません。それよりも、自分たちが一番、自分たちこそが強いと虚勢を張って他者を排除し、困難に直面する人や助けを必要とする存在に手を差し伸べるどころか、不必要なものとして関心を寄せることもない。そんな価値観が力を持ち始めてはいないでしょうか。

この世界は人間が支配している、自分たちがすべてを決めることができるのだ、などと、世界の創造主である神の前で、謙遜さを忘れてはいないでしょうか。

賜物であるいのちの価値を、役に立つのか立たないのかなどという自分たちの都合で決めることができる、などという、傲慢さに満ちあふれていないでしょうか。

「自分の重要さを実感するために他者を虐げる」のは、本当に強い者の徳ではないと、教皇は指摘されているのです。しかし現実の世界は、「自分の重要さを実感するために」、弱い立場にある者、対立関係にある者、意見を異にする者、生き方を異にする者、社会の中の少数派を、排除する傲慢さに満ちあふれていないでしょうか。

教皇ヨハネパウロ二世も、聖母マリアの讃歌から、困難に直面する人、とりわけ貧しい人を優先する教会の姿勢を学ぶべきだと、回勅「救い主の母」で次のように指摘されていました。

「マリアの『マグニフィカト』には、貧しい人たちを優先する教会の愛が見事に刻み込まれています。・・・救いの神であり、すべての恵みの源である神と、貧しい人たち、見下げられた人たちを優先させる神とを分けて考えてはいけない」

この言葉をうけて教皇フランシスコは、「福音の喜び」にこう記しています。
「自分の生活における選択のために他の事柄により注意を払っているので,貧しい人に対しては距離をおいているなどと、だれもいってはなりません。・・・貧しい人と社会正義に対し心を砕くことを免れている人は、誰一人いません。(201)」

聖母マリアは、ただ単に祈るだけの動こうとしない人ではありませんでした。聖母マリアはエリザベトのところへ手を貸しともにいるために、急いで出かけたのです。福音宣教におけるマリアという生き方とは、すなわち、深い祈りという霊性に支えられながらも、つねに行動することをいとわず、困難に直面する人のために手を貸すためであれば待つことなく即座にそのもとへ出かけていく、生き方であります。

私たちも「正義と優しさ、観想と他者に向けて歩む力」に満ちあふれたいつくしみ深い聖母の生き方に、少しでも倣っていきたいと思います。

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2018年8月13日 (月)

平和を実現する人は幸い@東京教区

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8月6日から15日までのカトリック平和旬間の間、各地の教区で様々な行事が行われます。東京教区では、教区の平和旬間委員会の企画と、宣教協力体ごとの企画や小教区の独自企画などが行われています。

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教区の行事は8月11日土曜日。午後2時からイグナチオ教会のヨセフホールを会場に、講演会が行われました。今年のテーマは「難民と共に生きる、日本社会の未来」と題して、弁護士で白百合女子大学の非常勤講師も務める駒井知会さんにお話をお願いしました。駒井弁護士は、難民認定を求める方々の法的支援に積極的に関わっておられる方で、法律家としての立場から、日本にやってきた難民申請者が、多くの場合、どう見ても人道的とはいえない扱いを受けている現実に対して、その救済のために取り組んでいる体験を、熱く熱く、分かち合ってくださいました。

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今回このお話をお願いしたのは、まずもってカリタスジャパンと難民移住移動者委員会が、国際カリタスの呼びかける国際的キャンペーン「Share the Journey」に「排除ゼロキャンペーン」と題して取り組んでいることから、これを今年のテーマとしようと提案させていただいたからです。

確かに偽装難民と思われる例もあることはあるが、しかし全体としては、たまたま最初に取得できたのが日本の観光ヴィザであり、その意味で必死に助けを求めてやってきた大多数の人たちを、杓子定規の規則で取り扱うことには問題があるとの指摘は、もう何年にもわたって変わりなく、その通りです。

かつては日本の入管難民法に60日ルールがあり、入国してから60日以内に申請をしなければ申請自体ができなくなったものですが、今はさすがにそこは改正されたものの、難民認定のハードルが非常に高いことは、よく知られているところです。加えて、そういった申請者を、あたかも犯罪者のように施設に収容することは、用語としては優しく響くものの、実態は刑務所のような場所に閉じ込めてしまうのですから、その状況に遭遇する人たちの驚きと恐怖と失望はいかばかりかと思います。

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人間はそう簡単に母国を捨てて旅には出ません.それは自分自身の立場から想像すれば、少しはわかることかと思います。母国を出て未知の国へ先のわからない旅に出ることには、それなりの大きな決断が伴うことだと思います。その旅路が、どれほど不安に満ちた心細いものであることか。

それが、到着をした全く言葉のわからない国で、わからない言葉でまくし立てられて、支援者に会うことも適わず閉鎖施設に入れられることは、自分の身で想像すれば、かなり恐ろしいことではないでしょうか。多少なりとも想像力を働かせて、自分の身にそういうことが仮に起こったとして、と考えれば、どうでしょう。

拙著「カリタスジャパンと世界」から、難民の定義の項です。

「現在、国際社会において「難民」を定義しているのは、1951年に採択された「難民の地位に関する条約(難民条約)」と、これに付随する1966年の議定書です。この条約では、次のような人たちが「難民」と呼ばれています。

「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいるものであって、その国籍国の保護を受けることが出来ないものまたはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないものおよび常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有している国に帰ることが出来ないものまたはそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの(難民条約第一条A2項)」

すなわち「難民」となるためには、次の条件を総て同時に満たしていなければなりません。まず第一に、国籍国または常居所の外にいること、つまり国境を越えている必要があります。そして第二に迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖があり、第三にその迫害が特定の理由によるものであり、さらに第四として、国籍国等の保護が受けられないか受けることを望まず、帰還することも希望していないということです。

客観的に見れば、この定義はかなり曖昧だと言わざるを得ません。そもそも「恐怖」というのは多分に主観的概念であって、人によって同じ状況に直面してもそれを恐怖と感じるかどうかは一様ではありません。しかし基本的人権の保護という立場に立つならば、この曖昧さこそが、迫害を受けている多くの人の命を救う鍵とも言えるのです」

残念ながら現在の日本の入管行政は、この幅の広い難民の定義を、限りなく狭く厳密に解釈されているように思えます。

この日は、今年の高温の天候を考慮して、距離の長い、麹町から関口までの巡礼ウォークは中止としました。目白駅や豊島教会、本郷教会からは多くの方が歩かれました。

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夕方6時からカテドラルで、平和を願うミサを捧げました。聖堂一杯の多くの方が参加して祈りをともにしました。以下、ミサの説教の原稿です。

福音の光に照らされながら平和を語り求める教会は、教皇フランシスコの言葉に励まされながら、この世界に忘れられて構わない人はだれ一人いない、排除されて良い人は誰ひとりいないと、あらためて強調します。それは私たちが、すべての人の命は例外なく、神の似姿として創造された尊厳ある存在であると、信仰のうちに信じているからに他なりません。

私たちが希求する平和の根本には、人の命はその始めから終わりまで、尊厳を保ちながら守られなければならないという、ヨハネパウロ二世の言われる「命の文化」が横たわっています。

世界各地で議論を巻き起こしている話題ではありますが、教皇フランシスコの裁可を持って教理省は先日、カテキズムの項目の改訂を通じて、国家の刑罰としての死刑を認めない姿勢を明確にされました。犯罪を罰しないという意味ではなく、人間のいのちの尊厳は、たとえ刑罰であっても奪うことが許されないと強調することで、教会はあらためて人間のいのちの尊厳こそが、すべての根本にあるのだと主張しています。

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教皇フランシスコは、難民や移住者への配慮も、命の尊厳に基づいて強調されています。それぞれの国家の法律の枠内では保護の対象とならなかったり、時には犯罪者のように扱われたり、さらには社会にあって異質な存在として必ずしも歓迎されないどころか、しばしば排除されている人たちが世界に多く存在します。教皇フランシスコは、危機に直面する命の現実を前にして、法律的議論はさておいて、人間のいのちをいかにして護るのかを最優先にするよう呼びかけています。

教皇就任直後に、教皇はイタリアのランペドゥーザ島を司牧訪問されました。
この島は、イタリアと言っても限りなくアフリカ大陸に近い島です。2000年頃から、アフリカからの移民船が漂着するようになり、亡くなる人も多く出て、社会問題化していました。

難破した船のさまざまな部品を組み立てたような祭壇や朗読台。この象徴的な朗読台の前に立ち、教皇はこの日の説教で、その後何度も繰り返すことになる「無関心のグローバル化」という事実を指摘しました。その説教の一部です。

「居心地の良さを求める文化は、私たちを自分のことばかり考えるようにして、他の人々の叫びに対して鈍感になり、見栄えは良いが空しいシャボン玉の中で生きるようにしてしまった。これが私たちに、はかなく空しい夢を与え、そのため私たちは他者へ関心を抱かなくなった。まさしく、これが私たちを無関心のグローバル化へと導いている。このグローバル化した世界で、私たちは無関心のグローバル化に落ち込んでしまった」

母国を離れようとする人には、他人が推し量ることなどできない様々な事情と決断があったことでしょう。それがいかなる理由であったにしろ、危機に直面する命にいったい誰が手を差し伸べたのか。その境遇に、その死に、誰が涙を流したのか。誰が一緒になって彼らと苦しんだのか。教皇は力強くそう問いかけました。

無関心のグローバル化を打ち破るためには、互いをよく知ろうと努力することが不可欠です。私たちは、未知の存在と対峙するとき、どうしても警戒感を持ってしまうからです。対話がない限り互いの理解はなく、理解のないところに支えあいはあり得ません。

教会は、移住者の法律的な立場ではなく、人間としての尊厳を優先しなければならないと、長年にわたり主張してきました。一九九六年世界移住の日のメッセージで、教皇ヨハネパウロ二世もこう指摘しています。

「違法な状態にあるからといって、移住者の尊厳をおろそかにすることは許されません。・・・違法状態にある移住者が滞在許可を得ることができるように、手続きに必要な書類をそろえるために協力することはとても大切なことです。・・・特に、長年その国に滞在し地域社会に深く根をおろして、出身国への帰還が逆の意味で移住の形になるような人々のために、この種の努力をしなければなりません。」

「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」

先ほど朗読されたマタイ福音書には、そのように記されていました。
そもそも私たちのキリスト者が語る『平和』とは、どういう状況を指しているのでしょうか。

しばしば繰り返し強調されてきたことですが、教会が語っている『平和』というのは、単に戦争がないことや、または『抑止力』と呼ばれる戦う能力の均衡によってもたらされる緊張感の内にあるバランス状態のことではありません。さらには、世界の人がとりあえず仲良く生きているというような状態でもありません。

教皇ヨハネ23世は、回勅「地上の平和」を持ち出すまでもなく、教会が語っている『平和』とは、神の定めた秩序が実現している世界、すなわち神が望まれる被造物の完全な状態が達成されている世界を意味しています。

そのためには、神ご自身が賜物として与えてくださった命が、例外なく尊重され護られることではないでしょうか。賜物である命がないところに、世界はあり得ないからです。

残念なことに、この数年の間、私たちの周囲では、役に立たない命は存在する価値がないなどと言う主張が聞かれたり、犯罪行為に走る人まで現れています。しかもそういった考えは、いまや一部の人の特別な考えかたではなく、少しずつ多くの人の心に入り込みつつある価値観であるようにも感じます。命の尊厳を人間が左右できると考えるところに、神の秩序の実現はあり得ず、従って平和が達成されることもありません。私たちはそういった命の尊厳を脅かす価値観を受け入れることはできません。この価値観の行き着く先は、利己的な目的のために他者を犠牲にしても構わないという生き方に他なりません。命の尊厳を軽視するところに、真の平和はあり得ません。排除のあるところに、真の平和はあり得ません。無関心が支配する世界に、真の平和はあり得ません。

互いに尊重し、助け合い、それぞれの命が例外なく大切にされる社会を目指してまいりましょう。

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2018年8月10日 (金)

平和旬間です

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8月6日は広島、そして8月9日は長崎の、それぞれの原爆投下という戦争の悲劇を記憶する日であり、犠牲者の永遠の安息と、平和を祈念する日でもありました。

日本のカトリック教会は、8月6日から15日までの10日間を、毎年『平和旬間』と定め、各地で様々な関連行事が行われ、祈りが捧げられます。

東京教区では、明日、8月11日に教区としての行事が行われます。講演会と、平和巡礼ウォークと平和祈願ミサ。今年は、ちょうど教皇様の呼びかけに応えて、難民移住者委員会とカリタスジャパンの共催で、国際的なキャンペーン「Share the journey、排除ゼロキャンペーン」を実施中であることから、難民問題に焦点を当てた講演をお願いいたしました。

明日土曜日、午後2時から、聖イグナチオ麹町教会のヨセフホールで、弁護士の駒井知会さんによる「難民とともに生きる、日本社会の未来」というお話があります。

その後、関口へ向けて各所から平和巡礼ウォーク。詳しくは東京教区ホームページへこちらのリンクから。酷暑も予測されますので、気温を見定めながら。

最後に、東京カテドラル関口教会で午後6時から、私の司式で、平和を願うミサを捧げます。

また各宣教協力体などでそれぞれの企画もあります。詳細は、上掲の教区ホームページのリンクをご覧ください。

なお私は、12日日曜日は、上野教会で午前10時からミサ後に講演会。さらにその日の夕方6時半から立川教会でミサを捧げます。

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平和旬間を始めるに当たり、広島の祈りの日の前日、8月5日に、広島教区の平和行事が行われましたので、広島まで出かけてきました。午後には幟町教会を中心に講演会や分科会が行われ、夕方5時から平和公園の原爆供養塔前で聖公会と共催の祈りの集い。(上の写真)全国各地から、主に青年を中心に参加者があり、東京教区からも数名が参加。広島教区と姉妹関係にある釜山教区からも青年たちがおそろいのTシャツで参加。(下の写真は、長崎からバスで来た子どもたち)

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祈りと、聖公会主教、前田枢機卿、白浜司教による献水に続いて、カテドラルまでの平和行進となりました。今年は、基本的には歌を歌うなどせず、祈りのうちに静かに歩みを進める祈りの行進が企画されました。もっとも黙って商店街のアーケードを歩み続けるのも困難で、途中からは聖歌も聴かれました。でも、祈りのうちに歩み続ける行進にも、意味があると感じます。沈黙の祈りと、聖歌が組み合わさるような企画になればと思いました。

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幟町の世界平和記念聖堂は改修工事中のため、今年の平和祈願ミサは、お隣のエリザベト音楽大学のホールで。司式と説教は岡田大司教。教皇大使や前田枢機卿はじめ、全国の多くの司教司祭が共同司式でした。

核兵器廃絶は、教皇ヨハネ23世の「地上の平和」から始まって今に至るまで、歴代教皇が強調する優先課題の一つであり、国連などの外交の場でも、繰り返し聖座が主張してきたことです。

例えば、2017年の5月2日から、ウィーンで開催された「2020年核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議第1回準備委員会」では、参加した聖座代表は次のように述べて、聖座(バチカン)の立場を明らかにしています。

『この準備委員会への聖座の参加は、「核兵器から解放された世界をめざし、核不拡散条約の文字通りでその精神をくみ取った完全な履行によって、これらの兵器の完全な禁止という目標に向かって働く」その努力に、倫理的権威から協力しようとするものです』(私訳)

その上で、核抑止力についてこう述べています。

『核兵器は、間違った安全保障の感覚をもたらします。また、力のバランスによって、後ろ向きな平和(a negative peace)をもたらそうとします。国家は、自らの安全保障を保持する権利と義務がありますが、それは集団安全保障や、共通善や、平和と強く関係しています。この観点から、平和の前向きな理念が必要です。平和は、正義と、総合的人間開発と、基本的人権の尊重と、被造物の保護と、公共へのすべての人の参加と、人々の間の信頼と、平和構築に献身する諸機関の支援と、対話と連帯に基づいて構築されなければなりません』(私訳)

また2017年9月20日には、聖座は核兵器禁止条約に署名批准し、その際に総会において、国務省のギャラガー大司教は演説でこう述べています。

「皆が兵器拡散の重大な影響を非難する一方で、実際の世界では大きな変化は見られません。なぜならば、教皇フランシスコが指摘するように、「私たちは『戦争反対』と声を上げるものの、同時に兵器を生産し、紛争当事者に売りつけているからです」

「二年前の今日、教皇フランシスコは国連総会で演説し『核拡散防止条約(NPT))の文字通りの適用を通じて、核兵器の完全な禁止を目指しながら、核兵器のない世界の実現のために働く緊急の必要性』を強調されました。」

「聖座は、核兵器禁止条約に署名しすでに批准もいたしました。なぜならば、核兵器の完全な拡散防止と軍縮のために、核拡散防止条約の署名国にとって、早い時期に核軍拡競争をやめるため、また核軍縮のための交渉に誠実にあたるための取り組みを実現させる大きな前進であり、厳密で効果的な国際的監視下での完全な軍縮交渉に向けての一歩として、全体としては大きな貢献であると信じるからです。」(私訳)

教皇様ご自身は、その後、「戦争がもたらすもの」という言葉を入れた、いわゆる「焼き場に立つ少年」の写真を広く配布したりしたことで、核兵器の廃絶を強く求める立場を明確にしています。

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もちろん、多くの人が、「核兵器のない世界」の方が、「核兵器におびえる世界」よりも望ましいと言うこと自体には賛成していることでしょう。同時に、国際政治の力関係や実際の軍事バランスを考えて、同じ目的地であっても、採用する道筋は異なることも確かです。加えて残念なことに、核兵器を保有している国同士の相互不信は根本で払拭されそうもありません。

当然、核兵器の廃絶が一朝一夕で達成されるなどと、夢のようなことを考えているわけではありません。

しかし同時に、現実は、立場の異なる当事者が、それぞれの採用した道筋こそが正統であり正しいのだと主張するばかりで、目的地の山頂はガスの中に隠れてしまっているような状態です。だからこそ、教皇様のあの写真なのです。書類の上の文字ではなく、外交交渉の言葉ではなく、ののしり合いではなく、実際に肌と心で感じる悲しみ、苦しみ、喪失感、嘆き。その具体的な感覚を、具体的な心の叫びを忘れてしまっては、頂上が見えなくなるのです。

具体的な心の叫びをあらためて主張し、見失われそうになった頂上を、あえて見せつけ思いを呼び覚まそうとすることは、祈りとともに、理想を掲げ続ける宗教者の務めの一つであろうと思います。

戦争は想像の産物ではなく、「人間のしわざ」だからです。

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2018年8月 4日 (土)

あらためて確認する教会の死刑への姿勢

報道されているように、教皇様の裁可を経て、教理省は昨日、カテキズム2267番の記述を変更すると発表し、同時に教理省長官の名で全世界の司教あての文書を公表しました。

カテキズム2267番は、十戒の第五戒である『殺してはならない』を、具体的にどのように生きるのかの教えの流れの中にあり、国家の刑罰としての死刑を取り扱っています。

一般の報道では、「教会が姿勢を転換して死刑廃止に舵を切った」というトーンですが、教会は急に今回舵を切ったわけではありません。

これまでの教会の理解については、わたし自身が以前に書いた『司教の日記』2015年3月6日の記事を参照ください

すべての命には尊厳があり、神の似姿として創造されたとキリスト者は信じているのですから、すべての命はその始まりから終わりまで尊厳ある存在として守られ尊重されなくてはなりません。

しかし現実の世界には様々な事由があり、例えば正当防衛の枠組みで攻撃してくる者の命を奪うことは許されるのか、と言う議論の文脈の中で、教会は国家という共同体を守る手段がほかにない場合、正当防衛として死刑は認められるとしてきました。

これに関してヨハネパウロ2世が回勅「いのちの福音」において命の尊厳を優先的課題としてかたり命の文化を成立させようと呼びかける中で、死刑の問題に触れられました。そこにはこう指摘されています。

「他の方法では社会を守ることができない場合を除いては、犯罪者を死刑に処する極端な手段に訴えるべきではありません」(56)

その後、歴代の教皇は様々な場で死刑の廃止を訴え、教皇庁も国際的な場で、死刑廃止に向けての努力に賛意を表明してきました。

ですから今回のカテキズムの改訂は、そういった流れをさらに明確にしたものですので、教皇フランシスコの個人的おもいではなく、教会の教えの理解の進展と言うことになります。

中央協議会が発表した暫定的な翻訳は以下の通りです。正式な訳は、今後、検討を経て発表されます。

2267 合法的な行政機関が、公正な裁判に従い死刑を用いることは長年、特定の重大犯罪に対する適切な対応であり、たとえ極端ではあっても、共通善を守るための手段として受け入れられると考えられてきました。しかしながら、今日、たとえ非常に重大な罪を犯したあとであっても人間の尊厳は失われないという意識がますます高まっています。加えて、国家が科す刑罰の意義に関して、新たな理解が現れてきています。最後に、より効果的な拘留システムが発展してきており、それによって市民の安全を適正に確保することができますが、同時に、犯罪者から罪を償う可能性を決定的に奪うことはありません。
 これらの結果として教会は、福音の光に照らして次のように教えます。「死刑は認められません。それは人間の不可侵性と尊厳への攻撃だからです」。さらに教会は全世界での死刑廃止のために決然と働きます。

なお、カテキズムは、教義そのものではありません。しばしば『カテキズムに違反している』などという言説を耳にしますが、カテキズムとはそのような性質の存在ではありません。1992年に現在のカテキズムが発表されたときのヨハネパウロ2世の使徒憲章や、97年にラテン語版ができたときの使徒的書簡にも、「カトリック教理の概説書」とか「教会の信仰とカトリック教理の解説」と記されているように、カテケージス(教会の教えを伝えること)を行うための参考書です。

従ってヨハネパウロ2世が記されたように、カテキズムは「一方では伝統的で、・・・同時に、内容は、現代の疑問に答えるため、しばしば『新しい』形で説明されています」。それは「新しい状況や、過去にはまだ提起されていなかった諸問題を、信仰の光に照らして解明する助け」だからです。

すなわち、教会の教義が変更されたわけではなく、21世紀の今を生きる信仰の光に照らして、教会の教えを理解する手引きが明確に示されたと言うことであります。

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2018年8月 2日 (木)

「ミチコト」の集まり@豊四季教会

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7月最後の日曜日、29日の午後2時から、豊四季教会で「ミチコト」の集まりがありました。「ミチコト」とは「MICHIKOTO」で、松戸、市川、小岩、豊四季の各教会の頭文字からできた名称で、この地域のフィリピン人信徒の集まりです。単に「ミチコト」だけでなく連合体なので、「ミチコト・ユナイテッド」です。

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今年が13年目で、結構大がかりな集まりが準備されていました。正確に何名参加していたのか聞くのを忘れましたが、豊四季教会の聖堂が一杯になるほどは集まっていました。

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またフィリピン大使館からも領事が参加。興味深かったのは、後にすると時間がなくなるからと、ミサが始まる前30分間は写真タイム。それぞれの教会共同体別に記念撮影タイムでした。

2時からの英語ミサは、私が司式して、松戸のフィリップ神父と豊四季の立花神父が共同司式。しっかりと事前に録音された伴奏に合わせて、聖歌隊も上手でした。

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言葉や文化が違う共同体は、教区と別に存在しているのではなく、教区共同体の一部であり、だからこそそれぞれの小教区共同体の一部分でなくてはならないことを、説教で強調させていただきました。これは常に強調しているポイントです。

違う言葉や文化の信徒の方が、その言葉でのミサで集まることは構いませんし、自分の文化や母国の慣習を大切にする集まりも重要です。しかしそれが、小教区共同体とは別の、独立した存在とならないように、気を遣っていただきたいと願います。日本の文化に生きている共同体と、そのほかの文化のうちに生きている共同体が、ともに協力することは容易ではありませんが、ともに協力する努力をしながら、一つの共同体を生み出していただきたいと思います。また、日本語の中で育ってきた子どもたちのことも、大切にして、小教区共同体との絆を切らさないように配慮が必要です。

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また海外から来られた信徒の方々は、それぞれ自分の理由があって来日されたことでしょうが、しかしそれらはすべて神の救いの計画のうちにあることも忘れてはなりません。神様は、多くの人を救いに導くために、ありとあらゆる手段を利用されます。日本に来たフィリピン人信徒の方々には、どんな理由であれどんな立場であれ、常に福音を宣教する役目が与えられていることを、心にとめていただきたいと思います。

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ミサ後には、当たらし役員の紹介や、子どもたちから始まって大人までのフィリピンドレスのファッションショー。そして歌やダンス。最後に、お食事タイム。

私は次の予定もあったので、食事の直前に失礼させていただきましたが、夜まで楽しい時間を過ごされたと思います。

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統計によれば、昨年に本位は登録されたフィリピン人の方々が24万人以上おられます。そのうちの8割がカトリック信徒だと仮定しても、全国に19万人は信徒がいることになります。東京と千葉では、4万9千人ほどですから、8割が信徒だとすると、3万9千人ほどのフィリピン出身信徒が存在していることになります。大きな力です。期待します。

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