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2018年8月22日 (水)

生まれ故郷の教会へ@岩手県宮古市

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8月19日の日曜日は、岩手県の宮古市にある宮古カトリック教会で、主日のミサを捧げることができました。

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わたし自身が、60年前、1958年に、幼児洗礼を受けた教会です。当時私の両親はそれぞれ、宮古カトリック教会と隣の小百合幼稚園で働いていたため、教会の敷地内に住んでおりました。今の小百合幼稚園の二階ホールあたりに、職員の住宅がありました。ですから、宮古カトリック教会は、私にとっての受洗教会であり、かつ、生まれ故郷でもあります。

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教会は宮古駅のすぐ隣にあり、海からは少し離れているために、2011年の津波も、過去の多くの津波も、このあたりには到達しませんでした。

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聖堂や鐘楼は、多少改築されたものの、昔のままで残っています。幼稚園と司祭館は建て直されました。

現在、宮古教会には司祭が常駐していません。というよりも、盛岡の四ツ家教会に二人の司祭が常駐し、さらに週末の仙台からの応援司祭を含め3人の司祭で、盛岡(四ツ家と志家)、宮古、釜石、遠野、花巻の教会を担当しており、司祭たちの週末の移動距離たるや凄まじいものがあります。盛岡から宮古までは、車で2時間強です。時に、ひとりの司祭で一日に三カ所の教会を訪れてミサをすることもあるとうかがいました。大都市圏から離れた地域での教会の現状には、厳しいものがあります。

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当然この日もわたしが主日のミサをするので、ほかの司祭は、ほかの教会へ出かけ、宮古教会はわたしひとりです。本来は午後にミサがある日でしたが、この日はわたしの帰りのこともあるので、午前10時からにしていただきました。

ミサには、盛岡や遠野、北上などからも信徒の方がおいでくださり、宮古教会の聖堂は一杯でした。普段の日曜日は、10名ほどのミサ参加者だとうかがいました。

わたしがこどもの頃お世話になった方々が、まだまだお元気で、優しく迎えてくださいました。昔から存じ上げているわたしの年代(60歳前後)のメンバーが、数名集まりましたが、どちらかというとこのあたりが教会を支える「若い力」です。それでもミサには、赤ちゃんを連れた若い家族もおられましたから、明るい未来がないことはない、とも思います。子どもたちがいないので、侍者は女性が二人ついてくださいました。(写真下は、1960年代初頭の、宮古教会の皆さん。わたしもどこかにいます。一番右端は主任司祭で、ベトレヘム外国宣教会のバウマン神父)

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ミサ後には、隣接する幼稚園の園長の好意で(園長は、その昔、わたしと一緒に、その幼稚園に通った同級生です)、幼稚園ホールをお借りしてお弁当の昼食会。ちょうど、復興支援でチャリティーコンサートをするために、北海道から来ていた音楽家たちのうち二人が、演奏を披露してくださいました。ピアノとオーボエです。

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宮古教会をはじめ、岩手県の教会の皆様には、司祭の時代から今に至るまで、お祈りを持ってわたしの召命を支えてくださっていることに、心から感謝申し上げます。

キリスト教が絶対的な少数派である社会にあって、信仰に生き、信仰を証し続けることは、容易ではないと、訪れる度に感じます。宮古教会の皆様のうえに、神様の豊かな祝福と報いがありますように、お祈りいたします。

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