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2019年2月 5日 (火)

本所教会の殉教祭とベトナム語ミサ

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本日2月5日は、日本26聖人殉教者の祝日です。この26聖人を保護の聖人にいただく墨田区の本所教会では、長年にわたり一番近い日曜日に殉教祭を行っています。

と言うわけで、今年は2月3日の日曜日。午前9時半のミサが、本所教会の殉教祭でしたので、ミサの司式のために出かけました。

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実は、本所教会の日本26聖人殉教者の殉教祭に出かけるのは、ほぼ40年ぶりです。当時の主任司祭であった下山神父様が、長年にわたり名古屋の神言会の神学生養成を支援してくださったこともあり、毎年、この殉教祭には名古屋の神学生がやってきて、楽器を演奏したり、歌を歌ったりしておりました。わたし自身も1972年の殉教祭が初めてだったと思いますが、中学生から高校生、そして大学2年頃まで、毎年この時期は、東京へ遠足気分できておりました。記憶には、とても大きな教会で、とても華やかなお祭りでありました。上の写真はその40年ほど前の、名古屋の神学生が本所教会の聖堂前の庭で楽器演奏をしているところで、右手で立ってサックスを吹いているのが、当時の私です。

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規模は小さくなったものの、大勢の方が聖堂には集まり、日本の殉教者の祝日を祝いました。ミサは、主任司祭の渡邊神父、フランシスコ会のマリオ・カンドゥッチ神父との共同司式でささげられ、信徒の中には、昔から存じ上げている方もいれば、侍者をする青年たちの姿も。そして海外から来られた信徒の方の姿もありました。

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ミサ後には信徒会館で茶話会。準備してくださった皆さん、ありがとうございます。スカイツリーがすぐ目の前に見えて、そびえ立つ姿に、それもちょっとした驚きでした。できれば、また来年も。

同じ日の午後、今度はイグナチオ教会へ移動して、15時からのベトナム語ミサに参加。毎月第一日曜の15時に行われているミサだそうです。

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この日は、直前にはスペイン語のミサもあり、イグナチオ教会は大盛況でした。スペイン語ミサが終わると、今度はベトナム語ミサのために音響機材が大量に運び込まれ、ちょっと驚きました。ミサが始まってわかりましたが、制服をそろえた聖歌隊と(下の写真)それに伴う大がかりな演奏グループ。

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もちろん聖堂は一杯で、立ち見の方も大勢おられました。ベトナム語のミサに来られる方々は、以前から日本に生活されている方に加えて、近年とみに増加している実習生と見られる皆さん。いやあ、その若さと、エネルギーに圧倒されました。

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ミサ中には、お一人が洗礼と堅信を受けられました。残念ながら私はベトナム語ができないので、ミサは日本語で、説教は通訳していただきました。以下は、ベトナム語ミサの説教の原稿です。

年間第四主日
2019年2月3日
ベトナム語ミサ、 麹町教会

わたしたちは、すべて旅人です。実際に、ここにいる多くの方々もそうですが、自分の生まれた故郷を離れて他の町や国で生活をするという旅人もいます。そういう実際の旅に出なくても、わたしたちは時間の流れの中で生きているので、生きている限りは、ある一瞬に立ち止まることはできません。時間は常に前に向かって進んでいきます。ですから、わたしたちは、命のある限り時間の流れを旅する旅人です。この世における人生の終わりに向かって、誰ひとりの例外もなく、わたしたちは旅を続けています。

喜びや希望のある旅もあります。でも、また悲しみや不安の中で続けられる旅もあります。戦争や紛争から逃れるために、いのちの危険のなかを、不安のうちに旅する人たちも、世界中に多くおられます。

教会は、すべての旅人が、まもられなくてはならないと、常に主張してきました。なぜならば教会は、神の似姿である人間のいのちの尊厳が、必ず守られなくてはならないと主張しているからです。すべてのいのちは大切にされなくてはならない。そしてそのすべてのいのちは、全員がいろいろな意味での旅人です。ですから、旅人はまもられなくてはなりません。

もちろんわたしたちキリスト者が知っているように、困難に直面する人々に、救いの手を差し伸べることは、キリスト者の愛の務めです。

コリント人への手紙に、「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。」と記されています。自分のことばかりを考え、自分の幸せばかりを考える人は、他人のために我慢することができません。自分だけを大切にする人は、他人に対して情け深くなれません。自分ばかりが大切な人は、いつも他の人の方が幸せそうに見えて、ねたみを捨てることができません。自分ばかりが大切な人は、自分を大事にするために威張り散らします。

でもそれはすべて、神の教える本当の愛とは反対のところにある態度です。わたしたちは、困難にある人たちを優先して、手を差し伸べなくてはならない。だから、他人のいのちを大切にし、旅を続ける人に救いの手を差し伸べるのです。

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教会は、現実に旅を続ける人たちの現在の法律的な立場ではなく、人間としての尊厳を最も優先しなくてはならないと、長年にわたり主張してきました。

教皇フランシスコは、旅する人たち、特に難民や移住者への配慮を、いのちの尊厳に基づいて強調されています。多くの旅する人たちが、それぞれの国家の法律の枠内では保護の対象とならなかったり、時には犯罪者のように扱われたりしています。さらには社会にあって文化や言葉が異なる人たちを歓迎しないどころか、排除することさえ、多くの国で起こっています。日本もその例外ではありません。教皇フランシスコは、危機に直面するそのような人間のいのちの現実を前にして、まず人間のいのちはどうやったらまもられるのか、それを最優先するようにと呼びかけています。

2013年の5月、教皇就任直後の最初のローマ教区の外への司牧訪問は、イタリアのランペドゥーザ島でした。この島は、イタリアと言っても限りなくアフリカ大陸に近い島です。2000年頃から、アフリカからの移民船が漂着するようになり、亡くなる人も多く出て、社会問題化していました。

難破した船のさまざまな部品を組み立てたような祭壇や朗読台。この象徴的な朗読台の前に立ち、教皇様はこの日の説教で、その後何度も繰り返すことになる「無関心のグローバル化」という事実を指摘しました。教皇様はこう言われました。

「居心地の良さを求める文化は、私たちを自分のことばかり考えるようにして、他の人々の叫びに対して鈍感になり、見栄えは良いが空しいシャボン玉の中で生きるようにしてしまった。これが私たちに、はかなく空しい夢を与え、そのため私たちは他者へ関心を抱かなくなった。まさしく、これが私たちを無関心のグローバル化へと導いている。このグローバル化した世界で、私たちは無関心のグローバル化に落ち込んでしまった」

母国を離れようとする人には、他人が推し量ることなどできない様々な事情と決断があったことでしょう。それがどんな理由であったにしろ、危機に直面するいのちに、誰が手を差し伸べたのだろうか。その苦しみとその死に、誰が涙を流したのだろうか。教皇様は力強くそう問いかけました。

世界各地でいのちが危機にさらされています。困難の中で希望を見失っている人たちが増えています。苦しんでいる人たちへの無関心も広がっています。自分とは違う人たちを排除することで安心しようとする社会の傾向も強まっており、排除や排斥によって人間の尊厳が危機にさらされる事態も相次いでいます。

こういった事態を打破するために、互いをよく知ろうと努力することが不可欠だと教皇フランシスコは強調されます。互いに良く語り合う、対話が必要だと強調されます。私たちは、知らない人に初めて出会うとき、どうしても警戒感を持ってしまいます。その人が、良い人なのかどうなのかわからないので、警戒するのです。でも一度良く話をしてみると、その警戒感から解放されることがあります。対話がない限り互いの理解はありえず、理解のないところに支えあいはあり得ません。そして互いの支えあいがないところに、希望は存在しません。

「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る」とコリント人への手紙に記されていました。

神への信仰を持って、一つの体として、わたしたちは生きています。その信仰は、わたしたちが愛をもって、互いに支え合うように求めています。互いに支え合うときに、そこには希望が生まれます。

福音の光に導かれて生きようとする私たちは、神から賜物として与えられた人間のいのちが、その始まりから終わりまで、一つの例外もなく尊重されまもられなくてはならないと、あらためて強調します。人間のいのちを危機にさらすような現実を目の前にして、信仰における愛をもって、互いに支え合いましょう。その支えあいから、本当の希望を生み出し、互いに神における希望を持って、社会の現実を変えていきましょう。

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